【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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9-10:内閣書記官長クロプシュトック伯爵

 初代尚書10名のうち、9名まで紹介してきたが、最後の1人は、今までもしばしば言及してきた、内閣書記官長クロプシュトック伯爵(後世、皇后を輩出したことで侯爵に陞爵)。ルドルフがペデルギウス政界に登場した時からの支援者で腹心の部下、建国の功臣中の功臣と言える存在なのだが、他の尚書達と比較すると、突出した才能がある訳でもなく、卓越した業績を残した訳でもない、後世の歴史家の中には「ただルドルフ大帝への忠誠心厚いだけの凡人」と酷評する向きもある。

 

 だが、無能を嫌悪したルドルフが能力の無い凡人に尚書の地位を与えるだろうか。更に、クロプシュトックは書記官長を皮切りに、財務尚書、内務尚書と歴任している。同一人物が3つ以上尚書職を歴任した例は少なく、著名な例では、帝国末期、リヒテンラーデ侯クラウスが内務・財務・宮内・国務を歴任してはいるが、当時の帝国政界は、先例重視で凝り固まっており、あらゆる事が初めてだった建国期とは、ただ業務量だけ見ても雲泥の差があった。この時期に、尚書職を歴任できたという一事から見ても、クロプシュトックの卓越した有能さを証明するものだとは言えないだろうか。

 

 クロプシュトックの有能さは、他の尚書達のように、実務能力や人格で表現されるものではなく、敢えて表現するなら「人間力」とでも言うべきものだった。

 

 もともとは星間輸送会社を経営していた企業家で、ルドルフに従い、連邦議会下院議員選挙に出馬、政治家に転身後は政務畑と党務畑を交互に歩み、国務政務次官や党書記長等を歴任。帝国建国後は前述の通り尚書を歴任し、行政家としても活躍した。財界・政界・官界と、全く畑違いの世界を歩んだが、そのどこででも大過なく職責を果たしている。

 また、部下達からの評判も良く、話の分かる上司と言われる事が多かった。学芸尚書ランケの評を借りるなら「偉大なる常識人。相手の話をよく聞く、相手の意見を理解する、自分の意見を明確に言う、相手と自分の意見の一致点と相違点を理解し、それを相手に説明できる、この他にもあるだろうが、要するに子供の頃、誰もが躾けられたであろう事を完璧に実行できる人物」だった。

 

 今は失われた武術の奥義を示す「礎を打つこと千遍。その技、神に入る」(=基礎を完璧に習得すれば、その技量は神がかった水準に到達する。即ち、基礎を疎かにしてはならないという戒めでもある)という言葉があるが、クロプシュトックは、この言葉を体現する人物だったのかもしれない。

 

 平易な言い方をするならば、人格・識見・能力・経験のバランスが極めて良かった人物、とも評せるだろう。或いは、ルドルフも青年期からの支援者、腹心になってくれたクロプシュトックを誰よりも信頼していたようだ。

 ルドルフが皇后エリザベートに宛てた書簡の一節に、国務尚書ハーンが病気がちとかで、引退の意向を示している、余は留任しているのだが、どうしても辞任せざる得ない時は、クロプシュトックを後任に据え、筆頭尚書にしても良い旨の記述がある。ルドルフからすれば、単なる着想だったのかもしれないが、皇后エリザベート、いやその父親、シュタウフェン公爵からすれば、聞き流せる情報では無かった。

 

 国務尚書ハーンと並び、人格円満にして、ルドルフの信も厚く、官僚達の人望も集めるクロプシュトックだったが、唯一の欠点と言えるのがルドルフと帝国への思い入れの深さだった。寵姫マグダレーナの項で述べた通り、ペデルギウス星系時代からルドルフの部下だった自分たちこそ譜代の臣、ルドルフと自分たちが作り上げた銀河帝国を変質させる事なく、未来永劫に亘って継承させる、それこそ自分たち譜代の臣の責務と信じ込んでいた。

 

 しかし、シュタウフェン公爵を始め、ルドルフが中央政界で台頭した後に部下になった者たちからすれば、それはペデルギウス出身者で皇帝と帝国を独占しようとする行為に他ならなかった。結局、クロプシュトックの国務尚書就任はシュタウフェン公爵の反対で実現せず、共和主義者のテロで死亡したファルストロングの後任として内務尚書に就任。これ以降、クロプシュトックをリーダーとするペデルギウス派と、シュタウフェン公爵を筆頭とするシュタウフェン派は対立を深め、それが皇孫ジギスムントの誕生から寵姫マグダレーナの死去、ひいてはクロプシュトックの失脚へと至る、一連の流れを形成した原因になったと言えるだろう。

 

 尚書職を辞した後、クロプシュトックは伯爵位を後継者に譲って、自領にて事実上の謹慎生活に入った。内務尚書時代、敵国と通謀の疑いありとして弾劾した元国土尚書ゲルラッハと同様、政争に敗れて、領主貴族に転身するしかなかった我が身を顧みた時、心中思う事はあっただろうが、クロプシュトックは死去するまで、内心の思いを表す事なく、帝国政府の意向に逆らう事なく、ルドルフに変わらぬ忠誠を捧げ続けた。クロプシュトックにとり、皇帝ルドルフと銀河帝国は一生を捧げた「作品」であり、それに逆らう事は、自らの人生を自分自身が否定する事に他ならない、そう思っていたのかもしれない。

 

 帝国暦40年、老衰のため死去。遺言は「クロプシュトック家の当主は、何が起ころうと、決して帝室と帝国に弓を引いてはならぬ」だった。その言葉通り、内乱や政変が発生しても、常に皇帝の側に立ち、帝国末期まで名門貴族たる地位は保ったが、最後の当主ウィルヘルムに至って、その遺言は破られた。

 

 なお、家祖アルブレヒトの死後、クロプシュトック家は約100年に亘って、シュタウフェン派が独占する帝国政府や軍当局に出仕する事は叶わず、名門の領主貴族として地方に留まるしかなかったが、史上最悪の禁治産者と呼ばれた痴愚帝ジギスムント2世から帝位を奪った再建帝オトフリート2世の御代、その経営手腕を見込まれ、財務官僚として登用された事を契機として中央政界に復帰した。

 それ以降、文官貴族の名家として、各省尚書を輩出する権門に返り咲いた。さらに、文華帝エーリッヒ1世、止血帝エーリッヒ2世、節倹帝オトフリート5世の皇后を生み出し、爵位も侯爵に陞爵しているが、同一の貴族家が3人の皇后を生んだのは、旧帝国史上、クロプシュトック侯爵家だけである。

 

 さて、皇帝ルドルフの「内閣」を構成した各省尚書達の姿だが、実務者と調整役が巧みに配置された、極めてバランスの取れた陣容だった言える。

 

 彼らの多くは、帝国貴族の名門、権門となっているが、帝国末期まで存続したのは、リヒテンラーデ侯爵家・ゲルラッハ子爵家・ヘルムート侯爵家、そしてクロプシュトック侯爵家のみで、残りは約500年に及ぶ旧帝国史の中で絶家している。新帝国開闢後、旧帝国の典礼省が所蔵していた諸家譜(貴族家の名簿)を統計分析した結果、貴族制創設時からリップシュタット戦役時まで、家祖からの血統が辛うじて繋がっていた貴族家は、戦役時の全貴族家のうち、2割に満たない数だったという。

 

 同盟の歴史学界などでは、帝国貴族は建国時より、平民の労働の成果を搾取し、栄耀栄華を誇っていた等の言説が堂々と語られていたが、この数字を見ただけでも、貴族が決して安閑と過ごせる地位では無かった事と、その権力闘争の苛烈さを窺う事が出来る。前述した事の繰り返しになるが、権力闘争という形で各貴族家が切磋琢磨したため、貴族身分の人材が錬磨され、かつ政治権力者の新陳代謝も図られた結果、民主国家で云うところの政権交代や革命が擬似的に発生した。逆説的だが、だからこそ、旧帝国は約500年もの間、身分制社会を維持できたとも言えるのだ。

 

 そして、その先鞭をつけたのは、有能かつ特異な性格の持ち主で、皇帝ルドルフに忠誠を尽くし、職責を全うするために人生全てを捧げ、自らの信じる理想実現のために、派閥を形成し、政争を繰り広げた、彼ら初代尚書達だったかもしれない。

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