【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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7-9:ロタール・フォン・ファーレンハイト

 彼らベーネミュンデやローエングラム、グリューネワルト達のように、参謀や軍官僚、諜報員として活動する軍人達も多かったが、平定戦役で存在感を示したのは、占領地の治安を回復し、帝国領に組み込む事を主任務とした軍政家達だった。

 

 彼らは軍人ではあったが、行政官、ひいては政治家としての力量も求められた。彼らの中で、大物軍政家として特に著名なロタール・フォン・ファーレンハイトを取り上げたい。

 

 連邦首都テオリア出身。士官学校を優秀な成績で卒業すると、国防省に入省。軍官僚としてキャリアを積み、上官の推薦を得て、軍大学に入校、治安戦や占領地行政を専攻する。

 

 当時、連邦体制が弛緩して、辺境星域では半独立化した星系政府や軍閥化した連邦軍、大企業と契約する軍事会社(傭兵集団)や武装化したマフィアなどが対立抗争しており、ファーレンハイトは各星系の実情を分析、現実に即した占領政策案を作成し、それを卒業研究として発表したところ、軍大学生が1人で作ったとは思えない完成度が評判となり、当時、国防大臣だったルドルフ、同省次官シュタウフェンの目に止まるきっかけとなった。以降、ファーレンハイトはシュタウフェンの腹心、懐刀として、国防省及び統合作戦本部で要職を歴任していく。

 

 帝国建国後、軍務尚書シュタウフェン上級大将の下、同省人事局長に就任。シュタウフェン尚書を補佐して、帝国軍の再編事業を遂行していく。その過程で、統帥本部の事務担当次長ローエングラムとも協働する事が多くなり、統帥本部の組織構築にも関わるようになった結果、一時的に統帥本部編制局長も兼務している。

 

 帝国暦9年、トラーバッハ星域会戦で帝国軍が攻守連合軍を破ると、平定戦役が本格化。各星系で帝国地上軍と社会秩序維持局の治安維持部隊が敵対国家の支援を受けた共和主義勢力を駆逐、次々と皇帝直轄領に編入していった。占領地行政に精通するファーレンハイトは、総督府自体が敵対勢力だった最激戦地に乗り込み、総督代行として、治安回復と占領政策の陣頭指揮を執った。

 

 帝国軍により制圧されたとは言え、人民に擬態するゲリラやテロリストが無数に存在する星系での陣頭指揮は、ただテロの対象になりに行くようなもの、残敵掃討が終わるまで、より安全な軍管区司令部で指揮するべきですと、部下達は盛んに進言したが、ファーレンハイトは「たかだか私1人を殺して、我が帝国の優位が覆ると思っている愚者どもに付き合う暇など無い」と言い捨て、陣頭指揮を執り続けた。

 

 それは剛胆さの表れでもあっただろうが、たとえ高級軍人でも、臣下1人が死んだ程度で、主君ルドルフが共和主義勢力の鎮圧に手心を加えるような人物では無い事を知悉していたからでもあった。その意味で、ファーレンハイトは徹底した合理主義者であり、その為人は、攻守連合の盟主国・ポルックス人民共和国のロブコフ主席に相通ずるものがあった。

 

 帝国暦18年、軍務尚書シュタウフェン上級大将が引退すると、その後任となり、第2代の軍務尚書に就任。階級も大将に昇進している。前任者には及ばないが、十分に優秀な軍政家、軍官僚として、前任者の路線を受け継ぎ、誕生間もない帝国軍組織の拡充に尽力する。

 

 また、ノイエ・シュタウフェンを同省次官兼人事局長に据え、近い将来の尚書たるべき事を印象づけた。それは前任者の意思でもあったが、ファーレンハイト自身、シュタウフェン派の幹部として、ノイエ・シュタウフェンの大成を望んでもいた。当時の帝国軍では、ファーレンハイトを「尚書代行」「シュタウフェン家の執事」と揶揄する者もあったが、ある意味では正鵠を射ていたとも言える。事実、尚書職に就いた事で、伯爵位を下賜されたファーレンハイト家は、ノイエ・シュタウフェン公爵家の筆頭従家となっている。

 

 性格は厳格かつ謹厳実直そのもの。常に姿勢正しく、容儀には人一倍うるさく、発声は荘重なるバスと、軍人以外の職業が想像できないと評された。およそ人前で笑顔を見せるという事が無く、学芸尚書ランケは「化石化した表情筋の持ち主」と日記に記している。職務上、協力する事が多かった統帥本部の事務担当次長・ローエングラムとは同世代だったが、190㎝に届こうかという長身で厳めしい顔つきのファーレンハイトと、精々170㎝程度の身長と童顔の持ち主たるローエングラムが並ぶと、階級上は同格にも関わらず、どれほど贔屓目に見ても上官と部下、ともすれば親子にも見えたという。

 

 極めて規則正しい生活をしており、例えば登庁時刻は毎朝7時を厳守。軍務省の各部署はファーレンハイトの行動を見て、時間を察していたという。ある日、副官の手違いで迎えの車が遅れ、登庁時刻が10分ほど遅くなった事があったが、どの部署も時計の故障をまず疑ったと伝えられる。

 

 公人としては自他ともに厳しい為人だったが、私人としては地上軍総監ケッテラーに並ぶ愛妻家として有名。ファーレンハイトの夫人シャルロッテは夫よりも20歳以上年下、明朗快活にして可憐な美女、かつ見合い結婚ではないという事で、ファーレンハイトがどうやって夫人と知り合い、しかも求婚できたのか、口さがない者は帝国軍最大の謎だ、などと囃していたが、長子ユルゲンの証言によると、生家が隣同士で、シャルロッテの父親も連邦軍から帝国軍に移籍した軍人であり、シャルロッテが子供の頃から家族ぐるみの付き合いをしていた、シャルロッテの父親は攻守連合軍との戦闘で戦死したが、その遺言に、もし娘が望むなら、ファーレンハイトに嫁ぐように、あれほど信頼できる男性はいないから、と書かれていた、ファーレンハイトは、シャルロッテの事は嫌いではありませんが、年齢が離れすぎていますからと謝絶したが、ファーレンハイトが初恋の人だったシャルロッテは、むしろ好機とばかりに、遺言を盾に取って、結婚に漕ぎ着けたのだという。

 

 半ば強制的に結婚する事になったファーレンハイトだが、夫婦仲は円満で、息子2人と娘1人に恵まれた。長子ユルゲンは父の後を継いで帝国軍人となったが、軍官僚ではなく前線指揮官を志望。強堅帝ジギスムント1世の御代、拡大戦役には若手提督の1人として参加している。

 

 帝国暦42年、ファーレンハイトはルドルフ崩御に前後して死去。折しもノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムが新皇帝の父にして帝国宰相に就任し、帝国の最大権力者になった陰で、ひっそりと世を去った事から、軍務省勤務のある武官貴族は「ファーレンハイトは、その人生の終焉まで、シュタウフェン家の影に徹した」と書き残している。

 

 これ以降、ファーレンハイト伯爵家は武官貴族の名家となり、優れた帝国軍人を輩出。また、帝国最大の権門、ノイエ・シュタウフェン公爵家の筆頭従家として、貴族社会でも重んじられた。

 

 喪心帝オトフリート1世の御代、権臣エックハルトとの権力闘争に敗れた同公爵家が領主貴族に転身すると、ファーレンハイト家も主家に従って、オーディンを去る決意をするが、当主ミヒャエルの弟マクシミリアンは、我が家は武官貴族の名家だ、ノイエ・シュタウフェン家の執事などではないと、単身オーディンに残留。エックハルトの専横を苦々しく見ていた、後の寛仁公フランツ・オットー大公に接近し、その腹心となる。

 

 同大公の策謀で、リスナー男爵がエックハルトを誅殺した際、マクシミリアンも同行。共にエックハルトを射殺しているが、その真の任務は、リスナーが土壇場で怖じ気づく、または裏切る事がないよう、監視する事だったとも言われている。

 

 この功績で、マクシミリアンは男爵位を与えられ、独自にファーレンハイト男爵家を立家する。後世、健軍帝フリードリヒ1世の御代、ノイエ・シュタウフェン公爵家が大逆罪との名目で廃絶されると、執事的存在だったファーレンハイト家もその運命を共にする。以降、マクシミリアンを家祖とする男爵家がファーレンハイト家の本家となる。

 

 同男爵家は中流の武官貴族として、帝国軍に奉職した。征軍帝コルネリアス1世の御代、当主マチアスは即位前からコルネリアスに仕える侍従武官だった縁で、同帝の大親征に参加。分艦隊司令官の1人として殿軍を務め、同盟軍の攻勢から帝国軍本体を守るという武勲を挙げる。この功績でマチアスは中将に昇進、爵位も子爵に上り、一個艦隊を指揮する提督となる。建国期を除けば、この時がファーレンハイト家の絶頂期だったのかもしれない。

 

 征軍帝に深く忠誠を誓うマチアスは、帝国暦372年、同帝が長子マンフレートによって軟禁され、帝位を簒奪された事を憎み、同帝の弟ゲオルグが起こしたクーデターに参加。ゲオルグはマンフレートを帝位簒奪者として弾劾、征軍帝の弟たる自分こそ正当な帝位継承者であると宣言し、帝国軍を動かしてオーディンを占領すると、新帝ゲオルグ1世として即位した。

 

 しかし、地球教に入信して、後世、狂信帝とも言われたマンフレート1世は地球教の縁を通じて、自身が設立を裁可したフェザーン自治領、ひいては同盟の力を借り、フェザーン警備艦隊の名目で同盟軍を帝国領に導き入れると、その力を以てオーディンを奪還する事に成功する。これが銀河帝国にとって忌むべき歴史とも言われた、シャンダルーア星域会戦である。

 

 この時、マチアスはゲオルグ派の帝国軍を率いて同盟軍と戦うが、麾下の艦隊が次々とマンフレート派に投降してしまい、衆寡敵せず、一族の主立った者と共に戦死する。会戦後、オーディンに帰還したマンフレート1世は、自身に逆らったファーレンハイト家を許さず、爵位は没収、戦死を免れた男子と女子供は、貴族身分の保持は許したが、悉く辺境域に流刑となった。貴族身分の保持を許したのも、決して温情からではなく、流刑地では数を恃んだ平民が貴族身分の者に暴行を加える事がよくあったので、それを期待しての事だったと言われる。

 

 この時、流刑地でファーレンハイト家の者達を保護したのが、共にゲオルグ帝に仕えたランズベルグ伯爵。ゲオルグ1世は即位後、酒色に溺れる暗君に堕したため、危機感を覚えた同伯爵アルフレッドは同帝を暗殺、その長子をゲオルグ2世として擁立、クーデター派の全権を掌握した。

 

 だが、ゲオルグ2世は父帝よりも理性的な人物で、マンフレート1世が同盟軍を援軍として招来した事を聞くと、本クーデターは失敗に終わると見切りをつけ、権臣ランズベルグ伯爵を密かに呼び、新無憂宮からの地下脱出路を建設せよ、余がその通路を通って脱出したら、卿の領地で死ぬまで匿って欲しい、その代わり、余の双子の弟を差し出す故、卿は弟を殺し、その遺体を余の死体に見せかけ、脱出路の存在を手土産として降伏せよ、余の死体と新無憂宮を労せずして手に入れれば、マンフレートも卿を粗略には扱うまいと勧誘。同帝と同じく、本クーデターの先行きを見限っていたランズベルグ伯もこの提案に乗った。結果的には全て、同帝の筋書き通りに運んでいる。

 

 マンフレート1世がオーディンに帰還すると、ランズベルグ伯は大逆罪と内応の功績を相殺され、一族の生命と財産は保障された。ランズベルグは、自己保全のためなら裏切りをも辞さない人物ではあったが、その罪悪感から僅かでも逃れたかったのか、共にゲオルグ帝に仕えて、今は没落した貴族達を密かに支援。流刑に処されたファーレンハイト家の人々もまた、ランズベルグ伯爵の手で、辛うじて露命を繋ぐ事が出来ている。

 

 これが縁で、ファーレンハイト家はランズベルグ伯爵家の従家となり、同伯爵家に仕える軍人となる。だが、帝国末期、放蕩者が数代続いた結果、伯爵家は没落。新たに台頭したブラウンシュヴァイク公爵家の一門となる事で、辛うじて家門を維持できる状態になってしまい、主家の援助を受けられなくなったファーレンハイト家は、自活の道を模索せざるを得なかった。

 

 最後の当主アーダルベルトは、ローエングラム朝4人目の元帥に叙された事で有名だが、同元帥が「食うために軍人になった」と公言していた事は、以上の背景があったという。そして、リップシュタット盟約軍に参加したのも、主家たるランズベルグ伯爵家からの招請を断る事が出来なかったためだった。本項は、故ファーレンハイト元帥の縁者からの聞き取り調査と、及びランズベルグ伯爵家伝来の史料に基づく事を明記しておく。

 

 なお、ゲオルグ1世・同2世は、正統な皇帝ではなく、偽帝だと断じられて、皇統譜には記載されていない。ランズベルグ伯が建設した地下脱出路は、帝国末期、開祖ラインハルト陛下が旧帝国の実権を掌握した後、廃帝エルヴィン・ヨーゼフ2世誘拐時に使用された事で、その存在が明らかになっている。

 推測だが、ゲオルグ帝の存在を抹消したいマンフレート1世の意向で、同帝に関する史料はほぼ廃棄されている。よって、脱出路の存在に関する情報も、ただランズベルグ伯爵家にのみ伝来し、公式記録からは失われたのではないかと思われる。

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