【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
最後に、多星系企業の連合を母体とする「汎オリオン腕経済共同体」。帝国やシリウス、攻守連合と比べると、国家的性格は薄く、軍事力を有する企業連合と称すべき存在だった。
連邦時代、複数の星系に跨がり、各種事業を展開する多星系企業にとって、航路の安全は最重要課題の一つだったが、連邦が統制能力を失い、連邦軍が宇宙海賊との戦いを避けるようになると、一部の多星系企業は自衛と利益確保のために、自社傘下に民間軍事会社(傭兵集団)を設立、自社船の護衛を始めた。連邦政府は民間企業が過大な戦力を持つ事に難色を示したが、高官への賄賂攻勢もあり、多星系企業が軍事会社を所有する事は既成事実化していった。
特に、星系政府や軍閥間の紛争が激しく、宇宙海賊やマフィアも跋扈する辺境域では、軍事会社も正規軍並みの装備と練度が求められたため、連邦末期、弱体化した連邦軍に代わって、宇宙海賊やマフィアとの戦いを主導する事例も生じてきた。折しも、宇宙暦303年、連邦政府首相ルドルフは、市民の雇用確保のため、経済活動を政府の管理下に置くと発表、主要企業の国営化、業界ごとに各企業の統合と系列化を進めると宣言した。
連邦中央の財界は、熱狂的にルドルフを支持する世論に抗せず、また国営化に反対する財界人が国家主義団体に虐殺された事で、ルドルフ支持を余儀なくされたが、自前の軍事力を備えて、自分達の富を奪おうと虎視眈々と狙っている星系政府や軍閥と渡り合ってきた辺境域の多星系企業は一斉に反発。自由主義経済を守るべしと、銀河連邦からの自立を模索し始めた。
特に、若手経営者の中からは、独善的な政治勢力に頼る事なく、我々自ら理想とする国家を作るべきではないかとの声が上がり、その声に押される形で、大手軍需企業カストロプ・グループ総帥、ディートリヒ・カストロプが代表者となって、企業連合体国家・汎オリオン腕経済共同体を結成。参加した企業は大小合わせて数千社以上に上った。
彼らはあらゆる政治権力からの独立と政治的中立、侵略戦争の否定、自由経済体制の守護を宣言。自分達は、自国民(社員)の幸福と安寧、そして私企業としての営利追求と拡大再生産を目的とする国家だとした。
共同体は企業連合を母体とするため、その政体は非常に特異だった。国民は社員、民意聴取は労使交渉、議会は株主総会、内閣は取締役会と見なして、企業経営の手法を以て国家を運営。その結果、生産と販売、交易と金融だけに特化した、極端な経済偏重国家となった。
そのため、政治的イデオロギーには固執せず、自由主義経済を否定した帝国とさえも、自国に利益があると見なせば、その範囲内では協力もした。帝国側も、自由主義経済を鼓吹する共同体は、経済政策上、いつかは打倒せざる得ない存在ではあったが、シリウスや攻守連合などの強敵と相対している間は、共同体を敵陣営へと追いやるべきではないと判断。帝国暦3年、皇帝ルドルフと、共同体総裁ディートリヒが秘密裏に会談。共同体は、自国で生産する艦艇や兵器、並びに軍需物資を優先的に帝国へ販売する。帝国は、帝国領内で共同体所属企業が行う自主的な経済活動を容認するとして、統制経済の限定的な解除を認めた。
統制経済を国是とする帝国にとっては、外交的敗北とも言える内容であり、軍部を中心に「国是を否定してまで、あの商人どもに迎合する必要はない」との反対もあったが、元財界人の内閣書記官長クロプシュトックは「その商人どもが銀河系の富の半分を握っている事を忘れるべきではない。奴らの富がシリウスや攻守連合の物になる事だけは、断じて避けなければならない。今は譲るかもしれないが、近い将来、その富を全て、我が帝国の物とすれば良いのだ」と主張。最終的には皇帝ルドルフの裁決で、共同体との協約は成立したが、現在的視点からすると、クロプシュトックの主張は間違っていなかった。
帝国とシリウス・攻守連合の戦いを横目に、共同体は兵器や軍需物資の供給元として、莫大な利益を上げる事に成功。自国の侵略戦争は否定したが、他国の侵略戦争で富を蓄積する共同体を評して「人類史上、最も巨大な死の商人集団だ」(内務尚書ファルストロング)と罵倒する者も多かったが、両陣営の中継役として、帝国と攻守連合の時限的講和を仲介するなど、外交上でも、その存在感を増していった。
帝国暦元年から9年、ルドルフの治世前期は、共同体の最盛期というべきだったが、帝国軍の再編が完了して、シリウス・攻守連合が劣勢に追い込まれてくると、共同体もまた、帝国からの有形無形の圧力を受けるようになった。この状況に対して、共同体内部の意見は分裂。シリウス・攻守連合に与して帝国に反撃、自由経済を守るべきとする原理派と、帝国の存在を受け入れ、その支配下で可能な限りの自由経済を認めさせるべきとする現実派とが抗争、国論の統一が出来なかった。
また、軍事の専門家はいても、彼らは航路警備や治安維持など、守る事に特化した軍人達で、帝国といつ戦端を開くべきかなど、戦略の判断が出来る、攻める事に長けた軍人が皆無だったため、適切な軍事上の提言もないまま、結論の出ない討議が延々と繰り返された。
ルドルフ死後、共同体の没落が始まった。第2代ジギスムント1世が即位、その直後に勃発した共和主義者の大反乱が失敗に終わると、主戦力を喪失した攻守連合は事実上、滅亡。また、叛乱を主導したとの名目で、帝国はシリウスに遠征軍を派遣する。帝国軍の大攻勢により、シリウス周辺諸国は次々と降伏。帝国暦51年、シリウスの首都星ロンドリーナが陥落し、シリウス本国も帝国に降伏した。
この間、共同体も手を拱いていた訳ではない。自国の独立を保てるよう、帝国政府に再三交渉を申し込んだが、すでに自国の圧倒的優位を確信していた帝国は一顧だにせず、即時無条件降伏以外の選択を認めなかった。
事ここに至り、共同体内部でも、帝国支配を容認する現実派が主流となったが、奇妙な事に、初代総裁ディートリヒの長子で、二代目総裁マクシミリアンは、帝国への降伏を容易に肯んじなかった。その理由が判明したのは帝国暦51年3月、突如としてマクシミリアンと一族は失踪、首都星ヴェネーディヒから姿を消した。再びマクシミリアンが姿を現したのは、シリウス旧首都星ロンドリーナ、同地に駐屯する帝国軍遠征部隊総司令官、ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムに伴われてだった。
マクシミリアンが帝国に単独降伏した経緯は、カストロプ家が帝国末期に起こした叛乱で、同家所有の文書がほぼ消失した事もあり、明確になっていない部分も多々あるが、少なくともシリウス滅亡前後、遠征軍総司令官、ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムと、水面下で交渉していた事は間違いないようだ。
降伏したマクシミリアンは、共同体所属企業の各種データ、特に生産基地と軍事拠点の位置を記した、同国内の航路図を帝国軍に提出。そのため、共同体所属の軍事会社(傭兵集団)は、ゲリラ戦が不可能になり、大兵力の帝国軍に各個撃破されていった。マクシミリアンはこの功績により、カストロプ公爵に封じられ、共同体の首都星ヴェネーディヒを中心とする星系を領地として与えられた。
同じ公爵位ではあるが、元シリウス大統領のペクニッツ公爵が帝都星オーディンで飼い殺しにされた事とは対照的に、元共同体総裁のカストロプ公爵は、一星系にのみ限定されたとは言え、それまでの権益を保証された事実は、同公爵と帝国政府、具体的にはノイエ・シュタウフェン公との間に、何らかの密約があった事を推測させるが、現時点では詳細は不明。両家とも、リップシュタット戦役以前に絶家しているため、一次史料が乏しいという制約はあるが、今後の研究を期したい。
確かな事実としては、これまでシリウスや共同体が支配していた辺境域の星系では、旧国の遺民によるテロやゲリラが相次いでいたが、カストロプ家成立後、それら星系の治安が回復し、次々と帝国貴族が領主として封じられた事。この点から、カストロプ家が辺境域の治安維持に努める見返りとして、帝国政府は同家の権益を保証したのではないか、との推測が成り立つ。
旧敵国の統治をその国の支配層に委ねるのは、占領政策の常套手段ではあるが、同時に、旧敵国の勢力を一部温存する事にも繋がるので、政情不安の温床になる危険性もある。この公式通り、カストロプ家は長く辺境域の盟主的存在となり、陰に陽に、帝国の政治に様々な影響を及ぼす事になる。
なお余談ながら、フェザーン自治領に伝わる常套句「親でも国でも売り払え。ただし、なるべく高く」は、フェザーン人の拝金主義を的確に表現した言葉だと広く人口に膾炙しているが、この言葉を初めて用いたのは、初代カストロプ公マクシミリアンとの説がある。だとすれば、マクシミリアンはフェザーン人の精神的祖先だと言えるかもしれない。