【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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9-3:科学尚書ハイゼンベルク伯爵

 リヒテンラーデほど極端ではないが、同様の人物として、初代科学尚書ハイゼンベルク伯爵がいる。徹底したテクノクラートで、科学技術を社会のために役立てる事を一生の仕事として、自身と自身の部下である科学者・技術者たちを活用してくれるならば、どのような政体だろうが、誰が支配者だろうが、些末な問題だと断言するような人物だった。連邦首相時代のルドルフに、汚職や怠慢とは無縁の性格と、高い能力を買われて、連邦政府科学技術庁長官に抜擢されて以降、連邦最末期から帝国建国期の科学界をリードしていった。

 

 当時の科学省には、尚書たるハイゼンベルク以下、能力と情熱を持つ学者たちが参集して、後世に「科学者の天国」とも称されたほど、良好な研究環境が調えられていた。

 彼らが挙げた業績の中で、特筆すべきはゼッフル粒子発生装置の小型化。連邦時代、応用科学者のカール・ゼッフル博士が発明したゼッフル粒子は、鉱物採掘・土木作業向けに開発されたものではあったが、当時の科学省は発生装置の小型化に成功。これを敵陣に射出し、ビームを撃ち込む事で、防衛線の爆破が容易に行われるようになった。当時の帝国軍が地上戦で勝利を重ねていた背景には、小型化されたゼッフル粒子装置の存在もあった。

 

 科学者として、まず満足できる人生を歩んでいたハイゼンベルクだが、伯爵位を与えられた後、貴族の交際として、パーティーや園遊会に出席する事は、やはり億劫であったようだ。同僚たるリヒテンラーデの如く、仕事を理由に欠席する事は無かったが、パーティー会場でも常に科学の事を考えていたらしく、周囲の人間と会話が成り立たない事もよくあり、周囲からは奇人変人という目で見られる事が多かった。

 

 帝国暦35年、新型核融合炉実験の視察中に発生した事故に巻き込まれて被爆、放射能障害で死去した。学芸尚書ランケは、自身の日記に「科学に殺されたのだから、彼にとっては本望だろう」と書き残している。

 

 なお同家は、家祖フォルクハルトが貴族社会で奇人変人と見られていた事が影響したのか、貴族家としては非主流派、傍流に留まり、権力闘争に関与する事もなく、科学省を支える官僚や科学者、技術者を輩出している。流血帝アウグスト2世の御代、科学技術を濫用して、帝都で化学テロを企図しているとの濡れ衣を着せられて、当主グスタフ以下、一族全員が虐殺され、絶家している。

 

 歴代の同家当主は、家祖を除けば、さして著名な人物もいなかったが、唯一の例外として、文華帝エーリッヒ1世の御代に当主だったブルーノという人物がいる。生前は世間知らずの愚者として、貴族社会で物笑いの種にされたが、現在的視点では後世に非常に大きな影響を与えた人物で、その影響は旧帝国に留まらず、同盟やフェザーン、いや新帝国にさえも、直接間接に伝わったと言えるだろう。

 

 ブルーノは家祖フォルクハルトを尊敬する事著しく、自身も家祖のように、帝国に貢献できる軍事技術を開発したいと念願。幼少時から金に糸目はつけず科学研究に勤しみ、独創的で革新的な軍事技術を模索するあまり、「絶対に陥落しない半永久的に存在可能な軍事基地を作る!」との夢想に取り憑かれ、科学省に研究開発を申請するが、当時はゴールデンバウム朝の黄金期、内乱もほぼ皆無で、皇帝以下、貴族も平民も平和を楽しむという時代だったため、当時の科学尚書は「荒唐無稽に過ぎる上、無意味だ」と一蹴した。

 

 激怒したブルーノは、それなら自分1人でやる!と決意。軍事工学を始めとする、あらゆる分野の科学研究に没頭して、恒星の周囲を公転できる人工天体、あらゆるビーム兵器を無効化する流体金属による防壁、その流体金属を凹面変形させ、複数の砲台から放たれたビームを集約、超巨大ビーム砲とする技術、自律的で相互補完的な迎撃システム、自己完結的なエネルギー循環システムと栽培プラント、全自動化されたミサイル生産ライン等々、既存の常識を打破する独創的な理論を構築すると、大部の論文集として発表した。

 

 しかし、あまりに壮大かつ天文学的な費用と必要とする上、ある軍人が評して曰く「成程、確かにこれだけの要塞を建設する事ができれば、難攻不落の上、半永久的に存在可能だろうが、これは一体どこに建設するのか。

 これほど高い攻撃力を有している要塞を帝国領内に建設しても、宇宙海賊や地方叛乱との戦いを主とする帝国軍にとって、無用の長物以外の何物でも無い。また、仮に将来、恐れ多くも帝国を脅かす敵国が出現したとしよう、この敵国との交戦星域に建設できれば、国土防衛上、確かに有効ではあるが、これは一日や二日で建設できる代物ではあるまい、年単位の建設工事が必要になるが、さて、その間、敵軍がただ指をくわえて見守ってくれるものだろうか?

 この問題を回避するためには、帝国領内で建設し、交戦星域まで曳航するか、またはワープさせるくらいしか、小官には思いつきませんが、はてさて、直径数十キロに達する巨大な金属の塊を光速で航行させる技術、時空震を発生させずにワープさせる技術は開発されておられるのでしょうか?

 いや、そもそも小官が敵軍の司令官なら、こんな剣呑な要塞を攻めるような愚行は犯しませんな。最低限の監視部隊だけ残して、主力部隊は要塞主砲の射程外を通行させますな。それが一番楽で安全でしょうからな」と、最後は明らかに揶揄する口調で指摘されると、ブルーノは顔を紅潮させ、沈黙してしまったので、無駄な努力の総天然色見本だと、貴族社会で嘲笑の的となったという。

 

 ブルーノの論文集は馬鹿な貴族の妄想として、長らく顧みられる事は無かったが、この後の歴史は読者諸氏もご存じだろう、同盟の建国とイゼルローン回廊の発見は、妄想を一気に現実に変えた。帝国暦440年代、節倹帝オトフリート5世が建設したイゼルローン要塞、その機能の多くは、ブルーノが構築した理論を基礎として作られている。

 

 現在的視点からすれば、ブルーノは確かに念願通り、帝国に貢献できる軍事技術を生み出せたと言えるのだろう。同時に、旧帝国軍が「イゼルローン回廊は叛乱軍兵士の死屍を以て舗装されたり」と豪語した大量の戦死者を生んだ、その淵源になったとも言えるだろうが。

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