【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
第1節 宇宙時代の社会精神史概説①~13日戦争から地球統一政府まで
ルドルフの治世末期、帝国暦30年代に入ると、彼ら帝国軍人の活躍で、シリウス・攻守連合・経済共同体らの敵対勢力は弱体化し、銀河帝国が人類社会を統治する唯一の超大国になる事は、ほぼ確定した。
また、多くの臣民は政治的権利を失い、経済的な自由も抑制されたが、その反面、行政・経済体制の整備が進み、配給制度の施行、安価な公営住宅の整備、そして職業の家業化による雇用確保と、最低限の衣食住は確保されてきた。このため、連邦末期に貧富の格差に苦しめられた低所得者層は、その多くが帝国の支配を受け入れていった。
彼ら臣民の中には、帝国の統治を消極的に受容するのではなく、積極的に受け入れた者達も少なくなかった。彼らは、初代憲兵総監ブレンターノや同政治局長エッシェンバッハの様に、連邦の衆愚政治と経済格差により、家族を失い、尊厳を傷つけられ、自身の生存さえも脅かされた経験の持ち主だった。彼らにとり、自分達を生き地獄さながらの苦境から救ってくれたルドルフは、まさに救世主だった。彼らの中から、皇帝ルドルフを現人神、神君と崇め、信仰の対象とする者達が現れたのは、連邦末期から続く神秘思想の横行、また英雄待望論の高まりからして、ある意味では当然だっただろう。
後世、暴君ルドルフのメルクマールともいわれる自己神格化だが、新史料を研究、分析していくと、通説とは異なり、ルドルフ自身が積極的に自己神格化を希求したのではなく、彼ら「ルドルフ信者」の要請に応えざるを得なかった面があった事が分かってきた。本章ではルドルフ神格化の意味、その前提たる13日戦争以降の宗教観について、概説していきたい。
13日戦争以前の西暦時代、宗教が政治や社会に与える影響は非常に大きいものがあったが、戦後、その状況は一変する。
同戦争はまさに、既存の大宗教が語る最終戦争(ハルマゲドン)そのものだったが、神の降臨も救済も起こる事はなく、核戦争を生き残った人々は、神への期待を失い、自らの手で人類を救うしか無かった。
一部の教団は、あの13日戦争を生き残る事が出来たのは、我々が信仰する神の御力によるものだとして、教団への帰依を求め、我々の神を信仰しない者は邪悪なる異教徒だと、聖戦という名の虐殺と侵略を開始したが、それは放射能汚染を免れた、限られた土地と資源を奪取するための口実に過ぎなかった。
これらの教団は、宗教組織の体裁を借りた事実上の小国家で、北米大陸を中心に教団国家群を建設したが、13日戦争後の戦乱が収束し、地球統一政府が成立するまでの約90年、聖戦という名の仮借なき対立抗争を繰り返して、地球人口が約10億人まで激減した大きな要因となった。
この結果、人類は既存宗教への信頼感を完全に喪失、宗教とは人類を破滅に追いやる狂気だと見なされ、地球統一政府を設立したのは、宗教に対して否定的な左派政党が中心だった。
また、統一政府統治下の人類社会が力強く復活を遂げ、本格的な宇宙時代を迎えた事も、人間固有の理性と知性への信頼感を醸成する事につながった。数少ない当時の記録によると、宗教家とは詐欺師の別名、信仰心とは心の病、と見なす風潮さえあったと云う。
しかし、人間が暗闇に本能的な恐怖を感じるように、生物としての人間が本能的に持つ、超自然的なものへの畏怖、畏敬の念が消える事は無かった。遙か古代より、人類は大地や海洋、大空といった地球の姿、また太陽、月などの天体に対し、神性や霊性を感じる自然崇拝的感覚を有していたが、宇宙時代を迎えると、大宇宙がその対象となっていった。それは人類史上最大の自然崇拝だっただろう。
西暦2300年代頃から、死体を宇宙空間に射出する「宇宙葬」が一般的になっている。それ以前からも、宇宙船内で死亡した人間を冷凍カプセルに入れ、宇宙空間に流す事はあったが、それはあくまで衛生上の観点から行われた緊急的措置に過ぎなかった。
対して、この時代に一般化された宇宙葬では、例え惑星上で死亡した場合でも、死体を簡易ロケットに乗せ、大気圏外に射出する形が取られている。
また、この頃に発行された書籍等を見ると、超自然的な世界、人間が産まれ還っていく場所を表す際に、宇宙を示す言葉「ユニバース」や「コスモス」が使われるようになっている。現在の語感では、ヴァルハラが最も近いだろう。葬祭儀礼でも、主宰者(聖職者ではない。故人の近親者や親しい友人等が務める葬儀の進行役)が「○○(故人)の御霊よ、ユニバースの御手に還れ」などと呼びかける例が見られる。
ただし、ユニバースやコスモスを信仰の対象とする宗教や教団の存在は確認されておらず、生活上の宗教的儀礼の範囲を出ていなかったと推測される。