【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
本節では、旧帝国成立後、帝国軍が如何なる戦闘教義(ドクトリン)に基づいて、編成されたのかを概説するが、その前提となる、宇宙空間の戦争形態について、まず述べたいと思う。
人類が亜空間跳躍航法(ワープ航法)を手に入れた後、宇宙空間で行われる戦争とは、敢えて一言で言うなら、自軍を一気に跳躍させられるワープポイントの確保を目的としていた。
技術面から言えば、大質量が存在しない宇宙空間ならば、原則としてワープは可能なのだが、艦隊が大規模になればなるほど、一気にワープさせられる地点は限られてくる。安定したワープを行える宙域がいわゆる「交通の要衝」となり、それらの宙域を結んだものが航路と呼ばれた。よって、要衝と航路を自軍の支配下に置く事が、宇宙空間の「占領」と称された。地球・シリウス戦役から連邦成立まで、宇宙空間での戦争は上記の形態で行われていた。
なお、大軍が一気にワープできる地点が限られているのなら、その宙域に予め自軍を展開させ、敵軍がワープしてきた瞬間を狙って攻撃すれば、必ず勝てるではないかと論じる向きがあるが、軍事史的に見ると、素人考え以外の何物でもない。
大軍が一気にワープできる地点が限られていると言っても、広大無辺な宇宙空間全体から見れば十分に多く、敵軍の進路を予想する事がまず困難。予想が当たれば、敵軍に大打撃を与えられるかもしれないが、逆に外れた場合、敵軍は抵抗を受けずに進撃してくる。
そもそも、戦争の規模にもよるのだが、大艦隊であれば、艦隊ごとにタイムラグをつけ、相互に連携が取れる範囲で、複数のポイントを使って進撃するのが軍事上の常識。予想される進路全てを網羅できる戦力を用意する事は、ほぼ無限の艦艇が必要となるので、これは現実的ではない。事実、ワープアウトの瞬間を狙って、事前に艦隊を予測ポイントに展開させる戦術は、ワープ航法黎明期、しばしば使用されたというが、期待された戦果を挙げられず、むしろ敗北の原因にもなったため、直ぐに廃れている。
結果、偵察を繰り返し、敵軍の情報を収集し、進路を予想して、敵軍の通常航行時に要撃する方が勝てると結論付けられ、今に至るも、その要撃戦法が軍事上の常識になっている、ちなみに、進撃側はこれを逆にして、敵の防衛網を看破、防衛力が無い、または乏しい航路を選んで突破する事が定石となった。
このように、宇宙空間の要衝と航路を確保するためには、要撃してくる敵艦隊を撃滅する必要があり、結果、攻撃・防御ともに優れる大型戦艦が艦隊の主力となった。連邦成立まで、これが宇宙戦争のドクトリンだったが、連邦成立後、このドクトリンは転換される。
全人類社会が銀河連邦という統一政体に支配された結果、国家間の大規模な戦争は無くなり、宇宙空間の占領を戦略目標として、艦隊同士が決戦する形態の戦争は姿を消した。
代わって、宇宙海賊など小規模な集団との戦闘が主体となった。西暦時代末期、当時の大国と宗教テロリスト集団との戦闘が「非対称の戦争」と評されたが、当時の戦闘も同様だった。物量に勝る連邦軍に対し、少数の宇宙海賊は敢えて正規の航路から外れて、一撃離脱戦法を繰り返して足止め、その間に退却する事を常套手段とした。これまでの常識だった艦隊戦を挑もうにも、敵勢力が艦隊を形成しない以上、既存のドクトリンを変更するしかなかった。
当時の連邦軍首脳部が考案したのは、単艦もしくは数隻単位の戦艦を中心に、近接戦闘に優れる駆逐艦や、防御力に特化した護衛艦、そして敵艦に接舷し、海賊の逮捕や人質の救出を行う強襲揚陸艦等を主戦力とした軍集団編成。戦艦は直接戦闘には参加せずに、あくまで司令部として、戦闘指揮に専念した。これら軍集団が相互に連携、精密な索敵を繰り返し、敵部隊と根拠地を発見したら、集団を連合させて襲撃する、という戦法が新たなドクトリンとなった。この戦法を実戦で使用して、連邦軍の必勝戦術として確立したのが、宇宙暦106~108年、宇宙海賊討伐で活躍した、クリストファー・ウッド提督と言われている。
人類社会が連邦によって強固に統治され、戦闘が非対称の戦争に留まっている間は、このドクトリンは確かに有効だった。しかし、連邦体制が弛緩し、特に辺境域の星系政府や駐屯する連邦軍、大規模な軍事会社を抱える多星系企業らが、宇宙空間の占領と敵対勢力の撃滅を目的として抗争するようになると、連邦成立以前の艦隊戦が再び行われ始め、旧来のドクトリンが復活してきた。
また、中央の連邦軍に対して、相対的に劣勢だった彼らは、少数で多数を打ち破る事を目指し、先制攻撃を可能にするため、ワープを連続実施し、高速で移動しても、艦隊編成を整然と保ち、集団としての攻撃力・防御力を維持できる手法を模索した。ここから「艦隊運用」との概念が生まれ、現在に至るまで、艦隊戦の重要な要素に位置づけられた。
この艦隊運用という概念を軍事理論化したのが、カストル・ポルックス攻守連合の盟主の一人、ポルックス人民共和国のロブコフ主席で、実際の戦闘に応用したのが、カストル軍政府のスー総統だった。攻守連合が当時、最強の武力を誇っていたのは、艦隊運用という新しいドクトリンを駆使していたからでもあった。
対して、旧帝国成立時の帝国軍は、連邦軍時代のドクトリンに従い、戦艦は主力艦艇ではなく、駆逐艦や護衛艦、強襲揚陸艦を主力とする編成のままだった。艦艇総数こそ辺境域の独立国家を上回っていたが、敵国が戦艦主体の艦隊を編成して、高速で移動、突撃してくると、駆逐艦等を主力とする帝国艦隊(軍集団)に為す術はなく、各個撃破の好餌でしかなかった。
また、当時の帝国軍は、中央の連邦軍と、ルドルフ支持の大企業が抱える軍事会社の集合で、所属する軍人の階級や権限もバラバラ。数こそ多くても、軍隊として、有機的な統一行動が取れる状態では到底なかった。即位後のルドルフにとって、艦隊運用という新しいドクトリンに対応できる艦隊の編成と士官の育成、そして軍隊組織の再編と一本化、この2つが軍編成上の大きな課題だった。
ルドルフはこの難問を解決するため、2人の軍人を起用した。1人は自身の義父でもある、連邦軍中央艦隊司令長官だったエリアス・シュタウフェン大将。
シュタウフェン大将は、前線指揮官としての能力には乏しかったが、組織運営のプロフェッショナルで、在職中に執筆した組織科学に関する研究論文が学会で高い評価を受けた事もあった。軍人としては、国防省や統合幕僚本部で要職を歴任、近い将来、連邦軍のトップに立つ人材と目されていたが、ルドルフが連邦政界で台頭すると、当時の軍高官としては珍しく、積極的にルドルフに接近。ルドルフがグリマルディ内閣で国防大臣に就任すると、同省次官に抜擢される。以来、ルドルフの軍事行政上の補佐役として活動。軍官僚のシュタウフェン大将が中央艦隊司令長官に就任したのも、銀河帝国の建国を視野に入れて、中央の連邦軍をルドルフ支持で一本化するためだったと言われている。
帝国建国後、シュタウフェン大将は帝国軍上級大将に叙され、初代の軍務尚書に就任。寄り合い所帯の帝国軍の再編と一本化に着手する。建国当時の帝国軍は、総員約1億8000万人、宇宙軍約7000万人(艦艇数は約7万隻)、地上軍1億人強、事務官など1000万弱だったと言われている。彼らの現階級と職責、軍歴等を調査して、帝国軍の階級に当てはめて、階級に相応しい職務に就かせる、言葉にすれば簡単だが、過去の経緯やしがらみ、各派閥・部署のパワーバランス等、考慮すべき要素は膨大で、軍務省の職員は過労で倒れる者が続出したという。
また平行して、敵国からの攻勢に対処するため、統帥本部・内務省と連携、新しい防衛戦略の策定も進めた。対同盟戦争では攻勢一辺倒だった旧帝国軍を知る者からすれば、俄には信じ難いが、当時の帝国軍は防衛主体、敵軍との正面戦闘は極力避け、敵補給路を寸断するなど、戦わずして敵を退却させる事を戦略目標としていた。以下、当時の防衛戦略の概略を記す。
戦略目標
敵軍の攻撃に対し、臣民が居住する惑星・人工天体を防衛して、人命と各施設の損傷を可能な限り低減すると共に、あわせて帝国領内における人心の動揺、治安の悪化を防止する。
防衛体制
帝国領内に九軍管区を設定。各管区内で、惑星(人工天体含む)・星系・宙域、各レベルでの防衛線を構築する。なお、帝都星オーディンには、管区所属の地方艦隊とは別に、統帥本部総長が直率する中央艦隊と、地上軍総監が直率する地上中央軍を配備。必要に応じて、各管区への援軍を派遣する。
各防衛線での対応
【惑星レベル】※()内は担当部局
惑星内の臣民と各公共施設の防衛(軍管区所属の地方方面軍司令部・現地総督府・内務省警察局)
敵勢力来襲時、山間部等への臣民の避難誘導(現地総督府・内務省警察局)
反帝国勢力の摘発と逮捕(現地総督府・内務省公安局(のち社会秩序維持局))
反帝国勢力による思想戦に対抗するための教宣活動(現地総督府・内務省風紀局)
【星系レベル】
星系内の各惑星・人工天体等を結ぶ航路の監視と索敵活動(軍管区所属の地方艦隊司令部)
敵勢力来襲時、惑星軌道上に展開して、惑星表面の防衛(同上)
敵勢力来襲時、惑星内臣民の他惑星等への脱出支援(現地総督府・軍管区所属の地方艦隊司令部)
【宙域レベル】
軍管区内の要衝(ワープポイント)と航路の監視と索敵活動(軍管区総司令部)
敵勢力来襲時、敵補給路を捕捉し、補給線の寸断を企図する(同上)
敵勢力来襲時、通商破壊戦を実施し、敵の補給体制を圧迫する(同上)
敵勢力来襲時、敵艦隊の進路を捕捉し、一撃離脱戦法で艦隊の漸減を図る(同上)
敵勢力来襲時、帝都駐留の中央艦隊及び隣接する管区地方艦隊と協働し、敵艦隊の邀撃を企図する(同上)
旧帝国では、貴族を除いた臣民の生命は極めて軽視されていたというのが同盟での定説だが、建国期の帝国軍が策定した防衛戦略に、臣民の生命を守るため、山間部等への避難誘導や、他惑星等への脱出まで盛り込まれているのは興味深い。
ただ、これは当時の帝国が人道的だったからではなく、臣民を放置して、防衛戦を展開した場合、彼らの中に潜む民主共和主義者らが敵勢力に呼応し、テロやゲリラ活動に走る恐れがあったため、避難の形で彼らを監視、隔離しておきたかった、というのが当局の本音だった。
また、帝国の支配体制が盤石ではなかった当時、ことさらに臣民を軽視すれば、反帝国感情が高まり、人心の動揺や治安の悪化が避けられない、との事情もあった。プラグマティックな意味で、当時の帝国は人命を尊重しなければならなかったのだが、それは、当時の帝国軍首脳部に、それだけの理性的な判断が出来る軍人がいた事の証左に他ならない。その中の1人が、ルドルフが登用したもう1人の軍人、初代の統帥本部総長に就任した、アルベルト・リスナー少将だった。