【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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7-1:ヴァルター・フォン・リヒテンシュタイン

 まず宇宙軍だが、人格・識見・能力共に高い統帥本部総長リスナー上級大将が揺るぎない頂点に位置し、他の提督達はその部下であり、弟子でもあった。その中で傑出した存在が、ヴァルター・フォン・リヒテンシュタインと、ヨアヒム・フォン・ノイエ・シュタウフェンの両名だった。

 

 ともに当時の帝国宇宙軍を代表する名将だったが、その生い立ちは正反対だった。ノイエ・シュタウフェンが初代軍務尚書シュタウフェン上級大将の孫にして後継者、名家の御曹司だったのに対し、リヒテンシュタインは幼くして両親と死別。天涯孤独で、孤児同然の身の上だった。

 

 リヒテンシュタインはペデルギウス星系生まれ。当時の姓はウッド。宇宙海賊の討伐で名を馳せた銀河連邦軍の名将として名高いクリストファー・ウッド提督と同姓である事、また父親がペデルギウス星系警備艦隊所属の軍人だった事から、幼少期より宇宙軍の軍人に憧れていたと云う。後年、攻守連合軍に大勝した功績で子爵位を与えられた際、ルドルフよりリヒテンシュタインの姓を賜った。

 

 母親は出産時に死亡。10歳の時、父親がカストル軍との戦いで戦死しており、父子家庭で身寄りも無く、本来なら養護施設行きだったが、父親の仇を討ちたいと決意、当時は同艦隊司令官だったリスナーに直訴。一兵卒で構わないから、戦場に連れて行って欲しいと訴えた。

 

 リスナーは、子供を戦場に出す事など出来ない、もし本当に父上の仇を討ちたいなら、自分を粗末に扱ってはならないと諭し、軍司令官の権限で、軍の息がかかった中等学校に編入させると、将来、警備艦隊で軍務に就くという条件で、最低限の生活費と学費が奨学金として支給されるよう、取りはからった。

 リスナー本人は後年、成人したリヒテンシュタインと再会するまで忘れていたが、当人は深く恩義に感じ、将来必ず、この人の下で軍人になると誓いを立てたという。

 

 中等学校を卒業後、一日も早く軍人になりたいと、警備軍の下士官を養成する専科学校に進学。優秀な成績を納めて、警備艦隊所属の伍長に任官した。程なくして銀河帝国が成立、ペデルギウスが首都星オーディンに改称されると、同警備艦隊も帝国宇宙軍中央艦隊に組み込まれた。

 

 勇敢かつ俊敏な性格だったリヒテンシュタインにとって、軍人は天職だったのだろう。伍長の立場では、大きな武勲を挙げる機会などなかったが、危険な任務も率先して従事するその姿勢を評価され、上官の推挙を得て、設立まもない帝国軍士官学校に推薦入学している。

 なお後年、リヒテンシュタインと並び称されたノイエ・シュタウフェン(当時はシュタウフェン姓を名乗っていた)も在学していたが、学生時代はお互い知り合う機会は無かった。

 

 士官学校卒業後、志願して攻守連合との交戦星域に赴任。命を惜しまない、勇猛果敢な戦いで知られるようになるが、他者との連携が出来ず、しばしば孤軍で敵陣に突出するなど、周囲からは「狂犬」と渾名された。当時の帝国軍は、敵国に対しては防衛主体の戦略を堅持していたので、父親の仇を討つ事しか考えていないリヒテンシュタインにとって、それもまた不満だった。

 

 ある日、前線視察に訪れたリスナー大将に対して、自らの素性を明かし、何故、我が軍は敵国に対し大攻勢に出ないのですか!と激語するが、リスナーは「お前は何も成長していない。一人で戦いが出来ると思っているのか。狂犬と馬鹿にされ、父上の敵も討てず、無駄死にするのが精々だろう。お前など救うのではなかった」と、温厚なリスナー大将には珍しく、侮蔑と嫌悪を込めて吐き捨てた。

 

 尊敬する恩人に軽蔑された事は、強気なリヒテンシュタインにも流石に堪えたようで、後日、容儀を調えて、改めて大将と面会、今までの行為を反省します、どうか自分を一から鍛え直して下さい、と懇願。リスナーも、思ったよりも素直な性格だ、これなら成長の余地はあると、その考えを改め、中央艦隊所属の士官に異動させると、自分が主導する演習に参加させた。

 

 同大将の演習は、数百人単位で死者が出る程の苛烈さで有名だったが、リヒテンシュタインは決して弱音を吐かず、大将が要求する水準に到達するのだと、粉骨砕身、軍務に精励した。

 また、戦闘に参加すると、これまでのように独断専行はせず、大将の命令を遵守して、その手足となって戦うようになった。軍人として天与の才に恵まれていた事もあり、大小の戦闘で武勲を挙げて、リスナー大将麾下の若手士官として、次第に頭角を現すようになった。

 

 帝国暦9年のトラーバッハ星域会戦には、戦艦の艦長として参加。果敢かつ巧みな操艦で、攻守連合軍の戦艦3隻を撃沈、5隻を中大破するという、常識外れの武勲を上げて、准将に昇進。これ以降、帝国軍中央艦隊に所属する艦隊司令官としての道を歩む。

 

 後に、建国期の宇宙軍を代表する将帥として並び称される、ノイエ・シュタウフェンと友誼を結んだのはこの頃だと言われる。もともと、リスナー大将麾下の同僚士官として、その存在は知ってはいたが、名家の御曹司、エリート中のエリートとして、貧家出身の自分とは住む世界が違うと敬遠していた。ただ、どれほど苛烈な演習でも平然とこなし、最前線の戦闘にも臆する事の無い姿勢は、手本たるべき軍人だと、素直に賞賛はしていた。

 

 帝国暦11年、ノイエ・シュタウフェンが皇女カタリナと婚約。リヒテンシュタインは、あの男ならば皇帝の息子も務まるだろうなと、一人密かに頷いたが、周囲の軍人達の中には、ノイエ・シュタウフェンの出世に嫉妬して、どうやって皇女殿下を籠絡したのやら、美男子とは本当に得だな、などと揶揄する者も多く、そんな陰口を耳にしたリヒテンシュタインは激怒。あの男はそんな下劣な人間では無い!と、士官用の酒場で殴り合いの大喧嘩を演じ、営倉入りの処分を受けてしまう。

 

 処分解除後、ノイエ・シュタウフェンがリヒテンシュタインの元を訪れて謝罪しようとすると、その言葉を遮って、何故、卿は怒らないのか、不当な侮辱を甘受する事が帝国軍人のあるべき姿とは思わないと、逆に詰問。ノイエ・シュタウフェンは「自分も不快に思わない訳ではない。だが、私は皇帝の義理の息子になった。軽々しく感情を露わにしては、自制心の無い安っぽい男だと、逆に見下される。そんな男を婿として認めた陛下には、人を見る目が無い、という事になるだろう。陛下の名誉をお守りするためにも、私が激発する事は出来ないのだ」と、優等生的な発言の後、不意に「それはそれとして、まさか卿が私のために怒ってくれるとは思わなかった。それが一番嬉しい」と、はにかむような笑顔を見せたという。

 

 後日、リヒテンシュタインは「あの笑顔は反則だ。あんなに無邪気な顔で笑われたら、もう怒れないだろう」とぼやいた。その後、この2人は無二と言える親友同士になる。

 

 このエピソードが示すように、直情径行な性格で、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと、率直に話す裏表が無い人物だった。また、自分に直接関係が無い事でも、間違っている、理屈が通らないと断じたら、損を承知で抗議、抵抗する正義感の強い人柄。そのため、部下や同僚からは頼りがいがあると信頼されたが、反面、腹芸や根回しなど、政治的な能力は皆無、派閥抗争にも興味を示さなかった。

 その事が、上官にして師匠でもあったリスナー上級大将が死去した後、帝国軍内に居場所を失った遠因だったと言えよう。

 

 しかし、戦場での強さは無類で、艦隊司令官に就任後、リスナー上級大将が実践した新しいドクトリン・艦隊運用を習得し、シリウスや攻守連合の艦隊をしばしば撃滅した。特に、機動力に優れた軽騎兵または弓騎兵艦隊を用いて、敵陣を攪乱、その隙に主力の槍騎兵または重騎兵艦隊を突撃させる、二段構えの戦術はリスナー上級大将の発案とされるが、リヒテンシュタインは、この戦術をリスナーよりも巧みに使い熟す提督と評された。

 

 戦術家として、少数で多数を撃滅する事を快としていたが、師匠たるリスナー上級大将は、愛弟子たるリヒテンシュタインに単なる戦場巧者で終わって欲しくないと考えていたようだ。ある時、「卿の才能は認める。しかし、少数で多数を討つのは用兵の邪道だ。いつまで狂犬でいるつもりだ。お前は群狼の長になれる器量の持ち主だ。それを自覚せよ」と諭して、後方から広く戦局全体を見渡す、戦略家としての能力を磨かせた。

 帝国暦31年、リヒテンシュタイン率いる帝国遠征軍が攻守連合軍に大勝したのは、一瞬の戦機を巧みに捉えた戦術眼もさる事ながら、麾下の諸提督を連動させて、敵軍を分断、各個撃破した、その戦略的能力の故だと言われている。

 

 なお、この時の訓戒から、リヒテンシュタインは狼を自身のシンボルとするようになり、子爵位を与えられると、図案化した狼を家紋とした。後世、縦横帝オットー・ハインツ一世の腹心、リヒテンシュタイン子爵テオドールが「狼の口(ヴォルフスムント)」という狩猟場を設けたのは、家祖ヴァルターが定めた家紋に由来する。

 

 戦場での勇名とは裏腹に、私生活は質素で、将官に出世しても単身者用の官舎で暮らし、女性関係もほぼ皆無だった。親友のノイエ・シュタウフェンからは再々、結婚を勧められるが、軍務に精励したいとの理由で断っている。

 

 しかし、子爵位を与えられると、貴族の責務として、親友が勧める貴族身分の女性と見合い結婚、子供も息子と娘、1人ずつ儲けている。早くに両親を亡くしたためか、家庭生活には馴染めなかったようだが、子供達には人並み以上の愛情を注いだ。

 晩年、自領で隠遁生活に入ったリヒテンシュタインは、私費で孤児院を建設、自ら孤児達に勉強や格闘術を教えたりしていた。或いは、孤児同然の境遇だった自身を省みての事かもしれない。

 

 帝国軍にとって、最大の敵手たる攻守連合軍に大勝した事で、帝国宇宙軍随一の勇将としての声価を確立するが、官職は中央艦隊副司令長官兼第一分艦隊司令官に留まり、統帥本部総長への就任は叶わなかった。

 

 これは、帝国の軍事力が敵国を上回った以上、戦場でしか役に立たない前線司令官を重用する気はないルドルフの意向と、軍人として自身を上回る声望を有して、実戦指揮官の支持を一身に集めるリヒテンシュタインの存在を警戒、帝国軍を軍令・軍政両面で完全に支配したいノイエ・シュタウフェンの策謀の故と言われる。この頃から、親友同士の間には隙間風が吹くようになった。

 

 帝国暦35年、これまでの軍功が評価されて、上級大将への昇進を果たすが、直後、予備役に編入。中央艦隊副司令長官の職も辞して、下賜された自領に移住、領主貴族へ転身した。この後、故リスナー上級大将の薫陶を受け、平定戦役で武勲を挙げた諸提督、アルトマン・ドレヴェンツ・リーフェンシュタール・シュテルンボルン・ザイベルト達もまた、その多くが軍中央を去った。

 

 これは、自派で帝国軍の要職を独占し、自身は軍務尚書となったノイエ・シュタウフェンの政治工作の結果だったが、帝国軍を事実上、追放された諸提督がこぞって反シュタウフェン派となり、自家の子弟や家士、従臣らを使い、軍内の非主流派となったのに対して、独りリヒテンシュタインのみ、彼ら諸提督の懇請にも関わらず、死去するまで、帝国軍の派閥抗争には一切参加しなかった。当時の武官貴族の日記によると、予備役に編入されたリヒテンシュタインが帝都オーディンを出立する前夜、ノイエ・シュタウフェンが単身、その屋敷を訪れて、朝まで酒を酌み交わした、との噂が帝国軍内に流れたが、真偽の程は不明、としている。

 

 自領に移住したリヒテンシュタインは、領地経営は後継者たる息子と信頼できる従臣らに委ね、前述の通り、孤児達に勉強や格闘術を教えるという晩年を過ごした。帝国暦53年、心疾患のため死去。自領で執り行われた葬儀には、ローダンセのドライフラワーを使ったリースが1つ、匿名で送られてきたという。

 

 ある日、息子が自派で帝国軍を掌握するため、父親を軍から事実上追放したノイエ・シュタウフェン公を「帝国軍人の風上にも置けない冷血漢です」と批判すると、リヒテンシュタインは、ただ一言「あいつはいい男だよ」とだけ答えたという。本エピソードから、予備役に編入されて、領主貴族に転身したのは、親友と争いたくなかったリヒテンシュタイン本人の希望だった、との見解もある。

 

 なお余談ながら、リヒテンシュタイン家は領主貴族でありながら、武門の名族としての声望も保持し、軍中央でシュタウフェン派の勢力が衰微すると、武官貴族に転身する分家もあった。

 

 縦横帝オットー・ハインツ1世の御代、子孫の1人テオドールはその腹心となり、同帝による事実上の帝位簒奪と帝国の諸改革に尽力している。また、テオドールの妹は縦横帝の皇后となり、その長子フリードリヒと、次子ハインリヒは、権力闘争の結果、幼少期をリヒテンシュタイン子爵領で過ごして、同地で軍人経験を積んでいる。

 

 この2人は、止血帝エーリッヒ2世の革命戦に参加、その戦いで武勲を挙げた。その功績を認められて、長子フリードリヒは止血帝の後継者として即位。ゴールデンバウムの平和(パクス・ゴールデンバウムナ)を実現した中興の英主・健軍帝フリードリヒ1世となり、晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世と並ぶ、旧帝国史上、屈指の名君と謳われた。

 

 この結果、リヒテンシュタイン家は爵位も侯爵に上がり、武官貴族の名家中の名家となったが、敗軍帝フリードリヒ3世の御代、同帝が即位前に仕掛けた権力闘争に敗れて衰微。征軍帝コルネリアス1世の大親征で、当時の当主と一族の主立った者達が戦死した事で後継者不在となり、程なくして絶家している。

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