超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession   作:シモツキ

24 / 94
第十六話 もっと知りたくて、触れたくて

 数日前、わたしはカイトと戦った。刃を交えて、思いを感じて…あの時の事は、わたしの心に刻み付いた。これまでも多くの人に、その感情にときめいて、焦がれて、わたしも感情を震わせてきたけど…彼とのひと時に匹敵する時間なんて、そうそうないと言い切れる位…素敵だった。それ位に彼の心は真っ直ぐで、彼の感情はひたむきで…彼の在り方は、特徴的だった。

 そんな彼との戦いの中で約束した、彼とのデート。わたしはそれが楽しみで、楽しみで、もう毎日の様にその日を楽しみにしていたんだけど……。

 

「…ねぇ、カイト…わたしここ数日、貴方とあまり話せてなかった気がするんだけど」

「あ、うん。何日か日を置かないと、流石に危ない気がしたからな。色んな意味で」

 

……わたし、警戒されていた。至って冷静に、距離を置かれていた。

 

「うぅ、それは普通に落ち込むわ…でも反論は出来ない……」

「…や、別に嫌いになった訳じゃないけどな。俺としても、手合わせ出来た事は心から良かったって思ってるし」

「ほんと…?」

「本当だ」

「じゃあ、デートもしてくれる…?」

「セイツが節度を持ってくれるなら、な」

「そ、それは勿論!持つわ、節度ならわたしに任せて頂戴!」

 

 こくこくこくこく、とわたしはカイトの言葉に何度も頷く。それを見たカイトは、何とも言えない感じの表情をしていたけど、それでも「分かった」と言ってくれる。

 

「じゃあカイト、貴方はどこに行きたい?どこへでも連れて行ってあげるわ!」

「そうだな…っていっても、俺もそういう経験はないし、ぶっちゃけどういう場所が良いのかも分からない」

「それなら別に気にしなくても大丈夫よ?デートで大事なのは楽しむ事、楽しめる事だもの。世の中何でも『定番』はあるものだけど、変に定番を意識するより、したい事をした方が楽しいデートになる筈よ」

「それもそうか…なら、ゲームセンター…は案内の時にも行ったし、身体を動かせる施設に行ってみたいな」

「良いわね、他には?食事とかはどう?」

「食事…そうだな、食事もしたい。セイツはどんな食べ物が好きなんだ?」

「わたしは甘いものも、しょっぱいものも好きよ?…あ、でも辛いのは苦手ね…だから激辛専門店とかでなければ大丈夫」

「それは…あんまり選択肢が狭まらないな……」

 

 言われてみればその通りだ、とわたしは苦笑いしつつ頬を掻く。けどカイトもカイトで特別食べたいものがある訳じゃないらしいから、取り敢えず食事の事は保留にして会話を続行。

 

「他は…ゲームセンターじゃなくて、ゲームショップにも行ってみたいな。信次元にどんなゲームがあるのかも知りたいしさ」

「それならお勧めの所があるわよ?小説や漫画、アニメのグッズにTCGやプラモデルなんかも売ってる、総合的なお店なんだけどね」

「あぁ…やっぱそういう店があるのも、俺の世界と同じって事か……」

「……?」

「いや、こっちの話だ。…にしても、こうやって計画を立てるのも楽しいな。まだざっくりした話しかしてないってのに」

 

 ぽつりと呟いたカイトにわたしが首を傾げると、カイトは何でもないと言い、それから肩を竦めて軽く笑う。

 それは、わたしも思っていた事。まだ当日じゃないのに、準備の段階なのに、もう楽しくなっていて…カイトも同じ気持ちなんだと思うと、嬉しくなる。彼の感情が伝わってきて、更にわたしは楽しくなる。

 

「セイツは行きたい所ないのか?折角だし、行きたい場所あるなら付き合うぞ?」

「わたしは…うん、わたしもあるわ。どこかって言うと……」

 

 それからもわたし達は、デートのプランを練っていく。行く場所を決めて、何をしたいか話し合って、でも敢えて決めておかない、その時の気分で選ぶ部分も残しておいて…気付けば話し始めてから、そこそこの時間が経っていた。

 

「ん、こんなところかしら。後はいつにするか、って事だけど……」

「俺はいつでも構わない。何なら明日でも大丈夫だ」

「ほんと?じゃあ、明日にしましょ!」

 

 ぱんっ、と両手を叩いて答えるわたし。決定だな、とカイトもそれに答えてくれて、そのまま流れるように時間も決定。

 わたしが『デート』という言葉を使うのは、この言葉自体に相手をドキドキさせる力があって、そのドキドキに触れられるから。でもカイトは、デートと言っても、そのプランを練っていても、全然ドキドキしてる感じはなくて…けど、全然残念なんかじゃない。だって、ドキドキはしてなくても……楽しみだって気持ちは、伝わってくるんだもの。

 

「だったら後は待ち合わせ場所ね。やっぱり教会前かしら」

「うん?わざわざ外で集合するのか?」

「その方が、特別感があって良いでしょ?」

「特別感…確かにそうだな。じゃ…明日は宜しく頼むぜ、セイツ」

 

 小さく笑うカイトに、わたしも軽く頷いて笑う。準備は、デートプランの打ち合わせは終わった。後は明日を、当日を待つだけ。

 そう、デートは明日。デートの前日はいつも、わくわくして仕方がない。わたしの言うデートは、世間一般で言われるそれとは少し違うけど、きっとこのわくわくする気持ちは同じで……

 

「…あら?」

「……?どうしたんだ?セイツ」

「あ、いや、今何か物音がした気が……」

 

 どんな音?…と訊かれても困る程の、本当に小さな…気がする、ってレベルの物音。それが廊下への扉の方から聞こえて……けれど廊下に出てみても、誰かがいたとか、何かが転がっていたとかは特になかった。

 

「気のせいじゃないのか?」

「…かもしれないわね。楽しみ過ぎて、幻聴でもしちゃったのかしら?…なんてね」

「セイツ……それは冗談だとしても、そんなに笑えないぞ…」

「そ、そうね…我ながらそう思ったわ…」

 

 気のせいだったのかも。そう結論付けて、わたしは戻った。まぁ少なくとも、教会は楽に侵入出来る程雑なセキュリティになんてなってないし、敵意を持った何かがいたのなら、それこそ直感的に感じるものがあった筈。

 それより今は、明日の事よ明日の事。明日に備えて、今日はちゃんと休まないと、ね。

 

 

 

 

「はわわ…聞いた?聞いた?エスト…二人共、あんなに楽しそうにデートの話してるだなんて……」

「落ち着いてー、ルナ。どこぞの黄色くて腹黒いカナリアみたいになってるから。…けど確かに、本当の…というか、恋愛的な意味のデートの話をしてるみたいな雰囲気だったわよね」

「うーん…でも、カイトさんとセイツさんだよ?カイトさんは、そういうの興味なさそうだし、セイツさんは…相手を問わず、って感じだし……」

「でも、そういう二人に限って…なんて事もあるんじゃない?二人って、物理的にもかなり熱い勝負をし合った仲な訳だし。…ま、実際どうかは知らないけど……聞いちゃった以上は、明日尾行してみたりする?」

「び、尾行なんてそんな……けどうん、しよう…!半端に知って誤解するより、ちゃんと真実を知るべきだよ、多分…!」

「いや、尾行は止めた方が…って、ルナさん凄いやる気ですね…!我慢出来ない感凄いですね…!(何か不安になってきた…念の為、わたしも付いていこうかな…気になるとかじゃなくて、万が一の為に…。…万が一の為に…!)」

 

 

 

 

 改めて考えてみると、女神と二人でデートなんて、とんでもない事になった気がする。本気の手合わせも同じ位とんでもないが…そっちは三度目、これは今日が初めて。…三度も経験してる辺り、やっぱり手合わせの方も凄い気はまぁ、するが。

 ともかく俺は、待ち合わせの時間より少し早めに教会の前へと出た。出て、軽く見回し…一分もしない内に、声を掛けられる。

 

「お待たせ、カイト」

「いや、俺もついさっき来たところだ」

「ふふ、そうよね。…実は歩く貴方の後ろ姿、見えてたもの」

「ははっ、まあ同じ建物の中から、その正面に出てきただけだもんな」

 

 ほんと、わざわざ待ち合わせをする意味あったか?…と言いたくなるような状況だが…意外と悪くない。セイツも言っていたが、確かにこれだけでもちょっと特別感がある。

 という訳で、来て早々に集合の出来た俺達。今日、どんな一日にするかはもう決めてあるから…早速俺達は歩き出す。

 

「…そういや、イリゼはこの事知ってるのか?」

「知ってるわ、だって話したもの。…けどカイト、デートが始まって早々に別の女の子の話をするのは良くないわよ?少なくとも、普通のデートだったら良い印象は持たれないんじゃないかしら」

「…そうなのか?」

「そうよ。デートっていうのは、相手を独り占め出来る時間だもの。…まあ尤も、わたしの場合は誰かに思いを馳せている感情に触れられるのなら、それはそれで嬉しいんだけどね」

 

 デートとはなんたるか、を軽く指南される俺。今後セイツ以外とデートをする機会があるかどうかは分からない…が、言われた事は一応頭の片隅にでも置いておく事にしよう。

 

「じゃ、最初はサブカル専門店ね。まあ正確には、そのお店がある商業施設、だけど」

「って事は、他の店もある訳か。スポーツ用品店とか雑貨屋とかがあったら、そういう所も見てみたいな…」

「何か買いたい物があるの?」

「いいや、けどそういう店って、見てるだけでも面白いものだからさ」

「あ、分かるわ。全然やった事ないスポーツでも、道具を見てると色々想像が湧くものね」

「そうそう、それに知らない道具や雑貨を見つけられたら、それは新しい発見になるしな」

 

 会話をしながら、街を歩く。妙なテンションになった時のセイツは軽く危険を感じる…が、そうじゃない時は常識的だし、こうして話も盛り上がる。で、雑談しながら街を歩くっていうのも、ただ話すのとは違う良さがあって…これがデートの良さなんだろうか。まだ序盤も序盤な訳だが。

 

「さ、あそこよ。あるのは四階だけど、一階は確か……」

 

 と、言いながらセイツは建物の中へ。知ってるのかと思いきや、入って早々にセイツは店舗の案内図を見やる。…まぁ、俺も最寄りのデパートや商業施設だって、興味ない店の事はよく知らないし、そんなものかもしれない。

 そしてこの商業施設には、面白そうな店舗が幾つかあった。という訳で下から上へ、登りながら俺達は順に見ていく。

 

「お、これは……」

「あら、どうかしたの?」

「いや、パーティー用の被り物を見つけてさ」

 

 二階のディスカウントストアで俺が見つけたのは、何種類かの被り物。中でも一番目立つのは、馬の頭の被り物で…試しに見本を被ってみたら、セイツはくすくす笑っていた。

 

「いきなり被るだなんて…カイトったら、意外とお茶目なところがあるのね。思わずヘッドロックしたくなっちゃったわ」

「そしたらそのまま舞台袖に捌けていきそうだな(一応異性な俺を小脇に抱える事に抵抗はないのか…)」

 

 そんなやり取りを交わした後、俺達は移動。上の階に登るべく、エスカレーターの方へ向かい……

 

「……?」

「…セイツ?」

「…気のせいかしら…視線を感じたような……」

 

 くるりと振り向き、小首を傾げたセイツ。視線?と思って俺も振り向いたが、それらしき人影はなく、いたのはさっきのコーナーで全員揃って被り物をしているちょっと不思議な集団位。一人二人じゃなく、全員とは…変わった人達もいたもんだな。

 

「…セイツの事を、女神って気付いた誰かでもいたんじゃないのか?」

「うーん、そういう事かしら…ま、いいわ。このまま四階に行く?それとも三階でも何か見る?」

「んー、そうだなぁ…」

 

 視線を感じたらしいセイツだったが、あまり気にしていないらしい。だったら俺もいいかと切り替え、そのまま商業施設を楽しむ。

 目的のサブカル専門店は、期待した通りに楽しかった。こんな物があるのか、このゲームは元いた世界でもよく似たやつがあった気が…そんな感じの事を思いながら見て回り、店舗の端にあったアーケードゲームで軽く勝負したりと、この場だけでも充実した時間を過ごす事が出来た。そして、十分楽しんだ俺達は施設を出て…次の、目的地へ。

 

 

 

 

「ふ……ッ!」

「やるじゃない、流石男の子」

 

 勢い良く飛んできた球を、ギリギリまで引き付けて打つ。腰を回し、身体全体でバットを振り抜き…芯で捉えたボールは、施設に張られたネットを叩く。

 今俺達がいるのは、バッティングセンター。ここで俺達がしているのは…勿論、バッティング。

 

「野球は前にやってたからな。…セイツはやらないのか?」

「わたしはいいわ。だってやってたら、気持ち良さそうに打つカイトを、貴方の心を見ていられないでしょ?」

「ブレないな、セイツは」

「ふふ、ブレない事に関しては、カイトも中々なものだと思うわよ?」

 

 そうだろうか。セイツの言葉に疑問を抱いたが、次の球が来た事で俺は思考を中断。次なる球も俺は打ち…だが今度は、掠る程度だった為に逸れるだけで打ち返しにはならなかった。

 今のところ、結果はまずまず。よく飛ぶ事もあれば、空振る事もある。概ね前と変わらない感じで…だからこそ、引っ掛かりを覚える俺。

 

「…うー、ん?」

「カイト、どうかしたの?」

「や、魔法とかモンスターの突進とか、もっとヤバい物をこれまで何度も見てきて、凌いだ経験だって何度もあるのに、意外と打てないもんだな…と思ってな」

「あぁ。それなら多分、ボールには敵意も脅威もないからじゃないかしら」

「敵意、脅威…確かに、言われてみるとそうか……」

 

 返ってきた言葉に、俺は納得。確かに球は戦いにおける攻撃なんかよりはずっと危なくないし、機械で射出されている以上、そこに意思なんてない。そして俺は、これまで全ての攻撃を見切って対応していたかといえば…勿論違う。直感や本能で危機を乗り越えてきた場面も沢山あった。それを考えれば、案外上手くいかないのも、そうおかしな事じゃないのかもしれない。

 

「やっぱり女神は、戦いのプロだ…なッ!」

「国を守る要、人を守る最大の力が女神だもの、当然……あ」

「おっ」

 

 話しながらのフルスイング。会話の分、集中力は落ちてる筈だが、それが逆に良い意味での脱力に繋がったのか、球は高く、伸びるように飛び…設置されていた的へと直撃。軽い調子のファンファーレが鳴り…後ろからは、セイツの拍手も聞こえてきた。

 

「おめでとう、カイト。お祝いに何か……はぁう…!」

「…はい?」

「表面上はそこまで分かり易く喜ぶ訳じゃない、でも内心では喜びと達成感を湧き上がらせる…そんな貴方は、輝いて見えるわ…!」

「あ、おう……ほんと、セイツって変わってるよな…」

「……!わ、わたしを変態って言うんじゃなくて、変わってるで済ませてくれるなんて…!」

 

 途中までは普通だったのに、瞬く間におかしくなるセイツのテンション。だがまぁ、この位なら別にいい。…というか、変わってるならいいのか…別にそれで済ませたとかじゃないんだけどなぁ…。

 と、思っていたところで、再びファンファーレが店内に鳴る。どうやら別の客もホームランを出したらしい。

 

(一体誰が……うん?)

 

 さて、誰がホームランを出したんだろうか。そう思って見回して見る俺だが、ホームランが出た時点では後ろを見ていた為に、どっから飛んできたのか分からず…分かった事はといえば、何やら休憩スペースに飛び込む集団がいたって位。…そんな急いで休憩スペースに入りたくなる事ってあるだろうか。お手洗いじゃあるまいし。

 

「…ま、いいか。んじゃ、もう少し……って、セイツやるのか?」

「さっきはああ言ったけど…カイトのホームランを見たら、わたしもやってみたくなっちゃった。…ね、勝負しない?そっちの方が、お互いドキドキするでしょ?」

「勝負…いいぜ?折角だ、ここでリベンジを狙わせてもらうさ」

「経験は貴方の方が上でしょうけど…女神を舐めたら痛い目を見るわよ?」

 

 隣の打席に立つセイツは、小さく笑う。手合わせのリベンジは手合わせで、と思っているし、今の発言は半分位冗談だが…なんであれ、勝負というなら目指すのは勝利。

 経験値は俺が上。バッティング技術も俺が上で、だが反応速度や動体視力を含む身体能力は、総合的にはセイツの方が上だろう。勝てる可能性はあるが、確信まではないっていう、それこそドキドキする状況で……これがデートらしいかどうかはよく分からない。分からないが…これが俺にとって、楽しい時間であった事は、間違いない。

 

 

 

 

 バッティングセンターを出た時、時間は昼食に丁度良い…或いは少し遅い位となっていた。

 

『それじゃ…頂きます』

 

 二人で声を合わせ、同じタイミングで手も合わせる。包みを開き、ボリュームに期待を抱きながら…サンドイッチへ、齧り付く。

 

「んっ…美味し。見た目通りと言えば見た目通りだけど…期待通りの美味しさだわ」

「こっちも上手いな。出来立てのおかげでまだ温かいってのも良い」

 

 口内に広がる、照り焼きチキンの甘塩っぱい美味しさ。セイツのチーズチキンも美味しそうで、食べるセイツの表情は綻んでいた。

 今俺達がいるのは、サンドイッチ店近くのベンチ。案内の時とは違う方向性の昼食で、と考えていった結果、食事はこういう形となった。

 

「…けど、良かったのか?このサンドイッチは美味いが、デートっていうにはちょっと簡素な気が……」

「かもしれないわね。でも外で、ベンチで並んで食べるって意味では、デートっぽい気もしない?」

「…確かに、そんな気もするな」

「でしょ?昨日も言ったけど、『デートはこういうもの』なんて思考に囚われる必要はないのよ」

 

 そう言ってまた、セイツはサンドイッチを一口食べる。どうもデートってものに慣れない分、デートらしいかどうかが気になってしまう俺と違って、セイツはほんと自然体で、普通に楽しんでそうで…ああ、そうだな。俺も良い加減デートっぽいかどうかは気にせず、シンプルに『楽しむ』事を考えよう。

 

「って訳で…カイト、一口頂戴。わたしのも一口あげるから」

「何がどうして、『って訳で』なのかは分からないが…いいぞ。まあ、どっちもチキンだけどな」

「それでも味は違うでしょ?はい、あーん」

 

 セイツから差し出される、チーズチキンのサンドイッチ。デートに囚われる必要はないと言った直後に、デートらしい事を?…とも思ったが、囚われる必要はないってのは、デートらしい事をしちゃいけないって話じゃない。それにそっちも美味しそうだと思ってたしな、と俺は差し出されたサンドイッチを一口食べ……

 

「ちょ、ちょっと!?こ、これわたしが食べたところよ!?か、間接キスとか気にしないタイプなの!?」

 

……ようとしたら、引っ込められた。セイツの方から口を付けた方を差し出してきたのに、いざ食べようとしたら顔を赤くしていた。…理不尽だ…。

 

「ならなんで、逆側出すとか一口分千切るとかしなかったんだ…」

「あ、貴方が何かしらドキドキしてくれるかと思ったのよ……」

「…………」

「わ、悪かったわよ…非があるのはわたしの方だって自覚はあるわ…」

 

 じゃあそれは自爆じゃないか。そう思いながらセイツを見れば、セイツは肩を落としながらサンドイッチの端…まだ食べていない方を千切り、俺にくれた。美味かった。

 

「ふぅ…じゃ、今度はこっちの番だな。これ位でいいか?」

「え、えぇ…うん、やっぱりこっちの方が濃厚っていうか、がっつりした美味しさがあるわね」

 

 同じ要領で渡したサンドイッチを受け取ったセイツは、自分の分を膝の上に置き、両手で持って食べる。手合わせの中じゃ激しさや豪快さもあって、ここまでも快活な言動の多かったセイツだが、こういうところは普通に女子って感じで…なんというか、表情豊かだな、と思う。表情だけじゃなくて、反応の一つ一つが印象的で…そういうところは、イリゼに似ている。

 

「……カイト?どうかしたの、急にわたしを見つめるなんて」

「や、何でもない。それよりここからはどうするよ?予定じゃ、ここからは何も決めず当日の気分で…って事にしてただろ?」

「予定じゃ何も決めず…ってなんか変な言葉よね。ま、それはともかく…わたしはこれといって思い付いてないし、カイトもそうなら、のんびり歩いてみるのはどう?この辺りは前に皆で来た場所じゃないし、軽く案内もするわよ?」

「それも良いな。散歩みたいに、目的地を決めず歩いてみるのも……うん?」

 

 そういう楽しみ方も良さそうだ。そう思い、俺は前の案内では来なかったここ周辺の建物や風景をゆっくりと見回していき……ふと、何かが気になった。具体的な事柄ではなく、漠然とした何か、が。

 

「今度はどうしたのよ、カイト」

「あー、っと……そうだ、見覚えのある顔があった…気がしたんだ」

「見覚えのある顔?…なんか、やけにふわっとした言い方ね…」

「そんな気がする、って程度だからな…今見回しても見当たらないし…」

 

 見間違いか、他人の空似か。ともかく知り合いっぽい人物は見当たらず、そもそも誰だと思ったのかも分からない。なら、気にしても仕方ないだろう。気にしてももやもやするだけだろうしな。

 

「見覚えのある顔…」

「セイツは心当たりがあるのか?」

「心当たりっていうか……それよりもう一個の方も食べて、続きしましょ?」

「あ、あぁ。…女神って、意外と食べるんだな」

「人の姿は本来の姿より消耗が少ない…っていっても、本来シェアエナジーで賄う要素の一部を別の手段で代替してるのが、人の姿の女神だもの。シェアエナジーを代替するんだから、その分量は必要になるのよ」

「…つまり、燃費が良くない…って事か?」

「そういう事。折角消耗の少ない姿をしてるのに、食事を控えてシェアエナジーで賄うなんて事をしたら、そんなの本末転倒だもの」

 

 もう一つのサンドイッチ、あんこやクリームの入った菓子パン感覚のサンドイッチも俺達は食べ、それからベンチを立つ。

 ここまでも基本セイツの案内だったが、はっきりした目的地がない今は、一層セイツの案内で進む事になる。さて、この後は何があるか…何をして、そこでどんな会話をするか…それが、楽しみだ。

 

 

 

 

 二人並んで歩くセイツとカイトの後ろ姿。それを見つめる人影が、一つ……ではなく、六つ。

 

「ふぅ、危なかった…カイトに見られたかと思った時はヒヤヒヤしたぜ……」

「もう、ウィードはバレないように…って意識し過ぎなのよ。見張るにしろ尾行にしろ、重要なのは自然体でいる事、それでいて相手を見失わない事なんだから」

「詳しいねエストちゃん…それも忍者セットを使いこなすついでに学んだの…?」

 

 六つの人影は、一ヶ所の合流。その中の一人、ウィードは大きめの雑誌を手にしながら安堵の声を一つ漏らし、それにエストが、更にそこへイリゼが反応する。

 彼女達は、偶々ここに居合わせた訳ではない。セイツとカイトによるデート…それが気になって尾行してきた、普通に考えたら良い迷惑な面々である。

 

「でも、見つからなくて良かったよ。さっきもイリゼとエストとネプテューヌが張り合って結局ホームランまで出しちゃったせいで、慌てて隠れる羽目になったし……」

「その前は、隠れる場所も時間もなくて、思わず変な被り物をする事になりましたね…」

「あはは、でもそれはそれで面白い経験じゃなかった?…っと、そろそろ行かないと二人を見失っちゃうよ?」

 

 それもそうだ、とネプテューヌの言葉で六人も移動を開始。いつでも身を隠せるよう、障害物や人混みを転々とするような形でセイツとカイトを追っていく。

 

「次はどこ行くのかな…ご飯の後だし、ゆっくり見て回れるようなところかな?」

「いーや、二人の事だし腹ごなしも兼ねて〜、って事で活動的な事をするかもよ?」

「ここまでは割と、ほんとのデートっぽい感じもあるわよね。あ、ディーちゃんこれ食べる?結構美味しかったわよ」

「あ、うんありがと。…その辺り、妹のイリゼさんはどう思ってるんです…?」

「ど、どうって…セイツはこれまで色んな相手とデートしてるし、カイト君は手合わせのお礼も兼ねて受けた、って面もあるだろうし、何よりセイツの言うデートは便宜的な表現だから、どうもこうもないっていうか…うん、ない…ない筈……」

「言葉の端から動揺が漏れてるぞ、イリゼ…というかこれ、本当に俺は必要か…?」

「必要だよ、わたし達だけじゃ男の子の視点が欠けてるし!」

「うん、そうだよ…!男の子だから分かる部分もある…と、思うもん…!……多分」

 

 エストはディールに、フルーツとクリームを挟んだサンドイッチの半分を渡す。他の面々も、セイツとカイトが食事している間に確保した、二人が選んだのと同じ店のサンドイッチを手早く食べて昼食を済ませる。

 尾行する六人ではあるが、意思は一丸…という訳ではない。ルナとネプテューヌは積極的であり、エストもどちらかといえばそちら側だが、ディールは気にしつつも三人よりは一歩引いたスタンスであり…イリゼも気にはなるという様子だが、ウィードは頼まれたから来た、といったところ。

 

「男の視点、ねぇ…男の視点かどうかは分からねぇが、今のところで言うなら、仲良さそうではあってもデートっぽいかどうかは…微妙、なんじゃないか?」

「あー、それはわたしも思った。今のところ、仲の良い異性の友達って感じだよね。普通仲良くたって、男女二人っきりで遊びに行ったりはしないけどさ」

「その辺りの判別は、流石彼氏持ちのネプテューヌちゃんってところかしら?」

「ふふん、でしょー?」

 

 分かっちゃうんだよねぇ、とばかりにネプテューヌは胸を張る。あまり尾行らしくない…些か賑やかなやり取りをする一行だったが、そこそこ距離を取って追っている為か今のところ声を聞かれた…という状況にはなっていない。当然その分、二人の声も聞こえていないのだが、それはそれで良い、と積極的なメンバーは楽しんでいた。

 そう。何も一行は、本気で二人の関係を暴こう、はっきりさせようと思って追っている訳ではない。気になる、というのも勿論あるが…尾行し関係性について想像を巡らせるという、普段ならまずない経験を楽しんでいるという側面もあった。

 

「…あ、でもそれで言うなら、ウィード君も男の子、ってだけじゃない視点で見られるよね?」

『……?』

「いや、まぁ…そりゃ否定はしないけど、しないけどさ……」

 

 数秒の感覚の後、イリゼとウィードが会話を交わし、そのやり取りに他の面々は小首を傾げる。恥ずかしげに頬を掻く…ここまでの流れとその反応で薄々の予想は出来ていたが、当の本人の声音が、誤魔化しではなく本当に込み入った事情のある何かであるようなものであった為に、予想は出来ても「何だろうか…?」という感想を抱いていた。

 そんなやり取りが途中に挟まりながらも、緊張感なく尾行は続く。よく知らない地域という事もあり、尾行しつつもイリゼは案内を兼ねる。

 

「この辺りは、前に案内してもらった場所より少し人通りが少ないというか、落ち着いた感じがありますね。…その時案内してくれたのは、セイツさんの方ですけど」

「まあ、当たり前だけど全部の地域が同じ位賑やか、って訳じゃないからね。もう少し行くと住宅街になるしさ」

「なんでそんな所にあの二人は…って、あ…もしかして、向こうも案内を兼ねてたり?」

「エストちゃんの言う通りかもねぇ。……はっ!」

『……!』

 

 どこかの店舗に入る訳でもなく、特別見所がある訳でもない場所を進む二人に疑問を抱いていたエストだったが、向こうもこちらと同じなのでは?と考え納得。その予想にネプテューヌも頷き…直後、セイツが足を止める。

 次の瞬間、ただそれだけで危機を感じ取った面々は、曲がり角や植え込みの裏へと即座にダイブ。飛び込むのとほぼ同時に、立ち止まったセイツが、続けてカイトもその場で振り向き…首を傾げた後に、反転してまた歩いていく。

 

「あ、危なかったぁ…慣れてきたのかな、段々皆の反応に追い付けるようになってきた気がする…」

「ルナ、俺もだ…けどこんな形で反射神経と判断力が向上するのは複雑だ……」

「多分、こういうので培われた力は大概真面目な場面じゃ活かされないか無かったものになるかだと思うなー。ギャグ時空っぽい外伝での経験が、本編の危機で役に立つフルメタルでパニックなパターンとかもあるけどね!」

 

 二人が歩き出してから数秒後、隠れていた六人は慎重に出てくる。ルナの言葉通り、この一日で何度も危ない瞬間を経ている為か全員隠れるまでの動きに淀みはなく…臆する事なく、もう慣れたものとばかりに距離を取っての尾行を続行。

 

「あ、セイツもカイト君も笑ってる…何か、面白い話題にでもなったのかな…」

「さっきちょっと言ってたけど、ほんと仲良さそうではあるよね…。…もしほんとのデートだったらっていうか、これを切っ掛けに…みたいな事があったら、イリゼはどうする?」

「だ、だからどうもこうもないって…。……え、あれ、でも待って…もし万が一そうなったら、カイト君は私の兄に…?」

「カイトは私の兄になってくれるかもしれな「あ、ネプテューヌちゃんならそれ言うと思ったー」ボケを途中で潰された…!?」

「…尾行してる感、本当にないなぁ……」

 

 ちょこちょこ脱線するものの、尾行だけあり二人の行動や表情の変化には全員が注視している。特にイリゼは、二人の内片方が家族である彼女の場合はその方面で気になっているという部分が大きく、実際尾行に誘われ応じたのも、家族と異性の友達がデート、という件に対して何だかんだ色々気になっていたからであった。

 

「…まあ、結局は楽しく出掛けた、ってだけで終わると思いますよ。そんな急に、関係性が変わる訳ないですし…」

「…と、思うでしょディーちゃん。けどこれが意外と、そうでもないのよ?」

「そ、そうなの…?」

「そうそう、切っ掛け一つでがらっと変わる事もあるし…気付いたら好きになってた、恋に落ちてたって事もあるんだからね?」

「へ、へぇ…ほんとに詳しいっていうか、何となく説得力があるわね……」

 

 実際にはこれまで通りの関係で終わるだろう、とディールは言う。それは気を揉むイリゼを気遣っての発言だったが、訳知り顔のエストがそうでもない、とちょっぴり口角を上げながら返す。そうなのか、とディールは妹の発言に目をぱちくりとさせる。

…が、更にそこへ返したのはネプテューヌ。実績を伴った彼女の言葉には、エストも若干ながら姉と近い表情になり…確かになぁ、とウィードは一人頷いていた。そうなんだー、とルナは他人事のように聞いていた。そしてエストとネプテューヌの言葉に、イリゼは心の中のざわつきとでも言うべきものを更に掻き立てられ……

 

「……あれ、なんか家見てる…家見ながら、電話して…わっ、中入ってちゃったよ…!?」

「えっ…イリゼさん、あそこのお宅には知り合いがいるんですか…?」

「ど、どうだろう…少なくとも私の知り合いであそこに住んでる、って聞いた事ある人はいないかな…でも、私が知らなくてセイツの知っている人だって、普通にいるよね……」

「や、それ以前にデートで第三者の家に行く事ってあるか…?」

「…もしや、イリゼおねーさんにも教えてない隠れ家…とか…?」

 

 民家の中へという、奇妙な行動に出るセイツとカイト。それに疑問を抱く一行だったが、もしや…というエストの発言で、ぴしりとその場の空気が固まる。

 突然ながら、全員の知識は均一ではない。恋愛に関しても、疎い者から詳しいとまでは言わずとも、そこそこは分かる者まで様々。しかしそんな面々でも、デート中に民家へ…家族すら知らない家屋に入っていったとなれば、情事や色事を連想するのは想像に難くなく…まさか、という思いのままに駆け寄っていくのも当然の事。

 

「あわわ…ちょっとこれは、予想外の展開じゃない…?」

「さ、流石にこれはもう踏み込んじゃいけないレベルでは…?…も、もしもの事がありますし…!」

「そう言いつつディーちゃんも来てるじゃない…けど確かに、わたしもこれにはちょっと躊躇いが……」

「うぅ、それも分かるけど気になる…ここで帰ったら、気になってもやもやしてご飯も半分位しか食べられないよ…!」

「あ、半分は食べられるんだな…。……でも、カイトって男らしいというか、決めるべきところは決めるタイプな気がするしな…それに何気なく民家に入ったりはしないだろうし…」

「な、なんでそんな事言うかなぁ…!うぅぅ…待って待って無理無理無理無理ぃ…!セイツもカイト君も中で一体何する気なのよぉぉぉぉ……!」

『ちょっ、イリゼ(さん・おねーさん)…!?』

 

 気になるあまり(?)普段とは違う口調になりながら、イリゼは民家の敷地へ侵入。完全に衝動的なその行動に、他の面々は驚きながらも後を追う。止めるというより、その勢いに引き摺られるように全員揃って敷地内へ。

 どうしてここに入ったのか。中で何をしているのか。それを知った結果どうなるかなど分からない。しかし知らずにいる事と、知る事によるリスクを計る天秤を跳ね飛ばしたままイリゼは進む。進み、何故か開けられたままの玄関口まで行き着き、そのまま後を追う五人に先行するように中へと入り……

 

『わっ!』

『うわぁッ!?』

 

──全員揃って、仰天した。驚き尻餅を突いた。中から出てきた…否、玄関に隠れていたセイツとカイト、二人に左右から驚かされた事によって。

 

「あははははははっ!引っ掛かったわね、皆!」

「えっ、ぁ……へ…?」

「いやまさか、ほんとにいるなんてな…しかも、六人って……」

 

 突如現れた二人をぽかんと一行が見つめる中、セイツは愉快そうに大笑い。イリゼが茫然とした声を出せば、カイトも笑いを堪えるように口の端をひくつかせながら、同時に呆れ混じりの声を漏らす。

 

「き…気付いてたん、ですか…?」

「気付いていたっていうか、そうかもしれない…って思ってたのよ。一回視線を感じた程度ならともかく、何度も気になる事があって、昨日も物音がしたように感じたってなれば、尾行を疑うのはそう変な事でもないでしょ?」

「その割には、不用心な対応だな…危険な相手だったら、驚かしてる場合じゃないだろうに……」

「視線は感じても、敵意や悪意は感じなかったもの。それにわたし達を害する気があって、しかも本気で戦っても勝てないような相手だったら、そもそもこんな何度も気取られるような尾行はしない筈よ」

「あ、それはご尤も…うー、けどなんかしてやられた感じね……」

「こっちはずっと尾行されてデートを見られてたんだから、これ位はしたっていいだろ?」

『それは、まぁ……』

 

 返す言葉のないカイトの発言に、一行は顔を見合わせた後、ぺこんと頭を下げて謝罪。すると二人共そこまで気にしないタイプだからか、それとも驚かすという『お返し』が見事に決まって気分が良いからか、すぐに許す事を伝え…その上で二人は肩を竦める。

 

「けどまぁ、ワイワイストーキングみたいなのを実際にする人がいるとはねぇ。しかもそれを家族や友達がしていて、その対象にまでなっちゃうなんて……ここまでくると逆に、面白い経験をしたって言えそうだわ」

「いやぁ、実際面白い経験だったよ?今度は二人もこっち側やってみるのはどう?」

「その場合誰のデートを尾行するんだよ…というか、開き直るのは違う気がするぞ」

「おぉ、突っ込まれた!カイトってあんまり突っ込み入れる場面少なかったから、これもこれで貴重な経験…かも?」

「確かにカイトって、ちょっとした冗談には動じないものね。だからこそ、貴方をドキドキさせてみたいんだけど…これがまた難しいっていうか……」

「あ、分かる。カイト君は普通に感情豊かだし、男の子って感じの性格だけど、どこかどっしり構えてる…というより、ブレないところがあるんだよね」

「そうか…?…と、いうか…本人がいる前で、そんな反応に困る話はしないでくれ……」

 

 頬を掻くカイトの言葉に、「あ、ごめん…」と三人はやり取りを打ち切る。本人の前でする話ではない…これまた尤もな指摘が出てきた事で、他の面々も軽く苦笑い。

 

「…あ、ところでここってセイツさんの隠れ家とか、そういう感じの家…なの?」

「ううん、ここは普通の売り物件よ。わたしの名前を出して少し中を見てみたいって言ったら、すぐに許可してくれたわ」

「あぁ、だからさっき電話してたんですね…」

「ま、女神の名前出されたらそりゃ許可するわよね。…じゃあ、この倒れてる馬は……あー、ここに売り物件って貼ってあったのね…」

「そういう事、これを見えないようにしておかないと気付かれちゃうでしょ?……さてと、今日の尾行をどうこう言う気はないけど、するのはもうここまでにしてくれないかしら?尾行されたまま最後までデートっていうのは、流石にちょっと嫌だもの」

 

 仕切り直すような、セイツの要求。一先ず家屋に入っていった理由は分かった事、二人の気分を害してまで尾行を続けたいとは誰一人思っていなかった事から、求められた六人は即座に首肯。そうして一行は教会への道を歩き始め…六人を見送ったところで、セイツはカイトに向き直る。

 

「それじゃ、デートを再開しましょ。…っていっても、もう何件も回るような時間はないけどね」

「ここまでも色々回ったんだから当然だな。けど、もう時間がないならないで、ないなりに楽しもうぜ?」

「勿論。貴方ならそう言ってくれると思ってたわ」

 

 そう言って、二人もまた歩き出す。道中、まさか尾行されていたとは、と軽く話題にはしていたものの、変に引き摺る様子はない。それは二人共、完全に思考を切り替えていたから。もう尾行はされていないのだから、と思考を切り替え…これまでのように、デートを楽しんでいく。

 

 

 

 

 色んな所を見て回って、遊んで、食事をして、会話もして……そんな一日を、わたしは過ごした。カイトとの、デートを交わした。

 尾行の件を除けば、特別な何かがあった訳じゃない。これまでに、他の人としたようなものと、そこまで大きくは変わらないデート。でも、わたしにとっては満足のいく、充実感のあるデートだった。だって…デートの内容に目新しさはなくても、その中で感じられる心は、感じる楽しさは、一つとして同じものなんてないんだから。

 

「んーっ…はぁ、楽しかったわ…」

 

 もう暗くなった帰り道。わたしは歩きながら伸びをし、感嘆の吐息を漏らす。

 本当に楽しかった。どこが、じゃなくてどれも楽しかった。余すところなく、充実していた。

 

「あぁ、俺も楽しかったよ。誘ってくれてありがとな、セイツ」

「こっちこそ、受けてくれてありがと、カイト」

 

 自分も楽しかった。そう言ってもらえて、わたしの中で安堵と喜びが湧き上がる。伝わってくる感情で、楽しんでくれている、面白いと思ってもらえている、そう思えていたけど…やっぱり、こうやって言ってもらえるのは嬉しい。ほんと、言うのって大事だし、はっきり伝えるのって大きいわよね。

 

「…それに、セイツの言う通りだったな」

「…わたしの言う通り、っていうと?」

「デートである事に囚われる必要はない、ってやつだよ。おかげで気兼ねなく楽しめたし…ゲイムギョウ界に来る前の事も、色々思い出した」

「それ、って……」

 

 ゲイムギョウ界に来る前の日も、こんな風に友達と出掛けたんだ。カイトはわたしに、そう教えてくれた。

 詳しくは知らないけれど、彼はゲイムギョウ界とは全然違う世界から、意図しない形で来たらしい。そして一度帰ったとか、帰る目処は付いている、みたいな話は聞いた事がない。

 

「バッティングセンターは、その時も行ってさ。あの時の俺に、後々異世界に行って、更に別の世界に来訪する事にもなって、そこでの女神とのデート中にもバッセン行くなんて言っても、絶対信じないだろうなぁ…」

「……ねぇ、カイト。少し、訊き難い事を訊いてもいいかしら」

「うん?なんだ、セイツ」

「貴方は……帰りたいとは、思わないの…?…ううん、違う。帰る気はない、もう元の世界の事はどうでもいい…そんな風に思ってる訳、ないわよね…?」

 

 懐かしそうにカイトは語る。その表情に曇りはなくて…けれどそんなの、楽しさや懐かしさだけで語れる訳がない。そう思って、わたしは訊く。訊いて、すぐに訂正する。帰りたくない訳が…未練ゼロな訳がないから。そうだとしたら、こんなに穏やかな顔で語る筈がないから。

 

「あー…悪い、気を遣わせちゃったか?」

「ううん、そんなの気にしないで。むしろ、わたしこそ申し訳ないっていうか…もしも今日のデートで、少しでも寂しさや苦しさを感じたのなら、謝るわ。ごめんなさい、カイト」

 

 立ち止まり、頭を下げる。わたしは感情に触れるのが、心を感じるのが好き。前向きな気持ちも、後ろ向きな気持ちも、善意も悪意と、肯定するかどうかは別問題として…そんな感情の煌めきには、いつも心を惹かれている。

 だけどだからって、寂しさや悲しみを見せてほしい訳じゃない。そういう感情を、誰かに抱いてほしいとは思わないし…もしそんな思いを抱かせてしまったのだとしたら、それは女神として間違っている。そんなのは、わたしの望むデートじゃない。だからわたしは謝って…次に聞こえたのは、頭を上げてくれという言葉。

 

「…まぁ、なんていうか…セイツの言う通りだよ。元いた世界の事を、どうでも良いとは思ってないし…多分だけど、寂しさもある。皆がどうしてるか気になるし、もし心配させてるんだったら申し訳ないし…大変な事もあるが、元気でやってるって伝えたい。それが俺の、正直な気持ちだ」

「カイト……」

「…でも、悩んだり塞ぎ込んだりはしてねぇよ。色々気持ちはあるが、自分でも割り切れてるのかどうかは分からないが…だけど悩んでたって、立ち止まってたって、何も変わらないだろ?塞ぎ込んでたって、多分余計辛くなるだけだろ?」

 

 でも。そう言って彼は、わたしからの問いを肯定した上でカイトは、それだけじゃないと続ける。真っ直ぐな目で、真っ直ぐな心で、言葉を紡ぐ。

 

「だったら俺は、取り敢えず進んでみる事を選ぶさ。もしかしたら、これからも帰れないままかもしれない。凄くあっさり、帰る手段が見つかるかもしれない。どうなるか分からないんだから、分からないのが未来なんだから…何とかなるさって思って、一歩でも前に進んだ方が、きっと良い。…そう、俺は思ってるんだよ」

「…ほんと、前向きなのね…カイトは」

「前向きっていうか…まあ、進むなら後ろより前の方が良いとは思うけどな。それに、今の俺は意図的に作られた扉で、自分の意思で別世界…じゃなくて別次元に来てる。それって結構、希望のある出来事なんだよな。…そんな訳で、俺は別に苦しんじゃいない。だから……謝らないでくれよ、セイツ。折角楽しかったデートなのに、それをセイツに謝られたら…そっちの方が、俺は悲しいからさ」

 

 謝られた方が悲しい。だから謝らないでほしい。そう言って、彼は笑った。わたしへの気遣いも、取り繕いも感じない…彼の真っ直ぐな在り方が、そのまま表れたような笑顔で。

 あぁ、そっか。これが彼の、カイトって人間なのね。…うん、だったら…それなら……

 

「…撤回するわ、カイト。それと、改めて言わせて頂戴。今日のデートは…最高だったわ」

「おう」

 

 頷き、撤回し、わたしも笑う。彼自身がそう言うなら、きっとそうなんだ。なら、わたしも今日の事は、後悔じゃなくて満足で終わらせなきゃ…じゃなきゃそんなの、わたしじゃないわ。

 

「…うん、ほんとに貴方は凄いわ。手合わせした時も感じたけど、こんなのイリゼが『また会いたい』って思うに決まってるもの。オリゼもきっと、貴方と会ったら褒め言葉が止まらなくなると思うわ」

「うー、ん…俺はそんな、自分が凄いとは思わないんだけどな」

「凄い人間っていうのは、得てしてそういうものなのよ。ふふっ」

 

 もう一度…今度は微笑むように笑って、わたしは一歩先に歩き出す。カイトは小首を傾げながらも付いてくる。

 彼はこれから、どんな経験をして、どんな人になっていくのか。今でも凄い彼は、ここからどう変わっていくのか。それをイリゼは気にしていて、期待していて…今はもう、わたしもしている。わたしも彼に、凄く期待を抱いている。だからそれを…見てみたい。

 そうしてわたし達は歩いていき、教会に着き、わたし達のデートは終わる。楽しかったからこそ、名残惜しさもある。でも…満足した上で、更にちょっと位名残惜しさがあった方が良いのよね。だって…その方が、これからの事にも期待を、楽しみだって気持ちをより強く抱けるもの。




今回のパロディ解説

・黄色くて腹黒いカナリア
ルーニー・トゥーンズシリーズに登場するキャラの一人、トゥイーティーの事。トムジェリと展開的には似てますが、ジェリーより何かとやり過ぎな事が多いですよね。

・「〜〜思わずヘッドロック〜〜」「〜〜そのまま舞台袖〜〜」
お笑いコンビ、バンビーノの代表的なネタのパロディ。要はあのネタに出てくる馬の被り物…っぽいやつを被った訳ですね。

・「〜〜フルメタルでパニック〜〜」
フルメタル・パニック!の事。本編だけでなく、外伝での事も含めたネタですね。ただのギャグ展開と思いきや、後々本編で活きる…そういう展開は素敵だと思います。

・ワイワイストーキング
生徒会の一存 碧陽学園生徒会黙示録において登場した単語の一つの事。連続でファンタジア文庫パロです。正直、尾行はこのネタに影響されている部分もあります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。