【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
第1節 各身分の定義
旧帝国の貴族制度は、帝国暦15年に施行された「銀河帝国における貴族身分の権利及び義務に関する法律」(貴族法)に基づく。第3章「劣悪遺伝子排除法」で述べたように、帝国貴族とは、遺伝子的に優れていたからではなく、優秀な能力の持ち主だからこそ、その遺伝子、即ち血統を保持し、ルドルフが理想とした人治の担い手として、永遠に存在させていく、貴族制度とはその手段だった、というのが筆者の見解である。また、社会的格差に基づく身分制秩序を構築する上で、貴族制度はその根幹を成すものでもあった。本章では、旧帝国の貴族制度と身分制秩序について概説したい。
まず、旧帝国の身分制だが、微に入り細に亘って、各種身分が定められていた訳ではない。貴族法が定めるのは、あくまで「貴族」という身分だけであって、旧帝国の身分を定義するなら「貴族(皇族含む)」と「貴族以外」が正しい。俗に、貴族に対置される身分として「平民」との呼称が用いられるが、平民という身分があった訳ではなく、貴族以外の全臣民が平民だった。その中で、社会的な立場や法的権利等の差異から、擬制的身分として「農奴」「奴隷」などの呼称が生まれていった。貴族以外の身分は、おおよそ以下の通りである。
1.平民
貴族身分以外のあらゆる臣民を指す。元々、貴族が自分達以外の者を蔑視して用いた差別表現だった。平民は「従臣」「領民」「国民」「農奴」「奴隷」といった擬制的身分の総称でもある。
2.従臣
特定の貴族家(主家)に、子々孫々に亘って忠誠を誓約した者。家臣・陪臣とも云う。その能力を以て、主家に尽くす代わりに、主家は当人と子孫の生活を保証する義務を負う。建国期、高級官僚や高級軍人、国営企業の社長らが爵位持ち貴族に列せられると、その部下達が従臣になる例が多かった。
主家内部で出世すると、主君の推薦を得て、貴族に取り立てられる事もあった。平民ではあるが、最も貴族に近い存在。また、従臣でありながら、主家に匹敵、または主家を凌ぐ権力を手に入れた者もいた。
3.領民
領主貴族が統治する領地で暮らす者。私有財産権は持っているが、領主が指定する仕事に就かねばならない。また、領主の同意がなければ移住する事は出来ない。特定の貴族家に仕えるという点では従臣と同じだが、企業に例えるなら、従臣は幹部社員、領民は一般社員に近い。
また、形骸化していたが、領民(従臣含む)を正当な理由なく殺害、負傷させた場合、法律上、領主も罪に問われる。そのため、領民は司法省管轄の下級裁判所で裁判を受ける権利があり、領主の不当な行為を皇帝(政府)に訴える事も出来るとなっていたが、領民だけの判断で、領主貴族を告訴した例は皆無。
ただ、ある領主貴族を陥れるため、政敵の貴族が領民を扇動、枢密院に直訴させて、統治能力欠如とのレッテルを貼り、領地を没収されるよう仕組んだ策謀はしばしば行われた。
なお、帝国領内の自治領に住む者も領民と呼ばれた。
4.国民
皇帝直轄領に暮らす者。法律的には領民と同じ立場だが、職業選択の自由を有し、直轄領間の移住であれば、原則認められるなど、領民よりも自由度が高かった。その反面、直轄領の行政サービスは最低水準なので、医療・福祉・教育などの各種サービスを自費で賄えるだけの経済的余裕を持つ高額所得者が多い。これは、開発に熱心な領主貴族は手厚いサービスを掲げて、労働者の誘致をしていたので、低所得者層は生活条件の良い領地で暮らしたがったため。
なお、直轄領でも帝都オーディンだけは別格で、他の直轄領から移住する際は、厳密な思想調査を受け、反帝国思想の持ち主でないと認められなければ、居住する事を許されなかった。そのため、帝都に住む事は国民にとって一種の憧れで、ステータスでもあったが、これは皇帝の誕生日や即位記念日といった慶事の都度、皇帝から臣民への慈悲との名目で、肉やワインの無料配布が実施されたり、臨時の給付金が支給されたりするなど、他の直轄領より手厚い恩典が存在していた、という即物的な理由もあった。
5.農奴
臣民としての権利を「一時停止」された者。私有財産権を始めとして、あらゆる権利・自由を一時的に喪失した存在。帝国政府または領主貴族の支配下で、過酷な労働に従事していた。ルドルフが連邦の終身執政官時代、強盗・窃盗など他者の財産に損害を与えた犯罪者に、未開発惑星での開拓作業など、損害額に相当する労働刑を科した事に由来する。税金滞納など、臣民の義務を果たしていない者が懲罰的に農奴とされたが、一種の刑罰であるため、定められた刑期を満了すれば、元の地位に戻れた。作業自体は無報酬だったが、最低限の食料や日用品などは現物支給された。
また、ルドルフ及び第2代ジギスムント1世の御代、反帝国勢力の下で生活していた人民が大量に農奴とされたが、これは彼らが反逆者予備軍と見なされたため、臣民としての権利を認めるまでの経過措置であった。
なお余談ながら、農奴という名称ではあるが、必ずしも農作業にだけ従事した訳ではなく、何らかの技術を持つ者は、公共工事の建設現場や帝国軍基地などで作業員として働いた。
6.奴隷
臣民としての権利を「剥奪」された者。農奴と異なり、死ぬまでその立場からは逃れられず、帝国政府の支配する矯正区(流刑地)で、死と紙一重の危険な作業に従事していた。
反帝国活動を行った国事犯や、反帝国思想を鼓吹した思想犯など、社会秩序維持局の隔離対象となった者が奴隷と認定された。使い捨て同然の労働力と見なされていたので、原則として食料等も全て自給自足させるなど、例えるなら緩慢に処刑されている死刑囚、というべき存在。後世、同盟軍の捕虜も思想犯と同一視されたため、奴隷と同様の扱いを受けた。
なお余談ながら、同盟の建国者アーレ・ハイネセンは、旧帝国の奴隷階級出身だったというのが同盟の通説だが、旧帝国で奴隷が置かれていた状況を考えると、どのような形態でも恒星間宇宙船を建造できる可能性は乏しい。詳しくは再建帝オトフリート2世の巻で述べたいが、自由惑星同盟を建国したのは、辺境域の領主貴族らが密かに派遣した深宇宙探査を目的とする農奴・奴隷と思われる。そして、アーレ・ハイネセンは、彼らが同盟領に到達した後、自分たちの団結の象徴として掲げた偶像だったのではないか、というのが筆者の見解だ。
【注】自治領の定義:特別な事情で、帝国皇帝の宗主権を認める事を前提に、自治を認められた地域。実際は、辺境に取り残された惑星や人工天体など、人間は居住しているが、帝国の支配下に置いてもメリットが乏しい難治の場所を名目上、自治領としていた。実質的に見捨てられた地域なので、国務省の管轄下ではあるが、帝国政府が自治領側からの要望や要請に応じる事は、ほぼ皆無だった。例外は、旧帝国史上、最も豊かな自治領だったフェザーン自治領。
なお、かの地球教団が統治していた地球(太陽系)もまた自治領であり、国務省には「テラ自治領」との名前で登録されていた。
以上のように、貴族ではない身分の者達も、その社会的立場等によって、階層分化が生じていた。とは言え、貴族のように法律で定められた身分ではないため、個人が各階層間を移動する事は比較的、頻繁に生じていた。特殊な技術や能力を持つ農奴が勤務地の領主貴族に見込まれて、その領民になるのはごく普通の事であり、それから従臣に登用される例も少なくなかった。また、希有な例ではあるが、貴族身分ではない者が貴族となって、尚書に抜擢された事もあった。
寛仁公フランツ・オットー大公に仕えて、財務尚書に抜擢されたベーリング帝国騎士は、父親の代に農奴から従臣に取り立てられ、本人は天才的な計数の才を見込まれて、長らくフランツ・オットー大公家の家宰を務めていたが、同大公の父ユリウスが即位、大公が皇太子に立てられると、エックハルト時代の弊風を一掃するため、特に大公から財務尚書に任命された。その時、貴族身分でない者が尚書職に就いた先例は無いと、廷臣から異論が出たため、新設された貴族身分の帝国騎士に叙せられた。
これは貴族家内でも起こっており、例えば、皇太后ヒルデガルド陛下の御実家、マリーンドルフ伯爵家は、もともとカストロプ公爵家の従臣だったが、再建帝オトフリート2世の御代、一時的にカストロプ公爵家の実権を握って、自家を貴族にするよう公爵家から帝国政府に申請させ、爵位を得たと言われている。
また逆に、貴族身分の者が不敬罪等を犯し、貴族位を剥奪される例もあり、時代が下ると、後述する帝国騎士や家士、従士といった、貴族と平民の間に位置する者たちも現れてきた。貴族と平民との間の垣根は、一般的に言われているより、遙かに低かったと言わざるを得ない。逆説的ではあるが、ルドルフが目指した通り、階層間、そして階層内での流動性がある程度、確保されていたからこそ、旧帝国は人材の新陳代謝が図られて、約500年近い身分制社会を保つことが出来たとも言えるのだ。