【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
ルドルフの寵姫マグダレーナが白痴を出産したため、死を賜ったとの逸話は、同盟では高等学校の歴史教科書でも紹介されているほど広く知られていた。教科書等の出版最大手、エデュケーショナル・パブリッシング社で発行された教科書「銀河帝国史Ⅰ」の記述に沿って、改めてマグダレーナの逸話を紹介する。
「ルドルフの晩年、寵姫のマグダレーナが男子を出産したが、生まれつきの白痴児だったと伝えられる。帝国の公式記録には一切記載されていないが、マグダレーナばかりか、彼女の両親や兄弟、さらに出産に関係した医師や看護婦まで、全員が死を賜っている。この事実から推定するに、巷間に流布されたこの噂が真実である事は、ほぼ確実である。ルドルフに白痴を生むような遺伝的要素があったはずはなく、全責任はマグダレーナにあるという訳だった」
同盟社会では、完全な事実として受け取られていた逸話だが、不審な点がいくつか存在する。まず、この件が事実で、ルドルフが遺伝子を盲信する性格だったと仮定すると、旧帝国ではタブー中のタブーだった事は容易に想像がつく。故に、帝国の公式記録が沈黙を守るのは当然だが、では何故、この件が遠く同盟まで伝わったのだろうか。
引用文では、マグダレーナの両親や兄弟、出産に立ち会った医師や看護婦までも死を賜った、とあるが、ルドルフまたは帝国政府がこの件を徹底的に隠蔽しようと図るならば、彼らの存在自体を抹消しようと、処刑された事も箝口令を敷くのが自然ではないだろうか。まして、同盟の成立はルドルフの死後、約200年を経過した後の事。不敬罪の厚い壁を乗り越え、遙か200年先の未来まで、この件が伝わるとは想定しがたい。
さらに、マグダレーナと家族らが死を賜った事は事実としても、その原因が白痴を出産したからと何故、断定できるのだろうか?引用文では「巷間流布されたこの噂」と、白痴を産んだとの噂があったためとしているが、同盟まで伝わる程の噂ならば、当然、帝国でも噂になっているはずだ。もし、そのような噂を流す臣民が存在すれば、社会秩序維持局が即刻逮捕するだろう事は想像に難くない。しかし、公開された社会秩序維持局の逮捕記録等を調べても、マグダレーナに関する噂で逮捕された者は現時点では発見されていない。
そもそも、同盟での本逸話の初出は、宇宙暦670年代、征軍帝コルネリアス1世の大親征後、大衆向けの娯楽雑誌や、イエロージャーナリストの手による実録系読み物。ニュースソースは「帝国から脱出した某氏の証言によると…」的な極めて曖昧なものだった。実際、同盟の歴史学界でも、同様の疑問を呈した学者はいたというが、イデオロギー的史学が主流の学界では無視されるだけだった。
以上の事から、このような事実は存在しなかったと解釈する方が自然ではないだろうか。恐らく、宇宙暦670年代ごろ、反帝国のプロパガンダのため、亡命した帝国人、または亡命帝国人から情報を得た同盟人が創作した可能性が高いと思われる。
では、白痴云々はさておき、寵姫マグダレーナは実在したのだろうか。公開された新史料中に、宮内省後宮職が所蔵する当時の後宮人員名簿があるが、皇帝付き女官の1人に「マグダレーナ・フォン・ズップリンブルク」なる女性が記載されている。名簿に添付された経歴書によると、女官マグダレーナは帝国暦元年生まれ。父親はヨハン・フォン・ズップリンブルク男爵。内務省に勤務する高級官僚で、最終官職は同省警察局長。帝国暦20年、20歳の時に皇帝付き女官に採用。同21年、ルドルフ大帝の閨に侍り、側室となる。同23年、難産のため母子ともに死亡、とあるのみである。これ以外で、マグダレーナに関する史料は、現時点では発見されていない。
なお余談ながら、当時の後宮のシステムについて説明しておく。皇帝の側室候補に選ばれた女性は、まず皇帝付きの女官として採用。宮中で働きながら、皇帝への忠誠心や健康面等を上司が観察、良質な子を産める可能性が高いと判断されたら、宮内尚書が皇帝に推挙。皇帝が了承すれば、側室として皇帝の閨に侍った。
その後、後宮内の序列に応じて、新無憂宮内に私室または私邸を賜った。また、皇帝と性交した後は、必ず宮内省付きの医師の診察を受けて、自身の健康状態や受胎の可能性、性病感染の兆候等について、詳細な報告書を提出する事が義務付けられた。さらに、無駄と怠惰を嫌ったルドルフらしく、側室であっても、妊娠するまでは女官として宮中で働く事を求めたので、出産を職務とする宮内省の女性職員、といった風情だった。
当のルドルフ本人も厳格かつ禁欲的、性愛に耽溺する性格でも無かったので、当時の後宮は、例えば強精帝オトフリート4世や、亡国帝フリードリヒ4世のそれに比べると、存在しないに等しいほど小規模だったと伝えられる。
ルドルフにマグダレーナという側室がいた事、そして、マグダレーナは出産時、難産のために母子ともに死亡した事、この2点は史料上で確認できた。
そして、新帝国暦元年、新無憂宮内の一角、建国者ルドルフ大帝が崩御した寝室と伝えられる部屋であり、ルドルフの後継者、強堅帝ジギスムント1世の手で、ルドルフの御霊を祀る霊廟と定められた場所から、ルドルフ真筆の書簡が数通、発見された。
そこには、寵姫マグダレーナが帝位継承を巡る暗闘の犠牲になった事が示唆されており、旧帝国史上、ただ「ルドルフ大帝の寵姫」としか認識されていなかったマグダレーナが政治的に重要な存在だった可能性が出てきた。
以下の記述は、新発見されたルドルフ書簡の示唆に基づき、当時の政治状況や人間関係を加味しつつ、筆者が考えたマグダレーナの死亡に関する仮説である。
なお、ルドルフ書簡の原文は、本書第11章ルドルフ大帝の死・第5節-5「【帝国暦23年10月3日】」を参照の事。