【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
配給品を生産・流通させる供給側の体制について、その前提となる旧帝国の地方行政制度の説明を交えつつ、以下に解説したい。
まず、旧帝国の地方行政制度について概説する。配給品の供給体制は、地方行政制度と密接に関係、いや配給制度を前提にして、地方行政組織が構築されている面さえあるので、その点から始めたいと思う。
旧帝国の地方行政制度は、星系を最大単位として、星系―惑星等―惑星等上の都市、この階層を基本に構成されている。以下、標準的な皇帝直轄領を題材として、その概要をまとめる。
1.州(ラント)
臣民が居住する星系(恒星系)ごとに置かれる。統治責任者は皇帝が任命する総督。連邦時代の各星系政府を起源とする場合が多い。
主星に州都(ラントシュタット)を置き、州都に総督府が置かれる。総督府は星系内の行政・経済・軍事を主管し、各省の出先機関も設けられた。
主な業務は、反帝国勢力の捜索と追討、星系内航路の維持管理、また詳しくは後述するが、州内で必要とする公共財等の数量を集計し、生産・流通計画を策定。星系内の国営企業等に指示して、その後の生産状況を管理する事など。
州都で生活するのは、総督府を始め各行政機関で働く官僚や国営企業の幹部社員とその家族、地方艦隊・地方部隊所属の帝国軍人など、貴族身分の者か、比較的富裕な平民が多い。
2.郡(ラントクライス)
臣民が居住する惑星もしくは人工天体ごとに置かれる。統治責任者は国務尚書が推薦し、総督が任命する知事(国務官僚)。
惑星上に郡都(クライスシュタット)を置き、郡都に郡政庁が置かれる。郡政庁は総督府の監督下で、当該惑星の行政・経済を司る(軍事は、総督府と各軍管区の帝国軍司令部が所管する)。郡内の都市は基本的に郡都のみ。当該星系の主星に限り、同一都市が州都と郡都を兼ねる(総督府と郡政庁は、それぞれ設置される)。
主な業務は、広域犯罪の捜査や大規模災害への復旧、公共交通機関など公的インフラの維持管理、そして、惑星内の臣民を対象とする配給品の生産計画の立案と在庫管理など。郡は、惑星内の食糧自給率と軽工業品(日用品)の充足率をそれぞれ100%に維持する事が義務づけられていた。
郡都で生活するのは、郡政庁の役人とその家族ら、平民層が多い。
3.町(シュタット)
臣民が居住する惑星もしくは人工天体上に置かれる行政体で、地方行政の最小単位。人口1万人程度を基準とする。
郡都内を人口ごとに区切って設置される町と、惑星等の上にある生産施設ごとに設置される町がある。統治責任者は知事が任命する町長(郡政庁の役人)。町には郡政庁の支所(通称:町役場)が置かれる。
主な業務は、町内臣民への配給に関する事務処理。町役場には、内務省警察局と事故処理局の出先機関が置かれて、警察署や消防署的な役割も果たすほか、集会場や図書館、体育施設等を併設、臣民にとり一番身近な行政機関でもある。
郡都内に設定された町の住民は上記の通りだが、生産施設に設定された町には、同施設を運営する国営企業の一般社員とその家族、また施設で労働する農奴や奴隷が生活していた。
なお、農奴と奴隷は臣民の権利を一時停止、または剥奪されているので、世帯ごとに独立して生活する事は許されず、郡政庁が設置した集団宿泊施設で寝泊まりしていた。
配給制度の流れに則して見ると、上記の州―郡―町の関係性は以下の通り。
まず、町役場が配給の基礎調査票を各世帯に送信。返信された調査票は町役場で集計、配給品目と各数量が前月のそれと大きく異なるなどの異常が無いかをチェックし、各世帯から申告された変更点を配給データに反映させた後、当月に必要とする配給品目と各数量を郡政庁に報告する。
郡政庁の担当部署は、各町からの報告に基づき、備蓄倉庫から必要な品目と数量を出庫、国営の流通業者に委託して、各町指定の配給所に配達させる。この時、備蓄倉庫の在庫数量が基準在庫数を下回ったら、惑星上の各生産施設を運営する国営企業に対して、必要とする品目と数量を発注。受注した国営企業は、製品を納期までに指定の備蓄倉庫へ納品する。
仮に、配給に必要な品目と数量が足りず、郡政庁の備蓄倉庫にも、惑星上の生産施設にも在庫がない、即ち欠品した場合は、当該惑星の知事は速やかに総督府へ報告、報告を受けた総督は、星系内の惑星または人工天体から、余剰在庫を緊急出庫させる。
なお、配給品の欠品は、重大な職務怠慢だったので、この事態を招いた知事は良くて免職、悪ければ司法省の弾劾を受け、刑法上の罪に問われる場合もあった。このように、配給品の生産と在庫管理は知事の責任だったので、前年までの配給実績に基づき、品目ごとの年間生産計画を立案し、生産の進捗状況を随時確認する事は、郡政庁の重要な業務だった。
注目すべきは、欠品した場合を除き、配給制度が惑星単位で完結している事。これは連邦社会の分業体制への反省があったと思われる。
自由経済の要請に基づき、銀河連邦の食品製造会社らはコストカットと作業効率化を至上命題としていた。その結果、生産設備の集約化、大規模化が生じ、特定の惑星等でのみ、特定の品目が生産されて、連邦内に張り巡らされた物流網により、首都テオリアを始め、各消費地に出荷されていた。
そのため、連邦体制が弛緩し、宇宙海賊等が跋扈するようになると、特に遠隔地への物流コストは警備費用が上乗せされて、生活必需品の価格は高騰の一途を辿った。
ルドルフはペデルギウス星系時代の経験から、この事を深く認識しており、生活必需品の価格を低く抑え、全人民に行き渡らせるためには、生産地と消費地を一体化させる事が必要だと、終身執政官時代から、いわゆる「地産地消」体制の構築を主要政策に掲げていた。帝国建国後、その政策が配給制度との形で具体化したというのが定説となっている。
また、西暦時代より、統制経済を掲げる諸国家が直面した難問、人民の需要に応じた生産計画の立案を行うに当たって、配給対象の臣民自身に品目と数量を確認、修正させる手法は、能吏の誉れ高い初代財務尚書リヒテンラーデの発案と伝えられる。この方法は帝国末期まで、配給制度の基礎として受け継がれただけではなく、全ての貴族領でも採用されている。専制国家である旧帝国で、民主的とも言える手法が採用されている事は、ルドルフを始め、建国期の帝国首脳陣の思想的柔軟性を窺わせるに足ると言えるだろう。
なお、帝国軍の駐屯地や資源採掘場など、特定の目的でのみ平民が居住する惑星等は、上記の地方行政制度の対象外として、各施設を所管する省が管理、運営するものとされた。
上記の例で言えば、帝国軍駐屯地は軍務省、資源採掘場は科学省の所管であり、配給制度も所管する省が代行するものとされたが、実際、駐屯地で生活する平民は例外なく兵士または軍属で、資源採掘場は生活環境が厳しい場所が多く、農奴もしくは奴隷が大部分、管理する国営企業社員も単身赴任する事がほとんどだったため、配給品は彼らが寝泊まりする施設で提供される食事、官給品の衣料や日用品という形に代っていた。
以上が皇帝直轄領で行われていた配給制度の概要だが、最後に貴族領・自治領で行われていた同制度との異同をまとめて、本節を終了したい。
ただ結論から述べると、配給制度に限って言えば、直轄領と貴族領に大きな差異は見られない。少なくとも、従臣や領民を飢えさせず、最低限の衣食住を保障する事を考える領主貴族にとり、直轄領の配給制度と別の方式を構築するメリットは無かった。また帝国政府も、臣民が生存に必要とする物資等を与える事が支配者の責務としたルドルフの意向もあり、領主貴族が直轄領と同じ配給制度を導入する事を推奨した。
そのため、配給制度の実務に長けた郡政庁の官僚を積極的に貴族領に派遣、また逆に、領主貴族に仕える家士や従臣らを郡政庁で受け入れ、実務研修を施した。この人事交流の結果、多くの貴族領で直轄領と同様の配給制度が根付く事になった。
なお、貴族領の統治には、皇帝への反逆など、反帝国活動を行っている明確な証拠が無い限り、皇帝と雖も直接介入は出来なかったので、直轄領とは異なり、惑星レベルでの配給品自給率を100%にする事は、必ずしも義務では無かった。直轄領や他の貴族領から輸入する事は、双方が合意さえすれば可能だったが、大部分の貴族は直轄領と同様、惑星ごとに自給率100%をする事に拘った。
これは、食料等の生活必需品を帝国または他家に依存してしまうと、自家の生殺与奪の権を握られかねないとの判断からだった。ただ、貴族家同士が主家―従家関係を結び、一門を形成するようになると、従家を統制する必要性から、敢えて主家が従家への食料等の供給を強制する事も生じてきた。
また前述の通り、民政に熱心な領主、領地開発のために良質な労働力を必要とする領主達が、直轄領以上の配給を実施する例も少なくなかった。品目と数量の単純増に留まらず、平民層が所持する事は難しい耐久消費財や、「生存に必要」との名目で、直轄領では廃止された医療・福祉サービスを提供する領主さえも存在したという。
また逆に、資源等に恵まれた領地を与えられた貴族は、領地開発をせずとも十分な利益を上げられたため、民政を顧みず、配給制度も等閑に付して、領民たちが飢餓状態に陥った貴族領も少数ながらあった。枢密院の記録によると、美麗帝アウグスト1世の御代、領主貴族だったゾンネベルク子爵アレクシスは、豊富な鉱物資源の利益に溺れ、民政を放置し、領民への配給を誠実に実施しなかった事が美麗帝の逆鱗に触れて、皇祖ルドルフ大帝陛下の御遺志に悖ると枢密院に裁判を請求。枢密院議員の総意で、領地を没収、当人は自裁を命じられている。
次に自治領についてだが、実態は不明と言わざるを得ない。既述の通り、旧帝国では辺境に取り残された惑星や人工天体など、人間は居住しているが、帝国の支配下に置いてもメリットが乏しい難治の場所を名目上、自治領としただけであるため、反帝国活動を企図するなどの動きが無ければ、事実上の放置状態にあった。
よって、国務省への提出が義務付けられていた定例報告書では、例外なく、帝国と同様の統制経済と配給制度を実施していたと書かれていたが、それが実態を反映しているか、史料上の根拠は皆無と言ってよい。ただ、帝国の経済圏からも切り離されていたため、大部分の自治領は経済的に恵まれていなかった。乏しい資源を有効活用するために、初期の地球統一政府の如き傾斜生産方式を採用していた可能性はある。
なお、唯一の例外として、経済的に繁栄の極みにあったフェザーン自治領は自由経済体制を導入して、配給制度も採用していなかった。何故、フェザーンがルドルフ大帝の祖法たる配給制度を採用しないという選択が出来たのか、詳細はフェザーンの建国を認めた皇帝、狂信帝マンフレート1世の巻で述べたい。