【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
旧帝国では、ルドルフの意向で、貴族の所得と資産は非課税とされていた事は周知の事実だが、全ての貴族資産を非課税とすると、領地を持ち、公営企業を経営する領主貴族の経済力が強くなりすぎ、かつ貴族領に通貨が蓄積する一方となり、財政窮乏の原因になるのでは、との指摘が第二代財務尚書クロプシュトックから出されている。
現在残る書簡等によると、ルドルフはそれに答えて「卿ら貴族は、帝国皇帝たる余が認めた正当なる宇宙の支配者である。卿らの財は、帝国の維持と発展のために正しく使用されると確信している。即ち、公金との性格を有する以上、それに課税する事は社会秩序維持の観点から、容認されるべきではない」として、クロプシュトックの指摘を退けている。
しかし、クロプシュトックの指摘自体は、ルドルフもその重要性を理解していたと思われる節がある。貴族制成立後、ルドルフは貴族達に対して「支配者たる体面を保つため、威厳と格式ある生活を旨とすべし」と、家屋や衣装などは、その爵位と地位に応じて、相応に豪奢かつ華麗なものを用いるようにと、しばしば詔書を発している。ルドルフ自身は、皇后エリザベートや娘達に宛てた私信等を見る限りで、それほど物質的に豪奢な生活を好んでいたとは思われないので、これは貴族達に大規模な消費を促すための方策だったのではないか、との見方がある。
また関連して、ルドルフの浪費と虚飾の象徴として断罪される新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)だが、ルドルフが想定していた皇宮の規模は、現存する新無憂宮よりも遥かに小規模で、同宮の構想案を示された時は「過大である」と一旦は拒否したが、クロプシュトックから建設工事に伴う経済効果を説明され、止む無く許可したとの説がある。
この説を証明する史料は現時点では発見されていないが、新無憂宮の建設工事は、ルドルフ没後、中断と再開を繰り返し、現存する形に完成したのは帝国暦170年代、美麗帝アウグスト1世の御代だった。寛仁公フランツ・オットー大公などは、エックハルトらが横領した公金を没収すると、それを財源として、新無憂宮の建設を再開。その際、エックハルト時代に広がった貧富の格差を解消するため、低所得の国民を労働者として優先的に採用している。ここから、新無憂宮が持つ公共事業的要素は、現在想定されるよりも大きかったのではと思われる。
また、財務省指定の国営企業でのみ生産が許可されていた禁制品―恒星間航行用宇宙船・戦闘用艦艇・兵器―も、貴族領から中央政府へと通貨を還流させる役割を果たした。当初は、皇帝が座す帝都オーディンの安全保障の観点から、貴族領に過度の武力、特に星間戦争を可能にする軍事力を持たせないための措置として、初代軍務尚書シュタウフェン上級大将が禁制品の制度を発案したというが、それを経済政策に組み込む事を主張したのは、初代財務尚書リヒテンラーデだった。
貴族家、特に領主貴族は領地支配のため、これらの禁制品を絶対的に必要とした。自領の治安維持のために、ある程度の私兵を抱えなければならず、さらに複数の星系を領地とする領主であれば、恒星間航行能力を持つ宇宙船が必須だった。また、帝都で生活する文官・武官貴族も、恒星間航行能力を持つ専用船を抱える事が常識とされ、政府が運営する公共路線を使用する事は恥ずべき事とされた。
よって、必要とする数量の違いはあれども、貴族達は禁制品を購入せざるを得ず、毎年度ごとに財務省に必要とする品目と数量を申告、同省の審査を経て、同省が策定する禁制品の生産計画に計上された。生産後は、同省が定める公定価格で、発注した貴族家に売却される。この結果、貴族領から中央政府へと通貨が還流、それは他国を持たない旧帝国において、疑似的な貿易となった。
このように、政府から各貴族へ年金や投資の形で通貨を支出して、禁制品の購入という形で消費させる事は、中央と地方に相補的な関係を齎した。貨幣価値が高いデフレ状態の中で、常に莫大な現金収入を得られるというメリットは、各領主を帝国の支配体制内に留まらせる動因となった。
その反面、禁制品購入に関する許認可権を財務省が持つ事で、中央政府は領主貴族に過度な軍事力を与える事を防ぎ、かつ禁制品の私的な生産は大逆罪と見なされたので、その統治には皇帝でも原則介入できなかった貴族領に対し、禁制品生産に関する査察を名目に介入する口実が作れた。
これは地球統一政府が各植民星に対して、一方的に搾取し続けた結果、植民星が反乱を起こして、地球政府の滅亡を招いた事への反省から生まれた体制だった。
だが、この宇宙に万能の政策が存在しないように、旧帝国の統治体制も完璧ではなかった。領主貴族に豊富な財力を与え、生産手段たる公営企業の経営を許した事で、禁制品を除けば、各領主はその領地内で完結する経済圏を構築する事が可能だった。ルドルフが直轄領のみならず、貴族領でも食料等の「地産地消」を推奨した事がそれに拍車をかけた。
その結果、領主貴族達の半独立傾向を齎し、中央政府は領主らの反乱を警戒して、各軍管区に膨大な治安維持部隊を常駐させる必要が生じた。財務省は今後、軍事費の莫大な支出に苦慮する事になる。その意味では、元々の主旨とは若干異なるが、クロプシュトックの懸念は現実のものになったと言えるだろう。
さらに、政府の目が届きにくい辺境域の領主貴族達は、汎オリオン腕経済共同体総裁から転身したカストロプ公爵家を筆頭に、シリウスや攻守連合、経済共同体の有力者から旧帝国に帰順した者達も少なくなかった。
彼らは自家の安全保障のために、その経済力を使って、帝国政府から攻撃された時の逃亡先を確保すべく、帝国領域外へ深宇宙探査を行っていた。彼らの活動状況は、外聞を憚る隠密行動であったために、その詳細は依然として不明な点が多いのだが、筆者は、彼ら領主たちが深宇宙探査のために派遣した農奴や奴隷が自由惑星同盟建国の母体になったのでは、との見解を有している。公開された各貴族家伝来の史料、また同盟由来の史料を用いて、さらなる研究の深化を期したい。