【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

32 / 112
第5節 劣悪遺伝子排除法と貴族制度の関係

 帝国議会が永久解散された際、劣悪遺伝子排除法に異議を唱えた共和派政治家が逮捕、処刑された記録は無い。確かに彼らの存在を抹消するため、逮捕記録自体を廃棄した可能性はあるが、反対に、貴族制成立時、彼らが爵位を与えられた記録はある。

 

 例えば、シャフハウゼン子爵家は中規模の領主貴族として、帝国末期まで存続した名家だが、家祖ベルンハルトに子爵位を与えるルドルフの勅書に「…汝バーナードは、全人類社会を混乱に陥れた、過てる思想を盲信していた迷妄から覚め、帝国臣民としての大義に立ち戻った。その行為を嘉し、銀河帝国皇帝たる余は、汝をシャフハウゼン子爵に封じる。あわせて、ベルンハルトへの改名を命じる」とある。

 

 この「過てる思想」とは何か、文中では明記されていないが、当時の政治状況から考えて、民主共和思想以外ではあり得ないだろう。また、シャフハウゼン子爵家に伝来した史料中に、ベルンハルトの前名は「バーナード・マツイ」と記している文書があるが、このバーナード・マツイなる人物、帝国暦2年に実施された帝国議会議員選挙で、国家社会革新連盟(NSIF)の流れを汲む革新系政党から出馬、当選しており、何よりも、帝国暦9年、劣悪遺伝子排除法が帝国議会に上程された時、反対討論を行った人物なのだ。

 

 共和派政治家バーナードが何故、帝国貴族ベルンハルトに転身できたのか、詳しい経緯は現時点では不詳。しかし、建国期に封ぜられた領主貴族の多くは、連邦の星系政府首相(帝国建国後は総督)、もしくは帝国議会議員だった事が分かっている。ベルンハルトも彼らの中の1人だったのだろうが、帝国に恭順な者たちだけではなく、ルドルフの意に反する者達まで、貴族に封じている事は意外の念に打たれる。

 

 これは推測でしかないが、或いはベルンハルトの反対自体が、事前にルドルフと取引した、政治的パフォーマンスだったのではないか。ルドルフは共和派政治家の反対を口実に、自身を監視する議会を永久に排除できる、ベルンハルトら共和派政治家は、自分たちのプライドは守りつつも、世間の関心が薄れた頃に貴族の身分を与えられ、自身の生命と財産も守る事が出来る。それだけではない、例え皇帝に逆らった者であっても、忠誠を誓えば、それ相応の地位を与えるという事実を示す事で、ルドルフは自身の度量の大きさを世に知らしめ、あわせて反帝国勢力が帝国に帰順する際の心理的障壁を下げる効果も見込める。

 

 後世、反対者は容赦なく逮捕、処刑した暴君というイメージでしか語られないルドルフだが、実際には強権と懐柔を巧みに使い分け、最小の労力で最大の効果を狙う、老練で強かな政治手腕がルドルフの真骨頂だった。

 

 上記のような劣悪遺伝子排除法と貴族制との関係、また前述した痴愚帝ジギスムント2世の「改悪」について、改めて解説したい。

 

 同盟の定説では、劣悪遺伝子排除法と貴族制とは盾の両面。遺伝子を盲信したルドルフは、同法を制定して障害者など劣悪遺伝子の保有者を排除。その反面、白人種を遺伝子的に優れているとし、彼ら「優秀な人材」に特権を与えて、貴族階級を創設した、とされる。

 

 しかし、前述した通り、劣悪遺伝子排除法において、遺伝子は名目に過ぎなかった。これは貴族制度も同様で、遺伝子的に優れていたから貴族になれたのではなく、優秀な能力の持ち主だからこそ、その遺伝子、即ち血統を保持し、ルドルフが理想とした人治の担い手として、永遠に存在させていく、その手段としての貴族制度だった、というのが筆者の見解である。

 

 なお余談ながら、前述したベルンハルト・フォン・シャフハウゼン、前名バーナード・マツイのように、その姓から見て、明らかに白色人種ではない者も貴族に封じられたのならば、何故、帝国貴族は白人ばかりになったのか、と疑問を抱く向きもあるかもしれない。

 

 実は、当時の映像史料等を見ると、明らかに有色人種と思われる人物が貴族として登場している例がある。しかし、ルドルフは自身と同じ、ゲルマン系の白色人種を貴族の標準と見なしていた節があり、有色人種を貴族に封じる時は、ゲルマン系の姓名に改めさせていた。それは貴族側でも同様で、有色人種系の貴族は積極的に白色人種との通婚を進め、甚だしきは、実子がいるにも関わらず、能力不足を理由に廃嫡、白色人種の子供を養子とした貴族家もあった。

 

 しかし、繰り返しになるが、それはルドルフが白色人種の優越性を信じるからではなく、人工的な「貴族」身分の一体感を醸成するために、自身のルーツたるゲルマン系白色人種で貴族層を統一しようとしたから、だと思われる。この結果、時代が下るに従い、帝国貴族=白色人種という公式が出来上がったが、遺伝子的には有色人種の血筋の者も大勢いると推測されている。

 

 なお、痴愚帝の改悪についてだが、同帝は即位後、帝室にのみ伝承されているルドルフ大帝の遺訓が存在すると言い出し、劣悪遺伝子排除法は本来、どのような形であれ何らかの障害を持つ者全てを、そして障害者と血縁関係を持つ者全てを対象にするものだったと宣言。そして、同法は大帝の祖法であり、ただ皇帝のみが法の真意を知り得るのである、故に、皇帝だけが法の真意に基づいた執行を命令できるのである、臣下が大帝の御遺志に触れるなど、不敬の極みであるとして、同法は完全非公開とした。

 

 その結果、痴愚帝の命令により、大量の臣民が同法違反で逮捕され、財産没収の憂き目にあった。これは、皇太曽孫カールによる皇帝弑逆の秘密を知り、カールを脅迫して、急遽自身が即位できた痴愚帝には拠るべき政治的基盤が無く、ルドルフ大帝の権威を借りるしか、自身が目指す富の収奪を実施できる術が無かったからではないかと思われる。その道具として劣悪遺伝子排除法を悪用して、ルドルフの立法意図とはかけ離れた「改悪」を行ったのだろう。詳しくは同帝の巻で述べたい。

 

 また、劣悪遺伝子排除法を有名無実化したと言われる、晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世はルドルフの立法意図を知り、制定当時の形に戻しただけだと思われる。よって、生来の障害者は同法の適用外だから治療も必要と、障害者用の機具や食品の開発も行ったのだろう。

 

 しかし、晴眼帝とは逆に、痴愚帝の改悪を利用した皇帝もいた。縦横帝オットー・ハインツ1世や敗軍帝フリードリヒ3世、残暴帝ウィルヘルム1世たちがそうである。しかし、その動機は異なり、縦横帝は意に沿わない臣下を粛清するために、敗軍帝と残暴帝は恐怖で臣下を支配するため、だった。詳しくは、各帝の巻で述べたい。

 

 さて、劣悪遺伝子排除法とルドルフの立法意図を中心に述べてきたが、今まで意図的に触れてこなかった問題がある。それは、同盟では広く知られている、ルドルフの寵姫マグダレーナが白痴の子を産んだために、本人や家族、出産に立ち会った医師や看護婦も全て死を賜った、という「事実」である。これこそルドルフが遺伝子を盲信していた証左では無いかと反論する方もいるかもしれないが、この逸話の信憑性には大きな疑問符がつく。宮廷の秘事は、そもそも実証史学の対象になり難いのだが、特に同盟では人口に膾炙している逸話であるため、【コラム】「寵姫マグダレーナの死」にて、筆者の見解をまとめている。参照して頂きたい。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。