【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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9-7:国土尚書ゲルラッハ子爵

 学芸尚書ランケと並んで、貴族らしい豪奢な生活を営んでいたのが国土尚書ゲルラッハ。政治家や官僚、軍人出身者が多い初代尚書の中では珍しく、民間企業の経営者出身だった。

 

 もともと、ペデルギウス星系で星間輸送を請け負う企業の経営者だったが、経営者仲間のクロプシュトックが若きルドルフのスポンサー、支持者になった事が縁で、自身もルドルフのスポンサーになっている。ルドルフの唱える政治改革には興味が薄かったが、地方財界の企業家の常として、中央の多星系企業の横暴には強く憤っており、中央財界の機嫌を伺わず、地元企業を優遇する政策を行うルドルフの姿勢は高く評価。またクロプシュトックと同様、次第にルドルフのカリスマ性に惹かれて、感情面でもルドルフを支持するようになった。

 

 ただ、どちらかと言えば理想主義的だったクロプシュトックとは異なり、生粋の企業家、経済人のゲルラッハは、連邦政界で台頭し、政治改革を断行するルドルフに対して、些か距離を置いていた。それは経済人の習性としてのリスクヘッジでもあっただろうが、刹那主義的、ペシミスティックな性格だったゲルラッハは、ルドルフと側近らの熱気に対し、違和感を禁じ得なかったのだろうと想像される。

 

 このため、ペデルギウス星系出身者でありながら、ファルストロングやクロプシュトックたちペデルギウス派に加わる事もなく、尚書就任後も、比較的近い性格の持ち主だった学芸尚書ランケと、若干の交際関係を持つだけだった。

 

 しかし、それでもルドルフの側近グループに留まり続けたのは、利益の最大化を優先する経済人の本能だったと言えるだろう。連邦首相に就任したルドルフが主要企業の国営化と、業界ごとに各企業の統合と系列化を断行すると発表した時、ゲルラッハは率先して自社を政府に譲渡、国営企業の第一号としたが、自身は同企業の最高支配人に任命され、実質的にはその地位を保った。

 

 これはルドルフとゲルラッハの間に、事前の密約があったと見る方が自然だが、多くの経営者が自由経済を尊重して、大なり小なりルドルフの国営化政策には異議を唱えた事とは対照的だった。ゲルラッハ自身、自由経済を守ろうとして新国家建設に走った汎オリオン腕経済共同体の企業家たちを「人類社会の秩序形成に逆らう愚か者」と評しており、その本質は、政治権力を利用して利益を上げる政商のそれだったと言えるだろう。

 

 遙か後世、フェザーン自治領の独立商人達は、民間で利益を上げる腕が無い無能者が政府職員になるのだと嘯いていたが、もしゲルラッハがフェザーン商人を目の当たりにしたなら、政府職員になって官界で利益を上げる才覚の無い、一匹狼気取りの負け犬の遠吠え、と冷笑するかもしれない。

 

 ただ、ゲルラッハが凡百の政商と異なるのは、政治権力と癒着して汚職や裏取引に走るのではなく、政治権力を利用してビジネスを生み出し、微々たる裏金などではない、天文学的な額を稼ごうとした点だろう。

 ルドルフが連邦末期に開始した統制経済は次章以降で詳述するが、西暦時代の地球で何度が行われた統制経済と同様、政府が生産・物流計画を策定し、各国営企業に実行させるという骨格は同じだった。ゲルラッハは、星間輸送会社を経営していた経験を口実に、自らが最高支配人を務める国営企業で、当時の連邦支配領域内の星間輸送を独占。また、各星系政府が分担して管理していた星系間輸送路は、統制経済である以上、政府が一元的に管理すべきだと主張。そのための組織として、経済産業省内に星間運輸庁の設置をルドルフに進言。運輸庁が新設されると、自ら初代長官に就任している。

 

 これ以降、ゲルラッハは国営企業の最高支配人と政府高官を交互に歴任、官界と財界に跨がる活動を続けた。統制経済体制を完成させたいルドルフにとって、官界・財界双方の実情を熟知し、実務にも精通しているゲルラッハの存在は貴重だった。そのため、ルドルフは当初、ゲルラッハを初代財務尚書に任命しようとしていたが、それに異を唱えたのが、以前の仲間だったクロプシュトック。ルドルフに心酔し、絶対の忠誠を誓っていた彼の目から見れば、帝国よりも自身の利益を重んじるゲルラッハは、もはや信頼に足る人物ではなくなっていた。それでも、ゲルラッハの才覚と人脈を重視するルドルフの意向で、当時就任していた連邦政府国土開発公社総裁から昇格する形で、初代の国土尚書に任命された。

 

 尚書時代のゲルラッハは、それほど特筆する業績を上げた訳では無かったが、評価の厳しいルドルフから叱責される事も無く、帝国領内の各種インフラ整備と維持管理を着実に実行していった。

 

 また、貴族制が始まると、各星系の公共インフラの維持管理は、現地の領主貴族の責務とされたが、ゲルラッハは国務省と協働して、国土省の官僚や技術者を各地に派遣、各種技術や管理面のノウハウを伝授させた。

 この結果、中央の技術やノウハウが地方に移転され、期せずして、国土の均衡ある発展と維持に貢献する事となった。地味だが、尚書時代のゲルラッハ最大の功績と評価されている。

 なお、この時に派遣された官僚や技術者達は、そのまま現地の領主貴族に仕え、従臣になる者達が多かった。彼らの中には、主家から取り立てられて、数世代後には爵位持ち貴族や帝国騎士に封ぜられる者もいた。

 

 しかし、自身を経済人と見なしていたゲルラッハにとって、ただ能吏、有能な行政官であり続ける事は、苦痛でしかなかったようだ。経済活動に参加できない、いやルドルフの表現を借りるならば、金という「忌まわしき怪物」と切り結び、屈服させるスリルを味わえない事は、想像以上のストレスを心身にもたらした。

 

 ゲルラッハはルドルフや他の尚書達と異なり、書簡や日記等を一切残していないため、当時の心中は想像するしかないが、帝国経済を一手に担う財務尚書の地位に就けなかった事への鬱屈があったと思われる。そのため、初代財務尚書リヒテンラーデが急死した際、心中密かに期するものがあったと思われるが、後継が内閣書記官長クロプシュトックに決定された事も、ゲルラッハには衝撃だった。

 

 かつての仲間クロプシュトックが財務尚書として活躍する姿を見せられながら、さしたる興味も無く、情熱も持てない国土尚書の職責を務める事は、ゲルラッハには精神的な拷問に近かったのだろう。国務尚書ハーン伯爵は、当時の日記に「ここ最近、貴族領への技術移転や人員派遣の件で、国土尚書殿と協議する事が増えてきた。陛下が特に任命するだけあって、確かに有能極まりない人物だとは思うが、時折、心ここにあらずと、上の空になる事がある。心因性の病気ではないのだろうか」と記している。

 

 日々の鬱屈を晴らすかのように、「金は生きている間しか使えない」と嘯いて、あり余る資産を蕩尽し、豪邸を建て、愛人を囲い、美酒美食を恣にした。それは後世、平民や下級貴族から口を極めて批判された、腐敗堕落した門閥貴族の姿そのものだった。無意味な浪費に走るゲルラッハの姿は、質実剛健を尊ぶルドルフの怒りに触れる事も多くなり、しばしば衆人環視の場で叱責されている。

 

 帝国暦17年、内務尚書ファルストロングが爆弾テロで死去。財務尚書クロプシュトックが後任の内務尚書に任命されて、財務尚書の後任は同省次官のクレーフェに決まると、ゲルラッハは中央政界における自身の将来に絶望したのだろう。病身を理由に、尚書職を辞し、自領として与えられた星系に移住、領主貴族に転身する事となる。

 領主としてのゲルラッハは、今まで培った経営手腕を活かして、自領の開発を大々的に進めた。その手腕は未だ衰えておらず、当時の貴族領の中では最も住みよい土地として、領民希望者が引きも切らない程の成功を収めた。

 

 だが、ゲルラッハの有能さは、統制経済を推し進める帝国政府が求める有能さでは無かった。当時、辺境域の独立勢力らの活動も未だ活発で、ゲルラッハの成功は、自由経済を掲げる彼らとの交易によるものではないか、との噂が帝国政界で流れるようになった。その真偽は不明だが、以前からゲルラッハの姿勢に疑いの目を向けていた内務尚書クロプシュトックにとっては、真相に意味など無かったのだろう、反帝国勢力と通謀の疑いあり、劣悪遺伝子排除法に違反していると、帝都オーディンへの出頭を求めた。

 

 家臣達から汎オリオン腕経済共同体への亡命を進められたゲルラッハは、帝国の尚書まで務めた者が罪人同様に逃亡する事など許されないと、死を覚悟してオーディンへ出発した。

 ルドルフの御前で、内務尚書クロプシュトックから弾劾されたゲルラッハは、自分は陛下に異心を抱いた事はない。しかし、敵国に通じて私益を図ったと疑われたのは我が身の不徳。この上は、ただ陛下の裁決を待つのみと言い放った。それは、ゲルラッハが最後に示した帝国貴族の矜持だった。

 

 クロプシュトックは自裁を命じるべきだと主張したが、通謀した明確な証拠がないとして、ルドルフの判断で罪一等を減じ、領地は没収、本人が隠居する事を条件に、家門だけは維持する事を許された。

 オーディンに移住したゲルラッハは、死去するまで、自邸から一歩も出なかったという。ランケは「機を見るに敏な男だったが、自分を見る目だけは無かった。仕事に趣味と美学を持ちこむ男が、十年一日の如き行政事務に耐えられようはずもない」と評している。

 

 なお、家祖ギュンターの死後、ゲルラッハ子爵家は、財務省に地盤を有するリヒテンラーデ子爵家(のち侯爵家)の一門となり、その庇護の下、帝国末期まで命脈を保つ。その代わり、全てにおいて主家の意向に従わざるを得ない、政治的には無力な家でしかなく、旧帝国末期まで、特筆すべき人物も輩出する事も無かった。

 

 亡国帝フリードリヒ4世の御代、同家最後の当主クルトがリヒテンラーデ侯爵クラウスの腹心となり、財務尚書の地位に就くが、家祖ギュンターが就任を熱望していた建国期のそれとは全く異なり、経済の実権はフェザーン自治領に握られて、ただ平民や下級貴族達から、重税を搾り取るだけの徴税機関の長に堕してしまっていた。

 筆者はヴァルハラの実在を信じる者ではないが、念願の尚書になれたと有頂天になる子孫の姿に、ヴァルハラの住人となっている家祖ギュンターは、生前とは別の絶望を感じたのではないだろうか。

 

 ちなみに、最後の当主クルトは、リヒテンラーデ公クラウスが開祖ラインハルト陛下への暗殺未遂事件の主犯だとして逮捕、自裁との形で処刑されると、自主的にその地位を返上、謹慎して恭順の意を示すが、レムシャイド伯ヨッフェンら門閥貴族の残党によって、廃帝エルウィン・ヨーゼフ2世の誘拐事件が発生すると、帝国本土での協力者の疑いありとして、故オーベルシュタイン元帥の手によって逮捕されている。

 その後、同帝が同盟に亡命した事が明らかとなって、レムシャイド伯らが銀河帝国正統政府の設立を宣言すると、クルトは同帝誘拐事件の共犯者として発表され、処刑されている。

 

 一説には冤罪だったと云う。当時、正統政府の設立により、帝国内で開祖ラインハルト陛下に従っていた貴族の間に動揺が走り、有形無形の形で正統政府に呼応しようとの動きさえあった。すでに同盟領侵攻作戦「神々の黄昏(ラグナロック)」発動を予定していたラインハルト陛下とオーベルシュタイン元帥は、動揺する貴族たちへの見せしめとして、敢えて無実のクルトを処刑したとの見解もあるが、真相は不明である。

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