【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
演説中、ルドルフが口を極めて非難したのは、連邦末期の既得権益層と「奴ら(既得権益層)の復権を企図し、再び社会の富を収奪しようと、邪心を巡らす存在」だった。巷間言われていた障害者や貧困層らではなかった。また劣悪遺伝子は、法案中で「帝国の定める社会秩序に背く逆賊が、化学的もしくは医学的手段によって、自己の欲望充足のために改変した遺伝子配列」と定義されている。生来の障害者らが持つ遺伝子配列ではなかった。さらに、劣悪遺伝子に対する非難は、ルドルフが言う「逆賊」への非難と比較すれば、明らかに副次的だった。
本引用に拠る限りで、劣悪遺伝子排除法とは、いわゆる「優生思想」に基づく断種や安楽死を強制する事よりも、反帝国勢力を撲滅、排除する事に力点が置かれていた。その意味では、治安維持法的な性格が強い法律だと言えるだろう。
では何故、劣悪遺伝子の排除などと、優生思想を想起させる法律名を選択したのだろうか?結論から述べると、連邦末期の既得権益層と反帝国勢力を同一視し、臣民の反帝国勢力への敵意を喚起する、そして、劣悪遺伝子の排除を名目とした、恣意的な逮捕を行うため、だったと思われる。
ルドルフの演説でも言及されているが、連邦末期の既得権益層は、自己の欲望充足のため、遺伝子操作を行う者が続出。甚だしきは、人身売買または誘拐した胎児を人為的な奇形児として、性的玩具として玩弄する者さえおり、特権階級の暴虐さの象徴だと、一般市民から強く非難されていた。彼ら既得権益層の中には、ルドルフの粛清から逃れて、辺境域の独立勢力に流入した者達がいたのは事実だが、ルドルフはそれを「かつての既得権益層が帝国の支配を打倒して、もう一度連邦末期のように、自分達の欲望のまま、社会を支配、収奪するため」と決めつけた。連邦末期の記憶がまだ新しく、特権階級の暴虐さで苦しめられていた臣民にとり、それは悪夢そのものだったろう。ルドルフは遺伝子改変を持ち出す事で、彼ら既得権益層への反感を反帝国勢力への敵意に結びつけたのだ。事実、この演説後、帝国軍への入隊志願者数は過去最高を記録している。
さらに、人為的な奇形児などの極端な例を別にすれば、遺伝子が人為的に改変されているかどうか、外見から判別する事は不可能。故に、遺伝子改変の疑いありとする事で、捜査員による恣意的な逮捕が可能になる。地球時代、肌の色など人種的外見で差別、逮捕された者達がいたが、それを更に悪辣にした手法と言えるだろうか。
つまり、劣悪遺伝子排除法とは、同盟で主張されていたように、遺伝子を盲信したルドルフの愚劣さの産物などではなく、①連邦末期の既得権益層と反帝国勢力を同一視し、臣民の敵意の対象とした、②遺伝子改変の名目で、恣意的な逮捕、処罰を可能とした、③人類社会には格差、階層がある事を宣言し、それに従った秩序こそ真の自由と平等をもたらす唯一の方途だと、後の貴族制に至る道筋を付けた。少なくとも、建国期においては、これらの立法意図を持つ法律だったと言えるだろう。
そして、帝国の支配がまだ確立せず、連邦末期の記憶が社会に残っていた当時、帝国当局の恣意に拠るものではあるが、効率的な治安維持活動を展開する上で、同法の存在は有効だった。帝国領内で、辺境域の独立勢力と共闘していた共和主義者らは、劣悪遺伝子排除法に違反している逆賊だと、臣民による通報が相次ぎ、急速にその数を減らしていった。
そのため、ルドルフ没後、帝国の支配体制が確立すると、劣悪遺伝子排除法はその役割を終えたという意見が出る事は想像に難くない。事実、帝国暦130~40年代、老廃帝ユリウス1世の摂政皇太子を務めた寛仁公フランツ・オットー大公は、社会秩序維持局の規模縮小を実施している。恐らく同公は劣悪遺伝子排除法を制定したルドルフの意図を知っていたのだろう。
しかし、この社会秩序維持局の縮小が、帝国暦164年に始まったと伝えられる、かのアーレ・ハイネセンの長征一万光年をもたらした要因の一つになったのではないかとの指摘がある。もし、この指摘が正しければ、寛仁公の善政が後の敵国を生み出した訳で、誠に歴史の皮肉だと言うしかない。