【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
既に、即位以前からの腹心も、その多くが鬼籍に入るか、現役を退いている今、ルドルフがこの微妙な問題を相談できる相手は限られていた。ルドルフ信者は、決して帝国と皇帝に忠誠を尽くしていない訳ではなく、その忠誠が理性の範囲に留まらず、信仰の域に達している事が問題なのだ。忠誠を捧げられている立場の皇帝が彼らをただ否定すれば、他の大多数の臣下に対して「皇帝陛下は我らの忠誠を迷惑に思っておられるのか」と、無用の動揺を与えかねないからだ。
問題の本質を理解するだけの知性があって、かつ感情に囚われる事なく、完全に理性のみで問題を処理できる人物が求められた。そして、ルドルフが白羽の矢を立てた人物が第3代財務尚書のユーリッヒ・フォン・クレーフェだった。
クレーフェは連邦財務省の官僚出身で、初代財務尚書リヒテンラーデの愛弟子的存在だった。彼も師と同様、徹底した仕事人間で、感情に囚われる事は理性ある人間として恥ずべき事と信じる、合理主義の権化の如き人物であった。
そのため、同僚や部下から相応の敬意を払われてはいたが、決して好かれてはおらず、縁故と情実が横行する貴族社会の中では異端児、偏屈者と見られていた。それもまた、外聞を憚るこの問題を処理する上で、ルドルフから適役と見なされた要因の一つだっただろう。
ルドルフとクレーフェとの往復書簡によると、ルドルフの密かな下問を受けたクレーフェは、神格化それ自体は否定せずに、彼らルドルフ信者の求めにただ応じれば、社会に悪影響があり過ぎる、との現実を見せつける事で、過度の神格化要求に歯止めをかけられると愚考致します、と回答したようだ。この方針は採用されて、帝国暦35年、多くの臣下が見ている中、ルドルフとクレーフェの間で、以下の事が起こっている。
新無憂宮に参内した廷臣達に対し、ルドルフは「近年、卿らの間で、余をして大神オーディンの顕現、現人神と見なす者達がおると聞く。先日の事だが、その者達の代表と称する軍人が1人、余に上奏文を奉呈し、神たる余の存在を人類社会に永遠に記憶させるため、度量衡の単位を改め、長さの基準は余の身長に、重さの基準は余の体重にすべきだと訴えて参った。本件について、卿らの意見を聞きたい」と発言。
実施した際の影響の巨大さを考え、多くの廷臣が明確に意思表示できない中で、独り財務尚書クレーフェのみ積極的に賛意を表明すると、実施した場合の経費を試算させて頂きますと言上。ルドルフもそれを許可した。
後日、廷臣達の前で、試算結果をクレーフェが提出、その内容を一瞥したルドルフは「金額がちと莫大に過ぎるな。余を崇敬してくれる卿らの忠誠は嬉しく思う。だが、我が帝国は開闢して30年ほどしか経過せず、余の支配を肯んじない共和主義勢力も未だ根絶されてはおらぬ。人類社会の正当な統治者たる余の念願する所は、偏に臣民の生存と安寧である。今、斯くも莫大な金を使い、臣民の生活に過度の負担を強いる事は、余の念願する所にあらず。財務尚書クレーフェには特に申し渡すが、卿の責務は帝国の財政と経済の管理である。これほどの経費を必要とする事業に軽々しく賛意を示すなど論外である。今一度、卿の職責について深く思いを致せ!また、皆にも改めて申しておくが、余への忠誠と敬意は、卿らは常に念願しているであろう。忠誠心とは胸中の宝玉に等しい。金銭や暴力で衒らかすなど、宝玉の輝きを曇らせる行為と知れ。余はそのような事、望んではおらぬ」と宣言し、すぐ退出している。
言うまでもなく、この一連のやり取り、全てルドルフとクレーフェによる自作自演である。両者の往復書簡によると、上奏文を提出したという軍人も存在せず、試算結果も随所で水増しして、過大な金額を算出していた。
その意図は、ルドルフ信者の忠誠心(信仰心)それ自体を否定するのでは無く、彼らの要求は社会に過度の負担をかける事になりかねない事実を明らかにし、責任ある統治者たるルドルフはやむなく彼らの要求を退けた、との体裁を取り、ルドルフとルドルフ信者、双方の面子を立てる事、同時に、クレーフェのみを悪者にして、衆人環視の中で彼を叱責する事で、過度の神格化を求める事は皇帝の不興を買うと周知する事だった。
ルドルフらの「芝居」は、一定の成果を収めたと言えるだろう。これ以降、ルドルフ崩御に至るまで、ルドルフ信者によるリンチや殺人などは、その数を大きく減らしている。また、ルドルフを信仰の対象とする結社の主要メンバーの多くが不審死、或いは行方不明になっているが、一説によると、ルドルフの意を受けた憲兵総監ブレンターノによって、秘密裏に処刑されたとも言われる。ルドルフ信者の代表格と見なされていたブレンターノだが、だからこそルドルフ直々の命令には逆らえなかった、という事なのかもしれない。
以上のように、自身の死後を意識し始めたルドルフにとって、皇太孫ジギスムントへの権力委譲を阻害する、そして帝国の支配体制を崩壊させかねない要因の排除は、己の生命がある間に遂行しなければならない、最後の仕事だった。次章では、大帝ルドルフ崩御に関する定説を紹介した上で、新史料から見えてきたルドルフの遺言内容と、死に臨んでの真意を概説したい。