【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
西暦2700年代に入ると、地球統一政府は宇宙軍の武力と数の論理を背景に、各植民星を経済的に支配、植民星住民の労働の成果を搾取するようになった。地球の横暴に反発する植民星住民は、我々宇宙生まれの民と地球人との間に格差などない、人類は全てユニバースから産まれた存在なのだと主張。自分達が求める地球と植民星の平等と公平を肯定する思想として、ユニバースやコスモスの概念を使用するようになった。
この頃、植民星の中には、生活苦に悩む住民同士が連帯する相互扶助組織が生まれているが、それらの大多数がユニバースやコスモスの名を冠しており、その組織の一部はユニバースを信仰の対象とする教団へと変化している。ここに、大宇宙は人類の素朴な自然崇拝の対象から、明確に宗教的概念へと変化したと言えるだろう。
この植民星の動きに対して、地球統一政府は対抗措置を取る。地球人の中にもユニバースへの畏敬の念を持つ者は多く、彼らがユニバース思想を紐帯として、植民星住民と連帯する可能性を恐れた政府当局者は、思想的にユニバースに対抗、凌駕できる概念を求めた。それが地球という惑星そのものだった。
彼らは既知宇宙の中で唯一、人類という知的生命体を産み出した地球こそ、大宇宙における奇跡、唯一無比の存在、人類の母なる存在として崇めるガイア思想を鼓吹した。
地球は過去・現在・未来に亘って、全人類を産み育てた母そのものであり、子らが母に敬意と愛情を抱き、供物を捧げる事を当然とした。言うまでもなく、それは地球政府が植民星を支配し、労働の成果を搾取している事を正当化する論理として生み出されたものだったが。
政治的権力と豊富な財力を有する地球政府は、このガイア思想を宣布するため、御用学者や文化人達を動員、地球回帰を提唱する宗教法人を結成させると、地球各地及び各植民星に支部組織を設置。法人職員がガイア思想を宣布すると同時に、植民星の民意をガイア思想に染めるため、低所得者層への食糧配布や宿泊所提供、無料の医療行為などを行った。それは人類が宇宙時代を迎えて以降、初の官製宗教だったと言えるだろう。
植民星の知識人層は、ガイア思想を「地球政府の横暴を正当化するためだけに作られた欺瞞」として嫌悪したが、公益法人に生活苦を救われた低所得者層の中には、ガイア思想に親近感を持つ者も増えてきた。
また、宗教法人の職員は政府公務員だったが、植民星の悲惨な現状を目の当たりにし、本気で植民星社会の改善に尽くそうとする情熱を抱く者も少なからずおり、ガイア思想は植民星社会にも一定の存在感を示すようになった。この事は、地球政府滅亡後の人類社会にも、ガイア思想が影響を与える端緒となった。
一例を挙げると、宇宙葬の衰退がそれだ。ガイア思想では、人間は死後、母なる地球の大地に還り、新しい生命を育む種子になるのだと言い、遺体を宇宙空間に流す宇宙葬は、母なる地球の意思に背く行為とされた。地球政府も、宇宙葬は思想的に正しくないだけではなく、徒にスペースデブリを増やし、宇宙航路の安全を脅かす危険性があるとして、宇宙葬を禁止する法律を制定しているほどだ。
地球・シリウス戦役後、シリウス政府は同法を撤廃、それは銀河連邦にも受け継がれたが、連邦時代に入ると、惑星上で死亡した人間を宇宙空間に射出する形式の宇宙葬は、ほぼ行われなくなった。それは、居住可能惑星が爆発的に増え、埋葬地に苦慮する必要が無くなった事、宇宙航路が過密化し、スペースデブリの危険性がそれまで以上に高まった事などの散文的な理由もあるが、人間は死ぬと土に還る、というガイア思想の一部が再び、人類社会の常識になったからでもある。
上記のように、地球・シリウス戦役は、ガイア思想とユニバース思想の対立、ある種の宗教戦争という側面もあったと言えるだろう。シリウス政府が勝利した結果、少なくとも公式にはガイア思想は否定され、ユニバース思想が再び、人類共通の思想になった。人類は皆、宇宙から産まれて宇宙へと還っていく、と唱える同思想は、全人類の平等性と普遍性を認める考えへと転化し、これが「脱地球的な宇宙秩序」を求めた銀河連邦成立の思想的バックボーンともなり、人類の母なる地球という考え方は時代遅れのノスタルジーに過ぎないと見なされた。
連邦時代、歴史の授業で地球の存在を習った学生の間では「老いぼれた母親なんぞ見たくもないな」と、嘲笑する者が多かったという。
だが、大部分の人類から見捨てられたガイア思想が、今上帝アレクサンデル陛下と皇太后ヒルデガルド陛下、グリューネワルト大公妃殿下の暗殺未遂を始めとして、各種のテロ行為を主導した地球教の思想的淵源になった事は現在、ほぼ定説となっている。比喩的に言うならば、子から見捨てられた母は、復讐心に猛り狂う女怪に変じたという事なのかもしれない。