【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」   作:旧王朝史編纂所教授

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7-11:アルフレッド・フォン・エッシェンバッハ

 最後に、ブレンターノと同様、ルドルフを現人神、神君と崇め、皇帝専制のイデオローグでもあった、アルフレッド・フォン・エッシェンバッハを取り上げたい。

 

 彼は軍務省政治局で初代局長を長く務め、軍内外で民主主義、自由主義が如何に誤った思想であるか、皇帝専制がどれほど正しく、効率的かつ透明性の高い政体であるかを宣布すると共に、軍内部の思想犯罪の摘発と思想統制に当たった。彼が帝国軍人として異色なのは、連邦時代は軍とは全く関わりがなく、国立テオリア大学法学部に籍を置く、少壮の政治学者だった事だ。

 

 連邦首都テオリア生まれ。父親は小さな建設会社に勤務する技術者だったが、エッシェンバッハが少年の頃、現場で起こった足場の崩落事故に巻き込まれて、重度の障害者となってしまう。

 警察の現場検証の結果、本事故は、会社側が安全基準を満たしていない粗悪な建材を使った事による人災と結論づけられ、会社経営者に対し、事故被害者への賠償金支払い命令が裁判所より出されているが、事故の影響で業績が悪化し、資金繰りに窮した経営者は失踪。結局、エッシェンバッハの父親には、労災補償として僅かな金が支払われただけだった。

 

 収入が途絶えて、日々の食費にさえ事欠くようになったため、父親は自治体に生活保護を申請。しかし当時、財政難のために福祉支出を圧縮したい連邦福祉保健省から、各自治体に対して、特段の理由が無い限り、新規の生活保護受給は認めてはならない旨、通達されていた。

 申請を受けた自治体の担当者も、家計が同一な成人女性(母親)が存在するので認められないと却下。父親は妻は病弱で長時間労働の職業に就く事が困難なのです、このままでは家族全員、餓死してしまうと懇願したが、担当者は「これは選挙で選ばれた政治家が正当な手続きに則って決定した事なのです。即ち、貴方がた市民が決めた事、民意により決まった事です。それを受け入れるのが市民の責務です。つまりね、貴方がたが生きていけないというなら、死ねというのが民意なんですよ」と、劣等者を見る目で吐き捨てた、と云う。

 

 公的福祉からも排除された一家は、マフィアが斡旋する違法な職業に就くしかなかった。母親は売春婦に身を堕とし、屈辱感と羞恥心を紛らわせるため、マフィアから勧められるままに、合成麻薬に手を出した。父親は妻を売るしかなかった自身を蔑み、無力感と劣等感を誤魔化すため、アルコール依存症に陥った。崩壊した家庭の中で、幼いエッシェンバッハは独り、自分達を侮蔑し、ただ死ねと宣告した民意という存在への憎悪を滾らせていった、と云う。

 

 幸い、エッシェンバッハが通学していた初等学校の担任教師が親切な性格だった事、その教師の父親が自治体議会で議員を務めていた事で、両親は依存症患者専用の病院へ、本人は養護施設へと入る事が出来た。しかし、心身ともにボロボロだった両親は相次いで死亡。養護施設も財政難の影響で、日々の衣食住にも事欠き、僅かな食物を奪い合って、子供同士の喧嘩や虐めは日常茶飯事、栄養失調で衰弱死する子供も少なくなかった。

 

 空腹で倒れそうになる身体を必死に支え、エッシェンバッハはただ憎悪だけを糧に猛勉強した。いつか必ず、この生き地獄から抜け出すと、そして、自分や父母に死ねと言った民意を足蹴に出来るくらい偉くなるのだと、ただそれだけを考えていた、と云う。

 

 猛勉強の成果と天性の才能の故か、エッシェンバッハは13~15歳の時、首都テオリアにある中等学校共通の学力審査テストで、3年連続、首位を達成。養護施設を管掌する福祉保健省は、同省の福祉制度により、孤児も十分な教育を受けている事を世論にアピールすれば、予算確保の良い材料になると、大々的にマスコミを集め、同省大臣が直々に表彰。さらには、エッシェンバッハを特別奨学生として、大学卒業までの学費と生活費を支給すると発表した。

 同省は生活保護制度を管掌する役所でもあり、父母に生活保護を与えず、死に追いやったのと同じ連中が、今は自分を褒め称えて、恩着せがましく金をやると云う。エッシェンバッハは「今までの人生で、あれほど反吐が出る思いをした事はなかった」と云う。

 

 上記の内容は、エッシェンバッハが後年著した半生記の記述に基づく。当人の感情は兎も角、彼が貧困家庭に生まれ、幼くして父母と死別し、孤児として育った事、高い学力を認められ、福祉保健省の特別奨学生に選ばれて、大学進学を果たした事は事実のようだ。

 

 ここからは彼の半生記ではなく、公的な記録、または当時の報道等により、その活動を描いていきたい。18歳になったエッシェンバッハは、後見人を務めた福祉保健省職員の勧めで、連邦首都テオリアにある国立自治大学の法学部に入学。同校は卒業後、政府または自治体の職員、公立学校の教員になれば、学費を返還されるという公務員養成学校で、支給した奨学金を一部でも回収しようとする同省の意図が透けて見えるが、早く独立したいエッシェンバッハにとり、大した問題ではなかった。

 

 在学中は、連邦の国是たる民主主義と自由主義を否定するため、古今の哲学書・思想書を読破。その過程で、市民派を称する一部の経済学者が提唱した「人間主義経済」に出会う。人間主義経済に関しては既述しているが、本節の理解を助けるため、以下に再掲する。

 

「…連邦で主流だった思想はリバタニアニズムだったが、…一部の経済学者らは、過度な自由の尊重が弱肉強食の過酷な社会を生み出した、経済主体がモラルを捨て去り、略奪的な営利行為を続けた結果、市民生活が破壊され、人間存在は毀損されていると主張。市場万能の立場を取る自由経済を批判して、政治的主体たる市民、その集合たる国家が市場の暴走を制御できる統制経済が望ましいのだ、という経済思想を提唱した。…彼ら市民派は、自らの思想を「人間主義経済」または「倫理経済」と称し(た)」

 

 エッシェンバッハが独創的だったのは、この経済思想を政治思想に転化した点にある。以下、やや長いが、彼の著作から引用したい。

 

「…経済にとっての市場は、政治にとっては社会だ。その中で、各経済(政治)主体の利害得失が衝突し、その過程で、一定の秩序が生まれる事が期待されている。

 

 だが、こと経済に関して言えば、自由主義の美名の下、各経済主体が自由放任されると、各人は自己の欲望に従い、秩序なき富の収奪に狂奔する。これは、銀河連邦の惨状から証明可能な事実である。過度な自由の尊重は弱肉強食の過酷な世界を生み出すと断じざるを得ない。その原因は、自由を与えられた人間の行動原理は理性では無く、欲望だという事実、そして、各経済主体が持つ経済的力量の非対称性にある。

 

 各経済主体が欲望を行動原理とするならば、彼らが市場で秩序を遵守するのは、自己の欲望充足に資する場合に限られる。換言すれば、秩序の存在が欲望充足を阻害するならば、彼らが秩序を遵守する積極的な理由は存在しない。さらに、自己が有する経済的力量が他者を優越するならば、欲望の充足を行動原理とする以上、自己より劣位にある他者を尊重する合理的な理由は存在しない。

 

 この点を踏まえて、市民派経済学者は、政治的主体たる市民、その集合たる国家が市場を統御できる統制経済の正当性を主張し、それを人間主義経済と称している。筆者も彼らの主張を是とするが、それと同時に、彼らが看過している事実を指摘せざるを得ない。それは、政治的主体として措定されている市民とは、同時に経済主体でもあるという現実、さらに、政治的主体たる市民が理性的存在だというあり得ざる仮想、率直に言えば謬見を無自覚的に前提としている事だ。

 

 人権思想、主権在民、個と多様性の尊重、これらは地球時代に生まれた近代民主主義の基調となる思想だが、これらの思想もまた、人間は理性的存在だという謬見を前提としている。

 

 既に指摘している通り、人間は理性では無く、欲望を行動原理とする存在だ。繰り返すが、それは、銀河連邦の惨状から証明可能なのである。よって、政治的主体を市民とし、その集合たる国家を市場統制の主体と措定する事は、畢竟、欲望を行動原理とする経済主体の手に市場を委ねている現状と、何ら変わりは無いのである。

 

 そして、これは市場のみならず、社会的秩序の形成においても妥当性を有する。銀河連邦の政治・社会状況を見よ。民主政治は衆愚政治へと堕し、民意はただ我欲の充足を訴えるだけの叫喚と化し、強者のみが正当化され、弱者は存在自体が悪と見なされ、社会から秩序と倫理は消失した。

 

 筆者は、市場を統制し、自由を抑制する事を求める人間主義経済の理念は肯定するが、その統制の主体として市民、その集合たる国家を無批判に措定する事を否定する。

 

 統治行為の本質が、人が人を支配するという現象にある以上、政治主体は人間とせざるを得ない事は認める。だが、その人間とは、決してあらゆる人間ではない。彼は欲望を超克して、倫理を行動原理とできる、克己心と理性の所有者でなければならない。彼は自己の内なる理性と倫理に従って行動できる、勇気の持ち主でなければならない。彼は民意によって選ばれても、民意に隷属してはならない。彼はその輝かしい精神性と卓越した力量により、万民から讃仰される存在でなければならない。彼は、万民の第一人者、即ち「プリンケプス」と呼ばれるだろう」

 

 エッシェンバッハの著作は、当時のアカデミズムでは「学術書の体裁を取った宗教書」と酷評されたが、神秘主義が横行し、英雄待望論が高まりつつあった連邦末期の社会では、むしろ好意的に受け止められた。

 

 大学卒業後、テオリアのある公立学校に勤務する教師となった彼は、教鞭を取る傍ら、連邦社会の現状を批判する論考を発表し続けた。

 

 転機となったのは、彼の論考が連邦首相ルドルフの私的ブレーンの1人で、後に初代学芸尚書となった、当時は国立テオリア大学社会学部長を務めていたランケの目に留まった事。自身の学説と相通じる内容であり、民主主義と自由主義への強烈な批判を繰り返すエッシェンバッハに興味を持ったランケは、彼を大学に招待し、直接面談している。

 その席上、彼の知性の鋭さと民意への憎悪、市民が自ら統治する民主主義よりも、優れた人物が衆愚を統治する専制主義を是とする思考を見て取ったランケは、これはルドルフのブレーンになるべき人材だと感じたのだろう、彼を首相官邸に伴い、ルドルフに面会させている。

 

 もともと、エッシェンバッハ自身も、強いリーダーシップを発揮して、連邦社会の腐敗と悪徳を一掃、強権的な政治を断行する首相ルドルフは、自らが求める「プリンケプス」ではないだろうかと考えていたようだ。

 面会後、ルドルフのカリスマ性の虜となったエッシェンバッハは、ルドルフこそ崩壊しつつある人類社会の救世主、奇跡の存在だと確信。その後、ランケの招きに応じて、テオリア大学法学部に籍を置く政治学者となったエッシェンバッハは、ルドルフが終身執政官、帝国皇帝を志向する過程で、それを正当化する論考を多数、執筆したほか、各種メディアにも露出、その熱狂的な語り口で、ルドルフの権力掌握こそが人類社会再生のため、絶対に必要だとの主張を繰り返した。

 彼には扇動家としての才能もあったのだろう、演説と映像、音楽をも駆使した彼の講演会は、地球時代に現れた独裁者の演説や宗教者の法話を彷彿とさせるとして、知識人には批判されたが、その狂熱と一体感は、閉塞した社会状況に倦厭しきっていた一般大衆を興奮させた。

 

 宇宙歴310年、終身執政官ルドルフを帝国皇帝へと移行させる法案「政治状況の永続的安定を実現するための制度改正案」の是非を問う国民投票で、賛成派のイデオローグとして、反対派を論駁する論文を執筆。この内容を宣布するべく、銀河連邦全土を講演して回った。後世、彼の論文と講演活動が同案を賛成多数に導いた原動力の1つになったと評価されている。

 

 帝国建国後、当時は寄り合い所帯に過ぎなかった帝国軍の思想統制を図るため、民主主義や自由主義に対し、皇帝専制の思想的優位性を説き、特に兵士への思想教育を遂行できる人材を求めた軍務尚書シュタウフェン上級大将は、建国前から皇帝専制のイデオローグだったエッシェンバッハを招聘、同省に政治局を設けて、その初代局長たる事を希望した。軍人経験が無いエッシェンバッハだったが、主君ルドルフ、恩人たるランケからも求められた事で、帝国軍人への転身を決意した。

 

 政治局は、軍内部で民主主義や共和主義を鼓吹、宣布する思想犯罪の摘発と軍内の思想統制を担当する部署だったが、その職務は憲兵隊と重複する面が多く、初代局長たるエッシェンバッハに軍人経験が無く、軍内に人脈も持たなかった事で、次第に実務権限は憲兵総監ブレンターノが掌握するようになった。

 帝国の支配が安定すると、政治局が貴族子弟の経歴に箔付けするための閑職と化し、憲兵隊が思想統制の実務を担うようになったのは、実にこの時代に端を発する。

 

 エッシェンバッハ自身は、軍人としての出世や権力闘争に興味は無かったようだ。両親を死に追いやり、自身を苦しめた民意を重んじる民主主義、この誤った思想を帝国軍内から、ひいては帝国内から根絶する事が自らの責務と考えていた。

 

 民主主義の非効率性と衆愚政治へと堕してしまう危険性を訴え、人格識見ともに優れた人物が主権者となって統治する皇帝専制の効率性と透明性を鼓吹する小冊子を作成して、軍の各部隊に配布。兵士を対象とする思想教育の教材を調え、また思想教育の教官が務まるように政治局員を自ら教育、各部隊に派遣し、定期的に教材の内容を講義させた。この他、憲兵隊や社会秩序維持局からの依頼に応じて、逮捕された民主主義者への思想矯正も行った。

 当時、エッシェンバッハが作成した小冊子等は、その簡明さと内容の充実度から、帝国軍のみならず、社会秩序維持局や内務省風紀局など、思想犯罪や思想宣布を担当する部署で、職員教育用の教本として長らく使用されているほか、各地の町役場に併設された図書館には所蔵が義務付けられていた。

 

 また、民主主義や自由主義を徹底的に論駁し、存在自体を否定するためには、この思想について、より多くの知識と情報が必要だとの考えから、民主主義を奉じる敵対勢力の支配地を帝国軍が制圧すると、社会秩序維持局の治安維持部隊や憲兵隊に政治局員を同行させて、現地に残る思想書等を収集し、研究材料として持ち帰らせている。

 これらの書物は政治局で研究、分析されて、皇帝専制の思想的優位性を立証するための資料の作成に活用されたが、その後も廃棄されずに、誤った思想の見本、後世への反面教師として残された結果、旧帝国の滅亡時まで、民主主義に関する思想書が帝国内に残ったのは、真に皮肉だと言わざるを得ない。

 

 エッシェンバッハの業績は、その性質上、効果が目に見えるものではなかったが、政治制度としては地球時代に消滅した皇帝専制という制度に再度、思想的バックボーンを与え、皇帝という存在の正当性を鼓吹した事は、現在的視点からすると、後世に少なからぬ影響を与えている。

 

 その一例が、旧帝国史上、暴君・暗君と評される皇帝にも、身命を賭して忠誠を捧げた臣下が一定数、存在した事だろう。個人の魅力やカリスマ性を超えて、皇帝という存在それ自体に、自己の生命に匹敵する価値を見出す人物が生まれている事は、明らかに思想教育の賜物であり、それはまさに、エッシェンバッハが建国前から蒔いていた種が芽吹き、花開いた事に他ならない。それを教育というか、洗脳というかは、各人が有する価値観に左右されるだろうが。

 

 閑話休題。少なくとも主君ルドルフは、エッシェンバッハの業績を高く評価していた。帝国暦42年、ルドルフは崩御の際、後継者ジギスムントにいくつかの遺言を残しているが、その中で「政治局長エッシェンバッハは帝国の良臣である。彼が公職を退く時は、これまでの働きを嘉し、厚く遇するように」と、わざわざ言及している。尚書でもない一臣下に対して、皇帝が遺言中で触れるのは極めて異例で、即位後のジギスムントから、この事を聞かされたエッシェンバッハは感激のあまり、皇帝の御前にも関わらず、人目を憚らず号泣したという。なお、この遺言に基づき、エッシェンバッハは政治局長を退任した際、特に伯爵位が下賜されている。

 

 帝国暦52年、主君ルドルフに遅れる事10年、老衰のため死去。扇動者、思想宣布者として、敢えて熱狂的な態度を見せる事もあったが、私人としては静謐を好み、公職引退後は、帝都オーディンの一角に下賜された保養地に隠棲、孤児達を集めて勉強を教える事を楽しみとしていた。

 

 余談ながら、エッシェンバッハ家は後世、公的な福祉制度が廃止された旧帝国の中で、孤児院や無償で学べる初等学校の設立、運営など、児童福祉に尽力する貴族家として有名になるが、それは、家祖アルフレッドが残した遺言「子は国の宝だ。我が家が存続する限り、特に孤児の保護と育成に意を用いるべし」に基づくという。

 

 彼自身が幼くして父母と死別して、誰よりも孤児の辛さと寂しさを理解していたからこその遺言だったのだろう。後世、皇帝専制を正当化した思想家として、同盟では民主主義の敵として唾棄、罵倒されるが、彼の優しい為人に思いを馳せると、筆者個人としては、民主主義の負の側面ともいうべき、数の暴力の犠牲者だったのではないか、との思いを禁じ得ない。

 

 以降、エッシェンバッハ家は帝国軍人を家祖に持つ貴族家でありながら、軍内に基盤を持てず、政治局も憲兵隊に実務権限を奪われてしまった結果、帝国の統治が安定した享楽帝リヒャルト1世の御代、文官貴族に転身。内務省の社会秩序維持局や風紀局に勤める官僚を輩出する家となる。

 なお、同家の転身に伴って、民主主義等に関する思想書が多数、政治局から社会秩序維持局に移管されたと見られるが、現時点では詳細は不明。

 

 文官貴族に転身後、同家は政治的には無力に近かったが、前述の通り、児童福祉に注力する貴族として、貴族社会の中では有名だった。民政に意を用いる皇帝や皇后が在位している時は、その姿勢を嘉賞され、幾度か恩賞に預かっている。

 

 しかし、同盟との戦争が激化するにつれ、帝国内には軍国主義的な風潮が高まり、むき出しの暴力や武力が横行するようになった。帝国暦399年、暴君として名高い残暴帝ウィルヘルム1世が即位すると、生きる力が無い者は滅びるべし、皇帝と帝国の役に立たない者を生かしておく必要も無い、それこそが大帝陛下の御遺志である、と宣言。エッシェンバッハ家は他の貴族への見せしめのため、皇帝の意に叛く不忠の臣だと、爵位と財産は没収、当主エドヴァルド以下、一族全員が処刑されている。

 皇帝ルドルフの正当性を鼓吹した同家が、同じルドルフの遺志を名目に族滅された事は、まさに歴史の皮肉というしかない。

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