【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
既述の通り、旧帝国の統制経済は「発展を求めない」体制だった。人類史上、結果的に見て、経済発展に失敗した国家は数多あれども、建国当初から敢えて経済発展を求めない事を掲げた国家は、管見の限りで、ゴールデンバウム朝銀河帝国が初めてだと思われる。ルドルフ以下、帝国首脳陣は如何なる哲学を以て、この常識外れとも言える経済体制を目指したのか、まずルドルフの言葉から、その意図を明らかにしたい。
帝国暦10年、初代財務尚書リヒテンラーデの急死に伴い、書記官長クロプシュトックが後任となったが、新尚書クロプシュトック以下、財務省幹部に対して、ルドルフが行った訓示に、その経済観が端的に示されているので、当該部分を引用したい。
「…人類の統治者たる余が熱望するのは、人類の永遠の繁栄である。しかし、人類の繁栄は、決して経済の発展を意味するものではない。銀河連邦、いやそれ以前でも多くの国家は、人間が物質的に充足する事が繁栄の証左だとの謬見に囚われ、人民がその欲望を無制限かつ無軌道に解放する事を是としてきた。
その結果、人間は欲望と快楽の虜となり、本来ならば製品の価値尺度にしか過ぎぬ貨幣を絶対視し、知的生命体の根拠たる理性を放擲して、金銭の奴隷と成り果てた。これが連邦末期の惨状をもたらした根本原因である。
我々は連邦の愚行を繰り返してはならぬ。経済の発展は人類の繁栄ではない、それはむしろ、理性ある人間を堕落させる地獄を招来する事に他ならぬのだ。
故に、人類の統治者たる余は再び宣言する。人間の理性を以て、経済という地獄の門を永遠に封鎖すると。経済活動の目的とは金銭を生み出す事ではない、国家と臣民が必要とする物資等を調達する事と銘記せよ。
我々支配者の責務とは、臣民が生存に必要とする物資等を与えて、各々の能力と才覚に応じた生業に従事せしめ、秩序ある社会を形成させる事だ。そして、その安定した社会環境の中で、臣民は人類の質的向上に資する思想や技術を生み出すべく、営々と思索を重ねていくだろう。思索する能力に欠ける者は、能力ある者を支えていくだろう。それこそが人類の繁栄への道なのだ」
経済観というより、経済自体を否定する思想というべきだが、前述の人間主義経済に代表されるように、連邦末期~帝国建国期においては、一定以上の支持を集めた思想だった。側聞する所では、同盟末期の貧富の格差も相当な激しさだったというが、ルドルフ台頭以前の連邦末期はその比ではなかった。
同盟末期は対帝国戦争との外的要因があったため、軍事予算は比較的潤沢で、軍隊が最貧困層の受け皿になっていたが、連邦末期は紛争や犯罪こそあれ、対外戦争と呼べるものは無く、軍事予算も削減傾向だった。故に、最貧困層は文字通り「棄民」されて、戸籍上の親族が存在する、前科があるなど、様々な理由をつけられて、公的な支援制度からさえも排除された。首都テオリアであっても、中心街を一歩でも離れれば、そこは無法地帯そのもの、僅か一食の糧を得るために、平然と人命を奪える者達が徘徊していた。
「善政の基本は人民を飢えさせない事だ」との指摘は、帝国・同盟両国における数少ない共通認識だったが、自由経済を撤廃し、統制経済を導入する事で、とにかく全人民に食料を供給しようとしたルドルフの経済政策は、その意味においては「善政」だったと言えるだろう。
経済の発展は理性ある人間を腐敗堕落させる要因だとの主張を掲げ、経済活動を国家の専権事項とし、国家と臣民が必要とする物資等の調達を第一義とする統制経済。まずは物資等の生産機構について、次章で解説したい。