【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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第8節 貴族の権利

 義務に続いて、貴族の権利について述べたい。

 

 1.年金受給権

 爵位に応じて、終身年金が支給される。また、官位や功績によって加算される事もしばしば行われた。家計を維持するための労働から解放し、公的な責務に集中できるようにするため。なお、帝国騎士には、年金の代わりに高利率の債券が支給された。

 

 2.領地経営権

 皇帝から与えられた領地を経営し、利益を上げる事が出来る。ただし、全ての貴族が領地を保有していた訳ではない。また、文官・武官貴族は、恩賞として領地を与えられても、その経営は政府に委託し、税収等だけを受け取る者が大多数だった。また、未開発惑星を開拓すれば、皇帝の勅許を得て、その星を自領とする事も出来た。

 

 3.経済活動権

 企業を設立する、また企業への投資を行うなど、経済活動を行う事が出来る。平民は企業に就職し、労働する事は出来るが、自ら企業を設立する事は出来ない。

 ただし、晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世の御代、同帝は平民層の育成による国力回復を目指して、経済活動権が一部、平民にも付与された。特定の業種に限り、平民の自営業者も認められるようになったが、その場合でも、特定の貴族家の傘下に入るか、政府が定める同業者組合に所属する必要があった。

 なお、貴族家が経営する企業は、政府が経営する国営企業に対して、公営企業と称された。公営企業は財務省投資局の審査を受けた上で、帝国銀行から融資を受ける事が出来た。

 

 4.免税権

 貴族の所得と資産は非課税とされた。ただし、時代が下り、帝国財政が逼迫するようになると、分家の男爵家や帝国騎士などは、無条件では免税権を認められず、特別の功績を挙げた等の理由で、皇帝から免税の勅書を得る必要があった。

 また、帝国末期に至ると、経済的に成功した帝国騎士らが零落した貴族家と縁組して、その家名を得る事例が見られたが、これは免税権を入手するための「裏技」だった。ゴシップめくが、故ロイエンタール元帥の父親が、零落したマールバッハ伯爵家に近づいたのも、当初は免税特権が目的だったのではないかと見られている。

 

 5.就職・就学の優先権

 公立学校であれば、貴族枠で優先的に入学できた。また、政府機関や軍への就職を望んだ場合、平民よりも優先して採用された。ただし、形式的にでも試験を受ける必要はあった。また、無能や怠惰で成果を挙げられない時は、臣民の手本たるべき貴族にあるまじき奴だと、周囲の貴族達から軽侮されるので、大部分の貴族は勉学と労働に励むのが普通だった。

 

 6.不逮捕権

 内務省管轄の治安警察からは逮捕されない。爵位持ち貴族を逮捕できたのは、枢密院設置の上級裁判所が発行した逮捕状を有した、同裁判所併設の捜査機関職員のみ。なお、軍隊内での事件であれば、憲兵隊にも逮捕権限はあった。ちなみに、貴族の犯罪は、他の貴族からの通報で発覚する事がほとんどだった。

 

 7.従臣の雇用権

 雇用契約による労使関係とは異なり、忠誠誓約によって、子々孫々まで仕える従臣を雇用できる。一度雇用したら、特段の理由が無い限り、原則として解雇は出来ない。不当な解雇は貴族として恥ずべき行為だと見なされ、枢密院の弾劾対象ともなった。

 

 8.懲罰権

 従臣や領民を殺害、傷害しても、法的な罪には問われない。彼らは仕える貴族の支配、監督下にあると見なされたので、懲罰権の正当な行使とされた。ただし、不当または過度に処罰すると、枢密院の弾劾対象にもなった上、不当処罰の結果、従臣や領民の逃亡を招くと、統治能力欠如と見なされ、最悪、領地の削減、没収という事態を惹起する可能性もあった。

 そのため、同盟での定説とは異なり、大部分の貴族は必要以上の暴力を行使しなかった。悪名高いヴェスターラントへの核攻撃は例外中の例外であり、また首謀者のブラウンシュヴァイク公オットーが枢密院議長で、何をしても弾劾される事は無い、という計算もあったと思われる。平民らの離反は、そもそも考慮できていなかった。

 

 9.私兵保有権

 爵位、そして領地の広さによる制限はあったが、私兵を抱える事が出来る。なお、帝国暦438年の「分国令」で、私兵の上限が撤廃された結果、正規軍に匹敵する規模の私兵を抱える貴族も出てきた。

 

 以上が明文化された権利だが、この他にも慣習的に認められていた権利がある。例えば仇討ちや名誉回復のため、相手に決闘(私闘)を申し込むことが出来る「決闘権」もその1つだ。

 

 決闘という前近代的な行為が何故、貴族の間で行われるようになったのかは諸説あるが、有力な説の1つに、建国期、ある武官貴族が戦略的判断として撤退を決断したのに、帝国貴族にあるまじき臆病者よと、周囲の貴族に嘲笑された事に激高し、自身の勇敢さを証明すると宣言。嘲笑した相手と一対一で戦い、重傷を負いながらも、相手を殺害してしまった。その話を聞いたルドルフが「自身の名誉や信念のために命を懸ける、まさに帝国人の精華である」と嘉賞し、決闘を申し込んだ貴族へ恩賞を与えた事に端を発する、というものがある。

 

 現時点では、この逸話が記録された史料は発見されてはいないが、ルドルフの書簡等にも、貴族が決闘を行った事に関する記述は散見されるので、貴族制度の創設時から決闘が始まっていた事は確かなようだ。建国期の荒々しい気風から生まれた風習だったのでは、と思われる。

 

 決闘が貴族同士の慣習として定着した後は、申し込むべき状況にありながらも、敢えて申し込まない貴族は、誇りを失った臆病者だと軽侮の対象になった。しかし、優秀な人材が決闘で失われる事を憂慮した皇帝、止血帝エーリッヒ2世や晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世らは、決闘を忌むべき悪習として禁止する詔書を出している。その影響もあってか、帝国後期に至ると、当事者に代わって決闘代理人を立てる事が通例化した。

 

 さて、列挙した権利について言えば、私兵を保有できる、従臣や領民らに懲罰を与えられるなど、軍事・司法に関する特権を別にすれば、ほぼ経済的特権だけと言って良い。

 同盟では、平民の労働の成果を不当に搾取するものだとして、不公正な特権を無批判に享受する貴族達は、存在自体が害悪だと非難されていた。同様の非難は、旧帝国でも下級貴族や平民、また一部の開明派貴族から出されていたが、新史料を分析した結果、これらの経済的特権は、それ相応の理由があって付与された事が分かってきた。ルドルフが第二代の財務尚書クロプシュトックに与えた書簡に、以下の文言が見られる。

 

「…ところで、貴族に与える年金の予定額についてだが、卿の主張にも一理あると思ってはいる。例えば、伯爵位への年金額は、連邦の水準で言えば、主要な多星系企業社長の平均年収に匹敵する金額を想定している。確かに財務尚書として、帝国財政を預かる立場の卿が懸念するのも理解できるが、この点は余の主張を認めてくれ。

 

 卿は知らぬかもしれぬが、西暦時代、古代シナで興味深い制度があったのだ。余も古代地球史にそれほど造詣が深い訳ではないのだが、ダイチンなる帝国の第5代皇帝が高級官僚の汚職防止のため、基本給の100倍近い額を別途支給する制度を設けたという。その皇帝いわく、俸給が安いから、不足分を補おうと、官僚たちが汚職に走るのだ。ならば、十分過ぎるほどの俸給を与えてやれば、収入の不足は無くなり、汚職をする必要も無くなるはずだと言い、その制度に「廉潔を養うための金」という意味の名を与えた、との事だ。

 

 質の悪い冗談を言っている訳ではない。余自身、莫大な金を与えて、汚職が無くなるとは思わぬし、現に無くなりはしなかった。当の皇帝も思ってはいなかっただろう。想像するに、ダイチンの皇帝は、汚職の構造化と、罪悪感の消失を恐れたのではないか、と思うのだ。

 

 余も実体験から痛感するが、高位高官になるほど、政治活動には金がかかる。人と会って話をするだけでも、場所代や飲食費がかかる。人を雇う、建物を借りるなどすれば、その金額は一気に跳ね上がる。そう言えば、旧連邦時代、財界人の卿には、金の事で色々と無理を言ってしまったな。今さらだが、卿の苦心に謝意を。

 

 収入が少なく、支出が多ければ、その差額を埋め合わる必要が生じる。その手段として、自己の権限を換金する事が汚職と呼ばれる訳だが、それが常態化すれば、不正に金品を収奪しなければ政治が出来なくなり、政治行為の中に汚職が組み込まれ、構造化されてしまう。

 

 すると、汚職は必要悪と化し、当初は罪の意識を感じていた者達も、次第に罪悪感を覚えずに、汚職を繰り返すだろう。余はそれが恐ろしい。法と倫理を犯す事に罪の意識を持たなくなった支配者など、制度化された盗賊と言うべきではないか。余は、卿らに破廉恥漢になって欲しくはないのだ。

 

 貴族たる卿に言うべき事ではないが、主権者たる余にとって、判断材料の1つになると思っている。十分な金を与えているにも関わらず、汚職に走る者がいれば、それはただ私欲を満たすための行為だと断じる事が出来よう。そんな者には、支配者たるの資格無しと、ただ罰を与えれば良いのだ。

 

 また、これは余の政治哲学でもあるのだが、政治を司る者は、生活の資を得るための労働から解放されるべきなのだ。自己保存は人間の根源的欲求の1つであり、現代の如き高度な産業化社会においては、生活の資を得るための日々の労働が即ち、自己保存に繋がっている。公務たる政治を行う者が、同時に日々の労働をも行わねばならないとしたら、同一人物の中で、後者の比重が大きくなる事は避けられない。それは、人間の根源的欲求に基づく衝動だからだ。これは過去の歴史から証明可能な事実でもある。

 

 古代地球、ギリシャという地方は、民主主義発祥の地にして、市民による善政が行われていたと、共和主義者どもが神聖視しているそうだ。余も調べた事があるが、成程ギリシャの民主制は上手く機能していた。しかし、有権者たる市民は奴隷を持ち、日々の労働は奴隷に担わせていた。

 

 一方、ギリシャよりもはるかに進歩していただろう銀河連邦はどうか。余と卿も直接体験したものだが、市民は政治に関心を持たず、政治家に対して、非生産的な不平不満をぶつけるか、個人的な要求を垂れ流すだけだった。ギリシャの市民が有していたであろう、理性ある思索や判断など無かった。それも当然だろう、彼らにとり、連邦社会の将来などよりも、仕事上の難題や職場の揉め事の方が重要で、社会の事を真摯に考える余裕などなかったのだから。

 

 ましてや、人口僅か数千、数万程度のギリシャ国家に比して、銀河連邦の人口は約3000億。比較するのも疎かと言うべき懸隔がある。片手間で政治を行える規模では無かったのに、一般市民というアマチュアに、日々の労働の片手間で政治的判断を求めても、上手く機能するはずがないのだ。政治という公務に専心するためには、経済的基盤は絶対に必要だと確信する根拠がここにある。

 

 また、余は思うのだ、金を使わない政治は、善悪どちらの方向であっても、力を発揮できないと。人類が「金」という概念を発明した直後から、金は単なる価値尺度ではなくなり、人間が持つ欲望の象徴となり、更には主客が転倒し、人間が金を使うのではなく、金に人間が使われる事態にさえ至った。即ち、金には人を動かせる力が備わったという事、そして、政治とは将に人を動かす営為に他ならない。カリスマと言うのか、金に拠らずして人を動かせる力を持つ者は稀にいる。しかし、そんな者は歴史上の奇跡に近い。卿ら貴族は、余が認めた優秀な人材だが、それでも奇跡的存在ではない。数千年に亘る人類史から見れば、余も卿らも区々たる存在に過ぎぬ。ならばこそ、政治を司る者として、人を動かせる確実な力を手に入れるべきなのだ。即ち、金という力を。

 

 だが、本音では、このような事は言いたくない。余は金以上の価値基準があると信じているし、また余自身、金に左右される人間にだけはなりたくないと、青年期から念願してきた。しかし、数十年に及ぶ政治家経験は、現世の人間はほぼ例外なく、金に動かされる存在なのだという現実を教えてくれた。余は責任ある為政者として、現実に則った制度を作るしかない。故に、我が帝国の、ひいては全人類社会の支配者たるべき卿ら貴族には、金という力を身につけ、力ある政治を遂行して欲しいと願う。そして、金という、この忌まわしき怪物を人の力で制御して欲しいのだ。そのために、経済活動を卿ら貴族のみが行える特権にしたいと考えている。この件は国務尚書、学芸尚書、宮内尚書も交えて、近いうちに協議したい。詳細は後日連絡させる」

 

 政治を司る者は、生活の資を得るための労働から解放されるべき、とのルドルフの信念、政治哲学に基づき、貴族に経済的特権が与えられた事が分かる。それは、彼らを公人、支配者として純化するための措置だったとも言えるだろう。後世の歴史を見ると、必ずしもルドルフが望んだ方向には進まなかったが、制度の理念としては、特権階級を作り、彼らに富を貪らせる事が目的では無かったのだ。

 

 また、ルドルフが金を「忌まわしき怪物」と、否定的に捉えているのは興味深い。連邦の政治家時代、主要な企業の国営化を断行した時から、ルドルフは一貫して、過度の利潤追求が人間疎外を齎す事を嫌っていた。帝国建国後も、統制経済を実施していたが、経済活動を貴族達の特権とするのが、ルドルフの経済政策の帰結だったと言える。この点は、約500年に亘る帝国経済体制の根幹に関わる部分なので、次章で詳述したい。

 

 最後に、ルドルフが即位後に任命した初代の各省尚書は全員、爵位持ち貴族に列せられたが、彼らの経歴と活動を題材に、建国期の貴族達の具体的な姿を描いて、本章を終わりたい。

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