【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
「帝国議会に本法案を上程するに際し、余の立法意図を議員諸氏に説明しておきたい。本法の目的はただ一つ、全宇宙で唯一の知的生命体、我々人類が生物種として永遠に繁栄するため、その阻害要因となる悪性存在の撲滅と排除である。
悪性存在とは何か。それは宇宙の摂理に反する存在である。宇宙の摂理は、弱肉強食、適者生存、優勝劣敗である。この摂理に則る者は栄えて、反する者は滅びる、これは、全宇宙を貫く根本原理に他ならない。
だが、我々人類は集団を形成する社会的動物でもある。ここから、1つの付帯条件が生じる。即ち、宇宙の摂理たる弱肉強食、適者生存、優勝劣敗を人類社会に適用する時は、社会に不可避的に生じる格差を前提とした、同一階級内での平等な競争の結果でなければならない。
言うまでも無く、生物種としての人類には、遺伝子に由来する能力の格差がある。全人類が同一社会に生まれ、同一条件で競うのであれば、遺伝子に由来する格差がそのまま、各人の格差となろう。しかし、社会が発展し、多様化した結果、社会的動物としての人間には、性別や出生地、そして両親の社会的地位や所得等による機会の格差が不可避的に生じた。
今や、社会的格差は遺伝子に起因する格差よりも、遙かに大きな影響を各人に与えるようになった。即ち、生物種としては劣悪だが、社会的には上位に位置する個人または集団が、生物種としては優秀にも関わらず、社会的には下位に位置する個人または集団を駆逐するという現象が生じるのだ。その結果、宇宙の摂理は正しく機能せず、種としての強者が種としての弱者に圧殺され、生得の能力を発揮できなくなる。
確かに、社会的格差を超克できる、卓越した個人は存在する。だが、それは歴史上の奇跡とも称すべき、希有な存在だ。責任ある統治者たる余は、奇跡に依拠して政治を行う事は出来ないのだ。
それでは、生物種として劣悪な存在が社会の上位にあり続ければどうなるか、議員諸氏はすでに答えをご存じだろう。連邦末期の惨状がその回答に他ならない。人心は荒廃し、多くの者は無気力と刹那主義に陥り、麻薬と酒と性的乱交と神秘主義が蔓延。犯罪は激増し、生命を軽視して、モラルを嘲笑する傾向は深まるばかりだった。その結果、社会は秩序と活力を喪失し、連邦体制は崩壊の一途を辿っていた。
故に、余は確信する。人類社会に不可避的に生じる格差を前提として、社会を階層化し、各層の中で、宇宙の摂理を適用する。各層で平等に競争が行われた結果、必然的に、優れた者が上位に、劣った者が下位に位置する。格差を超克できる、卓越した個人が生まれ、自らが属する階層の上位を突破できたならば、その者は上の階層に遷移すれば良い。逆に、生物種として劣悪で、階層内の下位に留まり続け、向上の意思さえ持たない劣等者は、それ以下の階層に転落すれば良い。これが人類社会に真の自由と平等をもたらす唯一の方途なのだと。
しかし、この事実を容認せず、理解さえしない者がかつて存在し、今もまた存在する。奴らは、生物種として明らかに劣悪にも関わらず、偶然、社会の上位に位置した事を自身の優秀さの証明であるかのように振る舞い、自由競争の名の下、真に優秀な者を圧殺し、自己の欲望と快楽の充足のため、不当に社会の富を収奪し続けた。醜悪な事に、奴らに追従し、その不義の財を貪る破廉恥漢さえもいた。奴らこそ、連邦を崩壊に導いた既得権益層に他ならない。
余は連邦の統治者となった時より、奴ら既得権益層は一般市民を害する存在だと、その勢力を撲滅する事を念願とし、強力に政治を進めてきた。だが、奴らは復権を企図し、辺境域を不当に占拠して、我が帝国が定める社会秩序に従わず、再び社会の富を収奪すべく、邪心を巡らしている。奴らは社会の富のみならず、人類の繁栄という宝をも収奪する賊徒であり、正しい人類社会に叛旗を翻す逆徒でもある。そう、まさに、逆賊と称すべき邪悪なる存在なのだ。奴らの復権を断じて許す訳にはいかない。これは人類の正当なる統治者たる余の責務なのだ。
さらに、奴ら逆賊の罪はまだある。自己の欲望と快楽充足のために、人類の優秀さを生み出す根源、遺伝子を恣に改変し、自己に奉仕させたのだ。連邦末期、容姿の美しさや身体能力の向上を求めて、胎児に遺伝子操作を施す者が続出した。また甚だしきは、口にするのさえ悍ましいが、妊婦を人身売買または拉致して、その胎児に遺伝子操作を施す、さらには金銭や暴力等で支配した女性に、遺伝子操作した受精卵を着床させるなどの方法で、人為的な奇形児を作り出して、生きた性具として玩弄する例さえあった。まさに、奴ら逆賊が天をも恐れぬ悪逆の徒である事の証左ではないか!
そして、人為的に遺伝子を改変された生物は、その生命力を減衰させて、自滅への道を辿る。かの13日戦争以前、家畜としての収量を増やす目的で遺伝子操作された動物種は、宇宙時代到来後、環境の変化に耐えられず、ほぼ例外なく絶滅していった事は周知の事実であろう。
人類の統治者たる余は、この危険性を察知して、かつて人間の遺伝子を操作する事を禁じる法律を制定した。しかし、自己の欲望と快楽に溺れ、この悪行に手を染める逆賊は未だ存在する。奴らは、連邦時代を懐かしみ、人類の未来を毀損する異常者を今も作り続けている。生み出された異常者同士が交われば、劣悪遺伝子はさらにその力を増し、異常者が健常者を犯せば、劣悪遺伝子はさらに広く拡散し、後世に受け継がれてしまう。これはまさに、生物種としての人類を滅亡へと至らしめる所行に他ならない。逆賊をこれ以上放置する事は許されない。
異常者が一定数以上に増えた社会は、活力を失って衰弱する。余の熱望するところは、人類の永遠の繁栄である。したがって、人類を種として弱めるがごとき要素を排除するのは、人類の統治者たる余にとって神聖な義務である。よって、本法の制定により、抜本的な解決を企図するものである。議員諸氏の賛同が得られると、帝国皇帝たる余は確信している。諸氏の良識に期待するや大である」