【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
これまで述べてきた初代尚書達の中で、天寿を全うしたと言えるのは軍務尚書シュタウフェン公爵のみだが、業務に精励し過ぎるあまり、道半ばで落命するのは、或いはルドルフに見出された者達の宿命だったのかもしれない。内務尚書ファルストロング伯爵と、司法尚書キールマンゼク伯爵も、その宿命から逃れられなかった。
ファルストロングは、ルドルフの父親セバスティアンが連邦軍士官学校の教官を務めていた時に、その教え子だった縁で、ルドルフとは青年時代からの友人同士だった。
士官学校卒業後、連邦軍少尉に任官し、治安部門に勤務していたが、ルドルフがペデルギウス政界で台頭すると、連邦軍人の職を擲ち、ルドルフの下に馳せ参じた。
この時の経緯は、ルドルフがファルストロングに助けを求めたとも、ファルストロングがルドルフに自身を売り込んだとも言われているが、若き友人同士は、父親そして恩師を無念の死に追い込んだ連邦体制への怒りを共有していた事は間違いないだろう。ファルストロングはルドルフが連邦政界に進出すると、私的なブレーンとなり、情報戦、治安戦のプロフェッショナルとして、盗聴や尾行、脅迫など、非合法な行為を指揮した。
宇宙暦300年、ルドルフが連邦政府首相に就任すると、ファルストロングは警察大臣に任命される。以降、彼は帝国暦17年に爆弾テロで殺害されるまで、一貫して反帝国勢力の摘発と撲滅に尽力する事になる。
治安維持を終生の責務とした人物らしく、その為人は冷静沈着、およそ焦る、慌てるという姿を人に見せた事が無かった。性格は厳格で堅物、酒は一滴も飲まず、女嫌いを自称。「女などと話すよりも、異星人と話した方がまだ面白いに決まっている」と公言していたが、何故か子沢山で、妻との間に6人もの子供を儲けた。ある日、ルドルフから「卿は女性が嫌いなのではないのか?奥方とは随分と仲が良いようだが」と揶揄われると、真顔で「女は嫌いですが、妻は好きです」と答えたと云う。後日、ルドルフは「あんな露骨な惚気は初めて聞いた」と呆れ顔で評したと伝えられている。
リヒテンラーデやハイゼンベルク同様、趣味らしい趣味がない人物だったが、酒を飲まない代わりに、無類のコーヒー好きで、自分好みの豆を厳選、自ら焙煎して、好みの味を作り出す事を唯一の楽しみとしていた。帝国には今でも、ファルストロング伯爵御用達の品種が存在、最高品質の豆として高く評価されている。
なお余談ながら、爆弾テロで横死した家祖エルンストは、6人いる実子のうち、誰を後継者とするのか、意思表示をしておらず、遺言も無かった。貴族法では「爵位の継承者は当主がこれを定める」としているため、夫人アデーレが当主代行として、最も利発な三男フェリックスを指名したが、それを不服とした長男グスタフ、次男カールは共謀してフェリックスを殺害。だが、その現場を自家のメイドに目撃されてしまった事で犯行が発覚。密かに報告を受けたルドルフの意向で、友人の息子2人が殺人者になってしまった醜聞は隠すべしと、グスタフとカールは自裁、衝撃のあまり精神的に病んでしまったアデーレ夫人は強制入院させて、同じペデルギウス派のクロプシュトックが遺児たちの後見人となり、一時的にファルストロング伯爵家の家名を預かる事になった。
しかし、帝国暦23年、寵姫マグダレーナの一件でクロプシュトックは失脚。遺児も娘しかいなかったため、やはり友人の家を絶やしたくなかったルドルフの意向で、長女アマンダに婿養子を取らせる事になった。その相手として選ばれたのがクライスト子爵家の次男ベネディクト。同家はシュタウフェン公爵家の一門たる武官貴族で、その縁でファルストロング伯爵家もシュタウフェン公爵家の一門にならざるを得なかった。しかし、党首たるシュタウフェン公エリアスからすれば、政敵ペデルギウス派の重鎮だった家を厚く遇する気にはなれず、一門でも末席に止められた。
帝国暦110年代、シュタウフェン家の後継たる、ノイエ・シュタウフェン公爵家が権臣エックハルトとの権力闘争に敗れ、領主貴族に転身した際も同行を許されず、一門関係を解消、ファルストロング伯爵家は帝都に残留する事を余儀なくされた。
しかし、権臣エックハルトの怒りを買う事を恐れ、同公爵家の一門だった伯爵家に手を差し伸べてくれる貴族家はおらず、政治的には完全に無力、政府から支給される貴族年金だけを頼りに、細々と露命を繋ぐだけの家に成り果てた。
だが、零落した無力な貴族家だったからこそ、エックハルトからも見逃され、痴愚帝ジギスムント2世の収奪からも逃れる事が出来た。そして、同家にとってもう一つ幸運だったのは、当時の当主カール・グスタフが英邁の人物だった事だ。
痴愚帝が無意味な浪費と収奪に狂奔して、ゴールデンバウム家の名誉を汚し続けている現状に深く憤ったカール・グスタフは、同帝の皇太子オトフリートが父帝の行状に批判的と聞くと、夜陰に乗じて密かにオトフリートの下を訪れ、帝国の将来と臣民の生存、安寧のためには、肉親の情よりも大義を優先すべきですと説き、決起を促した。
父帝が最悪の禁治産者に成り果て、退位させるしか解決の手段は無いと考えていたオトフリートにとっても、カール・グスタフの進言は我が意を得たものではあったが、父帝が有する武力を懸念していたオトフリートは、自前の武力が乏しい私が今、決起しても成功の可能性は少ない、これを解決する方法があるかと逆に問いかけた。
そこで、カール・グスタフは家祖同士が知己だった縁を使い、寛仁公の腹心の1人で、痴愚帝によって軍務尚書から解任されたケッテラー伯ゴットフリートを口説き、その軍内への影響力を駆使して、オトフリートに忠誠を誓う軍人たちを集め、決起部隊を密かに組織した。
事ここに至り、覚悟を決めたオトフリートは、万が一失敗した時に備え、自決用の毒薬を体内に埋め込むと、父帝がエメラルドを敷き詰めた巨大なプールに浸かり、独り陶然している時を狙って、カール・グスタフと共に決起部隊を指揮して、新無憂宮に突入。呆然とする父帝を拘束すると同時に、皇帝執務室に保管されていた国璽を奪取すると、今上陛下は退位を決断された、皇太子たる私が即位すると群臣達に宣言、皇帝権の証として国璽を翳して見せた。
勿論、痴愚帝の腹心達は驚倒し、強制された退位など無効だと、軍務尚書ナウガルトは帝都防衛軍に新無憂宮を鎮圧せよと命令したが、既に同軍司令部はケッテラー伯ゴットフリートが率いる部隊に占拠され、司令部員達は優れた武人であるケッテラー伯の威厳に逆らう事など出来ず、全員が新皇帝への忠誠を誓約する有様だった。
本クーデターでの功績を認められたカール・グスタフは、再建帝オトフリート2世の重臣となり、家祖と同様に内務尚書の地位を与えられた。以降、再建帝から文華帝エーリッヒ1世の御代に至るまで、ファルストロング伯爵家は文官貴族の名家として、尚書職を歴任する。
だが、当時の代表的な文官貴族だったため、文華帝の末年に起こった、台頭してきた武官貴族達による文官貴族の虐殺事件、赤薔薇園の虐殺では主要な標的と見なされ、当主以下、一族の主だった人物が殺されてしまい、さらに武官貴族によって擁立された和顔帝リヒャルト2世の御代、大逆罪の名目で族滅、絶家している。