【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
建国期から拡大期にかけて、貴族家が経営する公営企業の活動は、前述の通り、配給品を始め、自家消費分を生産する程度だった。
中小の領主貴族の場合は、当主自らが支配人を務めたが、複数の星系を領有する大諸侯は、家士や従臣を支配人に任命する事が多かった。資本金は貴族家が直接負担する場合もあったが、財務省投資局の審査を経て、帝国銀行(ライヒスバンク)の預貯金から融資を受ける事も可能だった。自家の家士や従臣を幹部社員に、領民を一般社員とし、単純労働力に農奴と奴隷を用いる事は、国営企業と同様だったが、農奴と奴隷の割当は国営企業が優先されたので、必要量を確保できない事も生じた。領主貴族が皇帝直轄領より手厚い配給制度を導入する事で、直轄領の国民を招こうとした背景には、この農奴と奴隷の割当不足という事情もあったと推測されている。
公営企業の特徴として、国営企業が財務省の定める生産計画に従う必要があったのに対し、経営する貴族家の裁量で、自由に生産活動が行えた事が指摘できる。ただし、それも完全に自由だった訳ではなく、前述した禁制品―恒星間航行用宇宙船・戦闘用艦艇・兵器―を生産する事は許されておらず、生存に不要な奢侈品等は、原則として、皇族と貴族の需要を満たす範囲でのみ認められていた。
しかし、時代が下り、皇族や貴族が物質生活を楽しむ風潮が生じて、経済力を有する富裕平民が誕生してくると、奢侈品等の市場が生まれて、この原則は無視されるようになってきた。それでも、枢密院の記録によると、高価な奢侈品を大々的に生産して、臣民の欲望を過度に刺激した、賭博等に用いる遊具を製造して、社会の風紀を乱した、これらの事由で廃業を命じられた公営企業も多々あった。貴族間の権力闘争の結果という事情もあると推測されるが、倫理や道徳の観点が経済活動を規制する根拠になっている事は、ルドルフが希求した「政治の力で経済を規制する」事の一側面だと言えるかもしれない。
だが、これら奢侈品を生産した公営企業の存在は、旧帝国の文化史上、大きな役割を果たしてもいる。自然と人力のみで生産した最高品質の農林水産物、腕利きの職人が長期間かけて作った精緻な宝飾品や手工芸品など、自由経済体制では高コスト過ぎ、商品にはなり難かった製品も、旧帝国では、帝室や諸侯の御用達品として、採算度外視で生産されていた。
文化や芸術の保護・育成を図った美麗帝アウグスト1世の御代に顕著だが、最高品質の製品を生み出す技術を有する公営企業の経営者の中には、帝国文化の発展に寄与したとして、陞爵された人物もいる。そのため、政治的に無力な中小の領主貴族は、自家の生存戦略として、帝室や大諸侯に愛顧される製品を生み出し、その技術を門外不出とする事で、家門を維持しようとする者もいた。
その結果、大量生産・大量消費を旨とする自由経済体制では、雇用機会を得にくい伝統的技術の継承者たちの雇用が生まれて、彼らが領主貴族家の従臣になる事で、長くその技術が受け継がれていった。同盟では「頽廃文化」「人民の血と汗の上に築かれた虚飾の象徴」などと批判される事も多い貴族文化だが、西暦時代から連綿と続く、人類の遺産たる文化や芸術、技術の継承という役割を果たした事実は否定できないのではないだろうか。
これら伝統的な技術や製法を受け継ぐ老舗の公営企業に勤務する社員は特に顕著なのだが、旧帝国の労働観は、生活の糧を得るため、というよりも、先祖代々の家業を継承するため、との側面が強かった。
これは国営企業も同様で、退職者を補充する際は、本人の子弟を優先採用するよう、法律で義務化されていた。貴族制の実施と相俟って、あらゆる業種での家業化の進行は、旧帝国の身分制秩序を強化する方向に作用したが、失業という自由経済体制を取る国家が例外なく直面する難題への解決方法でもあり、勤労者の労働意欲を維持する事にも繋がった。
確かに、旧帝国の平均的労働者は、上意下達に馴れきった指示待ち人間であり、創造性や自主性とは無縁な者が大多数だったが、その反面、仕事に真剣に取り組み、報酬の多寡よりも皇帝や貴族への貢献度を重視して、倦まず弛まず、粘り強く労働する姿勢が強く見受けられた。それを「奴隷根性の現れ」と嘲笑するのは簡単だが、労働を嫌い、一攫千金を狙って要領よく立ち回る者たちと比較した時、この世界と人生に対して、どちらがより真摯に向かい合っているか、これは私見だが、一度、沈思黙考する事は無意味では無いと考える。
なお余談ながら、新帝国開闢後の事だが、これら最高品質の製品を生み出していた公営企業の従業員と家族が同盟軍の元士官らを名誉毀損で訴えるという事件が起こった。やや長くなるので、別途コラムとして記述した。老舗の公営企業社員の価値観と気風を良く現しているエピソードなので、以下に紹介したい。