【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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9-2:財務尚書リヒテンラーデ子爵

 軍務尚書シュタウフェンが政治的力量にも恵まれた能吏ならば、財務尚書リヒテンラーデは骨の髄まで官僚、ただ能吏だとしか表現できない人物だった。

 

 銀河連邦の首都テオリアで裕福な家庭に生まれたリヒテンラーデは、幼少期から神童の名を恣にした天才だった。国立テオリア大学経済学部を首席で卒業すると、連邦政府財務省に入省。財務官僚としては主に主計畑を歩んで、政府予算案の編成に携わる。

 また、国家経済に関する豊富な知識を見込まれ、経済産業省へも出向した。当時から切れ者、敏腕官僚と評され、周囲からは半ば畏敬、半ば揶揄で「人の皮を被ったコンピュータ」とも綽名された。実際、無言無表情で、膨大な予算書を輪転機並みの速度で読みこなしていく姿は、人間以外の何かを想像させるに足るものだった。

 

 ルドルフの目に留まったのは、連邦下院議会での答弁が契機だった。当時、野党・国家革新同盟の党首として、政府予算案への質疑を行ったルドルフに対し、財務官僚として答弁に立ったリヒテンラーデは、論理的かつ堂々とした答弁でルドルフを圧倒。事前通告が無かった質問にさえも、立板に水を流すが如く、明確に回答した。野党議員としては面子を潰されたが、その能力と見識に感嘆もしたルドルフは、密かにリヒテンラーデに接触、連邦の実権を握りたいという自身の野心を打ち明け、協力を求めた。

 

 リヒテンラーデ自身、連邦の将来に見切りをつけていた事、ルドルフが掲げる統制経済に興味を持った事、そしてルドルフの持つカリスマ性に惹かれた事で、財政・経済分野のブレーンとなる事を承諾した。後年、首相に就任したルドルフが主要企業の国営化、業界ごとに各企業の統合と系列化を断行すると発表した時、財務省・経済産業省内のルドルフ派官僚を糾合し、政策の実務を処理したのは、経済産業省経済局長に出向していたリヒテンラーデだった。

 

 終身執政官に就任して、連邦政府の実権を掌握したルドルフは、リヒテンラーデを財務または経済産業大臣に任命しようとしたが、当人は「大臣になれば、閣議への出席など無駄な事をしなければならなくなります。私は仕事をしたいので、申し訳ないが辞退致します」と、剛腹なルドルフも思わず鼻白む理由で、官僚に留まった。

 

 帝国建国後、初代の財務尚書に就任したリヒテンラーデだったが、その姿勢は変わらず、ルドルフ主催の園遊会やパーティーも仕事を理由に欠席するなど、周囲の者たちから「陛下に対して不敬だ」と批判されたが、当のルドルフは「あの者は仕事という病に憑りつかれておる。病人を責めても仕方あるまい。余も仕事人間だという自覚はあるが、リヒテンラーデには到底及ばん」と、半ば苦笑気味に庇うのが常だった。

 

 旧帝国の官界では、その能力と職務への精励さから、官僚の鑑と称えられたリヒテンラーデだが、同時代人の評価はやや異なる。初代学芸尚書のランケは、当時の政治家や官僚、軍人達の人物評を日記に書き残しているが、リヒテンラーデを「帝国の財政と経済の構築という、巨大なジグソーパズルに興じているだけ」と評している。

 この評価の当否はさておき、人類単一政体における財政制度と経済体制の構築という、未曽有の大事業に取り組んだリヒテンラーデだが、帝国暦10年、心臓発作で急死する。彼の大事業は第2代財務尚書クロプシュトックに受け継がれ、第3代クレーフェの時代に完成を見る事になる。

 

 なお余談ながら、ゲオルグ死去時、未だ貴族制度は創設されていなかったが、帝国暦15年、貴族制度が開始されると、ゲオルグの功績を評価するルドルフの意向で、リヒテンラーデ家には子爵位が与えられた。

 しかし、後継者たる長子マチアスが未だ少年だったため、成人するまでとの条件で、ゲオルグの夫人ロザリンデが一時、爵位を預かり、リヒテンラーデ子爵夫人と称した。これが先例となり、当主死亡時、後継者たる男子が幼い場合は、亡き当主の妻、年長の娘が一時的に爵位を継承する事が出来るようになった。

 

 ちなみに、旧帝国史上、最も女性が活躍した時代と言われる、健軍帝フリードリヒ1世~驕軍帝レオンハルト2世の御代、帝国暦250~300年代に至ると、後継者が成人するまでの代理では無く、当主の娘が正式に後継者となる、または絶家した貴族家を有力貴族の娘や皇帝の寵姫が継ぐなど、終身の当主となる例も出てきた。

 

 ただ、男尊女卑社会である帝国で、公式に娘を後継者指名する事は流石に出来なかったので、他家から適当な男性を婿養子に迎え、然る後に離縁、後継者たる子が不在のために、前当主の娘が爵位を継承する、との手順が取られた。この離縁が前提の婿養子は「一夜夫」と呼ばれ、貴族男性にとって極めて不名誉、後ろ指を指される行為だったが、大抵の場合、元妻から多額の謝礼金が支払われるので、零落した貴族家の男が金目当てで応じる事もあったという。 

 

 閑話休題。成人してリヒテンラーデ子爵家を継承したマチアスは、父譲りの犀利な人物で、財務省に出仕し、財務官僚として各局長を歴任した。

 以降、同家は財務省を基盤とする文官貴族の名家となり、官界における重鎮として帝国末期まで君臨。美麗帝アウグスト1世の御代には、当主ディートハルトの娘エルフリーデが即位前の美麗帝と結婚していたため、同帝が即位すると皇后に立てられた。その結果、同家は侯爵に陞爵している。

 

 なお、エルフリーデは際だった美貌の持ち主では無かったが、美麗帝の母エリザベートと同様、長く美しい髪の持ち主で、聡明で心優しく、芸術や文学、学問にも通暁、楽器の演奏やダンス等はプロ顔負けという才女で、美麗帝は深く寵愛したが、帝国暦180年、急性肺炎のため、美麗帝に先立って死去。同帝は最愛の皇后の死を深く嘆き、晩年、髪の長い女性を集め、異常な行動を繰り返したのは、亡き皇后の面影を求めての事だったとも言われる。

 

 また当時、リヒテンラーデ家には皇后となったエルフリーデ以外に子が産まれず、皇后の実家を絶やしたくない美麗帝の意向で、同帝とエルフリーデとの間に産まれた三男リヒャルトが養子となって、同家を継承している。以降、同家の血筋には帝室の血が混じる事になり、これを誇りとする代々の当主は、帝室の藩屏との意識が強い勤王家となっている。

 

 同家の最後の当主クラウスは周知の如く、亡国帝フリードリヒ4世崩御後、開祖ラインハルト陛下と一時的に結び、ブラウンシュヴァイク公爵・リッテンハイム侯爵を退けて、廃帝エルウィン・ヨーゼフ2世を即位させると、自身は帝国宰相に就任している。

 

 同家が数々の政争や内乱を経ても家門を維持できたのは、財務・経済関係のテクノクラートたる事を家訓とし、時の権力者とは必要以上には近づかず、実務者との姿勢を崩さなかった事による。最後の当主に至り、家訓に背いて、政治的な動きをし過ぎた事が絶家の遠因になったと言えるかもしれないが、建国以来の名家出身で、勤王家でもあるクラウスには、分国令以降の成り上がり者で、高々100年程度の歴史しかない、ブラウンシュヴァイク家やリッテンハイム家などに帝国を私物化させてなるものか!との意識が強すぎたのかもしれない。

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