【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
筆者は、同法成立後、帝国暦10年から、ルドルフが崩御した42年まで、社会秩序維持局が領内で行った治安回復活動は、事実上の内乱鎮圧だったと考えている。よって、この時期を「平定戦役」期と呼びたい。この事は、当時の社会秩序維持局の組織構成からも看取できる。
同局職員は、帝国軍(連邦軍含む)の退役、予備役軍人が大半を占めて、特に実戦部隊は装備、練度共に、帝国地上軍と遜色なかった。地上軍との共同作戦を実施する事も多かった関係上、内務省の一部局でありながら、帝国軍と同様の階級制度を用いていた。局長には大将の階級が擬せられ、宮中席次は地上軍総監と同等だとされた。この事からも、当時の社会秩序維持局が国内軍的な性格を有していた事が分かる。
初代局長を兼務した内務尚書ファルストロングは、連邦軍人時代、治安戦のプロフェッショナルとして活躍した経験を活かし、反帝国勢力のテロリストやゲリラ達を陣頭指揮で撃滅。帝国からの分離独立を企図する総督府(星系政府)を次々と鎮定していった。当時の地上軍総監ケッテラー大将は「内務尚書殿は、政治家にしておくには惜し過ぎる軍才の持ち主だ」と評したという。
しかし、果断過ぎるファルストロングの姿勢は、反帝国勢力の憎悪を喚起せずにはいなかった。帝国暦17年、ルドルフの孫ジギスムント、後の強堅帝ジギスムント1世が産まれると、独裁者の呪われた血を絶やせと言わんばかりに、帝都オーディン市内でも爆弾テロが頻発。ファルストロングは不眠不休で対処に当たったが、腹心のズップリンブルク警察局次長らに「尚書閣下が倒れたら、誰がテロ対策の指揮を執るのですか」と諫められたため、一時帰宅する途中、シリウス民主共和国の支援を受けた共和派テロ集団・自由戦士旅団が仕掛けた中性子爆弾の犠牲になり、その命を終えた。
ファルストロング死亡の報を受けたルドルフは、青年時代からの友人でもあった忠実な臣下の死を悼んで、犯行声明を出した自由戦士旅団を徹底的に殲滅せよと厳命。同旅団は、帝国からの独立を志向するアルフヘイム星系を根拠地としていたため、地上軍総監ケッテラー大将率いる中央地上軍の精鋭が同星系に侵攻。同旅団の構成員を含む星系防衛軍をほぼ全滅させると、旅団の残党が逃げ込んだと思われる地方都市も順次、攻略していった。
この過程で、約2万人の民間人が犠牲になったとされるが、ファルストロングを殺したテロリストを匿う者も皆テロリストである、というルドルフの宣言で、民間人の犠牲はゼロだったと報告された。この平定戦役期の特徴として、民間人の犠牲者数が極めて少ない事が挙げられるが、それは当時の帝国軍が人道的だったからではなく、このように民間人をテロリストやゲリラとして扱った例が非常に多かったためである。
平定戦役の詳細は後段に譲るが、民間人を巻き込んでも構わぬ、というルドルフの姿勢は、必然的に現場での恣意的運用を齎した。本来、劣悪遺伝子排除法の対象ではない生来の障害者も、遺伝子改変された異常者だと見なされて、逮捕、処罰された例が後を絶たなかった。
また、反帝国勢力の支配する領域内で暮らしていた一般住民が貧困層、即ち失業者と見なされて、失業は臣民の義務違反だと、逮捕される例もあった。このような不法行為が相次いだ理由は、住民への略奪や暴行を正当化するため、鉱山での採掘作業など危険な労働に従事させる労働力を確保するため、逮捕者数を水増しして自己の功績を過大に見せかけるため、などだったとされている。
しかし、ルドルフや帝国政府が不法行為を無くすため、何らかの措置をとった形跡はない。むしろ黙認さえしていたと思われる。このように、同法の制定後、ルドルフは即位当時の立憲君主とのポーズを捨てて、民意を顧慮しない、専制君主として行動するようになっている。それを端的に示すのが、同法に異議を唱えた共和派政治家への反撃として、帝国議会を永久解散した事だと言えるが、実は、この議会永久解散との措置も、貴族制の成立を視野に入れた、強かで老練な政治家ルドルフと、議会議員との「出来レース」だった形跡がある。