【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
宇宙暦296年、28歳のルドルフは、ペデルギウス星系政府首相と連邦議会上院議員を兼任し、地域政党「国家革新同盟」党首の地位にあった。この時点でのルドルフは、過激な言動で有名になったポピュリスト的政治家の一人に過ぎず、銀河連邦の中央政界で確固たる地位を築いていた訳ではなかった。当時の中央政界は、有力な星系政府や各省庁、連邦軍、そして企業群などを後ろ盾にした政党が離合集散を繰り返し、連邦市民の民意を体現する場所であるはずの下院は、各々のスポンサーの意向を受けた政党がパワーゲームを繰り返すだけの場に堕しており、首相選挙は派閥力学と選挙動員の結果か、もしくはアイドルの人気投票さながら、政治家としての識見や手腕ではなく、上辺だけの発言や容姿を基準に選ばれる有様だった。
若きルドルフにとって、初めて目の当たりにした中央政界の現実は、あまりにも愚劣で、唾棄すべきものだと映った事は想像に難くない。ルドルフがいつから独裁者を目指そうとしたのかは諸説あるが、公開された新史料の中に、当時のルドルフが腹心達に送った書簡の写しがあり、その一節に「…貴下の提案は興味深く拝見した。政府首相と国家元首の兼任を禁止する明確な規定は無い、兼任の前提として、同一人物が上下院議員に就任する必要があるが、政治力学上、同一選挙区内で、事実上の議席減が許容される事は無いから、不文律と化しているに過ぎない、との指摘は新鮮だった。我がペデルギウス星系選挙区から、上院議員たる私が下院議員選挙に出馬する事は可能なのだろうか?貴下のご教示を乞う」とある。
当時のルドルフが首相と国家元首の兼任を意識しており、自身にそれが可能かを検討していた事、またルドルフに独裁権力の掌握を使嗾する存在がいた事は注目に値する。以下、詳述していくが、今後のルドルフは、政府首相と国家元首の兼任を目的に行動していく事になる。それは、人気頼みのポピュリスト的政治家から、強固な政治基盤を有するしたたかな権力者へと、ルドルフが脱皮していく過程でもあった。
宇宙暦297年、当時の政府首相、ジョルジュ・ルナールは内閣不信任決議案が可決された事を受け、下院議会を解散、総選挙に打って出る事を選択した。ルナール首相は、保守系政党「民主自由党(DLP)」党首で、ヴェガ星系を主な地盤とする、複数の軍需企業をスポンサーにした国防族議員。良く言えば老練、悪く言えば腐敗した、古参の利益誘導型政治家。不信任決議のきっかけは、年中行事と化したような汚職事件だった。
DLP所属の国防大臣が新型兵器導入に関して、特定の軍需企業からリベートを受け取った容疑で逮捕され、議員辞職に追い込まれたが、首相自身もリベートを受け取った疑惑が浮上。野党からの追求に対し、ルナール首相は自身の関与を否定したが、一方、自身への捜査を中止させるよう、検察機関への指揮権発動を法務大臣に指示していた事を暴露され、世論が沸騰。野党各党は倒閣のチャンスだと、共同で内閣不信任決議案を提出。その中に、ルドルフ率いる国家革新同盟の姿もあった。
ルドルフは、この倒閣運動を千載一遇の好機と捉えた。この倒閣が成功して、首相が解散総選挙に打って出るなら、以前より画策していた下院議員選挙への出馬時期が早まると判断し、激烈な首相批判を展開。ペデルギウス星系で実施した申告制度の実績を引き合いに、公職にある者は疑惑を持たれる事自体が罪だ、との持論を展開。もし首相が自身の潔白を証明したいのならば、指揮権発動のような姑息な手段では無く、正々堂々と民意を問うべきだと主張。また、贈賄側の軍需企業に対しても、即時の強制捜査を実施、違法行為が明らかになった時は、政府主導で業務改善を断行。期限内に実施できなければ、政府の管理下に置いて、国有化も視野に入れるべきだと、強硬論を主張した。政治家や大企業などの既得権益層に不平不満を抱いていた市民は拍手喝采し、世論の高まりを受けて、与野党では即時の解散総選挙を望む声が高まってきた。
同年9月、与党内部の突き上げに抗しきれなくなったルナール首相は、解散総選挙の実施を表明。ルドルフは上院議員のまま、ペデルギウス星系から下院議員選挙に出馬する事を表明。事実上の議席減(同星系選挙区は、上院議員1議席、下院議員3議席と、計4議席が割り当てられており、ルドルフが上院議員のまま、下院議員に当選してしまうと、4議席のうち、2議席が同一人物によって占められるため、後2人しか議員になれなくなる)となる行為に、同星系の反ルドルフ派からは「同一人物への権力の集中は、権力分立を定める連邦基本法(憲法に相当)の精神に反する」と、憲政論を名目にした批判が上がったが、ルドルフは「選挙は何のために行うのか?市民諸君の意思を実現できる、力量のある政治家を選ぶためだ。この私、ルドルフ・ゴールデンバウムに、その力量が無いというならば、市民諸君、どうか投票をしないで欲しい。より力量ある政治家を選んで欲しい。市民諸君には、その権利があるのだ」と演説。ルドルフはペデルギウス星系選挙区で、過去最多となる得票数でトップ当選する。また、この時の選挙で、今やルドルフの腹心の一人、政治・経済のブレーンとなっていたクロプシュトックも下院議員に当選、国家革新同盟の書記長に就任する。
同選挙で大きく議席を減らした民主自由党は、ルナール首相の退陣と共に、野党に転落。代わって、倒閣運動を主導した野党第一党の「国家社会革新連盟(NSIF)」が躍進。ルドルフ率いる国家革新同盟も議席を伸ばし、下院6議席が35議席に増加、上下院あわせて39議席となった。NSIF総裁、トニオ・グリマルディは総選挙の勢いのまま、首相選挙に当選。ルドルフは倒閣運動の論功行賞として、また国防族だったルナール前首相の影響力排除を期待されて、初当選議員にも関わらず、グリマルディ内閣に国防大臣として入閣した。
大臣として国防省に乗り込んだルドルフは、あらゆる汚職・不正・怠慢を一掃するとして、ルナール前首相と近かった軍需企業との入札契約を一から見直して、ほんの僅かでも疑惑があれば、契約内容を破棄、入札資格を停止した。
また、ペデルギウス星系で実施した、市民からの申告制度を連邦軍、国防省職員、同省と取引がある企業にも適用するとした。ルドルフの強権的手法に職員や企業は反発したが、世論の圧倒的支持があるルドルフの勢いに抗する事は出来なかった。提訴などの手法でルドルフに対抗した職員や企業もいたのだが、免職や降格、辺境への左遷、入札停止などの措置を執られると、連邦軍と国防省界隈でルドルフに逆らう者はいなくなった。
なお、グリマルディ首相に直訴する者もいたが、首相はニュースキャスター上がりの若手政治家、容姿と弁舌と女性人気だけで議員になった、と評されるような人物。指導力など皆無で、倒閣運動の熱気が冷めて、グリマルディ首相の無能ぶりが明らかになってくると、市民は連邦軍と国防省の「改革」に邁進するルドルフこそ、次のリーダーであると注目するようになり、首相は自身の地位を守るため、逆にルドルフに追従する有様だった。
政権内部で存在感を高めてきたルドルフは、支持者以外の個人や団体を自身の傘下に収めるべく、密かに行動を開始した。ルドルフが凡百の大衆政治家ならば、これまでのポピュリスト的発言で得た有権者の支持に満足していただろうが、移り気な有権者の好意など、到底当てに出来るものではないと見切っていたルドルフは、これまで敵対していた既得権益層の切り崩しと取り込みを始めた。その手法は、「分断して統治する」、古典的なマキャベリズムそのものだった。
一例を挙げよう。倒閣運動のきっかけとなった軍需企業へのバッシングの最中、批判されている企業のライバル会社に接近、世論を喚起して攻撃する代わりに、自身への支持を求めた。また、バッシングしている企業に対しても、現在の経営陣と対立する派閥に接近して、世論の力で経営陣を退陣させる代わりに、自身への支持を求めた。他の企業群や政府内の官僚グループ、連邦軍内の諸派閥、あるいは労働組合などの各種団体など、即ち政治的、経済的なパワーを持つ団体であれば、悉く対象となった。
この方面で陣頭指揮を取ったのが、国家革新同盟書記長となったクロプシュトック、後の初代国務尚書にして、当時はテオリアの自治体議会議員だったヘルマン・ハーン、さらには、元連邦軍人のエルンスト・ファルストロングら、ルドルフの腹心たちである。特に、ファルストロングは、ルドルフの父・セバスティアンが士官学校の教官だった時の教え子。ルドルフとは学生時代からの友人同士で、ルドルフがペデルギウス政界で台頭すると、連邦軍人の職を擲って、ルドルフの下に馳せ参じた人物。情報戦、治安戦のプロフェッショナルとして、盗聴や尾行、脅迫など、非合法な行為を指揮した。
この時、ルドルフの周囲には、クロプシュトックやファルストロングら有為な人材が集まって、多士済々というべき状態にあった。彼らの多くは、ルドルフ即位後、銀河帝国の政府や軍部で要職に就き、帝国貴族に列せられる事になる。
宇宙暦300年、グリマルディ首相が任期満了を迎えると、満を持してルドルフは首相候補に名乗りを挙げた。当時ルドルフは32歳、銀河連邦史上、最年少の首相の誕生だった。若き英雄の誕生に市民は熱狂、翌301年に実施された下院議員選挙はルドルフ一色、対立軸は親ルドルフか、反ルドルフか、でしかなく、国家革新同盟は大躍進、上下院あわせて400議席を超え、上下院で単独過半数を達成した。その勢いは衰えず、宇宙暦302年、34歳のルドルフは、上院内選挙の結果、国家元首(上院議長)に就任した。遂に、政府首相と国家元首の兼任という、連邦史上初の「偉業」を達成した。
ルドルフがペデルギウス星系首相に就任したのは宇宙暦295年、そこから僅か5年で、連邦首相に登り詰める事が出来たのは何故か、後世、議論の対象になっているが、旧帝国ではその超人性に、同盟ではその悪辣さにと、属人的要素のみに答えを求める傾向にあった。
確かに、銀河連邦のロストコロニーから同盟を経て伝来した、当時の反ルドルフ政治家が遺したメモワール(回想録)の一節に「ルドルフとは、決して一対一で会ってはならない。どれほど奴の事を嫌っていても、奴と一対一で話した後は、奴の事を信じている自分がいるのだ。奴はある種の怪物だ。どれほど警戒しても、し過ぎるという事は無い」とある。
軍人時代、部下達を勇戦させたカリスマ性は、政治家になっても健在だった。ルドルフが自身の能力、魅力により、多数の有権者の支持を集め、独裁者への階段を駆け上がった事は事実だろう。しかし、ルドルフが台頭する以前から、大衆迎合的で、強硬論を主張するポピュリスト的政治家が有権者の支持を集めていた事も事実なのだ。ルドルフという強力な一個人と、強権政治を求めていた有権者達、彼らの「共振」が独裁者ルドルフを産み出したと言えるのではないだろうか。