【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第1巻「建国期~ルドルフ大帝」 作:旧王朝史編纂所教授
本エピソードは後世、自己神格化を求める暴君ルドルフが自身の身長・体重を基準として、度量衡の単位を改変しようとした暴挙に対し、温和なだけが取り柄と見なされていたクレーフェが過大な金額を提示する事で、無言の抵抗をしたのだと、同盟などでは語られていた。事実と正反対の内容に変化したのは何故か、現時点では詳らかにしないが、クレーフェ家の歴史を辿ると、そこにヒントがあるようだ。
同家は、家祖ユーリッヒが伯爵位を下賜された後、財務省を基盤とする文官貴族となる。リヒテンラーデ家と並ぶ名家として、優秀な財務官僚を輩出。宮廷とは過度に関わらず、テクノクラートたる事に徹した結果、族滅や爵位剥奪の憂き目を見ること無く、長く家門を維持できていた。
それが一変したのは、晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ2世の御代。同盟という公敵の出現に対し、平民層の育成による国力回復を目指して、貴族の特権たる経済活動権を一部、平民にも付与する同帝の方針に、当主エーリクは反対を表明。一部とは言え、卑しい平民に貴族特権を与えるなど、ルドルフ大帝陛下の御遺志に悖るものと主張した。とは言え、財務尚書だったエーリクにとり、平民層の経済活動への進出は、自家の権益に関わる事なので、むしろ利権の確保が本音だったと思われる。
しかし、同帝の改革への意思は強固で、エーリクに対して反論。即ち「大帝陛下は、臣民の生存と安寧を常に念願しておられた。今、叛徒らが辺境域に盤踞し、過日のダゴン星域会戦では、我が帝国の忠良なる臣民たちの多くが、勇戦虚しく散華するに至った事は卿も存じておろう。叛徒たちの勢力は決して侮れぬ。大帝陛下が念願した臣民の生存と安寧が脅かされている今、貴族と平民は、その持てる力量を尽くし、各々の責務を果たすべき時である。
かつて、ユリウス1世陛下は「忠良なる帝国臣民にとって、自らの知と力と財を尽くし、人類社会を正当に統治する唯一の政体たる銀河帝国の繁栄に尽力する事は、臣民の神聖なる義務である」と宣言なされた。また「知ある者は知を、力ある者は力を、そして財ある者は財を用いて、皆等しく帝国の繁栄に努めよ。持てる物が乏しき臣民は、その持てる物を増やすよう努めよ」と、高らかに命じられたではないか。
叛徒を帰服させるためには、銀河帝国が嘗ての繁栄と精強さを取り戻す必要がある。そのためには、軍や政府、企業で実務を担当している平民らには、より一層の精励を求めねばならぬ。経済活動権を一部、付与する事は、持たざる平民にも持てる物を増やす術を与え、その活力と向上心を喚起する方途である。
さらに、余は平民に経済活動を全面的に認めるなどと申してはおらぬ。あくまで一部の業種に限り、独立採算を認めると言っているだけだ。経済の主体は依然として卿ら貴族である。平民が欲望に溺れ、与えられた権利を濫用したならば、支配者層たる卿ら貴族が規制、懲罰すれば良いだけではないか。
卿は財務尚書の重責にありながら、国力回復の具体的な方策も示さず、恐れ多くも大帝陛下の御遺志を騙り、徒に皇帝たる余の方針に異を唱えるなど、不敬の極みである!」と叱責した。
さらに、エーリクが一部の貴族から賄賂を受け取って、当該貴族から発注された禁制品―恒星間航行用宇宙船・戦闘用艦艇・兵器―を不当に安い価格で売却するよう、財務官僚に指示したとして、同帝は尚書職の解任と爵位剥奪を決定した。
この汚職自体は事実だったようだが、同帝の真意は、改革を断行する上で、財務省に強固な基盤を有し、改革への抵抗勢力となっていたクレーフェ伯爵家の勢力を奪う事だった。同時に、エーリクが晴眼帝の意向に逆らったのは、同帝の改革を頓挫させ、その権威を貶めるためだ。最終的には、同帝を暗殺し、幽閉中のヘルベルト大公の復権を目論んでいるからだ、との風聞が宮廷内外に流れたが、これもまたクレーフェ家の断絶を狙う晴眼帝の策謀だった可能性がある。
族滅の危機に晒されたエーリクは、進退窮まり、一族を連れて同盟への亡命を敢行している。これ以降、帝国の公的史料には、同家に関する記述は無くなる。一方、同盟側史料によると、帝国暦340年頃の亡命貴族としてクレーフェ伯爵の名が残っている。
晴眼帝の御代、同盟社会の量的拡大をもたらしたと言われる、旧帝国からの流入人口の中には、クレーフェ伯エーリクと同様、ヘルベルト派、または同派との疑いをかけられた貴族たちも少なからず混じっていた。彼らの中には、同盟社会での居場所を確保するため、また自分達を亡命に追い込んだ晴眼帝に復讐するため、激烈な反帝国主義者となり、ゴールデンバウム家の皇帝を攻撃し続けた者もいた。
彼らは「我が家にのみ伝わる秘事である」と称して、マスコミ等を通じ、歴史的には事実無根な誹謗中傷を同盟社会に流布していた。クレーフェ伯エーリクがそのような人物だったという史料上の証拠は無いが、ルドルフ神格化に関する事情が同盟に誤って伝わったのは、エーリクまたはクレーフェ家の誰かが家祖の事績を曲解して流布した事が原因になっているのかもしれない。