【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
建国期の帝国宇宙軍に所属した将帥で、リヒテンシュタインと並び称されたのがノイエ・シュタウフェン。旧帝国史上、大帝ルドルフの長女カタリナの婿、強堅帝ジギスムント1世の父親、史上初の帝国宰相たるノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムとして知られる事が多いが、祖父たる初代軍務尚書シュタウフェン上級大将の薫陶を受け、帝国軍人として世に出ている。本項では、ルドルフ治世下での帝国軍人としての活動を中心に述べたい。
連邦首都テオリア出身。シュタウフェン上級大将の息子で、ルドルフの皇后エリザベートの兄たるマルクスの長男として生を受ける。父マルクスは祖父エリアスの影響で連邦軍人となったが、マルクスは軍官僚として栄達する父親に反発。軍人たる者、市民の生命と財産を守るために戦う事が本分だと、宇宙海賊のメインストリートとも称されたペデルギウス方面に志願して赴任、海賊との戦闘で戦死している。
当時、ヨアヒムは12歳。それ以降、祖父エリアスが父親代わりとなって養育している。幼少期から、万事にそつが無く、学業・スポーツ共に優秀。加えて、性格は温和で真面目、かと言って面白みの無い人物では無く、ユーモアを解し、若者らしい情熱もあった。誰に対しても礼儀正しく接するが、自己主張は無礼にならない範囲で明確に行い、必要があれば腕力を行使する事も辞さない勇気もあった。また、繊細で清潔感ある美貌の持ち主でもあり、芸能プロダクションや俳優養成所等から、スカウトの絶え間が無かったという。
叔母エリザベートは「頭脳の明晰さは父さん譲り、身体能力と勇気は兄さん譲りね。この子は将来、どんな仕事をしても、必ず大成するでしょう」と言ったが、祖父エリアスは「あいつは天性の演技者だ。自分自身を騙せるほどの」と評したと云う。
ヨアヒム自身も後年、酒の勢いで、親友リヒテンシュタインに対し「子供の頃から、何かを発言したり、行動したりする自分自身を背後から冷ややかに見ている自分自身がいるんだ」と告白しており、ヨアヒムという人物は、自己を含めたあらゆる物事を客観視して、その時点で最適の言動を無意識に実行できる、そんな才能の持ち主だったのかもしれない。その意味で、祖父の評価は正鵠を射ていたと言える。また、この能力がヨアヒム・フォン・ノイエ・シュタウフェンを冷静沈着で、有能無比な政治家に大成させたのだろう。その意味では、叔母の評価もまた正鵠を射ていた。
少年期から青年期にかけて、祖父の庇護の下、勉学に励み、成績は常に首席を維持。帝国が建国されて、祖父が初代の軍務尚書に就任すると、後継者として期待されるようになる。そのため、開校したばかりの帝国軍士官学校に第一期生として入学、帝国軍人の道を歩み出す。余談ながら、入学試験の成績・在学中の成績・卒業試験の成績、その全てで首席を達成。この記録は旧帝国滅亡まで破られる事が無かった。
なお、ノイエ・シュタウフェンの母親マリアは、我が子の士官学校入学と前後して死去している。そのため、ルドルフに嫁ぎ、初代皇后となった叔母エリザベートは、元々可愛がっていた甥の母親代わりになろうと決意。夫ルドルフに話し、士官学校の長期休暇などの際は、皇宮に呼び寄せ、家族同然の扱いをした。ルドルフは義理の甥たるノイエ・シュタウフェンの聡明さと勇気を知って、高く評価するようになり、ルドルフとエリザベートの娘カタリナ達も実の兄同然に慕った。この事が将来、ノイエ・シュタウフェンが皇女カタリナの婿に選ばれる遠因になっている。
余談ながら、ノイエ・シュタウフェンとカタリナは、後継者たる男子に恵まれなかったルドルフが自身の死後を見据え、帝国の支配体制を盤石ならしめるための政略結婚ではあったが、2人の間には確かな愛情があったようだ。カタリナの書簡等を見ると、彼女の初恋相手はノイエ・シュタウフェンで、思春期になって恋心を自覚している。また、ノイエ・シュタウフェンも、親友リヒテンシュタインに対し、カタリナが可愛くて仕方ないんだ、自分は一人っ子だから、妹が出来たみたいで嬉しい、と語っており、この2人は兄妹愛または家族愛の自然な延長で、夫婦愛を育んだのではないかと思われる。
同盟では、旧帝国の皇族達は皆、権力亡者で、人としての愛情など無い冷血漢揃い、などと評されていたが、それがあまりにも偏った見方である事は、彼ら2人の事例から理解できるのではないだろうか。
士官学校を首席卒業すると、祖父エリアスの意向で、統帥本部総長リスナー大将麾下の作戦参謀となる。当初、エリアスは孫ヨアヒムを自身の後継者として、自ら育てようとしたが、リスナー大将の人格と識見が優れている事を知り、敢えて孫を預ける決心をしている。
これは、リスナー大将への信頼の現れであると同時に、ヨアヒムを軍政のみならず、軍令にも長けた軍人に育て、次代の帝国軍をシュタウフェン家で支配するための布石だった、とも言われる。また、ヨアヒム自身が父譲りの情熱の持ち主で、敢えて前線勤務を望んだ、との見解もあるが、祖父と孫の意向が期せずして一致した、というのが最も真相に近いと思われる。
持ち前の明晰さと身体能力の高さで、参謀としても、軍官僚としても、さらに前線指揮官としても、水準以上の力量を示した。大多数の者は「万能の天才」と称賛したが、その力量や功績を妬む者は「器用貧乏」と嘲った。
しかし、後者の評価も完全な誹謗中傷とは言い難い。ヨアヒム自身もそれを自覚していたようで、親友のリヒテンシュタインに対し「人は僕を天才と褒めるけど、そんな事は思っていないよ。例えば、軍官僚としては祖父殿に及ばないし、戦略家としてはリスナー総長に負けるし、戦術家としては卿に敵わない。でも、それで良いと思っている。僕は特定分野のスペシャリストになるより、帝国軍全体、いいや帝国全てを見渡せるゼネラリストを目指すよ。大言壮語が過ぎると思うかもしれないが、次代の帝国を担う者の一人として、そうする事が陛下の御心に叶うと信じている」と語っている。
この発言は、リヒテンシュタインの日記に記されていたが、その日付は皇女カタリナとの結婚直前。この事から、ノイエ・シュタウフェンは皇女との結婚を前にして、ルドルフ没後、自身が帝国の最高権力者になる事をある程度、予測していたのかもしれない、もしくは義父になるルドルフから何らかの示唆を与えられたのかもしれないが、詳細は不明。確かな事は、ノイエ・シュタウフェンは、この言葉通り、軍務のみならず、政務にも熟達した軍人兼政治家となった事実だけだ。
政治家ノイエ・シュタウフェンの業績については、強堅帝ジギスムント1世の巻で詳述するので、ここでは軍人ノイエ・シュタウフェンの活動を述べたい。リスナー総長が直卒する帝国宇宙軍中央艦隊司令部の作戦参謀を皮切りに、統帥本部や軍務省にも勤務。帝国暦9年のトラ―バッハ星域会戦には、遠征軍総司令部の作戦主任参謀として参加、攻守連合軍の攪乱を目的とした軽騎兵艦隊の運用案を立案、実施して、帝国軍の勝利に貢献。その功績を認められ、准将に昇進している。
帝国暦16年、皇女カタリナと結婚。その後は軍務省や統帥本部の要職を歴任。前線に出る回数は減ったが、その力量を期待されて、主にシリウスや経済共同体との戦闘では、しばしば遠征軍司令官を務めた。
用兵家としてのノイエ・シュタウフェンは、親友リヒテンシュタインとは対照的に、敵軍より質量共に優れた艦隊を調え、奇策を用いず、正攻法に徹し、数の力で押し切る戦い方を得手とした。
2人の上官だったリスナー上級大将は、彼らを「強敵を打ち破れるのがリヒテンシュタイン、弱敵に必ず勝つのがノイエ・シュタウフェン。前者は戦機を捉える事に巧みで、後者は戦理を読む事に長ける、とも言える。俗な言い方をするなら、勇将と知将、という事だ」と評している。
このため、リヒテンシュタインは、当時、最強の軍事力を誇っていた攻守連合軍との戦線を担い、ノイエ・シュタウフェンは、攻守連合よりも軍事的に劣るシリウス・経済共同体軍との戦闘を担当する事が多かった。
なお、ノイエ・シュタウフェンの戦術は、ルドルフの軍事思想―敵軍を大兵力で圧倒する事を理想とする―に合致している。或いは、青年期からルドルフと接する機会が多かった事で、その影響を受けたのかもしれない。
軍人ノイエ・シュタウフェン最大の武勲とされるのが、帝国暦32年、シリウス・経済共同体の連合軍を撃破したヴェガ星域会戦。前年に、リヒテンシュタイン大将率いる遠征軍が攻守連合軍に大勝した事で意を強くしたルドルフは、経済共同体と結んでいた協約を破棄、それまで許可していた帝国領内での経済活動を禁止すると、共同体に通告した。
危機感を覚えた共同体首脳部は、協約破棄の撤回を求めて、帝国領内への侵攻を決定。同盟関係にあったシリウスにも派兵を要請した。シリウスは、帝国領から奪った星系は自領とする事を条件に出兵を承諾。両軍あわせて約3万隻近い大艦隊が帝国領アルフヘイム軍管区に侵攻してきた。
前年の遠征の結果、帝国中央艦隊の損耗が大きく、迎撃軍は敵連合軍と比較して7割程度の兵力しかなかったが、迎撃軍総司令官に起用されたノイエ・シュタウフェンは全軍を率いて敵軍を攻撃、数で劣る帝国軍が劣勢に陥ると、急速後退して、強固な防衛線が構築されているアルフヘイム軍管区の司令部に撤退。その後、敵軍から挑発されても、一切出撃しようとしなかった。
帝国軍与し易しと判断したシリウス軍は、占領した星系を自領に組み込むため、遠征軍を分散させて各拠点の防衛と治安維持に当たらせた。協約破棄の撤回を求める共同体軍は、星系の占領には固執せず、制圧した一星系に駐屯、迎撃軍司令部との外交交渉に入った。
なお余談ながら、他国の存在を認めない帝国は、外交と担当する部署を有しないので、外交問題が発生した場合は、当該問題を所管する省が国内問題という体裁で処理した。しかし、本件のように軍事活動の結果で生じた外交問題は、帝国軍と叛乱軍(実質的には敵国軍)との交渉という体裁を取ったので、軍司令官が外交官的役割を果たす事が多かった。共同体軍が迎撃軍司令部に交渉団を送ったのも、これまでの交渉で帝国のやり方を熟知していたからだった。
ノイエ・シュタウフェンは共同体軍の交渉団を迎えると、帝国の主敵たるシリウスや攻守連合を打倒するためにも、貴国との協約は必要と、私個人は判断しているが、昨年、我が軍が攻守連合に大勝した事で、陛下に協約破棄を上奏した臣下が多く、陛下自身もそれに惑わされてしまっている。今、貴国の力をこうして目の当たりにした以上、やはり協約の継続は必要だと確信した。私は皇帝の義理の息子だ。私自ら帝都オーディンに帰還し、必ず陛下を説得してみせましょう、と宣言。交渉団を一旦帰還させると、後事は副司令官のヴィンクラー中将に委ね、本当に帝都へ帰還してしまった。
事態が急変したのは、ノイエ・シュタウフェンがアルフヘイム軍管区を離れて約半月後、共同体の領域内で、航路の要衝たるヴェガ星域の守備艦隊司令官エリオット中将が突如、帝国への降伏を宣言した。同日、ノイエ・シュタウフェン率いる帝国軍が同星域に駐屯、ヴェガ星域が帝国領であると宣言した。
事態に驚倒した共同体軍は、自軍の退路を遮断される事に恐怖し、全軍約1万5千隻の艦隊を率いてヴェガ星域に進軍、星域奪還を目指したが、ノイエ・シュタウフェンが指揮する約2万隻の帝国軍から側面攻撃を受け、その過半を失い、残存兵力も自国に退却せざるを得なかった。
この間、シリウス軍も手を拱いていた訳ではない、共同体軍が敗北すれば、次は自軍が帝国軍の猛攻に晒される事は自明の理だったため、軍を結集させ、援軍に向かおうとしていたが、軍を分散させていた事が仇となり、軍の結集の前に、ノイエ・シュタウフェン率いる帝国軍がシリウス軍司令部を急襲、司令部機能を完全破壊した。その後、分断され、孤軍と化したシリウス軍は、数に勝る帝国軍の手で順次、撃破されるか、その前に降伏していった。
劣勢の軍しか与えられなかったにも関わらず、自軍に大きな損害を出す事なく、僅か2ヶ月程度で敵軍を撃退してしまったその手腕は尋常ではなく、この一戦でノイエ・シュタウフェンは帝国宇宙軍最高の知将、との声価を得るに至る。なお、一連の戦闘の背景は、当時の戦闘報告書や後世の軍事学者の分析によると、以下の通り。
本会戦の分岐点が、共同体軍のヴェガ星域守備艦隊司令官、エリオット中将が帝国に降伏した事であるのは、衆目の一致する所である。だが、これは決して偶然ではない。
もともと、同中将は利に聡い為人で、共同体軍に属したのも、自身が経営する民間軍事会社が共同体所属の多星系企業に買収され、その傘下に加えられたためであり、共同体への忠誠心は薄く、共同体が奉じる自由主義経済にも興味は無かった。そのため、軍務省調査局や統帥本部情報局からは、調略の成功確率が高い人物だと評価されていた。
ノイエ・シュタウフェンはこの事実に注目。迎撃軍の編成を進める傍ら、調査局の工作員を使い、エリオット中将に接触。攻守連合が帝国に大敗し、往年の軍事力は既に失われた事、共同体が同盟を結ぶシリウスは、軍事的には攻守連合に及ばず、当然、帝国軍に勝てるはずもない事、同中将が属する共同体軍は治安維持や航路警備を専門とする軍隊で、敵軍の撃滅を主任務とする帝国軍と戦うのは、卵を以て石に投ずるに等しい事を述べて、今のままでは破滅しかないと恫喝。
一方、私が指示した時に、ヴェガ星域を挙げて帝国に降伏すれば、貴方と家族の生命と財産を保障するのみならず、子爵位と領地を与えようと約束。自身の未来を不安視していた同中将は、この誘いに乗ると決意、指示された時に、共同体への叛旗を翻すと誓約した。
同中将を調略したノイエ・シュタウフェンは、敵連合軍を分断するための布石として、数で劣る迎撃軍全てを率い、敵軍と一戦交えて、敢えて敗北、退却してみせた。
これは、シリウスが帝国領の征服と占領を戦略目的にしていた事に対し、共同体は協約破棄の撤回を帝国に承諾させる事が目的で、帝国領の占領には固執していなかった事を利用した策だった。
帝国軍が弱い、出撃してこないと確信すれば、シリウスは当初の戦略通り、帝国領の征服を始めるだろう、その結果、広大な占領地の防衛と治安維持のため、遠征軍は必然的に分散せざるを得ない。即ち、兵力分散の愚を犯す事になる。
一方、共同体軍は、自軍の損耗を避ける意味でも、初戦の勝利を交渉材料として、外交交渉を仕掛けてくる事は容易に想像がつくから、敵の交渉に乗るふりをして、時間稼ぎが出来る。その結果、シリウス・共同体両軍ともに、帝国軍に対して受け身の姿勢を取らせる事が出来る。
これがノイエ・シュタウフェンの描いた構図で、現実もほぼこの通りに推移していく。
共同体との外交交渉を行う一方で、ノイエ・シュタウフェンは、密かに迎撃軍の大半をアルフヘイム軍管区に隣接するスヴァルトアルフヘイム軍管区に移動。両軍管区所属の地方艦隊と合流させ、一時的に2万隻に達する艦隊を編成すると、皇帝ルドルフに協約破棄の撤回を直談判するとの名目で、帝都オーディンに帰還すると見せかけ、実際はスヴァルトアルフヘイム軍管区に集結した艦隊に合流。事前に、エリオット中将から入手していた共同体領域内の航路図を用いて、隠密裏にヴェガ星域に侵攻、そのタイミングでエリオット中将に帝国への降伏を宣言させ、間髪入れず、同星系を占領した。
後は、退路を断たれるとの恐怖に駆られた共同体軍が星域奪還に動く事は容易に想像できるため、その航路にあわせて艦隊を展開、まず共同体軍を壊滅させる。その間、シリウス軍が軍の結集を完了させ、援軍として参戦する可能性は低いと見込んではいたが、ノイエ・シュタウフェンは、シリウス軍の参戦を確実に防止するため、同軍の占領下にある星系で、工作員による破壊活動等を実施させていた事が軍の内部資料で明らかになっている。
本会戦の戦略構想は、前述したルドルフの軍事思想に合致する点が多々あり、後世の軍事学者は、ノイエ・シュタウフェンこそ、ルドルフの軍事思想を最も深く理解した軍人、それを実戦に応用した将帥と評している。
前線指揮官としても充実した力量を有していたノイエ・シュタウフェンではあるが、祖父たる初代軍務尚書シュタウフェン上級大将没後は、祖父が帝国軍・軍務省・内務省内に形成したシュタウフェン派を受け継ぎ、その領袖にならざるを得なかった。それは、ノイエ・シュタウフェンと長女カタリナとの間に生まれた皇孫ジギスムントを自身の後継者、次代皇帝に定めたルドルフの望みでもあった。
ヴェガ星域会戦の指揮を最後に、ルドルフ在位中、ノイエ・シュタウフェンが前線に出る事は無かった。本会戦に勝利した武勲により、帝国暦33年、ノイエ・シュタウフェンは軍務尚書に就任し、統帥本部総長を兼任、帝国軍の筆頭武官となる。
その後、帝国軍と軍務省の要職を自派で独占するため、政府・軍・宮廷・枢密院に跨る政治工作を行い、その過程で、故リスナー上級大将恩顧の前線指揮官、いわゆる実戦派軍人の多くが軍中央から追放された事は前述の通り。それは親友リヒテンシュタインとても例外ではなかった。
後世、ノイエ・シュタウフェンは自身が軍を支配するため、僚友はおろか親友さえも追放した冷血漢、と批判される事もあるが、旧帝国の権力闘争では、敗北者は自裁、族滅が当然だったのに対して、ノイエ・シュタウフェンは僚友達から官職を剥奪し、権力こそ奪いはしたものの、その生命を奪うような事はせず、むしろ領主貴族として安楽な生活が送れるよう、比較的豊かな星系が領地として下賜されるように裁量している。
もともと、青年期のノイエ・シュタウフェンは、友人の数は少なかったが、一度友誼を結ぶと、その友情を大切にする人物だった。親友リヒテンシュタインがその武勲を妬まれて、ある貴族軍人から「戦利品を私している」と誣告された時も、自ら志願して弁護人を務め、完璧な証拠固めと隙の無い弁論で無罪を証明したのみならず、友を不当に侮辱したとして、私人の立場で決闘を申し込み、誣告者に重傷を負わせている。
主君ルドルフや祖父エリアスと比較すれば、政治権力者としてのノイエ・シュタウフェンは、明らかに政敵への甘さが見られる。しかし、それが友情や温情の表れなのか、敢えて無力化した政敵を残す事で、自派閥の仮想敵とし、自派の団結を図るための深謀遠慮だったのか、もはや詳らかにはしないが、私見では、自身の甘ささえも、己の政略に組み込める自己客観視の賜物だったのではないか、と解釈している。