【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
同盟軍の元士官らを告訴したのは、イゼルローン回廊の帝国側出口に位置するクラインゲルト子爵家の公営企業「ヒストリッシェ・ゲミューゼ」の社員たちだった。
彼らの申立によると、旧帝国末期、同回廊から帝国領内に侵攻した同盟軍の一部士官は、我々が勤務する公営企業の農場に対して、無用な用水路整備や土壌改良を実施。当農場の自然農法を妨害したのみならず、後日出版した手記の中で、我々が劣った農法しか知らない、無知で憐れむべき存在だった、との表現を用いて、名誉を毀損した、と云う。
同子爵家は憲兵総監ケスラー元帥が保証人になっていたため、憲兵隊から要請を受けた軍務省・司法省も無視はできず、関係者への事情調査が行われた結果、当時の事情は以下の通りだったという。
旧帝国末期、イゼルローン回廊の帝国側出口周辺の星域は、皇帝直轄領と帝国軍駐屯地が大部分だった。以前は貴族領も数多く存在したが、対同盟戦争が始まると、同盟軍の侵攻を受ける事も多くなり、戦火を嫌った領主貴族達は、次々と時の皇帝に申請、帝国中央部か、同盟と反対側の星系へ領地替えを行った。イゼルローン要塞建設後は、同盟軍の侵攻がこの星域に及ぶことは無くなったが、その時点で既に1世紀近い時間が経過していたため、旧来の領地に戻ろうとする領主は皆無だった。
そんな中、戦火が及ぶ事を承知の上で、回廊出口周辺の星系に留まり続けた領主貴族も僅かながら存在した。彼らは、その土地特有の風土を活かした農林水産業など、独特の事業を先祖代々続けており、その産物を帝室や大諸侯に供給する事で、自家を維持してきた者達だった。
今回訴訟を起こしたヒストリッシェ・ゲミューゼも科学技術を敢えて導入せず、自然由来の肥料のみを用い、人力だけで生産する中世さながらの自然農法を実践する農業法人だった。あくまで同社にのみ伝わる伝承だが、建国期、彼らが作った農作物は皇祖ルドルフ大帝陛下の食卓に上ったという。大帝陛下はその味わいの深さ、栄養価の高さを嘉賞し、「機械を使わず、人間が丹精込めて栽培しているからこその出来栄えだろう。子々孫々に至るまで、この農法を受け継ぐように」と、同社の代表者に親しく御言葉を賜ったという。
それ以来、同社を経営する貴族家は幾度か交代したが、ダゴン星域会戦後、回廊出口周辺の直轄領と貴族領の再編成を断行した晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世の御代、建国期から続く名門、クラインゲルト子爵家の傘下に入り、帝国末期まで存在している。
同子爵家は、家祖マルティンが社会秩序維持局長、内務尚書を務めた武官貴族だったが、流血帝アウグスト2世の大虐殺を避け、自領に逃亡。それ以降は辺境域の領主貴族となったが、民生を重んじる当主が続き、公営企業の育成にも力を入れていた。大帝ゆかりの同社を経営していた貴族家が「暗赤色の六年間」の混乱期に絶家した事を受け、特に晴眼帝に申し出て、自家の傘下に迎えている。
そして、帝国歴487年、同盟軍はイゼルローン回廊から帝国領に侵攻。後世、アムリッツァ星域会戦と呼ばれる一連の戦役が勃発すると、迎撃の任に就いた開祖ラインハルト陛下は、当時の参謀長オーベルシュタイン元帥の進言を入れ、回廊出口周辺の星系から食料等を徴発する焦土作戦を実施。配給品の備蓄一切を持ち去り、生産施設も一部を破壊、国営企業の技術者も内地に避難させ、同盟軍がすぐには使用できないようにした。
この時、貴族領にも退避勧告は出されたが、クラインゲルト子爵を始め、領地と領民に愛着が強くて、かつ同社のように、その土地を離れては存在できなくなる者達を抱える領主貴族は勧告を拒否。敢えて同盟軍に降伏し、その場で生活を続ける事を選択した。第三者的視点では、同盟に降伏してしまえば、帝室のために産物を作る意味は無いのだが、同社社員にとり、大帝陛下の御言葉を遵守する事は、もはや自己のアイデンティティと化していたのだろう。
さらに、同社が存在する惑星を占領したのが、同盟軍第7艦隊だった事が問題を大きくした。同艦隊司令官のカレル・ホーウッド中将は、決して無能者ではなかったが、対帝国強硬派の代弁者となる事で、同盟軍内の地位を維持してきた人物だった。特に、愛国心に燃えて、旧帝国を悪逆な専制国家として憎悪している若手士官らは、ホーウッドを自分達の代表者と見なして、進んで第7艦隊司令部へ籍を移した。
彼ら若手士官に共通する悪癖として、客観的な事実よりも、自分たちが信じたい真実の方を優先した事が挙げられる。彼らは、自然農法を実践している同社の農場を見て、これは無辜の人民を奴隷化し、非効率的な農法を強制している専制帝国の悪政に他ならないと憤激。我々同盟軍は解放軍、護民軍である以上、彼ら人民を恒久的に飢餓状態から解放するために、同盟の進んだ農業技術を供与すべきと、司令官ホーウッド中将に上申。実は、同盟軍総司令部は事前の情報収集で、回廊出口周辺の惑星には、敢えて科学技術を用いない農業を実践している農場が各地にある事を認識しており、指揮下の各艦隊司令部に情報提供していた。そのため、他の艦隊司令部は、ヒストリッシェ・ゲミューゼと同様の農場を接収しても、食料だけ供与し、農地改良などには敢えて着手しなかったのだが、独りホーウッドのみ、若手士官の要求に抵抗できなかった。
彼は士官らの要請を無意味と知りつつ、彼らを説得する事で反感を買い、司令部内に不協和音が生じる事を恐れた。それは強硬派の代弁者たる自身の地位を危うくする行為でもあった。彼は自己の保身のため、植物学や土木学の知識を有する技術将校、フランツ・ヴァーリモント少尉に命じ、用水路の建設や土壌改良に着手させた。
このヴァーリモント少尉が旧帝国を悪逆な専制国家と信じ、帝国人民を解放する情熱に燃える、無私の人物だった事が問題に拍車をかけた。もし彼が自己の出世や栄達を重んじ、上官の顔色を窺う様な軍人だったならば、司令官ホーウッドが決してこの事業に乗り気ではない事を看取できたかもしれない。
しかし彼は、真に帝国人民の事を思いやり、農業技術の提供が彼ら人民の生活向上につながるのだと、心の底から信じていた。後日、食料の略奪を始めた第7艦隊の兵士たちと、同社社員が衝突した時、体を張ってでも止めようとしたのは、彼が真に人民の事を想っていた事の証左だろう。
だが、現実は皮肉に過ぎた。ヴァーリモントが提供したコンピュータ制御の給水施設や化学肥料が散布された土壌は、同社の社員から見れば、大帝陛下が嘉賞してくださった、先祖伝来の栄誉ある自然農場を汚す行為に他ならなかった。まして、その事を喜ぶ演技を強制されていたのだから。
この訴訟事件が起きた時、当時の司令官ホーウッドは存命しており、軍務省職員の事情聴取に答えて、同社の現地責任者だったワグナーなる人物を密かに呼び出し、ヴァーリモントの存在を告げ、彼の行為に感謝の念を示すよう、社員と家族に因果を含めて欲しいと依頼した。これも占領政策の一環であると告げ、もし命令に従わない場合は、占領軍司令官の権限で、お前と家族たちを逮捕、拘禁する事も出来ると恫喝した、と証言している。
なお、ワグナー氏は、第7艦隊兵士と同社社員らとの武力衝突の際に死亡しているが、生き残った社員とその家族達に当時の事を聞き取り調査すると、口を揃えて「腸が煮えくり返る思いだった」と述べている。その後、アムリッツァ星域会戦は、開祖ラインハルト陛下の焦土作戦が成功。補給能力が限界に達した同盟軍は略奪を始めて、現地の人民との武力衝突を引き起こすが、その最初の烽火が第7艦隊の占領地で上がった事は決して偶然ではない。
会戦時、第7艦隊は故キルヒアイス元帥の艦隊から猛攻を受け、その過半を消失。司令官ホーウッド中将も重傷を負い、首都ハイネセンに帰還後、退役を余儀なくされ、同艦隊は解体。司令部に所属していた若手士官らは他の艦隊に異動していったが、司令官同様、戦傷を受け障害者となり、退役せざるを得なかった者達もいた。
彼らは、帝国領への侵攻作戦を世紀の愚行と罵倒する同盟世論に納得できず、あの戦いは確かに敗戦だったが、我々は悪逆な専制帝国を打倒して、その悪政に苦しむ無辜の人民を解放しようとの大義に燃えた解放軍だった、その思いだけは否定できない、いや否定させないと、過激な国家主義団体・憂国騎士団に入隊、同団の広報部から、旧第7艦隊所属の士官や兵士たちの証言を集めた「アムリッツァの真実」なる手記を発行した。
少部数の冊子であったため、大した評判にもならなかったが、新帝国開闢後、憂国騎士団はハイネセンポリスを襲った大火災の放火犯に指定され、憲兵隊との激しい銃撃戦の結果、2万人弱の容疑者が検挙された。この時、同団本部から押収された物品の中に、かの手記があった事、そして、その手記がケスラー憲兵総監の縁故で採用された、クラインゲルト子爵家ゆかりの憲兵の目に触れた事、この事が今回の訴訟事件の直接原因となった。
手記の中で、自分の故郷の者達が無知で哀れな存在として、彼らを雇用していたクラインゲルト子爵家が悪逆な専制帝国の手先で、人民を虐げる暴君として描かれている事に激怒したこの憲兵は、主家たる子爵家に連絡。子爵家の名誉を汚すものである、皇帝陛下に訴えて、この手記の作者を罰してもらうべきと主張した。この時、子爵家を差配していたのは前当主の娘で、現当主の母たるフィーア夫人。同夫人は事を荒立てる事を望まなかったが、事情を知った同社社員らは当時の屈辱を思い出して憤激、そのような文書が残っている事は許せないと、帝国政府に直訴してしまった。
フィーア夫人の相談を受けた憲兵総監ケスラー元帥は、事が公になってしまった以上、とにかく事実関係だけは明確にすべきだ、そうでないと遺恨が消えないと助言。自らの縁者が関係者であるため、憲兵隊を動かす事は出来ないが、軍務省、司法省に働きかけると約束し、その言葉通り、両省に調査依頼を出している。
その結果が上記の内容なのだが、調査過程で、この手記の作者と思われる同盟軍の元士官らは、先の銃撃戦で死亡している事が判明。かのヴァーリモント少尉は第7艦隊と同社社員の武力衝突時、同盟軍を脱走、行方不明となっており、同艦隊に所属していた士官らも、その多くは第一次ランテマリオ星域会戦、またマル・アデッタ星域会戦に従軍、戦死していた。同艦隊司令官のホーウッドは、故郷の惑星で存命だったが、既に軍籍を離れて久しく、事情を聞かされた後、自らの行いを悔い、軍務省職員を通じて謝罪の意を表明。もしこの身を罰する事で、私が屈辱を与えてしまった人々が納得するなら、喜んで司直の手に身柄を委ねたい、との意思を示した。
司法尚書ブルックドルフ博士から、本件は法律が裁く問題ではない、関係者の多くも鬼籍に入っている以上、政治的判断で決着すべきだと助言されたケスラー元帥は、当時は皇帝首席秘書官だった皇太后ヒルデガルド陛下に相談。皇太后陛下の裁断によって、開祖ラインハルト陛下の私信との形で、同社社員が示した帝室への忠誠をまず嘉し、彼らが先祖伝来の伝統を重んじる良民である事、主家たるクラインゲルト子爵家は領民を愛する良き領主である事を認め、今後も生業に励むべしと激励した。同時に、宮内尚書ベルンハイム男爵に依頼し、同社の製品を皇宮の食材として優先的に購入して欲しい旨、配慮を求めた。
なお、開祖ラインハルト陛下は、ルドルフの言葉を遵守する者達を慰撫するために、自身の名前を使う事に難色を示したが、皇太后陛下より、彼らは自らの仕事に誇りを持つ良民である事、彼らの存在を認めてやれば、今なお旧帝国を懐かしむ者たちに対しても、新帝国は粗略には扱わないという姿勢を示せる事、正式の勅書を発した訳ではなく、あくまで私信で褒めただけであるため、公式記録に残す必要がない事、これらの事情を説明されて、許可したという。
フィーア夫人を通じて、ラインハルト陛下の私信を示された事、またホーウッド元中将からも自筆の謝罪文が届いた事で、告訴人たちも我々の思いを分かってくれたと納得。フィーア夫人の勧めもあり、和解する事を承諾している。
なお後日談なのだが、ホーウッド元中将は、自らの保身のために傷つけてしまった人達に直接謝罪したいと、フィーア夫人に子爵領への訪問を懇請。当時の恨みを忘れていない同社社員の一部は難色を示したが、フィーア夫人は「この謝罪文を読んでも、ホーウッドという方がご自身の罪と真摯に向かい合おうとしている事が分かります。あの戦争で確かに我々は傷つきましたが、同盟の人々もこうして苦しんでいるのです。私は、夫を奪った戦争が嫌いです。だからこそ、戦争で受けた傷に苦しむ人を助けたいと思います。せめて、お話だけでも聞いて差し上げるべきではないでしょうか」と説得。優しい人柄の夫人は、もともと領民から慕われていた事もあり、ホーウッド元中将の訪問は受け入れられた。
家族と共に子爵領を訪れたホーウッドは、フィーア夫人や現当主のカール、またヒストリッシェ・ゲミューゼの社員らと面談。占領当時の事を深く謝罪する姿に、夫人ほか領民達も好感を覚え、和解するに至った。
これが縁となり、戦傷による障害に苦しんでいたホーウッドは、夫人たちの勧めもあって、温暖な気候のクラインゲルト子爵領へ家族と共に移住。同盟軍人時代の知識と経験を活かして、領地を宇宙海賊や犯罪者集団から守る子爵家の警備部隊に勤務、顧問的な役割を果たす。
その後、現当主カールと、ホーウッドの孫娘マリアが結婚。立会人を務めたケスラー元帥からその事を聞いた皇太后ヒルデガルト陛下が、帝国と同盟の宥和の象徴だと、子爵夫妻を祝福したい意向を示されたので、連絡を受けた子爵夫妻は新帝都フェザーンに参内。同行したホーウッドも、皇帝アレクサンデル陛下、ヒルデガルト陛下に拝謁しており、公式に新帝都を訪れた同盟軍の元将官としては、かのダスティ・アッテンボロー元中将に続く2人目となった。
また、ヒルデガルド陛下との面談中、ホーウッド元中将は、同盟軍人時代、反帝国の急先鋒だった自身に言及して「かつて私は、帝国を悪逆な国家と罵り、皇帝陛下を筆頭に、帝国貴族は邪悪の権化と罵倒していました。しかし、老残の我が身に手を差し伸べてくれたのは、帝国の人々でした。そればかりではなく、子爵家に家族としても迎えて頂きました。憎しみは何も生まないと申しますが、この年になって初めて、その言葉の意味が理解できたようです」と語ったという。
なお、本書の執筆時点(新帝国暦6年)で、ホーウッド元中将には、旧同盟軍末期の状況を良く知る元将官として、軍務省・学芸省が合同で設けた旧軍戦史編纂所の非常勤顧問として協力して頂いている。