【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
旧帝国経済の特徴の1つとして、あらゆる面で、民間の需要よりも、公共の需要が優先された事が指摘できる。それは統制経済が一般的に有する特徴ではあったが、旧帝国は経済活動を支配者層、即ち貴族の特権と定めて、平民層を経済主体とはせず、ただ一方的な受益者とした事で、民間の需要を軽視するというより、封殺してしまった観がある。
平民層は政府や主家から与えられた配給品と、連邦時代の水準と比較すれば、絶対的に低い給与でのみ生活する事を余儀なくされて、それ以外の収入を得る手段は事実上、断たれていた。また、平民が奢侈品等を購入する事は、決して禁止されてはいなかったが、付加価値税や物品税が加算されて、平均的所得の者には、まず手が出せない「高嶺の花」だった。
「経済の発展は人類の繁栄ではない、それはむしろ、理性ある人間を堕落させる地獄を招来する事に他ならぬのだ」と断じて、「発展しない」経済を理想としたルドルフにとって、臣民の圧倒的多数を占める平民達の所得を低く抑えて、生活水準を向上させる可能性を無くす事は、当然の帰結だったと言えよう。
しかし、現実的な政治家としてのルドルフは、それが欲望を持つ人間にとり、不自然な状態である事も理解できていた。物質的に豊かな生活を望み、旧帝国の経済体制に不平不満を漏らす者達も当然存在したが、ルドルフは社会秩序維持局に指示、劣悪遺伝子排除法に抵触する、臣民の義務違反として厳しく取り締まらせる一方、ムチに対するアメとして、平民のガス抜きを図る施策も実施していた。その1つが酒・煙草等の廉価販売である。
平民が民需財を買う時は、原則として購入依頼書を町役場に提出しなければならなかったが、酒と煙草だけは、各町に最低1店舗は設けられた国営の量販店で、ごく安価に購入できた。また、酒や煙草を嗜まない女性向けに、菓子や花卉等の嗜好品を扱う小売店もあった。
そして、風紀を乱す可能性があるとの理由で、出店場所は限定されたが、酒場や飲食店、賭博場、風俗街などの娯楽施設も、人口規模に応じて、適宜設けられた。これらの店舗は、財務省に委託された国営企業が運営しており、外見上は個人商店と見まがう店舗もあったが、それは町の景観に合わせた装飾に過ぎず、都市開発が不十分な辺境域の直轄領などでは、外見よりも内実が大切とばかりに、無味乾燥なコンテナやプレハブ工法の店舗が建ち並んでいたという。
だが、時代が下り、晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世の御代では、国力回復のため、平民層の育成に務めた同帝の方針により、一部の業種に限っての事だが、政府が定める同業者組合に加盟する事を条件として、平民が事業主体となる事が認められた。
その結果、帝都オーディンを始め、直轄領の州都には平民が経営する各種商店や酒場、賭博場や風俗店等が開店していった。とりわけ、旧帝都オーディンの下町界隈は、平民事業者の諸店舗や屋台が林立して、各店が工夫を凝らした看板や装飾が美観を競い合い、今なお観光地としても有名だが、彼ら平民事業者の台頭で、国営企業の娯楽施設は次第に姿を消していった。