【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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9-9:宮内尚書ノイラート子爵

 国務尚書ハーンが表面の調整役を務めたとするなら、宮内尚書ノイラートは裏面の調整役を務めた人物だった。ノイラート家は連邦屈指の名門政治家の家系で、連邦原加盟国の1つ、ペデルギウス共和国の政府首相を先祖に持つ。以来、ペデルギウス政界の重鎮として、政治家・官僚を多数輩出する。

 

 また、交通の要衝だった同星系の立地を活かし、家業として星間運輸業を営んでいた。そのため、後の宮内尚書ノイラート子爵マルクスは、同業者のクロプシュトックやゲルラッハとは商売上の交際があり、この縁が後年、ノイラートをルドルフに仕えさせる事になる。

 

 ルドルフがペデルギウス星系に赴任する前、マルクスの父クラウスは、ルドルフを同星系に招聘したイブン・エル・サイドと政府首相の地位を争っているが、エル・サイド陣営が仕掛けた世襲批判に晒されて、首相の椅子を逃したばかりか、政界引退に追い込まれている。

 当時、マルクスは引退した父に代って、星系議会議員の地位にあったが、時流に乗っただけの成り上がり者と軽蔑していたエル・サイドが首相になっただけでも業腹なのに、同首相が中央財界の多星系企業に媚を売って、地場企業を蔑ろにする事にも、地元財界人として深く憤っていた。

 

 折しも、宇宙海賊(実際は海賊を装った大企業傘下の軍事会社社員)の処置を巡り、ルドルフとエル・サイド首相が対立し、ルドルフ擁護の世論の高まりがエル・サイド首相へのリコール運動に発展した。ルドルフの首相就任を図る旧知のクロプシュトックから支援を要請されたノイラートは、政敵のエル・サイド首相に一矢報いる好機だと、自身の人脈をフル活用、議会内の多数派工作を担当し、ルドルフの首相就任を実現させる。

 

 その実、ノイラート自身も首相の椅子に色気を持っていただけに、心中複雑なものがあったと想像されるが、ルドルフと実際に会い、そのカリスマ性に触れると、これは到底敵う相手ではないと思い知ったのか、以降、ルドルフの後援者、ひいては臣下に徹する事になる。エル・サイド首相がルドルフを自身の膝下に置こうとしたのとは対照的で、政治家一族の血の成せる業なのか、その人物鑑定眼は確かだったと言えよう。

 

 宇宙暦297年、ルドルフはペデルギウス星系政府首相のまま、連邦議会下院議員に当選、活動の場を中央政界に移すと、ノイラートはルドルフから同星系政府首相代行に任命される。

 

 ルドルフの政治的基盤たるペデルギウス星系を預かる、番頭役としての就任だったが、ノイラートは不平不満を漏らす事無く、首相たるルドルフの政策を変更する事も無く、黙々と実務を処理し続けた。

 また、ルドルフが中央政界で頭角を現すにつれて、反ルドルフ派の活動も激化、ペデルギウス星系も宇宙海賊や海賊に偽装した民間軍事会社、また軍閥化した連邦軍などの攻撃に晒されるようになったが、ノイラートは「防衛戦は治安維持部隊のリスナー司令官に任せている」として、一切、口を出さなかった。

 ペデルギウス本星にも戦禍が及びそうになると、住民は避難させたが、自らは「首相が戻られるまで、ここを守るのが私の責務だ」と言い、政府庁舎の執務室から動こうとしなかった。ルドルフへの忠勤を示すポーズだったのかもしれないが、戦乱期の政治家に相応しい胆力はあったと言えよう。

 

 容姿は名門の御曹司らしく、端正な紳士だった。学芸尚書ランケと並んで、初代尚書中では一二を争う美男子だったが、ランケが男性的な容貌だったのに対し、ノイラートは中性的な容貌で「隠花植物の美」とも評された。ある時、ランケが「若い時の卿を女装させてみたかったな。さぞ臈長けた美女になった事だろう」と揶揄ったら、微笑を浮かべて「ああ、よく言われたな」と平然たるものだった、という。

 その美貌は子孫にも受け継がれて、強堅帝ジギスムント1世の皇后になった孫娘アデルハイドは、歴代皇后の中でも群を抜いた美しさで有名。絶世という表現が決して過言ではない、艶麗たる美女だった。

 

 尚書就任後は、連邦政界に張り巡らされた血縁、閨閥を駆使、各星系の首相(総督)や有力議員に働きかけ、半独立傾向にある星系が帝国に帰順するよう、説得工作を担当した。

 

 国務尚書ハーンが公式な協議、交渉を主導した事とは対照的に、表沙汰にはしにくい裏工作や密やかな調略を得意としていた。その職務の性質上、明らかになっていない面も多いが、帝国暦3年、銀河帝国皇帝ルドルフと、汎オリオン腕経済共同体総裁ディートリヒとの秘密会談が実現できるように、水面下で交渉、調整したのはノイラートだったと言われている。一説には、シリウスや攻守連合などの敵国にも密使として訪れ、休戦や経済交流に関する交渉事を行ったとも云う。

 

 秘密主義的な為人から、同僚の尚書達から必ずしも好かれていた訳では無かったが、機密情報を日常的に取り扱いながら、情報漏洩を一切させなかった手腕は評価されており、尚書同士が水面下で行った交渉では調整役を務める事が多かった。この面でも、国務尚書ハーンが表の調整役なら、宮内尚書ノイラートは裏の調整役を務めていたと言えよう。

 

 なお、宮内尚書が皇帝の意を受けて、水面下で秘密交渉を行う事は、その時の尚書の力量にも左右されるのだが、初代尚書ノイラート以降、帝国政界の伝統ともなっている。その結果、皇帝とのパイプを独占した宮内尚書が権力を専断し、国務尚書に代って、事実上の筆頭尚書になった例もある。

 

 宮内尚書としては、帝室・後宮の制度設計を主導し、貴族制度の創設についても、国務尚書・学芸尚書と共に参画している。

 他の尚書達は、自ら実務もこなすタイプが多かったが、ノイラートは部下達に仕事をさせ、自身は監督役に徹するタイプだった。しかし、ペデルギウス星系政府の首相代行を務めていた時は、自ら実務も処理していたので、能力的に出来なかった訳ではなく、貴族制度の創設を見据え、自家の一門たり得る人材の発掘、育成に努めていたと思われる。事実、侍従長カルテナー子爵、典礼職長ノイケルン男爵ら、当時の宮内省で要職にあった貴族達は、ノイラート子爵家の一門を形成しており、それは後年、宮内省を権力基盤とする、同子爵家を頂点とした一大派閥に成長していく。

 

 表面的には、軍務尚書シュタウフェン公爵が自身の部下達を貴族や従臣に取り立て、軍務省と内務省、帝国軍内に派閥を形成した事と相似だが、シュタウフェン派が帝国政府と軍当局の権力独占を目指していた事とは異なり、彼らノイラート派は、当主たる子爵家の方針で、自家の保全を第一義としていた。

 

 そのため、可能な限り皇帝の陰に隠れ、「皇帝陛下の御意向」を大義名分として、政治の表舞台に立つ事を極力避け、宮内省(後年は典礼省も含む)内部の勢力を維持し、かつ一門内で結婚や養子縁組を繰り返し、血の継承に努めた。それは、連邦時代から続く名家が本能的に持っていた自己保存欲求の表れだったのかもしれない。

 

 なお、フェザーン自治領の国是と言われる言葉「侮りを受けるほど弱からず、恐怖されるほど強からず」は、一説には、初代宮内尚書ノイラートが死に臨んで、子孫に与えた訓戒だったとも云う。この言葉自体は、旧帝国の貴族社会で、ある種の処世術を示す格言として広く膾炙していたので、或いは初代自治領主レオポルト・ラープが旧帝国貴族から聞き知り、自国の国是としたのかもしれない。

 

 しかし、ただ保身だけでは逆に滅亡の門を開いてしまう事もある、時には乾坤一擲の勝負を挑む事も必要、ノイラートは戦乱期を生きた政治家として、この事をよく知ってもいた。

 

 前述した通り、寵姫マグダレーナの死を巡る一連の動きで、ノイラートは難産のため母子ともに死去した、という宮内省付医師の主張は事実だと証言しているが、皇后エリザベートの意を受け、母子殺害の企てを計画した主犯は、或いはノイラートだったのでは、という噂は当時から宮廷内外に流れていた。

 

 非嫡出子とは言え、皇帝の御子の殺害に関与した事が証明されれば、我が身はおろか家門全員も処刑は免れ得ない。しかし、ここで傍観者になってしまえば、確実に皇后エリザベート、そして皇女カタリナらの敵となってしまう。宮中と宮内省を自家の権力基盤と考えているノイラートにとって、選べる選択肢では無かった。危険な賭に勝ったノイラートは、前述の通り、孫娘アデルハイドを皇太孫妃に内定させ、強堅帝ジギスムント1世の義理の祖父、外戚となり、爵位も侯爵となった。

 

 ただ、ジギスムント1世即位後、アデルハイドの父親で、マルクスの嫡男たるハインリッヒは、決して政治に関わろうとはせず、万事、皇帝の父たるノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムに譲ったが、それは、既に故人となっていたマルクスの遺言の故だったとも言われている。

 

 マルクス本人は帝国暦34年、心疾患で死去しているが、ノイラート侯爵家はその後も宮廷官僚の領袖として権勢を極め、皇后を輩出する事2回、宮内尚書・典礼尚書を務めた人物は数知れず、という権門だったが、帝国末期、リップシュタット盟約に参加したため、絶家している。だが、自己保存の本能は依然として健在だった。 

 

 亡国帝フリードリヒ4世の御代、侯爵家最後の当主グスタフは、グリューネワルト大公妃殿下が同帝の寵愛深く、開祖ラインハルト陛下が急激に台頭した事に注目、或いは帝国の権門になる可能性も絶無ではないと、何らかの対策を講じる必要性を感じた。

 折良く、一門のベルンハイム男爵家の当主が死去した事に利用、自身の弟ヘルムートを末期養子に送り込む。そして、同じく一門のノイケルン宮内尚書を動かし、ヘルムートを同省後宮職長に就任させると、フリードリヒ4世の内命を盾に、妃殿下が宮中で不当に遇される事が無いよう、陰に陽に保護した。

 

 亡国帝の寵愛を奪われたとして、妃殿下を憎悪していたベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナが同じ宮中内にいた妃殿下に害を加える事が出来ず、専ら戦地にいるラインハルト陛下の御命を狙ったのは、ベルンハイム男爵ヘルムートが後宮職長の職権を用い、妃殿下の傍に信頼できる人物以外が近づかないよう、後宮内の人事を差配したからでもあった。

 

 また、一門のシャフハウゼン子爵家を動かして、妃殿下に子爵夫人を近づけさせ、友人関係を結ばせた。御本人同士の間には確かに友情があったが、シャフハウゼン子爵家やベルンハイム男爵家を通じて、妃殿下、またラインハルト陛下の動静がノイラート侯爵家に伝わっていたのも事実だった。

 

 廃帝エルウィン・ヨーゼフ2世が即位、ブラウンシュヴァイク公が主導するリップシュタット盟約が成立すると、ノイラート侯グスタフは、一門に属する貴族家の多くが盟約に参加したため、自家が参加しなければ、内戦後に発言権を失う事になりかねないと、盟約への参加を決めた。

 

 しかし、弟たるベルンハイム男爵ヘルムートには、万が一のための保険として、ローエングラム・リヒテンラーデ枢軸に参加せよと密かに指示。妃殿下の信を得ていたヘルムートは、その口添えを得て、当時ローエングラム侯爵だったラインハルト陛下に帰順。新帝国開闢後は、妃殿下の推薦を受けて、宮内尚書に就任している。血を絶やしたくない、という家祖マルクスの執念は、新旧両帝国を越えて受け継がれたと言えるだろう。

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