【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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【コラム】寵姫マグダレーナの死(下)

 マグダレーナの死の原因は、白痴を産んだ事などではない。彼女は帝位継承を巡る暗闘の犠牲になったのだ。彼女が皇帝付き女官、そして側室になった事は、必ずしも本人の意思ではなかった。帝国暦17年、ルドルフの長女カタリナが長男ジギスムントを出産。父親は、初代軍務尚書シュタウフェン上級大将の孫にして、後継者に擬せられていたノイエ・シュタウフェン公ヨアヒム。当時は、統帥本部総長リスナー上級大将の麾下で、帝国軍少将の地位にあった。この時、皇帝ルドルフは58歳、子供は長女カタリナを筆頭に女子のみ4人、未だ男子を得ていなかった。

 

 ルドルフと皇后エリザベートは、初孫のジギスムントを溺愛。ジギスムントが幼児期を迎えて、利発さを示すようになると、ルドルフは非公式の席上ではあるが、ジギスムントを余の後継者にしても良い、と発言するまでになった。

 

 この発言に動揺したのが、内務尚書の地位にあったクロプシュトック。当時の帝国政界は、親政する皇帝ルドルフの絶対的な支配下にあったが、それに次ぐ権勢を誇ったのが、初代の軍務尚書シュタウフェン上級大将。老齢のため、既に現役を退いてはいたが、皇帝の義父、建国の功臣、建軍の父として、その権勢は依然として絶大だった。シュタウフェン上級大将を長と仰ぐ派閥は、帝国軍の幹部を始め、軍務省・内務省など、政府部内にも勢力を伸ばしていた。特に内務省次官兼社会秩序維持局長クラインゲルト退役少将は、シュタウフェン上級大将が連邦軍人だった頃からの部下で、尚書の地位にあったクロプシュトックは、常に監視されているとの意識を消す事が出来なかった。

 

 クロプシュトックは、ルドルフがペデルギウス星系で連邦軍人を務めていた時からの支援者、部下であった。そのため、自分達ペデルギウス出身者は、ルドルフ譜代の臣下だとの意識を強く持っていた。連邦軍の高級幹部だったシュタウフェン上級大将など、ルドルフが連邦政界で台頭してからの部下、所詮外様ではないかと内心、見下していた。

 

 しかし、帝国建国後、彼我の立場は逆転。ペデルギウス派は、有力幹部の前内務尚書ファルストロングはテロに倒れ、統帥本部総長リスナー上級大将はシュタウフェン派の一員に成り果て、クロプシュトックは帝国政界の中で一人、譜代の臣下とのプライドを抱えつつ、自身の権力が衰えていくのを眺めるしかなかった。

 

 そして、ルドルフの後継者発言。クロプシュトックは、激しく焦燥した。座視していては、政敵たるシュタウフェン上級大将の曾孫が次の皇帝になってしまうと。また、クロプシュトックは、ルドルフよりも遺伝子を重視する性格で、ルドルフの外孫ジギスムントが帝位につけば、その時点でルドルフのY染色体は断絶する。ゴールデンバウム朝は事実上、簒奪され、シュタウフェン朝が始まってしまう。自身の権力への渇望、譜代の臣下とのプライドと使命感から、何としてもジギスムントの帝位継承を阻止せねばならないと、密かに決意した。

 

 そのクロプシュトックに接近したのが、同省警察局長のズップリンブルクだった。連邦警察省から帝国内務省に横滑りした彼は、前内務尚書ファルストロングの腹心でもあった。生粋の警察官僚だったズップリンブルクは、内務省内にシュタウフェン派が増える事を、即ち帝国軍の影響力が強まる事を懸念。特に、同省次官兼社会秩序維持局長のクラインゲルト退役少将がクロプシュトック尚書を蔑ろにし、シュタウフェン上級大将の意向で業務を遂行している事は、内務省内の秩序を破壊するものだと、強く憤っていた。その憤りには、ファルストロングの横死後、後任の社会秩序維持局長は自分だと密かに期していたのに、シュタウフェン上級大将の意向で、退役軍人のクラインゲルトが就任した事への嫉妬と憎悪も混じってはいたが。

 

 ズップリンブルクに権勢欲があったのかどうかは分からない。だが、シュタウフェン上級大将への反感を共有するこの2人は、ジギスムントの帝位継承を阻止するため、ズップリンブルクの娘マグダレーナをルドルフの側室とし、男子が生まれたら、その子を次代の皇帝に据える、との構想を描き、マグダレーナを皇帝付き女官として採用させる事に成功する。

 

 マグダレーナが父親やクロプシュトックらの構想をどこまで知っていたのかは不明だが、帝国暦21年、当時の宮内尚書ノイラート子爵の推挙を受け、ルドルフの側室となっている。だが、後宮内の序列は下位にとどまり、ルドルフの寵を受けるのも、半年に一度あるかどうかだった。

 

 しかし、大神オーディンの気紛れなのか、翌22年、マグダレーナは妊娠の兆候を示す。なお、読者諸氏の中には、その子は本当にルドルフの子なのかと疑う方もいるかもしれないが、当時、ルドルフの意向で、皇帝付きの女官になる者は、悉く処女でなければならないと、採用前に宮内省付きの医師が処女膜の有無を確認する事が義務づけられていた。よって、後宮入りする前に妊娠していた可能性は無い。なお、これは処女性を珍重したためではなく、単に性病への感染を嫌ったという極めて散文的な理由からだったが。

 

 マグダレーナの妊娠は、帝国政界に激震をもたらした。クロプシュトックらは文字通り狂喜したが、シュタウフェン上級大将以下、同派に属する文武官の多くは、かつてのクロプシュトック同様、激しい焦燥にかられた。彼らにとって、ジギスムントの帝位継承は既定路線だったからだ。特に激高したのは、皇后エリザベートと皇女カタリナの2人。彼女らにとって、帝位はゴールデンバウム家とシュタウフェン家の後継者が受け継ぐものだという事は、物理法則と同様、絶対の定理となっていた。それをズップリンブルクとかいう小役人の小娘が産んだ赤子が継承するなど、悪い冗談以外の何物でもなかった。

 

 この件について、「父親」のルドルフはどう反応したのだろうか。果断なルドルフらしくなく、拱手傍観という言葉の生きた見本の如く、公私ともに沈黙を保っていた。

 元々、ルドルフは性愛よりも政治が好きという極端な仕事人間で、側室を持つ事に積極的ではなかった。しかし、貴族制成立後、臣下に側室を持つ事を許した以上、陛下も側室を持つべきです、でなければ臣下が萎縮して、側室を抱える事が出来ませんと、クロプシュトックの進言をきっかけに、やむを得ず側室を抱えるようになった。

 

 しかし、皇后エリザベートとの夫婦仲は悪くなく、ルドルフは皇后に対し、常に後ろめたい気持ちを抱いていたと思われる。また、側室を持った事で、4人の娘達との仲が拗れてきたのも、子煩悩なルドルフには辛かった。娘達はちょうど思春期を迎え、若い娘特有の潔癖さから、父親が自分達と年齢が近い若い女性と性交する事に強い嫌悪感を示した。クロプシュトックらは、子煩悩なルドルフの事、側室に子供が出来れば、必ず溺愛するだろうと予測していたが、ルドルフにとって子供とは、エリザベートとの間に儲けた娘の事だった。この点を読み誤った事が、後にクロプシュトックらが失脚する原因となった。

 

 妊娠したマグダレーナは、新無憂宮内に私邸を与えられた。使用人や護衛は、父親のズップリンブルクが手配した子飼いの警官達が務め、毒殺や襲撃に対し、水も漏らさぬ警戒体制が敷かれた。母子健診で、胎児が男子である事が判明すると、警戒体制はさらに強化された。

 

 この間、シュタウフェン派は手を束ねて傍観していたのか。その答えが明らかになったのは、マグダレーナの出産当日。分娩室から出てきた医師エルンスト・ウェルニッヒは、酷い難産のため、手は尽くしたが、母子ともに死去した、と発表した。立会人の宮内尚書ノイラート子爵も、医師の発表通りだと証言した。この死を自然死だと受け止めた者は、当時の帝国政界には皆無であっただろうが、ルドルフはマグダレーナと子供の死を悼むと共に、宮内尚書と医師の労をねぎらう談話を発表。その後、ルドルフの口から、マグダレーナの事が語られる事は一切無かった。

 

 マグダレーナと子供を手にかけたのは、出産に立ち会った医師である事は間違いないが、指示を出したのは誰なのか。恐らく、宮内尚書に直接指示を出せる立場の皇后エリザベートではないかと思われるが、確証は無い。

 

 しかし、娘と孫を一度に失い、自身の栄達の道も閉ざされたズップリンブルク男爵は、皇后こそが真犯人と確信したのだろう。警察局長としての自身の権限を用い、出産に立ち会った医師や看護婦らの身辺調査を開始、皇后が関与した証拠を見付けようとしたが、それは余りに危険な行為だった。

 

 帝国暦23年、ズップリンブルク男爵は、公権力濫用の容疑で司法省監察局から弾劾され、同時に、宮内省からも、帝室に対し不敬の行為があったと告発された。結果、本人は自裁、家族は処刑、親類縁者は流刑星へ移住、家門は廃絶、族滅とされた。上司たる内務尚書クロプシュトックも、部下の監督不行届で厳重注意となった。同日、クロプシュトックは急遽参内し、病身を理由に、皇帝ルドルフに辞職願を提出、自領への移住を願い出た。ルドルフは何も言わず、ただ頷いたという。後任の内務尚書は、内部昇格で、同省次官兼社会秩序維持局長クラインゲルト退役少将が就任。尚書として初めての命令は、宮内省付医師エルンスト・ウェルニッヒと、その妻で看護婦のハンナ、この両名に劣悪遺伝子排除法違反の疑いあり、即刻逮捕の上、然るべき処置を執れ、だった。

 

 翌24年、皇孫ジギスムントの立太子式が挙行された。皇太孫ジギスムントの許嫁に、宮内尚書ノイラート子爵の孫娘アデルハイドが内定し、同子爵家の侯爵位への陞爵が発表された…

 

 さて、如何だっただろうか?上記の内容で、歴史的事実と認められるのは、マグダレーナの経歴と出産時の状況、その他は父親ズップリンブルク男爵が帝国暦23年、公権力濫用と不敬罪で族滅された事、内務尚書クロプシュトックが辞職、後任に同省次官のクラインゲルト退役少将が就任した事、宮内省付医師エルンスト・ウェルニッヒと、その妻で看護婦のハンナが社会秩序維持局に逮捕された事、同24年、皇孫ジギスムントの立太子式が挙行され、許嫁に宮内尚書ノイラート子爵の孫娘アデルハイドが内定し、同子爵家が侯爵位に陞爵された事である。

 

 当時の政治状況やルドルフの為人を勘案すると、「白痴を産んだ事を隠蔽するために殺された」よりも、蓋然性ある仮説ではないかと自負している。今後の研究の進展を期待し、かつ読者諸氏のご批判を俟つものである。

 

 最後に余談ながら、ルドルフに白痴の子がいた、との着想は何故、生まれたのだろうか?これも、推測の上に推測を重ねた形ではあるが、痴愚帝ジギスムント2世の勅令がヒントになったのではないかと思われる。

 

 前述の通り、同帝は劣悪遺伝子排除法で、生来の障害者も逮捕、処罰の対象にすると宣言。その一節に「恐れ多くも、皇祖ルドルフ大帝陛下は、たとえご自身の血縁であろうとも、障害をもたらす劣悪遺伝子の所有者と分かれば、肉親の情を捨て、大義の刃を振るい、人類社会から異常者の因子を排除なされ…」とある。この勅令をヒントに、死んだ寵姫マグダレーナという存在を知った、反帝国思想を有する誰かが、白痴云々の話を創作したのではないだろうか?

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