【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
ラグラン・グループ崩壊後、人類社会は多数の国家が対立と抗争を繰り返す戦乱の時代へと突入したが、13日戦争後と決定的に異なるのは、人類が宇宙を生存圏とした結果、居住空間と資源が事実上、無限に存在した事だ。
人類が地球上でしか生存できなかった時、土地と資源は有限であって、また生産活動に伴って生じる環境汚染も生存を脅かす深刻な問題だったが、宇宙時代の到来後、惑星開発や資源採掘にかかるコストを度外視するなら、それらの問題は完全に解決された。
先ほど戦乱の時代と述べたが、見方を変えるならば、それは自由競争の時代でもあった。地球という軛から解き放たれた各植民星は、雪崩を打って完全独立を宣言。無尽蔵の資源を使い、右肩上がりの経済発展を実現させただけではなく、相互の経済交流を進め、その富をさらに増大させていった。一切の制限がない自由経済こそが至上で、統制経済など時代遅れの遺物に過ぎないと見なされた。
その過程で、惑星の占有権や資源の採掘権を巡る紛争も発生はしたが、13日戦争への反省から、既に核兵器の使用はタブーとなっており、人類が滅亡しかねない絶滅戦争に至る事は無かった。それは西暦1900年代、地球上に複数の国家が並立し、互いに抗争しながらも、経済発展を共通の価値観として、一定の秩序を保った時代とよく似ていた。
当時の人類社会が国家間の紛争解決の手段として、汎地球的な国家連合を設けたように、西暦2700年代の人類社会もまた、同様の結論に達しようとしていた。経済交流の促進と紛争の調停を目的として、一部の星系国家が汎銀河経済共同体を設立。発足当時は加盟国も少なく、先進国による会員制高級クラブなどとも揶揄されたが、その有効性が明らかになると、世論の突き上げを受けた諸国は次々と加盟を申請するに至る。
そして、かつて地球軍の手で徹底的に破壊、略奪されたラグラン市の最後の市長だったジョセフ・マサーリックの子孫で、シリウス民主共和国首相を務めた政治家、ヤロスラフ・マサーリックが共同体総裁に就任すると「脱地球的な宇宙秩序」の構築を提唱、新時代に相応しい新国家の必要性を訴えた。
当時、種全体のバイオリズムが昂揚期を迎えつつあった人類にとり、その訴えはこの上なく魅力的に感じられたのだろう。西暦2801年、西暦を廃止して宇宙暦を制定。宇宙暦元年にアルデバラン星系第二惑星テオリアを首都として、銀河連邦(USG)の成立が宣言されるまで、マサーリックの提案から数えて、僅か10年だった。
連邦成立後、自由主義は国是となり、自由経済は永遠の繁栄を約束してくれると見なされた。だが、後世から見ると、それは人類社会の紐帯が経済発展にしか無い事の裏返しでもあったのだが、当時、その危険性に警鐘を鳴らす者はいなかった。無尽蔵の資源と、無限の居住可能惑星は、永遠の経済成長を保障すると思われていた。当時の人類は、あるいは救いがたい楽天主義者の集団であったのかもしれない。
この銀河連邦の独裁者となり、最終的には銀河帝国皇帝に即位したのがルドルフなのだが、その台頭の前提となった、連邦社会の停滞と崩壊をもたらした要因は何だったのか、現在に至るも定説は無いが、行き過ぎた自由経済が齎した弊害を主な要因に挙げる学者は多い。
無尽蔵の資源と無限の居住可能惑星は、経済発展の十分条件と見なされていたが、そこに錯誤があった。無尽蔵の資源があれば、理論上、生産活動も無限に実行できるが、自由経済では価格は市場での需給関係によって決定されるため、生産量が増える程、価格は下落せざるを得ない。経済活動は奉仕行為ではない以上、利益が見込める価格で販売できる見込みも無しに、各企業が生産活動を行うはずもなく、それに伴い、資源の採掘活動は中断、縮小され、辺境星域の開発計画も事半ばにして放棄された。
それでも、供給に比例して需要が僅かずつでも増えるならば、持続的な経済成長が見込めたかもしれないが、連邦の人口は3000億人から増えず、宇宙暦200年代以降、減少傾向に転じた。人口減の理由も一様ではないが、巨大企業が市民の購買欲を喚起するために、物質的充足を至上とする価値観を鼓吹した結果、出産・育児を物質生活のデメリットとする風潮が蔓延した、また生活水準の底上げにより、中流以下の世帯には子育てが経済的なリスクと化した等が指摘されている。
人口減は必然的に市場の縮小を齎した。巨大企業や既得権益層は将来不安に怯え、資産防衛に走り、社会奉仕や慈善活動は後を絶った。中流層も下流への転落に恐怖し、資産を増やすため、賭博的な投資や脱法ビジネスに手を出した。連邦社会はカネという単一の価値観に塗り潰され、自己の財産を守るためなら、他者を犠牲にしても構わない、他者を犠牲にして、自己の財産を守れるなら、そうする事が正しいと、半ば公然と語られるようになった。経済的成功者こそが英雄であり、自分を犠牲にして他者を助ける者は嘲笑された。経済発展が消滅した時、人類の紐帯もまた消滅したのだ。
本来ならば、事態が深刻化する前に、連邦政府が適切な経済政策や人口政策を実施すべきだったろう。だが、自由主義という国是は、既に「呪い」と化していた。
もともと、自由競争に勝利した国家の集合体という側面が強い銀河連邦は、政府は教育や福祉、治安維持など経済原理に馴染み難い分野にだけ関与して、市場への介入は原則として行うべきではない、という思想が支配的だった。市場への介入は社会主義、いや共産主義だと、政財界の強い反発を招き、多くの有権者もまた、それを是とした。当時の連邦社会で主流だった思想は、個人の自由を最大限に尊重するリバタニアニズムであり、国家の恩情的な介入を是認するパターナリズムは忌避された。
なお余談ながら、この問題は連邦の後継者を自任した同盟にも受け継がれた。同盟社会でもリバタニアニズムが思想界の主流だったが、同盟末期、自己責任を強制され、公的なサービスからも排除された低所得者層を救済して、健全な中間層に復帰させ、人的資源の回復を図り、対帝国戦争に勝利すべき、との主張が憂国騎士団などの右翼団体から出された。
同盟末期、腐敗堕落した同盟政府へのクーデターを敢行した救国軍事会議も、その施政方針に、統制経済を実施し、社会に活力を取り戻して、対帝国戦争を完遂する事を掲げており、政治思想上から見れば、リバタニアニズムに対するパターナリズムの反撃だった、と指摘する研究者も存在する。
かくして、連邦社会は自由を尊重するという美名の下、貧富の格差が極大化、自己の財産に固執する既得権益層に絶望した中・低所得者層は、硬直化しきった社会格差を破壊してくれる存在を求めた。ここに、ルドルフ・ゴールデンバウムが台頭する素地が生まれたと言えるだろう。そして、ルドルフ台頭の思想的背景として、連邦末期に提唱された、新しい経済思想の存在を指摘しておきたい。