【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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第6節 枢密院という組織

 一門を形成した貴族達は、その勢力を背景に権力闘争を繰り広げたが、その主舞台となったのが「枢密院」という組織である。皮肉な視点を持つ者から「優雅なる戦場」とも評された枢密院制度について述べたい。

 

 枢密院とは、帝国政府と領主貴族たちとの利害調整、また政策協議の場として設けられた。貴族領内の政治には、例え皇帝でも直接介入する事は出来なかったため、皇帝直轄領と貴族領双方に影響がある政策、例えば直轄領と貴族領を横断する新規航路の開設を政府が計画した時、関係する貴族達の同意は得られるのか、貴族領内の既存航路と干渉しないか、また干渉する場合、当該貴族への補償はどうするのか、開設後の維持管理で、貴族領内に管理設備を設ける必要がある場合、管理責任は誰が負い、管理費用の分担割合はどうするのか…など、権利関係から実務に至るまで、大小様々な問題が発生した。

 

 本来、このような問題を処理するため、帝国政府と領主貴族との調整機関として、国務省第二調整局が設けられていたが、面子を重んじる貴族達にとって、現場レベルの些末事であればともかく、自領の支配権にも関わる内容であれば、国務省の官僚などと直接協議するのは家名に傷がつく、皇帝や尚書と話をしたいと主張する者が多く、政策実施の上で、トラブルが頻発していた。

 事態を憂慮した国務尚書ヘルマン・フォン・ハーン伯爵は、帝国政府と領主貴族とが公式に協議する場を設けるべきと、ルドルフに進言。御前会議での検討を経て、帝国暦27年、枢密院が発足した。

 

 発足当時の枢密院は、既に解散した帝国議会を範とし、当時の領主貴族から300名を選抜、皇帝が彼らを枢密院議員に任命した。議員の任期は終身で、その地位は皇帝が罷免もしくは自ら辞任しない限り、保証されるものとした。

 枢密院の長たる議長は、全議員の互選によって選出されて、任期は4年だが、再選は可能だった。帝国政界で枢密院の存在感が高まると、枢密院議長の職は、領主貴族にとって、最も名誉ある地位と見なされるようになった。

 また、死去等の理由により議員に欠員が生じた場合は、領主貴族から候補者を募り、その者が枢密院議員10名以上の推薦を得て、かつ3分の2以上の議員が賛成すれば、皇帝の勅許を経て、新議員に就任できた。なお、領地を所有していても、政府や軍に官職を得ている文官・武官貴族は就任する事が出来なかった。

 

 枢密院の組織は、最高議決機関である「総会」と、政府の各省に対応した「分会」とで構成。議員は必ず1つの分会に所属する事を義務づけられて、国務省第二調整局では結論が出なかった各種問題を審議。必要があれば関係する貴族や、各省尚書ほか政府職員を参考人として招致できた。分会の結論は全議員が出席する総会に上程され、採決の結果、可決された内容が皇帝に上奏される。皇帝は枢密院の結論を最大限尊重し、行政を執行する責務を有するが、同時に拒否権も保有しており、皇帝が拒否権を発動した内容は、枢密院で再審議される。

 また、政府から付託された問題の審議のほか、例えば従臣の不当な解雇や、領民を過度に処罰する等、領主貴族として相応しくない行為を行った者に対し、是正勧告または弾劾する事もあった。

 

 この他、貴族を対象とする上級裁判所と専任の捜査機関を併設。貴族が犯した犯罪等を捜査し、枢密院で立件すべきとの結論が出た場合、同院議長を裁判長、各分会の長を裁判員として、判決を下した。実務職員は司法省と内務省から出向させた。また、枢密院の諸般事務を処理する事務局を置いて、事務総長は議員の中から選任、局次長以下は国務省第二調整局からの出向だった。

 

 このように、官職を持たない領主貴族達の意思を政治に反映させる組織として発足した枢密院は、面子を重んじる貴族達の自尊心を満足させて、かつ問題の審議を通じ、自分達の意思を皇帝に上奏する事で、支配者階級の責務も全うできると、好評を以て受け入れられた。

 議会制度を否定して生まれた貴族制度を円滑に運用するため、当の議会制度に範を求めた枢密院を設ける必要があったというのは、誠に皮肉な事態ではあったが、或いは政体に関わらず、自分の意見を表明したい、自己の意思を実現させたいと願う、社会的動物たる人間の根源的欲求の表れ、なのかもしれない。

 

 仮想的議会たる枢密院は、その悪徳もまた、議会と共通していた。問題解決を名目にして、自家に利益が得られるよう、貴族達が政府要人や他家の当主達と談合、取引する場でもあった。前述の航路問題を例に取れば、新設航路が既存の航路と干渉すると申し立て、政府から1帝国マルクでも多く補償料を得られるように、政府要人と裏交渉するのは当然で、或いは関係する他家の意見を取りまとめる代わりに、政府から裏金を引き出すなど、フィクサー的動きをする議員もいた。

 

 また、領主貴族として相応しくない行為をした者を弾劾できる権限を濫用し、自身の政敵たる貴族が従臣や領民たちを不当に処刑しているなどと言い、相手を貶める者もいた。この他、有力な領主貴族は、一門を形成する貴族家を議員に立候補させ、党首としての立場を利用し、総会や分会の結論が自家に有利になるように、賛否の意思表示を強制した。前述した通り、一門が政党や派閥としての機能を果たすようにもなってきたのだ。

 

 時代が下り、領主貴族の勢力が伸張すると、それに比例して、帝国政界での枢密院の存在感も増してきた。一例を挙げると、帝国暦124年、権臣エックハルトを誅殺したリスナー男爵の背後には、経済的利権を巡りエックハルトと競合関係にあった、当時の枢密院議長カストロプ公クレメンスの存在と、枢密院議員の総意があったと言われている。 

 政府や軍を主導する文官・武官貴族たち、ひいては皇帝にとってさえも、枢密院は無視できない存在だった。旧帝国政界の歴史は、皇帝・文官貴族・武官貴族・枢密院(領主貴族)、彼らの闘争の歴史だったとも言えるのだ。本書でも、新史料等から得られた知見に基づき、その歴史を描き出したいと思っている。

 

 なお余談ながら、旧帝国末期、リップシュタット盟約の盟主となったブラウンシュヴァイク公オットーは枢密院議長、リッテンハイム候ウィルヘルムは同副議長を務めていた。盟約の締結がスムーズに行われたのは、枢密院の活動を通じて、両家が平素より談合や交渉を繰り返し、各貴族家の事情を熟知していたから、でもあった。

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