【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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第4節 帝国の「サービス」①~公共的サービスを中心に

 旧帝国の生産体制は公共の需要が優先され、民間の需要は二の次とされたが、それは医療等のサービスも同様だった。

 

 医療を例に取ると、医師を志望する者は、医師免許の取得と同時に、国務省医療局の医官に採用される。その後、同局の指示で、帝都ほか直轄領内の国営病院か、または貴族が経営する公営病院へと赴任するのが一般的なコースで、連邦時代のように、個人の開業は認められていなかった。この点は、医師や弁護士など、国家資格が必要な職業に共通しており、資格取得者は、同資格を所管する省に採用され、官吏として各省が運営する施設等に勤務した。

 

 これは、社会に有益な高い技能と知識を有する者は、私益を図るよりも、公共の立場から国家に貢献すべし、との思想の表れであり、貴族身分の者が就く事が望ましいとされた。そのため、各貴族家の家士や従士達が主に志望する職となり、爵位持ち貴族の従臣などを除けば、平民が専門職に就く事は難しかった。

 

 特に領主貴族は、領地経営の必要性から、優秀な家士や従士の子弟に学資を援助、大学進学と専門職への就職を後押しした。彼らは資格取得後、主家が経営する病院等の施設に派遣され、貴族領内の社会サービス提供者となった。彼らの存在は、中央省庁で発見、開発された知識や技術を地方へと伝播する役割を期せずして果たし、国土省から各貴族領に派遣された技術者らと並んで、帝国領内の均等な開発に寄与している。

 

 彼ら専門職は基本的に官吏でもあったため、政府が重要と見なす施設へ優先的に派遣された。そのため、帝都オーディンや主要星系の州都にある大病院、禁制品を製造する国営企業の付属病院等には、医師や看護師が潤沢に存在したが、辺境域の直轄領など重要度が低い場所は、法的に定められた最低限の人数しかいない事も珍しくなかった。

 

 その反面、連邦時代のように、効率と利潤を追求する民間事業者がサービス提供者ではなくなったので、人口が少なく、採算が取れないとの理由により、医師が全く存在しない場所は無くなった。いわゆる「無医地区」問題は、逆に解消したと言える。

 また、前述の通り、旧帝国では公的な医療保険制度は廃止されたため、平均的所得しかない平民層は、医療費の負担に苦しむ例が少なくなかったが、生産性低下を防止する観点から、ありふれた疾病や怪我ならば、連邦時代の水準よりも、遙かに低価格で治療を受けられた。

 

 では、公的な資格を必要としないサービス、例えば保険や金融、物流、娯楽等のサービスは、どのように供給されていたのか。結論から述べると、物流など公的性格が強いサービスは、主に政府や貴族の需要を満たすため、国営または公営企業によって供給されていたが、保険や金融はビジネスとしてはほぼ消滅。娯楽など私的生活に関わるサービスは、少なくとも平民層に対しては、やはり大部分が消滅した。

 

 例えば、星系間の物流を取り扱う国営企業では、財務省が輸送指示した貨物が最優先、次いで各省や貴族らの貨物が優先され、平民の貨物は輸送力に余裕があれば積む程度で、やはり公的な需要が優先されている。尤も、経済圏が郡または州でほぼ完結しているので、平民が星系間輸送を必要とする事は極めて少なく、大貴族は専用の輸送船を所有する場合がほとんどで、中小の貴族は他家の経営する公営企業に輸送委託する例が多かった。

 

 対して、保険や金融は、ビジネスとしては成立しなくなった。その原因は、ルドルフが貸金業について「物の価値尺度でしかない貨幣を商品化し、不当な利益を貪ろうとする悪行そのもの。労働の価値を貶める悪徳だ」と断じ、預貯金に対し利子をつける、貸付金に対し利息を取る、この2つを法的に禁止した事にある。

 この結果、保険業は掛け金を集めて分配する事しか出来ず、利益を上げる事が不可能となり、連邦時代から続いていた保険会社は廃業するしかなかった。そして、利子・利息の概念が消滅したために、旧帝国では金融という概念自体が次第に消えていった。

 

 これもまた、ルドルフが理想とした「発展しない」経済を実現するための一方途だったが、流石に過激過ぎたのだろう、帝国の支配体制が安定して、皇族や貴族が物質的に豊かな生活を追求するようになった、ルドルフの曽孫にあたる享楽帝リヒャルト1世の御代に至ると、金自体が価値を生み出す「利子・利息」との概念は、様々な名目で復活している。

 例えば、政府や貴族が公営企業に出資した際は、出資額に応じた配当を受けられるようになったが、それは投資に対する謝礼金、との名目だった。帝国暦130年代、寛仁公フランツ・オットー大公が創設した帝国騎士は、貴族年金の代わりに高利率の債券が受け取れたが、それは財務省投資局が公営企業に出資して、その額に対する配当金が原資となっている。

 

 しかし、痴愚帝や権謀帝、残暴帝など、ルドルフを理想として、建国期への復古を掲げた皇帝が即位すると、利子・利息の廃止は「大帝の御遺志」だと再び実施されており、利子・利息を巡る問題は、旧帝国の滅亡に至るまで、その経済体制に大きな影を落とす事になる。

 

 なお、ビジネスとしての保険業は消滅したが、予期せぬ被害に備えるための相互扶助制度は生き残った。貴族層では、一門の主家が従家から一定の掛金を預かり、災害や戦災で領地に大きな損害が出た時などは、復興支援金の名目で、主家から払い戻しを受けられる制度が生まれた。

 平民層もそれに倣って、地縁や血縁、または職域で会員を募って相互扶助団体を結成。会員からの掛金を貯蓄しておき、会員やその家族に死亡や病気、怪我などの不幸が生じた時は、見舞金を受け取れるようにするなど、各地で独自性のある制度、風習が生まれている。

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