【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
前節までは配給制度の概要について述べたが、配給品を含む旧帝国の製品は誰がどのように生産していたのか、本節ではそこに焦点を当てたい。
まず、旧帝国で生産活動の主体だった企業は、国家が経営する「国営企業」と、貴族家が経営する「公営企業」、この2つが存在した。
国営企業は、ルドルフが連邦首相時代、国営化した主要企業を起源とする。首都テオリアに本社を持ち、食料等の生活必需品、また工業用資材や生産機械、そして兵器などを生産していた大企業が多く、帝国建国後、企業経営者(国営化後は支配人)は、文官貴族または領主貴族に封じられて、引き続き経営する例が大部分だった。
一方、公営企業は国営化されなかった大企業、または首都以外に本社を持っていた企業を起源として、貴族制成立後、その企業経営者自身が領主貴族に封じられた、または本社が立地する星系を領地とする領主貴族の傘下に入った例が多い。
なお、これは国営企業にも言えるが、時代が下るに従い、企業の統廃合が進んで、また新規設立も無数にあり、旧帝国滅亡時、建国期から存続する企業は、伝統的な技術や製法を保持する一部の老舗企業を除いて、ほぼ皆無だった。
国営企業は政府の監督下で、財務省等が策定した生産計画に基づき、配給対象品を始めとして、国家が必要とする製品の生産を行った。
また、恒星間航行能力を有する宇宙船と戦闘用艦艇、そして兵器は、国営企業でのみ製造が許可された。仮に公営企業が製造した場合は、如何なる理由があっても、皇帝への叛意を示すものだと、爵位持ち貴族でも大逆罪が適用された。
ただし、帝国暦438年、権謀帝オットー・ハインツ2世が領主貴族の独立性を大幅に認める詔書、俗に云う「分国令」を発すると、この規制は事実上、消滅している。旧帝国末期、開祖ラインハルト陛下に抗したリップシュタット盟約軍が万単位の戦闘用艦艇を要していたのは、この分国令の影響と見られている。
対して、公営企業は、経営する貴族家が自領で必要とする配給品や工業製品等を生産する会社と、国営企業が生産しない分野の製品に特化した会社、この2種類に分かれた。詳しくは旧帝国製品の分類を解説する際に述べるが、皇族や貴族御用達の高品質な農林水産品、精緻な家具や宝飾品・手工芸品、高級な酒や煙草等の嗜好品、書籍や文具等の文化的製品など、臣民の生存や帝国社会の維持には必ずしも必要としないが、生活の質の向上や文化の発展に寄与する製品は、僅かな例外を除いて、後者の公営企業でのみ生産された。
これらの製品は皇族や爵位持ち貴族が主な顧客で、基本的には受注生産されていた。この公営企業の存在から、旧帝国の経済体制は必ずしも統制経済で貫徹されていた訳ではなく、自由経済とのハイブリッド型だったと主張する研究者も存在する。
ただ、少なくとも建国期においては、公営企業の活動は低調であり、その生産量も経営している領主貴族が自領で必要とする配給品や工業製品等を賄う程度で、財務省の発注を請け負い、帝国が必要とする製品まで生産できる、また奢侈品等を製造できる余力がある企業は少なかった。
これは、シリウスや攻守連合、そして経済共同体など、軍事力と経済力に優れた外敵が存在しており、領地を与えられた貴族達は、企業経営よりも自領の防衛に注力せざる得なかったとの事情もあるが、生存に寄与せず、国家も必要としない物を生産する事に、ルドルフが不快感を表明したため、皇帝の意向を貴族達が憚ったとの面も強い。公営企業の活動が活発になってきたのは、帝国の支配体制が確立して、皇帝以下、皇族や貴族達が物質生活を楽しむ気風が生まれた、ルドルフの曾孫・享楽帝リヒャルト1世の御代からだった。
それ以前、ルドルフ大帝から強堅帝ジギスムント1世まで、時代区分でいうなら建国期から拡大期まで、旧帝国の経済活動は、その大部分が国営企業によって担われていた。連邦時代から存続する企業の経営者は、前述した通り、文官または領主貴族に封じられ、幹部社員を従臣にする例が多かった。一般社員は連邦時代と同様、入社試験に合格した国民を採用、単純労働力として農奴及び奴隷が使われた。
統括機能を持つ本社は帝都に置き、生産施設は各地の直轄領にある惑星もしくは人工天体に設けられたが、連邦時代の施設をそのまま使用する例も多かった。
生産施設には、管理担当の社員や技術者らが常駐。彼らは企業が建設した社宅に家族と共に住み、人口規模によっては、施設が町に指定される事もあった。その場合、施設の管理責任者(工場長や施設長と呼ばれた)が郡政庁の委託を受けて、町長を兼任する場合も多かった。
施設内には福利厚生の一環として、病院等が設置されており、企業の社員と家族は低価格で受診できた。旧帝国は医療・福祉制度を廃止、縮小したため、医療サービスを求めて、国営企業での就労を望む国民は多かった。ただ、社員の待遇は配給制度の存在が前提となっているので、連邦時代の同規模の企業と比較すれば、給与水準は絶対的に低かったと言わざるを得ない。それでも、国営企業は原則、終身雇用だったので、勤続年数を重ねれば、平民層には高嶺の花だった、自家用車や家電製品等の耐久消費財を購入できる程度の給与は得られた。
国営企業の活動は、財務省や総督府等が策定する生産計画に基づいて行われるため、経営者(支配人)の裁量の余地は乏しく、帝国銀行からの融資という形で、同省から与えられる予算を使い切り、計画通りの生産量を達成できる人物が名経営者と評価された。その意味では、予算消化に汲々とする役所と何ら変わりは無かった。生産に必要な原材料等も、基本的には財務省が支給(=材料生産を行う国営企業が発掘・製錬した原材料を同省が指定する場所へ星系間輸送を請け負う国営企業が運搬)して、製品は同省が定める公定価格で一括購入された。購入された製品は、必要とする部署または場所へと支給された。
この国営企業の在り方は、まさにルドルフが求めた「発展を求めない」経済を象徴する存在だったが、経済、いや金という「忌まわしき怪物」の力は、ルドルフの想像以上だったのかもしれない。
時代が下ると、各国営企業で生産能力の格差が発生し、公定価格と製品原価の乖離が生じてきた。また前述の通り、旧帝国の支配体制が確立すると、貴族家が経営する公営企業の活動が活発になって、国営企業と競合する事が増えてきた。そこに、財政支出を抑えるため、可能な限り安く製品を購入したい財務省の意向が絡み、自社製品を売り込むため、企業間の価格競争、また贈収賄等の汚職事件も生まれた。それは、ルドルフが嫌悪した自由経済の「負の側面」に他ならなかった。
この経済発展という時代の変化を利用し、私腹を肥やした人物こそ、喪心帝オトフリート1世を傀儡として、果ては耽美帝カスパーの義父となり、帝国を壟断せんとの野心を逞しくした、権臣エックハルトに他ならない。彼の経済政策については、喪心帝の巻で詳述したい。