【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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第5節 帝国の「サービス」②~娯楽的サービスを中心に

 

 最後に、娯楽に関するサービスだが、質実剛健を旨とするルドルフの意向で、国営企業が運営する娯楽施設等を除けば、平民層向けのサービスはほぼ消滅した。

 

 臣民に相応しい健全な娯楽として、学問と読書、スポーツが推奨され、町役場には図書館と学習室、体育施設が併設された。ゴールデンバウム朝の正統性に疑問を抱いたり、皇帝専制の政治に異議を唱えたりする事がないよう、自由主義や民主主義を肯定する書籍等は発禁とされたが、思想性が乏しい自然科学や工学等に関する書籍は潤沢にあり、西暦年代に出版された古典的作品も豊富にあった。

 

 これは映像作品も同様で、思想性の強い作品は上映されず、過去の古典的名作か、映画好きの貴族が映像関係の公営企業に製作させた作品が町役場併設の集会場で上映された。

 なお、旧帝国のメディアは、内務省所管の国営通信社一社のみしか存在せず、新聞や雑誌も同社が出版するするものしかなかった。 

 

 彼ら平民層にとって、娯楽の王者はスポーツだった。スポーツとはあくまで娯楽と身体の鍛錬である、というルドルフの意向で、連邦時代の如きプロ選手は認められなかったが、アマチュアのリーグ戦は盛んに行われた。

 

 特に人気を集めたのがフライングボール。職場や町、さらには郡単位でもチームが結成されたほか、フライングボール愛好者の貴族が自家の家士や従士、従臣らを選手にしたチームを編成、リーグ戦に参戦する事もあった。強豪チームには熱狂的ファンも存在して、ファン同士の応援合戦も試合を盛り上げた。

 また、リーグ戦の勝敗を当てる賭博も非公式に行われていたが、賭金を巡っての殺人や暴行、恐喝等の犯罪が起こらない限り、社会秩序維持局も目溢しするのが通例だった。これは、フライングボールの熱烈な愛好者は貴族層にも数多く、お忍びで体育施設を訪れて、平民に混じって応援、賭博に参加する皇族や諸侯さえいたからだと云う。

 

 なお、平民のチームが貴族家お抱えのチームに勝利すると、負けた貴族は相手チームの健闘を讃えて、祝儀をはずむ事がその襟度を示すものとされて、次第に慣習化していった。

 

 この慣習で伝説となっているのが、健軍帝フリードリヒ1世の皇弟ハインリヒ、後の強軍帝フリードリヒ2世で、熱狂的なフライングボール愛好者だった同帝は、自家の家士や従士達に猛特訓を施してチームを編成、自らも選手として出場し、常勝無敗を誇っていたが、ある時、格下と侮っていた平民チームとの試合で、終始有利に試合を進めながらも、最終局面で自身の僅かなミスにつけ込まれ、逆転敗北を喫した。

 優秀な軍人でもあった同帝は「自信と過信は違う。驕り高ぶりは敗北の原因になる。改めて良い勉強をさせて貰ったぞ」と、相手チーム全員の健闘を讃えて、祝儀として自らの領地に建設した専用スタジアムを贈ったという。なお、同帝の名を冠したこのスタジアムは現存し、身分を問わず、誰でも使用できる専用施設として、今なおフライングボール愛好者の聖地となっている。

 

 彼ら平民と同様、貴族層への娯楽サービスも名目上は存在しなかったが、その特権を使い、平民が購入できない製品やサービスを享受する事が出来た。とは言え、個人レベルの要望であれば、自家の従臣たちに命令して解決できたので、企業に依頼してでも享受したいサービスは、出版や芸能など、ある種の公共性を持つものが大部分だった。

 

 貴族の中には、職業にはしないが、趣味や教養の範囲で創作や研究活動を行う者も多く、それらの作品は貴族のサロンで発表される事が常だった。その際、貴族の格式に相応しい装丁でなければ不調法と見なされたので、専門の印刷業者を抱える貴族家には、他家からも注文が相次いだ。

 

 また、その中で文学的、学問的価値が高いと認められた作品は、皇帝や諸侯の推薦を受け、正式に出版される事も珍しくなかった。それらの作品は、臣民を啓発し、支配者たる貴族の優秀性を知らしめるためとの理由で、印刷事業を行う公営企業に発注し、平民でも購入できる廉価版を出版、町役場に併設された図書館にも所蔵されて、広く人口に膾炙した名作も多い。

 

 一例を挙げると、文華帝エーリッヒ1世の御代に活躍した貴族歴史家、フィッシャー子爵著の「銀河帝国の成立」や、ブルックナー子爵著の「銀河帝国前史」などがある。なお、皇族や諸侯の男子が密かに要望して、帝国社会では非合法だったポルノグラフィティなどが製作された例もあったという。

 

 また、映画や演劇、音楽や芸能など、専門性を有する人材が多数必要となる文化事業は、国家の支援が完全に無くなり、愛好する貴族達が個人的な趣味で行うものとされた。

 

 豊富な財力を持つ皇族や諸侯は、自家で劇団や楽団を抱えたほか、自家が経営する公営企業に文化事業部を設立、才能ある役者や芸人を自社の専属としたり、家士や従士、従臣から才能ある人材を募ったりするなどして、映画の製作と上映、演劇やオペラ、バレエなどの興行を行った。

 だが、これは営利目的では無く、あくまで大貴族との体面を保つための営為であり、自家や一門で楽しむほか、皇族や他家の貴族を招いての園遊会や舞踏会で披露される余興でしかなかった。

 

 その一方、純粋に芸術や芸能を愛好する貴族もおり、彼らは自ら出資、または同好の士と共同出資して、映画製作や演劇等の興行を専門に行う公営企業を設立。芸術作品たる映画を製作、上映したほか、高い芸術性を持つ演劇や舞踏を主催した。

 そして、広く臣民に帝国文化の粋を普及啓発するとの名目で、貴族のみならず、平民も対象に興行を行った。平民如きに芸術や文化が理解できるものかと、彼らの活動を蔑視する貴族も多かったが、その興行に触発され、芸術家や音楽家、役者などを志望する平民たちが芸能部門を持つ公営企業に集まり、身分制秩序を超えた芸術・文化のサークルが生まれた。

 

 旧帝国史上で、最も芸術文化の保護、育成に尽力した美麗帝アウグスト1世、文華帝エーリッヒ1世の御代に至ると、彼らサークルの活動を核として、歴史に残る著名な芸術家や俳優、舞踏家に映画監督らが誕生。両帝の名を冠した芸術コンクールや映画祭、各種の賞なども設けられて、現在にまで伝わる貴族文化が大輪の花を咲かせる事になる。

 

 しかし、旧帝国社会が武断的方向に傾くと、映画や芸能を業務とする公営企業は「帝国貴族にあるまじき柔弱さの現れ」「質実剛健を重んじた大帝陛下の御遺志に悖る」とされ、廃業を命じられる事も多かった。

 

 だが、帝国末期に至るまで、これらの企業は芸術や文化活動を志望する平民の「登竜門」的役割を果たし、企業に採用後、業務として芸術活動に従事。名声を得て独り立ちするか、皇族や諸侯に才能を認められ、専属として雇用されるか、その2つが芸術活動で立身を望む者の一般的なコースだった。

 

 とは言え、その門は相当に狭く、志望者数に対して、採用者数は極めて少なかった。芸術や文化に理解ある貴族と縁があり、パトロンを見付ける事が出来た者はむしろ幸運で、大部分が夢破れ、失業状態を避けるために、政府が指定する職場で働く者がほとんどだった。

 

 また、男性が芸術や芸能を職とする事は、旧帝国の価値観では決して賞賛される事ではなかったので、十分な才能を持ち、名声を得ても、官吏や軍人など社会的地位の高い職業に就いて、敢えてアマチュアとして活動する人物もいた。七元帥の1人、エルネスト・メックリンガー元帥も、そのような人生行路を歩んだ御方と言える。

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