【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
第1節 宇宙経済史概説①~地球統一政府の成立からシリウス戦役まで
旧帝国の経済体制が所謂「統制経済」だった事は周知の事実だが、連邦時代の自由経済体制を改変して、統制経済の導入に踏み切った理由は何か、同盟では、皇帝以下の特権階級が社会の富を搾取、占有するためだった、全ての事象を支配せずにはいられなかったルドルフの飽くなき権力欲の故など、皇族・貴族ら支配者階級の貪欲さに答えを求めているが、建国期の史料を分析すると、これほど単純な理由ではない事が明らかになってきた。
第1節~第3節では、旧帝国が統制経済を採用した事の前提となる、13日戦争以降の経済体制の推移と、連邦末期に生まれた経済思想「人間主義経済」について述べたい。
そもそも、自由経済と比べると、統制経済は国家主義的で非効率、人民に負担ばかりを強いる体制だと見られがちだが、それは人類が滅亡の危機に晒された13日戦争までの常識でしかない。全面核戦争によって、地球上の生産設備はほぼ壊滅、流通網は破壊されて、人口は激減。放射能汚染も酷く、汚染されていない土地や資源は極めて少なかった。
この惨状に拍車をかけたのが、当時の二大強国、北方連合国家(NC)と三大陸合州国(USE)の滅亡後、地球上に生き残った小国家の対立抗争。限られた土地と資源を巡り、略奪暴行は日常茶飯事となり、国家もそれを規制するどころか、自国の生き残りだけを考えて、将来展望の無い自滅的な抗争を続けた。当時の人類社会は、過去数千年に亘って養ってきた知性と理性を忘却しきった、悪夢の世界だったと言えるだろう。
世界人口が10億人前後まで減少し、武器の生産も出来ず、戦死者の数を餓死者が上回るようになると、人類はようやく話し合いという手段を思い出したかのように、自分たちの滅亡回避だけを目的に結束する事が出来た。もっとも、武器を手にして他者を殺害してでも、自己の生存空間を守ろうとするエネルギーの持ち主、いわゆる過激派・武闘派と言うべき存在が死に絶えたから、という皮肉な見方もあるが。
西暦2129年に成立した地球統一政府(GG)は、人類の種としての生存を最優先課題として、限られた資源を食料生産能力の回復に集中投資するしかなかった。それは、戦災などで国土に甚大な被害を受けた国家が国力回復のため、限られた資源を重工業等に集中投資する傾斜生産方式、開発独裁などと呼ばれた手法だった。このような経済政策は、核戦争以前もしばしば採用されたが、それが全人類規模で行われた事は史上初であり、これ以降、人類が生存の危機に瀕した時は、国家が主体となり経済を統制する事は当然だ、との思想が生まれた。この地球統一政府の経済政策に端を発する思想が、旧帝国の統制経済の起源だったと思われる。
地球統一政府の経済政策は、建国初期においては確かに効果的だった。少ない耕作可能地を効率的に使用するため、米・小麦・トウモロコシなどの三大作物を始め、基礎的な農水産物と畜産品を集中的に栽培。土地の不足を補うための栽培プラントも次々と建設されて、食料自給率は短期間で100%を達成できた。この基盤が後の宇宙開発の成功につながっていった。
だが、地球統一政府の失敗は、統制経済を自国の権力維持と経済的繁栄の手段にしてしまった事だろう。西暦2360年、超光速航行が実現すると、人類の生存圏は一気に拡大し、銀河系内に多数の植民星を産み出した。地球統一政府は宇宙軍の武力と数の論理を背景に、食料自給率の維持を名目にして、植民星にモノカルチャー(単一栽培)を強制。また、地球政府が出資した事実上の国営企業が植民星の各種産業を支配、植民星住民の労働の成果を搾取し続けた。
その結果、植民星の憎悪と離反を招き、最終的にはシリウス政府、所謂ラグラン・グループの蜂起による地球政府の滅亡へと至る訳だが、この地球政府が実施した統制経済への反発から、各植民星の政府内部より、統制経済を悪とし、自由経済を至上とする思想が生まれた。ラグラン・グループの崩壊は、地球の経済力を支えた巨大国営企業群、ビッグ・シスターズの処遇を巡るタウンゼント首相とフランクール国防相の対立抗争が原因だった事は周知の事実だが、フランクールの私的ブレーンの中に、この自由経済至上主義者たちがいた。両者の対立は、経済体制を巡る思想の対立だったとも言えるのだ。統制経済と自由経済を巡るこの思想的対立は、今後も人類社会に長く影響を及ぼす事になる。