【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
「強力な政府を!強力な指導者を!社会に秩序と活力を!!」
統治者ルドルフの政治思想を端的に表すフレーズとして広く人口に膾炙しているが、初めて披露されたのは、宇宙暦300年、ルドルフが連邦史上最年少の首相に就任した際、上下院合同会議で行った施政方針演説だったとされている。同演説の中で、ルドルフ自身がこのフレーズを解説しているので、以下、少し長いが、該当部分を引用する。
「…政治の目的は2つしかない。市民の安寧と幸福、この2つだ。では、市民の安寧と幸福を実現するため、如何なる政治を行うべきなのか。その答えもまた2つしかない。社会に秩序と活力を与える事だ。秩序とは何か、市民の生命と財産が不当に奪われない事だ。活力とは何か、市民が社会の一員として生業に励める事だ。そう、具体的に言うならば、治安維持と雇用確保、我が施策はこの2つに集約できるのだ。
ここで議員諸氏に問う。政治の本質とは何か。それは力である。力なき政治は無力である。無力な政治が何をもたらすか。連邦の惨状こそが答えである。力なき政治は、市民の生存と安寧に対し、害悪でしかないのだ。今、求められるものは、強力なる指導者が率いる、強力なる政府である。連邦首相に就任した私、ルドルフ・ゴールデンバウムは誓約する。市民の生存と安寧を守る強力な指導者になる事を!強力なる政府を率いる事を!我が力は全て、市民の生存と安寧のために用いる事を!今こそ、強力な政府を!強力な指導者を!社会に秩序と活力を!!銀河連邦に栄光あれ!!」
皮肉な言い方をするならば、どれほどルドルフを否定している者でも、彼を有言不実行だと誹る事は出来ないだろう。宇宙暦300年から308年まで、3期9年間にわたる首相ルドルフの政治は、まさに治安維持と雇用確保を目的としたものだったからだ。ルドルフの価値観に沿った内容ではあるが、との前提はあれども。
ルドルフは、あらゆる犯罪を一掃し、犯罪の温床となるものを撲滅する、と宣言。警察予算を大幅に増額して、警察に軍隊並みの装備を持たせると共に、警察権力の拡大を認める法案を成立させた。具体的には、犯罪者認定された組織・団体へ令状無しの強制捜査、抵抗した容疑者の射殺許可、予防拘禁の容認、勾留期間の無期限延長、公務執行妨害の対象拡大など。さらに、宇宙暦302年、国家元首を兼任した後、連邦軍の治安出動の件数が急増している事が指摘できる。
また、犯した罪には、それと同等の償いが必要だ、との考えから、殺人者は原則死刑、被害者に一生癒えない傷害を追わせた者は原則無期懲役、回復可能な傷害の場合は、その度合に応じて刑期を定めた。強盗・窃盗など、個人の財産に損害を与えた者には、その被害額に応じた額を政府が補償し、犯人には、未開発惑星での開拓作業などで、金額分の労働刑を科した。これは詐欺等の知能犯でも同様としたが、被害額が莫大で、犯人の弁償能力を超えると判断された場合は、連帯責任として、家族らにも弁償の義務を課した。このため、損害賠償を求める民事訴訟の件数は急減した。さらに、少年法を原則廃止。未成年者の量刑基準も成人と同様とした上で、保護者にも監督責任を放棄した罪があるとし、被保護者が犯した罪の度合に応じた刑罰を科した。
宇宙海賊やマフィアによる組織犯罪には、更に厳酷だった。降伏し裁判を望む宇宙海賊(実態は海賊を装った民間軍事会社)を艦艇ごと撃沈した事で有名になったルドルフだが、その姿勢に変わりなく、他者の人権を犯す犯罪者に人権など無いと断言。宇宙海賊やマフィアは、逮捕ではなく殲滅を旨とすべしとした。結果、ルドルフの首相就任後、海賊やマフィア構成員の逮捕者数は激減する事となる。
反政府活動を行うテロリストや、連邦政府の意向に逆らう、または独立の姿勢を示す星系政府や各地の軍閥、企業群は「連邦体制を脅かす公敵」とのレッテルを貼り、治安維持の名目で、連邦軍による先制攻撃を敢行した。全面降伏に追い込むまで、攻撃の手を緩めるなと厳命した結果、9年間の首相在任中、連邦軍の攻撃による巻き添えで、数百万単位の民間人が死亡、数倍する負傷者が発生したと言われるが、ルドルフは、殲滅した星系政府や企業群から没収した財産を「公敵が不当に略取した富を市民諸君に返還する」と称し、臨時の給付金との形で有権者に分配したため、一部の良識派を除き、ルドルフの好戦性は、むしろ好意的に受け止められていた。
また、健全な市民を腐敗堕落させるものこそ、犯罪の温床に他ならない、との考えから、賭博や性風俗産業は法律で規制。運営者・顧客共に刑事罰の対象とした。麻薬等の薬物も同様で、提供者・使用者共に罰せられた。分不相応な欲望を刺激するとして、宝石等の奢侈品には、極端に高い税金が課せられたほか、市民の健全な精神を惑乱させるとし、不道徳なポルノグラフィや、アナーキズムやリバタニアニズムを理想とする思想書、反国家活動を称揚する書物や報道などは規制され、過激な作品は発禁とされた。
一方、健全な市民の娯楽として、学問や読書、スポーツが推奨された。頭脳と身体を鍛え、心身共に壮健な人間になる事が市民の理想とされた。職場では、学習や運動の時間を設ける事が義務化された。また、犯罪は構成しないが、過度の飲酒や喫煙に耽る者、労働を拒否して自堕落な生活を送る者、性的放縦など道徳的に低劣な者、いじめや虐待の常習者など、問題行動を起こす者は、矯正対象として、連邦軍への体験入隊や、警察での奉仕活動が科せられたが、改善が見られない場合は、精神異常の疑いありとして、精神病院へ強制入院させた。
ルドルフの治安回復政策は、良識派からは「国家の監獄化」「略奪した金で有権者の支持を買い取っている」と批判されたが、一般の有権者は自分の生活に影響がなければ、犯罪が無くなるは良い事だと受け入れるか、もしくは無関心だった。驚くべき事に、ルドルフの施策を「手緩い」「不十分」と、批判する者さえいたのだ。
一例を挙げよう。宇宙暦304年、遺伝病の治療以外の目的で、人間の遺伝子操作を禁じる法律が制定された。倫理上の問題から、ヒトクローンの製作を禁止する法律は既にあったが、ルドルフはそれを一歩進めて、遺伝子操作を原則禁止する方針を打ち出した。
当時、富裕層を中心に、美容や身体能力の強化等を目的に、受精卵や胎児の遺伝子操作をする例が横行。また甚だしきは、妊婦を人身売買または拉致して、その胎児に遺伝子操作を施す、さらには金銭や暴力等で支配した女性に、遺伝子操作した受精卵を着床させるなどの方法で、人為的な奇形児を作り出して、生きた性具として玩弄する例さえあった。このような行為は、特権階級の横暴さの象徴だと、一般市民の強い批判に晒されていた。
この遺伝子操作禁止法も、彼ら市民の意向に沿ったと見られるが、保守派人士、特に厳格派と言われる人々は、遺伝子操作のみならず、人工中絶や婚前交渉さえも法的に罰するべきだとの立場を取り、遺伝子操作禁止法は、さらに対象を拡大すべきだと主張していた。後年、暴君ルドルフの象徴とされる劣悪遺伝子排除法だが、同法の前駆的法律が連邦時代に成立していた事、そして、より厳格な内容の法律を求める人々が一定数存在していた事は注目に値する。
強権的手法で宇宙海賊やマフィアを撲滅し、犯罪を厳酷に取り締まり、連邦体制から逸脱しようとする諸勢力を壊滅させていった結果、銀河連邦は急速に右傾化、軍国化したが、戒厳令下の社会が却って平穏であるように、ルドルフ統治下の連邦は、紛争や犯罪が急減したという意味では、秩序を回復したと言える。
しかし一方で、警察・軍隊への投資拡大は、軍需産業の肥大化を齎した。当時、いわゆる戦時経済による景気浮揚で、兵器工場労働者や連邦軍兵士、また民間軍事会社社員など、戦争関連の雇用が拡大。ルドルフの施策のもう一つの柱、雇用確保に貢献していたが、多くの大企業は常用雇用を削減、不安定な非正規労働者を増やしたほか、劣悪な労働条件で酷使、そして不当に低い報酬しか与えないなど、労働者を使い捨てにしていると、一般市民、特に低所得者層から強く批判されていた。
ルドルフ自身、ペデルギウス星系時代から、大企業には厳しい姿勢で臨んでいた事、彼ら大企業がその財力を以て、国家内国家と化す事を懸念していたので、宇宙暦303年、市民の雇用確保のため、永続的かつ抜本的な雇用対策を断行すると宣言。主要企業の国営化、業界ごとに各企業の統合と系列化を進め、経済活動を政府の管理下に置くとした。
また、失業は罪である、市民は社会的存在として、労働する義務を有すると宣言。失業給付は廃止し、失業者は国家への申告を義務付けて、政府が指示する職場で就業しなければならないとした。病気や障碍など身体的条件で働く事が出来ない者には、やはり政府への申告を義務化、その障碍の程度に応じて、政府が設ける授産施設での軽作業に従事させた。重度障碍者や痴呆老人など就業能力が皆無の者は、当人が安楽死を望んでいると、家族のうち誰か一人でも証言すれば、致死行為を行った医師の罪は問われないとして、密かに安楽死を推奨した。
自由経済体制を否定、地球時代の共産主義国家を髣髴とさせるような政策は、自由主義者から激烈な批判が上がったが、一般市民の反発は少なかった。大企業の横暴に対する批判は社会に根強く、国営化された企業に勤める労働者の待遇が軒並み改善された事、また国家が職業を斡旋してくれると、失業状態だった低所得者層はむしろ熱烈に歓迎した。
国営化された企業経営者の中には、その信念から、ルドルフの措置に反発する者も多数いたが、ルドルフ派の経営者も多く、その抵抗は限定的にしかならなかった。また、強く抵抗する経営者らが過激な国家主義団体によって虐殺され、その様が通信網を通じて公開されると、財界もルドルフの軍門に下った。一連の虐殺の陰には、ルドルフ政権で警察大臣を務めていたファルストロングの指示があったとも言われているが、詳細は不明。
宇宙暦300年から308年まで、3期9年間にわたる首相ルドルフの政治は、独善的、強権的と、一部の良識派からは強く批判されたが、多くの有権者は紛争や犯罪を撲滅し、雇用確保により生活不安も払拭してくれたと、一貫して支持。9年間のルドルフ政権に対する支持率は、80%を下回る事がなかったと言われている。