【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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第4節 統制経済の実現可能性~地球統一政府の事例から

 旧帝国では、連邦末期の格差社会への反省、皇帝ルドルフの意向もあり、統制経済の導入が既定路線となっていた。それは国家が生産・流通計画を策定、国営企業等で計画的に製品を作り、国家の定める価格で販売する。国民は国家の指示の下、定められた職場で労働に従事して、そこで得た報酬で購入した、あるいは国家から配給された食糧等の生活必需品で生計を立てた。極めて概略的に述べれば、これが一般的な統制経済のイメージだと言えるだろう。

 

 西暦時代、社会主義、または共産主義を掲げる国家で、このような統制経済が実施された事はあったが、例外なく破綻している。その理由は様々だが、最大の要因は自由経済体制を取る諸外国の影響(当該国家からすれば悪影響)だと言える。

 

 連邦末期の社会状況が示すように、貧富の格差が拡大しやすい、というデメリットはあれども、生活水準の向上という一点に限るならば、自由経済体制は極めて効率のよいシステムだった。欲望を刺激された人民の前では、経済的な平等、生存が保障される社会体制など、色褪せた偶像に過ぎなかった。確かに、当該国家の為政者が腐敗し、平等という理念を忘れ、自身の欲望充足のため、経済システムを濫用、人民を酷使して、その富を収奪し、彼らの信を失った事もまた、統制経済が破綻した事の大きな要因ではあったが。

 

 ただ、この事は逆説的に、他国からの影響が無ければ、統制経済体制を維持できる可能性を示唆してもいる。旧帝国以前で、その実例と言えるのが地球統一政府のそれである。

 

 既述の通り、13日戦争で地球上の生産体制はほぼ崩壊し、主要な市場も消失した。地球政府は人類の種としての存続を図るため、限られた資源を食料生産能力の回復に集中投資したが、それは国家が生産・流通計画を策定し、企業らに製造させる統制経済にならざる得なかった。

 2000年代までの常識ならば、それはあくまで過渡期的措置であって、早晩、自由経済に移行するはずだったが、2129年の地球統一政府設立から2704年の滅亡まで約600年近く、地球政府は人類社会を支配する唯一の超大国として、統制経済を続けている。

 

 この事実は、経済的に競合する他国が存在せず、自国内だけで経済を循環させる体制が構築できれば、統制経済を永続化できる事の証左になるとは言えないだろうか。

 

 しかし、この見解に史料上の根拠が乏しいのも事実だ。地球・シリウス戦役で、地球は黒旗軍の無差別攻撃の対象となり、地球政府の公文書はその大部分が消滅、そのため同政府の実態は解明されていない点が多い。それは経済体制も例外では無く、地球政府が統制経済を継続できた理由に定説はない。

 しかし、地球政府を滅ぼしたシリウス政府経由で伝来した史料の中に、2200年代の地球政府と企業は、利益追求よりも、その事業が宇宙開発に資するかどうか、その点を重視する傾向にあった、との記録が残っている。

 

 当時の人類は、食料自給率100%を達成し、宇宙開発で資源・居住空間を潤沢に有して、核融合炉の実用化でエネルギー問題も解決、人類が地球だけを生存圏としていた事で発生した環境問題も消滅と、まさに地球時代、戦争の原因となった諸問題から解放され、宇宙開発にだけ集中できていたのは事実だ。

 

 敢えて推測すれば、遙か古代から人類の憧れとロマンの対象だった大宇宙は、人類史上最大のフロンティアであり、星々の海に出航できるようになった事は、全人類規模のロマンチシズムを充足させ、その満足度は金銭による物質的充足を上回ったのではないだろうか。

 その時、国家が統制経済を実施して、市民の経済的自由が制限されても、生存に必要な物資を国家が用意してくれるなら、当時の大多数の人々にとって、生存競争から解放されて、創造性を遺憾なく発揮できるとの一点にて、統制経済は合理的な体制と見なされたのではないか。

 

 もちろん、これを証明する史料など存在しないが、超光速航行(ワープ)技術を筆頭にして、宇宙開発の必須技術は2100~2300年代に、ほぼ全て生み出されている。

 その一方、当時の平均的な生活水準は西暦1800年代の先進諸国を彷彿とさせる、との記録もあり、或いは、この時の人類社会は「清貧」との言葉を期せずして実施していた、高潔な理想主義者たちの集団だったのかもしれない。

 

 しかし、これはあくまで推測であり、地球政府が統制経済を継続した、また継続できた理由は、前述の通り、定説と言えるものは無い。

 上述の見解以外では、①長期間に亘り、左派政党が政権与党の地位にあった、②政府の規制が厳しく健全な市場が育たなかった、③名目上は統制経済だが、巨大な地下経済が存在しており、実質的には自由経済だった、④豊富な食料と資源のために、当時の福祉制度は高福祉・低負担の傾向が強く、労働から逃避して、公的給付に依存する有権者が多かった。公的給付の廃止、削減を恐れる彼らが、統制経済を堅持する政府与党を支持し続けた、などがあるが、一次史料が乏しいために、どの説も決定的な根拠に欠けている。

 

 だが、確かな事もある。西暦2360年、超光速航行技術が開発され、本格的な宇宙時代を迎えると、地球政府の統制経済は、次第に植民星を経済的に支配するための手段と化した。その背景には、各植民星の独立を恐れる政府与党の思惑があったと指摘されている。

 

 人類社会が単一国家に統治されるようになって約200年、地球上に複数の国家が併存していた時代の記憶は、既に失われつつあった。植民星の独立という現実に直面した地球政府の首脳陣にとり、それは人類社会の発展の象徴ではなく、将来の混乱と戦争の遠因としか思えなかった。当初、航路の治安維持を目的としていた宇宙警備隊が宇宙軍に拡充されたのも、植民星の独立を牽制するための抑止力たる事を期待されてだった。そして、植民星の「糧道」を断つための手段として、統制経済が用いられたとの見解が定説となっている。ただし、この見解は地球政府を滅ぼしたシリウス政府の公式見解なので、敗戦国を不当に貶める戦勝国の自己弁護が混入していないとは断言できない。

 

 ともあれ、地球政府は、その強大な軍事力を背景に、食料自給率の維持を名分とし、植民星にモノカルチャーを強制。自ら策定した生産計画に基づき、地球が必要とする第一次・第二次産品を植民星に製造させると、政府資本の国営企業が不当に安い公定価格で一括購入した。

 逆に、植民星が必要とする食料や物資等は、地球政府が指定する企業から植民星政府に高額で購入させるなど、統制経済を口実として、事実上の搾取を行うようになっていった。この経済的支配の桎梏が植民星の離反を招き、最終的にはシリウスの台頭、地球政府の滅亡へと繋がっていく。

 

 以上のように、他国が存在しない単一国家であれば、統制経済を永続化させる事は可能と思われる。その理由は詳らかにしないが、政府が強力な統制力を有する事、経済的価値以外の価値観を重んじる気風が存在する事、人民の生存が保障され、ある程度の生活水準が維持できる事、これらの要素が鍵になると思われる。また、他国が存在しても、圧倒的な国力差があれば統制経済を強制する事は可能だが、それが一方的な富の収奪になると、他国の離反を招き、国家間秩序の崩壊、ひいては自国の滅亡に繋がる可能性がある事を指摘できる。

 

 さて、地球政府の経済体制に関する上記の概説だが、実は、旧帝国の初代財務尚書リヒテンラーデ以下、帝国の財務官僚たちが作成した報告書の抄訳である。

 

 彼らは建国以前より、統制経済の手本として、地球統一政府の経済体制と経済政策を詳細に研究、分析していた。上記はその成果の一部だが、地球統一政府が約600年近く、統制経済を実施できていた事実は、ルドルフやリヒテンラーデほか、当時の財務官僚達の意を強くしたであろう事は想像に難くない。

 

 建国当時の帝国は内外に敵が存在し、地球政府のように単一国家とは到底、言えない状態ではあったが、裏を返せば、彼ら敵対勢力を打倒できれば、統制経済を永続化する事は不可能ではない、という事だからだ。事実、帝国暦9年以降、平定戦役の進展と共に、帝国の統制経済体制は確立されていく。

 

 それは、経済活動を貴族の特権とする事で、金銭(資本)の暴走を支配者層が規制する体制であり、利益追求では無く、あくまで国家の要請と臣民の必要性に応じた物資等の調達を目的とした、自由経済では考えられない、「発展を求めない」経済体制だった。

 

 そして、地球政府が統制経済を搾取の手段とした事が植民星の離反を招き、最終的に滅亡を招来した事実は、帝国政府と領主貴族、そして皇帝直轄領の総督との関係について、多大な示唆を与えた。

 

 地球政府が数百光年先の植民星の独立を恐れたように、帝国政府もまた、数百光年はおろか、数千光年先の貴族領や皇帝直轄領を如何に統制するか、同様の悩みを抱えていたからだ。地球政府は軍事力と経済力による強権的支配を行い、失敗している。

 帝国政府はこの事実を教訓として、強権的支配ではなく、統制経済の枠組みを用いた相補的関係の構築を目指した。それと同時に、経済的価値とは異なる価値観、具体的には爵位や家格を用いて、領主貴族や直轄領の総督を序列化した。領主は勿論の事、勅任官たる総督も爵位持ち貴族でなければ就任できなかったので、皇族との通婚や、皇帝の寵姫の下賜など、伝統的な婚姻政策をも使い、彼らを統御していった。

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