【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
帝国人には馴染み深い大神オーディンは、歴史的な由来を紐解けば、ルドルフの人種的ルーツであるゲルマン民族の神話に登場する最高神だが、13日戦争後、その存在は忘れられて久しかった。
再度、人類社会に登場したのは連邦末期、神秘主義が横行し始めた際に、ペデルギウス星系でオーディンほかゲルマン神話の神々を崇める教団が確認されている。何故、ペデルギウス星系でオーディンが崇拝されるようになったのか、現時点では不明だが、同教団で崇拝されたオーディンは、罪無き者を迫害し、生命と財産を脅かす邪悪な存在を誅する正義の神であり、オーディンを信じ、罪無き者の為に戦い、その果てに生命を落とした者は、オーディンの娘たるヴァルキューレの手で、永遠の安息の地ヴァルハラへと迎えられる、と言われていた。
当時、連邦各地で、勧善懲悪を求め、死後の安息を説く思想や信仰は多数確認されるので、このオーディン信仰もそれらの1つに過ぎなかったのだろうが、宇宙海賊のメインストリートとも称された同星系では、戦死の危険が高い軍隊を中心に、広く市民の間でも受け入れられていたようだ。
ルドルフ自身がオーディンを信仰していた形跡は現時点では発見されていないが、知識人層に属するルドルフにとり、その教義自体は噴飯物としても、自身の地盤たるペデルギウス星系、更には帝都オーディンとなる星系で、広く受容されている思想という事実は非常に重要だった。
また、オーディンは死後の安息を保障する人格神であり、多様な解釈が可能となる難解な教義も持たず、ただ勧善懲悪だけを求める簡明さは「宗教色が少なく、かつ大衆の心的欲求を満たせるだけの超越的存在」という条件をほぼ完全に満たしていたと言える。
帝国暦元年、銀河帝国皇帝に即位したルドルフは連邦首都テオリアから惑星ペデルギウスに遷都、首都星オーディンと改称すると同時に、大神オーディンへの信仰を宣言、オーディンをゴールデンバウム家及び銀河帝国の守護神とした。
そして、オーディンを祀る儀礼を司る事が出来るのは、全人類の代表者であり、人類社会の正当な統治者たる帝国皇帝だけとし、臣民が独自にオーディンを祀る事は不敬罪に相当するとした。これ以降、全ての国家儀礼は大神オーディンの名の下に帝国皇帝が主宰する事となり、公式の場でオーディン及び帝国皇帝への敬意を表す事は、臣民の義務とされた。
この措置に関するルドルフの意図は明らかだろう。大衆の心的欲求を満たせる人格神、オーディンへの信仰を自ら表明し、銀河帝国の守護神と定める事で、自分自身が臣民から超越的存在と見なされる事を防げる。かつ、オーディンの祭祀を帝国皇帝が独占する事で、皇帝がオーディンに次ぐ神聖な存在となり、オーディンの権威を借りて、皇帝の権威を脅かす存在、即ち神の名の下に帝政の打倒を試みる者の出現を抑制する事にもなるのだ。
しかし、平定戦役が順調に進むと、ルドルフは思想や信仰の力を借りずとも、帝国の統治体制を確立できるという自信を深めたのか、オーディンへの祭祀は規模を縮小、廃止された儀礼もある。
この結果、時代が下ると、オーディンへの敬意は形式的となり、結婚や葬儀など、生活上の宗教的儀礼を司る存在となった以外は、誓約の常套句「大神オーディンに誓って~」や、乾杯の発声「大神オーディンに乾杯!」程度になった。結果として、オーディンは人格神たる個性を喪失し、地球時代のユニバース思想に近い概念になったと言えるだろう。