【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
最後に、帝国軍の思想統制で活躍した軍人を2名、紹介したい。前述の通り、発足時の帝国軍は、移籍した連邦軍と、ルドルフ派の民間軍事会社(傭兵集団)の寄り合い所帯だった。それを組織として確立したのが初代軍務尚書シュタウフェン上級大将、彼の腹心だったファーレンハイト大将らである。
しかし、組織の形は出来ても、属する軍人や兵士達の心性まで、直ちに変える事は流石の能吏達でも不可能だった。軍隊を帝国の屋台骨の1つとし、手厚い待遇を与えていたルドルフは、多くの軍人達から支持され、また相応の忠誠も得ていたが、民主主義・共和主義を懐かしみ、密かに連邦時代への回帰を期待する者達は一定数、存在した。また、シリウスの支援を受けた共和主義勢力が浸透し、密かに思想戦を行っており、その影響も無視できなかった。
ルドルフ、そしてシュタウフェン上級大将も、この現状を鑑み、帝国軍内の思想統制を図る事の重要性は強く認識していた。正規の軍人教育を受けた者には不得手な、この種の任務を遂行させるために、彼らが抜擢したのが、ユルゲン・オファー・フォン・ブレンターノ、アルフレッド・フォン・エッシェンバッハの両名である。
ブレンターノは帝国軍の初代憲兵総監、憲兵隊の父と言える人物だ。連邦首都テオリアの中流家庭に生まれた彼は、弁護士だった父フランクの影響で、自身も法律関係の職業を志望。司法試験にも合格し、司法修習生として、弁護士への第一歩を踏み出していた。しかし、父フランクが、継続的なパワーハラスメントを受け、精神疾患を患った上に、それを理由に不当解雇されたと、勤務先の大手企業を訴えた某女性の弁護人を引き受けた事で、ブレンターノを取り巻く状況は一変した。
当時、政府と癒着した大手企業は、法律を無視した富の収奪に狂奔しており、立場の弱い労働者は使い捨てにされるのが当たり前だった。正義感の強いフランクは、司法の場で事実を明らかにし、せめて世論を喚起しようと考えたのだが、腐敗は司法の場も例外ではなかった。
被告側企業から贈賄された裁判官は、本件は証拠不十分として訴えを却下。原告側は被告の名誉を毀損したとして、逆に提訴される有様だった。これだけなら連邦末期の腐敗した司法の一風景だったが、被告側企業の経営陣はさらに非道だった事がブレンターノ家の不運だった。
彼らはこれを見せしめとして、社員を統制する材料にしようと目論み、本件の内容をイエロージャーナリズムや、自社が広告出稿しているマスコミにリーク。それも、原告の女性が名誉毀損で逆提訴された事を針小棒大に取り上げて、裁判をネタに勤務先の企業を強請り、和解金の名目で金を巻き上げようとした犯罪者との濡れ衣を着せて、さらにはフランクも、犯罪者の片棒を担ぐ悪徳弁護士に仕立て上げた。
リークされたメディアが企業側の言い分を鵜呑みにせず、裏付を取るための取材活動をしていたならば、彼らの主張が事実無根である事が判明しただろうが、腐敗はジャーナリズムにも当然及んでいた。
事実などよりも、発行部数と視聴率、即ち売上高にしか興味がないイエロージャーナリズムは、広告費の名目で企業から示された金にも目が眩み、原告女性や弁護人たるフランクがさも卑劣な犯罪者であるかのように書き立てた。これは大手マスコミも同様で、広告出稿という糧道を抑えられた彼らは、進んで大企業の手先となって、事実無根の報道を垂れ流した。
市民もまた、冤罪であるとの訴えに耳を貸す事はせず、日々の不平不満のはけ口として、この事を玩弄した。大手マスコミが報道したから、ただそれだけを免罪符に、コンピューターネットワーク上の言論空間で、原告女性やフランクの「非道」を口汚く罵った。
世論のバッシングに耐えきれなくなった原告女性は自殺。それもまた、証拠隠滅のためにフランクが殺したのではないかと、全くの虚偽報道が流された。精神的に限界まで追い詰められたフランクは、ある日、取材という名目、実際は弾劾するために訪れた某ジャーナリストを発作的に殺害してしまう。殺人犯となったフランクは、市民から非難の集中砲火を浴び、世論を気にする連邦政府は司法に介入、死刑判決を下させると、異例の早さで執行してしまった。
残されたブレンターノと母親は殺人犯の家族とのレッテルを貼られ、生計を営むための職も、住む家さえも奪われ、マフィアの斡旋する違法な職業に就くか、自ら犯罪に手を染めるか、或いは死を選ぶか、そこまで追い詰められたが、救い難い事に、彼ら母子の不幸はまだ終わらなかった。
当時、富裕層を中心に、美容や身体能力の強化等を目的に、胎児の遺伝子操作をする例が横行。また甚だしきは、妊婦を人身売買または拉致して、その胎児に遺伝子操作を施す、さらには金銭や暴力等で支配した女性に、遺伝子操作した受精卵を着床させるなどの方法で、人為的な奇形児を作り出して、生きた性具として玩弄する例さえあった事は前述したが、被告側企業の経営者は、自身の異常性欲を満たすために、生きた性具たる奇形児を作らせ、毎夜弄んでいるとの噂がある、極めて悪名高い人物だった。
ブレンターノの母の美貌に目を付けたこの人物は、母子に衣食住の保障を与える代わりに、母親から採取した卵子に精子を受精させ、その受精卵に遺伝子操作を施して母体に戻し、奇形児を産む代理母になる事を強要したという。
宇宙暦304年、連邦首相ルドルフが遺伝病の治療以外の目的で、人間の遺伝子操作を禁じる法律を制定すると、この人物は同法違反で逮捕されて、家宅捜索の結果、ブレンターノの母親以外にも、同様の目にあっていた女性が多数発見されている。この時、ブレンターノの母は過度の妊娠出産で既に廃人と化しており、程なく死亡している。
余談ながら、この人物が経営していた企業は、前年にルドルフが打ち出した主要企業の国営化に反対していたが、この醜聞が明らかになると、世論の激烈な非難に晒された。保釈された経営者とその家族らは過激な国家主義団体の手で虐殺され、その一部始終がコンピューターネットワーク上で公開されている。
以上の内容は、当時の報道と政府発表、また警察省や法務省に残されていた資料に基づく。ブレンターノ自身は、父親の死以降、どこでどう暮らしていたのか、死去するまで一言も語る事は無かった。彼が世に出るのは、宇宙暦309年頃、ルドルフが終身執政官に就任した後、連邦軍所属の憲兵大尉としてだった。
当時、民意に縛られない、非民主的権力者への道を模索していたルドルフは、自身に批判的、また距離がある政治家たちを失脚させるべく、与党内部の粛清活動を実施。彼らの弱みを握り、政界引退に追い込む、あるいは事故死、突然死に見せかけての殺害まで行っていたと見られるが、その実行部隊の一員として、ブレンターノの名が出てくる。
なお、当時の彼の名はアルフォンソ・ガルシア。帝国建国後、子爵位とブレンターノの姓を下賜された際、ユルゲン・オファーと改名しているが、本書ではブレンターノで統一する。
ブレンターノが連邦軍の憲兵になった経緯は不明だが、敢えて推測するならば、当時の連邦政府には、世論のバッシングを受ける犯罪者家族の戸籍を変更し、就職先を斡旋する救済制度があった。その就職先として連邦軍が、それも正規のルートで任官した連邦軍人が忌避する憲兵隊が指定されていたという。ブレンターノは本制度の適用を受けて、連邦軍の憲兵になったのではないかと思われる。
確かな事実は、憲兵としてのブレンターノが極めて有能だった事だ。弁護士だった父の血が為せる業なのか、軍規と判例を悉く諳んじ、一切の遠慮なく、軍隊内の非行を取り締まった。また前述の通り、治安維持の名目でルドルフの政敵を失脚させ、或いは暗殺するなど、ルドルフの「私兵」としても活動した。
連邦政府と大企業により、父を殺され、母を犯され、自身も地獄同然の苦しみを味わったブレンターノには、自らを地獄から救い上げてくれただけではなく、父母の仇とも言うべき連邦政府の悪徳を一掃して、大企業を弾圧するルドルフは、正義を執行する大神オーディンの化身と見えたのだろう。ブレンターノは生涯、ルドルフに絶対の忠誠を捧げたが、それは宗教の教祖を盲信する信者の如き有様だったと言われている。
帝国が建国されると、それまでの功績を評価され、帝国軍の初代憲兵総監に抜擢される。当時、ブレンターノは未だ30歳代で、あまりに若すぎると軍内部から異論が上がったが、初代軍務尚書シュタウフェン上級大将は「この任務に必要なのは経験ではない。陛下に絶対の忠誠を捧げているか、かつ皇帝専制という政体を絶対の正義と心底から信じているかだ。この2点において、ブレンターノ以上の適役はいない」と断言。結果として、その言葉は正しかった。帝国軍内の思想統制を徹底するという一点において。
総監就任後、自身と同じく連邦軍憲兵隊から移籍した者の中でも、特に信任する者達を選抜して、総監直属のチームを編成すると、まず憲兵隊内の綱紀粛正に着手した。連邦末期、積極的にルドルフを支持しなかった、他の政府高官と交流があった憲兵の身辺捜査を実施、少しでも疑わしい点があれば、陛下に異心を持つ不逞の輩として、追放または処刑した。
こうして憲兵隊の「消毒」を済ませると、軍内部の捜査に乗り出した。民主主義や共和主義を密かに信奉して、皇帝専制に批判的な人物、またルドルフを独裁者として嫌悪する人物と断定された者への尋問は凄まじく、かつて地球上を席巻した大宗教・キリスト教の負の側面、異端審問を髣髴とさせたという。
さらに、平定戦役が開始されると、ブレンターノは憲兵隊を占領地に派遣し、治安回復の名目で共和主義者の弾圧、逮捕に狂奔した。そのため、現場レベルでは、社会秩序維持局の治安維持部隊や治安警察と衝突する事が多く、内務尚書ファルストロングは再々、軍務尚書シュタウフェン上級大将に抗議している。旧帝国史上、憲兵隊と、内務省管轄下の社会秩序維持局と治安警察が対立関係にあった事は周知の事実だが、その淵源は平定戦役における主導権争いに端を発している。
私人としてのエピソードは皆無で、功績によって子爵位が下賜された後、貴族の責務として、結婚して後継者を儲けるようにと言われた際も、主君ルドルフに対し「陛下がお決め下さった女と結婚致します」と答え、ただ義務感のみで妻を迎え、男子を儲けている。ことさら妻子を虐待する事は無かったが、全く興味が持てなかったのだろう、後継者となった長子オイゲンは「父が死去するまで、親子らしい会話をした事はない」と証言している。
人間の悪意と無責任により、地獄の苦しみを味わったブレンターノは、人間全てを憎悪していた、少なくとも愛する事はもう出来なかったのだろう。唯一の例外がルドルフだった。彼にとってルドルフは人間以上の存在、まさしく現人神だった。
後述するエッシェンバッハもそうだが、帝国の建国に参画した者達の中には、権勢欲や使命感ではなく、連邦末期の衆愚政治と貧富の格差に苦しめられ、その生存を脅かされ、人間としての尊厳さえも奪われた事への怒りを動機として、連邦体制への復讐、自身の尊厳回復のために、熱烈にルドルフを賛美して、皇帝専制を支持した者達が少なくない。
彼らの思いを単なる私怨と否定する事は簡単だが、皇帝専制と貴族制度によって苦しめられ、自身の尊厳を奪われたと感じた者達がそれを取り戻すために戦う事は、人民の正当な抵抗権だと是認されるのならば、民主主義と自由経済によって苦しめられて、自身の尊厳を奪われたと感じた者達が民意と自由を否定する独裁者を支持し、その人物のために戦う事は、ただ否定されるだけなのだろうか?
閑話休題。ルドルフの御代、一貫して憲兵総監の地位にあったブレンターノは、憲兵隊の組織を確立しただけではなく、長年の憲兵経験を踏まえて、治安維持や防諜、対テロ戦に関するマニュアルを作成。極めて完成度が高い同マニュアルは、帝国末期まで、憲兵隊の新人研修用テキストや業務手順書として活用されている。
その反面、ルドルフを現人神、正に神君として絶対視したブレンターノの姿勢は、憲兵隊のDNAとして受け継がれたのか、帝国末期に至るまで、憲兵隊は帝国軍内において、ともすれば時の皇帝よりもルドルフを優先、その業績や発言を基に、密かな皇帝批判も辞さない組織だった。
これは、内務省管轄下の社会秩序維持局が時の皇帝の意向を汲み、皇帝直属の秘密警察的な役割も果たすようになった事とは対照的で、この事もまた、憲兵隊と社会秩序維持局との対立に拍車をかけた。
尤も、時代が下って、憲兵隊の中にも腐敗と汚職の影が忍び寄ってくると、ルドルフへの崇敬を名目に、大帝陛下の像に敬礼しなかった、各家庭に必ず1枚は保管されている大帝陛下の肖像画を汚した、などの難癖をつけ、臣民から金品を強請るなど、泉下のブレンターノが知れば極刑に処したであろう不心得者も多数あらわれたが。
帝国暦42年、ルドルフが崩御すると、その後を追う様にブレンターノも死去。公式記録には病死とあるが、一説には覚悟の殉死とも言われている。
以降、ブレンターノ家は憲兵隊を基盤とする武官貴族となったが、時の政権とは積極的に関わりを持とうとせず、社会秩序維持局を重用する皇帝に対しては、半ば公然と批判する事もあったので、同局を用いて富裕な貴族を逮捕、財産没収に狂奔した痴愚帝ジギスムント2世の御代、不敬罪との名目で爵位と財産を没収、族滅されている。その後、憲兵隊で出世した帝国軍人に対して、恩賞として与えられる家名となり、建国期に立家した歴史ある貴族家にも関わらず、貴族社会の中では、決して重んじられる家名では無かった。
なお余談ながら、旧帝国の憲兵隊の気風を良く示す人物として、残暴帝ウィルヘルム1世の御代、憲兵総監を務めたバルトルト・フォン・ハーゼを紹介したい。
同帝は、ルドルフ原理主義を鼓吹した暴君として有名だが、ハーゼは「叛徒ども(同盟)は鏖殺すべし。恐れ多くも大帝陛下は、共和主義者どもを誅殺あそばし、帝国の基を固められたのだ。その輝かしき先例に倣うべし」という同帝の方針に深く賛同。自ら憲兵隊を率いて、遠征軍に参加、占領地で治安回復の名の下に、同盟人を逮捕、虐殺している。憲兵総監の職責を大きく逸脱している事に、軍内では強い批判が上がったが、同帝はむしろ嘉賞し、ブレンターノ家を継承させ、爵位も子爵から伯爵に陞爵させている。
だが、帝国暦410年、同帝の弟の子が寧辺帝コルネリアス2世として即位すると、同盟領への侵攻を中止し、防衛戦を主とする寧辺帝の方針に失望して、半ば公然と皇帝批判を繰り返した結果、現役の高級軍人でありながら、同帝の意を受けた社会秩序維持局の手で秘密裏に逮捕、処刑されたと伝えられる。