【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
旧帝国での爵位は、周知のように、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵と、五等爵制が採用されていた。各爵位を与えられる基準は以下の通り。ただし、下記の基準はあくまで原則であり、皇帝の意向、また権臣の専横により、本来なら得られない爵位を賜爵された例は、旧帝国史上、枚挙に暇が無い事を付言しておく。
1.公爵
皇族男子及び皇帝の姻族が対象。その中でも、皇帝の息子、同母兄弟、長女の婿に限られた。同じ娘婿でも、次女以下は侯爵位が与えられる。帝国末期、ともに亡国帝フリードリヒ4世の娘婿ながら、ブラウンシュヴァイク家が公爵、リッテンハイム家が侯爵だったのは、ブラウンシュヴァイク公オットーの妻がフリードリヒ4世の長女だったため。
なお、建国期のみの例外として、旧敵国の代表者だったペクニッツ家やカストロプ家、ルドルフの皇后エリザベートの実家たるシュタウフェン家にも公爵位が与えられた。
2.侯爵
皇帝の異母兄弟、皇后の実家、皇帝の次女以下の娘婿が対象。この他、皇族男子が臣籍降下して一家を立てる時、今上帝から見て三親等以内の男子にも賜爵された。なお、帝国末期、亡国帝フリードリヒ4世の国務尚書クラウス・フォン・リヒテンラーデが当主を務めたリヒテンラーデ侯爵家は、もともとは子爵家だったが、美麗帝アウグスト1世の皇后を輩出したため、侯爵位に陞爵している。
なお、公爵と同様、建国期のみの例外で、降伏した旧敵国の有力者に与えられた例もある。
3.伯爵
帝室と血縁、姻戚関係がない臣下が到達できる最高位。文官なら各省尚書、武官なら帝国軍三長官等の政府や軍の要職についた者か、主要国営企業の最高支配人(社長)、特に皇帝が認める功績を挙げた子爵位所有者などが対象。伯爵位以上がいわゆる「諸侯」で、貴族家全体の約25%を占める。
貴族達の意識では、子爵位と伯爵位の間には大きな懸隔があり、子爵以下の貴族は、ほぼ例外なく伯爵位への陞爵を熱望していた。そのため、開祖ラインハルト陛下が旧帝国時代、帝国騎士から一足飛びに伯爵位を賜爵された事は、当時の貴族達にとって僭上の沙汰以外の何物でもなく、とりわけ子爵・男爵位の若手貴族に憎悪されたのは、伯爵という爵位の重さがその理由でもあった。
4.子爵
政府や軍に仕える中堅の官僚や軍人、国営企業の幹部、公益団体の長らが通常与えられる爵位。建国期では、星系政府首相(総督)や、有力な議会議員を貴族に叙する時に与えられた。旧帝国では、皇帝の傍近くにいる者には比較的高い爵位が与えられ、地方の領地で暮らす貴族には、子爵・男爵と下位の爵位が与えられる事が多かったが、これは中央政府の威信を高めるためだったと言われている。
5.男爵
特に賜爵の基準は無く、功績を挙げた家士や従臣を貴族に取り立てる時に与えられた。また、有力貴族の子弟らが分家する時は、男爵位を与えられるのが通例だった。
その結果、時代が下ると、男爵位を有する者が増え過ぎ、年金支出は増加の一途を辿った。帝国暦110年代、喪心帝オトフリート1世の御代、この事を問題視した権臣エックハルトの意向で、特に皇帝の勅許が無ければ、新規に男爵家を立てる事は原則禁止されたため、有力貴族の子弟であっても、男爵にさえなれないと、貴族内に不平不満が高まってきた。エックハルト誅殺後、この問題を解決するため、寛仁公フランツ・オットー大公の改革の一環として、男爵位の下に「帝国騎士(ライヒスリッター)」の位が設けられた。
【注】帝国騎士という位:増え過ぎた男爵位の希少性を確保するために、帝国暦130年代、寛仁公フランツ・オットー大公が創設した新しい貴族位。男爵の下位ではあるが、皇帝の直臣と位置づけられた。爵位持ち貴族のように貴族年金は与えられなかったが、高利率の債券を与えられて、その運用益が年金に相当するとされた。貴族家の子弟で、政府や軍に就職し、功績を挙げた者に対して優先的に賜爵されたため、中央の官界や軍隊での出世を目論む家士達にとり、帝国騎士は憧れの位となった。
また、貴族の特権の一つ、経済主体になれる権利を行使、自ら事業を営み、経済的に成功する者達も現れた。彼らの成功に触発された平民層にとっても、帝国騎士は羨望の対象となった。その事につけ込み、騎士位の取得に便宜を図る見返りに、金品を要求する皇族や貴族も現れ、貴族の風上にも置けない連中だと、しばしば非難の対象になっている。
以上のように、帝国騎士とは貴族と平民の中間に位置し、両者の人的交流を促す役割を果たしたが、爵位持ち貴族からは平民と同じ下賎な存在だと見なされ、同じ貴族と見なされる事を酷く嫌悪する者も多かった。
しかし、開祖ラインハルト陛下も帝国騎士の出身で、新帝国の重臣の中にも、例えば統帥本部総長、新領土総督を務めた故ロイエンタール元帥を始め、帝国騎士位を持つ者が多数存在する。西暦時代、歴史学のテーゼの1つに「歴史の変革をもたらす力は、中央の文明と辺境の野蛮とが混じり合う場所に生まれる」というものがあるが、貴族の洗練と平民の生命力を合わせ持つ帝国騎士は、将に銀河帝国の変革をもたらした力の母体になったと言えよう。
【注】大公という位:公爵の上位に位置し、皇太子、帝位に就いていなかった皇帝の父親、その他特に皇帝が認めた皇族男子にのみ付与された。旧帝国での代表的な例として、敗軍帝フリードリヒ3世の三男で、皇太子に内定していたヘルベルト大公、老廃帝ユリウス1世の皇太子だったフランツ・オットー大公、止血帝エーリッヒ2世の父親アンドレアス大公らがいる。
なお、開祖ラインハルト陛下が旧帝国の帝国宰相に就任し、独裁体制を実現させた際、親友たる故キルヒアイス元帥に大公位を与えたが、旧帝国の原則に拠る限り、皇族男子ではないキルヒアイス元帥が大公位を得られる根拠は無い。この事から、ラインハルト陛下が自らを新帝国の皇帝に擬し、故元帥を新帝国の皇族男子として認めた、即ち近い将来の簒奪を決意した、と確信した旧帝国の廷臣も多い。