超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession 作:シモツキ
皆を信次元に、神生オデッセフィアに呼んだのは、皆に信次元や私の国を見てほしかったから。私の国で、共に時間を過ごしたかったから。これまでみたいな厄介事は気にせず、シンプルに皆と楽しみたかったから。…これは嘘じゃない。嘘じゃないけど…それだけでも、ない。
どうにもならなかった事とはいえ、信次元は各次元や世界に、迷惑…なんて言葉じゃとても片付けられない程の災いをもたらしてしまった。それを皆や各次元、世界の人達が対処してくれた。その事に関するお詫び、信次元としての賠償は既に済んでいるか進めている途中で…その上で、それに加えて、個人としてもお詫びをしたいと思ったのも、私が皆を招いた理由の一つ。
そして……信次元には、私と同じように思っている人もいる。…いや、違う。きっと私以上に…私よりも強く、ある理由で、ある人達に向けて、お詫びを…謝りたいと思っている人達が、いる。
「皆、ごめんね。くつろいでるところに呼び出しちゃって」
夕食を終えてから、数十分程したところで、私はディールちゃん、茜、ルナ、アイ、カイト君、ワイト君の六人を応接室に呼んだ。理由は言わず、ただ「ちょっと重要な話があってね」という形で呼び出した訳だから、当然の様に皆は何なんだろうか…という顔をしていた。
「いえ、それは別にいいんですけど…話って何です?」
「…もしや、例の空間絡みの事ですか?」
「流石はワイト君。…あの時の事に関して、皆と話したい…っていう人がいてね」
顎に親指と人差し指を当てて言ったワイト君の言葉に、私は首肯。
そう。今私が呼んだ六人は、あの空間…通常の次元とも、次元の狭間とも、創滅の迷宮とも違う場所に誘われ、私が共に時間を過ごした面々。ワイト君の言葉と私の返しで、皆の雰囲気が引き締まり…まあそれはそうだよねと思いつつも、私は軽く肩を竦める。
「まぁ、そう緊張しなくても大丈夫だよ。これはもう解決した話…というか、気持ち的な意味でちゃんと終わらせる為に、皆に集まってもらった…って感じだから」
「え、っと…うぅん……?」
「ぜーちゃんぜーちゃん、私としては勿体ぶらずに具体的な説明をしてくれると嬉しいなー。ほら、ルナちゃんも『つまり、どういう事…?』って顔しちゃってるし」
「あはは、確かに今の言い方じゃ理解のしようがないよね。…でもこれは、先に私がどういう事か話すより、直接会ってもらった方が良いと思うんだ。だから…二人共、入ってきて」
「二人共?そういやさっき、話したい人が…って言ってたな……」
それもそうだよね、と私は扉の方を向き、呼ぶ。それによって皆も扉へ注目する中、扉は開き…私や皆とは違う形であの件に関わっていた、けれど今この場には絶対に欠かせない二人が、順に姿を現す。
「はいどうも〜!」
『何故に芸人の登場風!?……って、ええぇッ!?』
拍手と共に…自分で手を叩いて出てきたのは、ネプテューヌ。女性陣四人はびっくりしながら突っ込んで…更にディールちゃんと茜の二人はネプテューヌの姿に更に驚く。
まあでも、それも当然の事。ネプテューヌはネプテューヌでも、現れたのは大きいネプテューヌなんだから。
「ふっ…決まった!」
「い、いやいやいや…え、いや、これは一体どういう…?」
「別次元の…もっと言うと、女神じゃない『人』のネプテューヌッスよ。後、思わず言ったッスけど、最近の芸人はあんまりそういう登場しないと思うッス」
混乱するディールちゃんに対して、既に落ち着きを取り戻した様子のアイが解説。それと同時に、私も解説が出来たという事から、アイは大きいネプテューヌを知っている…恐らくここにいるのとは別の大きいネプテューヌと面識があるんだろうと理解。更に視線を動かして見れば、ワイト君はまだ状況を飲み込み切れていない様子な一方、カイト君はあまり驚いていなくて…どうやらカイト君も、『人間のネプテューヌ』を知っているらしい。
「プラネテューヌで会ったぶりだね、ルナちゃん!他の皆とは……」
『……?』
「…ここで会ったが、何年目?」
「それは私も分からないかなぁ…というか、スタイルは全然違っても、ネプテューヌちゃんはネプテューヌちゃんなんだねぇ」
「そう、わたしはわたしだよ!…さて、と…。ほらほら、場は温めておいたから、早く入っておいでよ」
「いや、そんな事は頼んでない…というより、こんな雰囲気作られたらむしろ入り辛いじゃないか……」
いつものようにマイペースでふざけた後に、大きいネプテューヌはくるりと振り向き廊下の方へ声を掛ける。
それは、まだ誰かいるという証明。続けて聞こえてきた声に、皆は首を傾げ…数秒後、何とも居心地が悪そうな顔で、もう一人が姿を現した。
「…失礼、するよ」
入ると同時にボケた大きいネプテューヌとは対照的に、静かに…尚且つ直前の流れもあって、おずおずと入ってきたもう一人の関係者。
皆の反応も、大きいネプテューヌの時とは対照的。カイト君が「うん?」って顔をしている以外は、特に誰も分かっていない様子で……
「……ッ…」
「…アイ?」
…いや、違った。何か言った訳じゃない。でも、一人だけ…アイはソファに座った状態から、膝をテーブルにぶつけていて…表情も、普段のそれとは明らかに違った。もう一人を……くろめを見る表情は。
「…あー、いや…何でもないッス何でもないッス。ちょっと試しにメガでミラクルなアプリを起動してみたら、ログイン出来てびっくりしただけッスから」
「何でこのタイミングでソシャゲしてるの!?っていうか嘘ぉ!?」
「はっはっは、冗談ッスよ。ほんとはただ、座ってたところに超局地的な次元の歪みが起きて驚いただけッス」
「なんだ、それならそうと早く…いやそれはそれで大問題だよ!?じ、次元の歪み!?」
「…ぜーちゃんってさ、ほんとにいつも間に受けて突っ込んでるのかな…実はボケだと分かった上で、ノリで突っ込んでたりする事あるんじゃ……」
「ど、どうなんだろう…」
突然無茶苦茶な事を、しかも連続で言うアイに私が突っ込む中、何やら茜とルナのやり取りが聞こえてきた。…いや、まぁ…そりゃ「これはボケだろうな」と思う時もあるよ?あるけど…それはそうとして、大概は突っ込まざるを得ないって…!ノリとかそういう事じゃないからね!?
「…えぇと…イリゼ様、こちらの方は?」
「あ…こほん。彼女は…暗黒星くろめ、でいいかな?」
「…あぁ、構わないよ。というかもうずっとそっちの名前で通してるんだから、今更な話だよ」
「暗黒星、くろめ…。…なぁイリゼ、俺の次元には名前が似てて、見た目も凄く似てる人物がいるんだが……」
「もしかして、それってうずめの事?」
「なんだ、イリゼも知ってた…てか、こっちにもうずめがいるんだな。てっきり…えと、くろめ?…は、信次元のうずめ的な存在かと思ったぜ」
「あぁ、ネプテューヌさんとプルルートさんみたいな…」
確かにうずめがいるかどうかを知らない状態でくろめの存在だけを確認したら、今ディールちゃんが呟いたように、ネプテューヌとプルルートみたいな関係性だと思ってもおかしくない。といっても、ネプテューヌとプルルートは外見はそこまで似てないけど。名前もまぁ…何となく、雰囲気は近いかも?って位だし。
「あのー…それで、二人はどう関係してるの?話したい事って言ってたけど……」
「んーと、それはだね…あはは、こうして面と向かって訊かれると、やっぱ言い辛いね……」
「言い辛い事なの?あ…もしかして、実は何かしらの方法で私達が帰れるように手助けしてくれてたとか?」
「あー…っと、そうでもなくてだね……」
あ、不味い。このままだとどんどん言い辛くなる。そう感じて、私は否定しつつ二人へと視線を送る。どうやら二人もそれは理解しているようで、大きいネプテューヌは頬を掻きながら、くろめは少し強張った面持ちをしながら頷いて…大きいネプテューヌは、一歩前へ。
「実は……」
『…………』
「…うー…でもやっぱり、こういうの苦手かも…。…えっと…こほんっ!」
一度は言おうとしたものの、言い淀む大きいネプテューヌ。それでも大きいネプテューヌは意を決し、大きく一つ咳払いをして……ポケットからある物を取り出すと共に、言う。
「──やっほー、皆久し振り!いやぁ、皆と直接会える日が来るなんて思わなかったよ〜!」
『ぬいぐるみ……あっ、ああああぁぁぁぁああぁッ!!?』
引っ張り出したのは、犬の様な、カンガルーの様な、何とも言えない見た目のぬいぐるみ。それを手に、それをパペットの様にして大きいネプテューヌは皆へと呼び掛け…きょとんとしていた皆は、全員がほぼ同時に気付いて叫ぶ。
…うん、分かる。私だって、それを知った時には驚いた。愕然とした。だって……あの空間で私達に接触してきた、私達を陥れた側である筈なのにやたらとフレンドリーで、ちょっとズレてはいたけど最後まで協力的でもあった案内役…ワンガルーが、大きいネプテューヌだったんだから。
「えっ、うっそ…はぁ!?あれ、ネプテューヌだったんッスか!?」
「ふふん、なんとわたしなのでした!分からなかったでしょ〜」
「わ、分かる訳ないじゃないですか…見た目はぬいぐるみで、声も違うのに…」
「…けど、言われてみると確かに性格はネプテューヌそのものだったな……」
「だ、だとしても分からないよ…あれ、待って…?じゃあつまり、私はかなり特殊な形で、女神のネプテューヌさんより女神じゃないネプテューヌさんに会ってたって事…?」
あの時私達が接していたのと同じ見た目をしたぬいぐるみを出されて、同じ雰囲気で声まで出されれば、誰だって大きいネプテューヌがワンガルーだった、という事は理解出来る。出来るけど、混乱が起こるのも当然の事で…でもカイト君だけは、既に事実を飲み込み始めていた。…いやほんと、目の前の事を受け入れる力は断トツだね…。
「女神ではないネプテューヌ様、というだけで衝撃だというのに、まさか貴女がワンガルーだったとは……。…そういえば私、確か銃を向けてしまったような…」
「んもう、そんなの気にしないでよ。わたしは女神でも何でもない、ちょっと次元を旅してるだけの人間だし、悪いのはわたし達の方なんだからさ」
「いや、次元を旅してるのは『ちょっと』で済む範疇ではない気が…。…ま、まあでも、取り敢えず…大きいネプテューヌさん?…の事は分かりました。でもそうなると、くろめ、さんは……」
カイト君の後を追う形で、皆も段々と…一先ず事実を受け止めていく。それによって場も落ち着いていき…次第に視線は、大きいネプテューヌからくろめへ。
薄々理解しつつある…そう感じさせる声で言うディールちゃん。皆の視線を受ける中、その言葉を受け取ったくろめは…暫く無言だったくろめも、真っ直ぐ皆の方を向いて言った。
「…あぁ、恐らく皆の思っている通り…オレがあの時の、皆をあの場に引き寄せ閉じ込めた──首謀者さ」
さっきの、大きいネプテューヌの時とは対照的に、部屋の中は静まり返る。
これも、当然の事。くろめは大きいネプテューヌと違って一切接触してこなかった訳だし、そもそもくろめやうずめの事は知らないって人ばっかりなんだから、大きいリアクションなんて出る筈がない。
「…首謀者…じゃあ、確か最後にワンガルー…大きいネプテューヌちゃんが言ってた、友達って……」
「うん、そう。わたしはくろめを止められなかったし、心配だから…なんて理由で離れる事もしなかった。結果皆に迷惑掛けちゃった訳だし、信次元も大変な事になっちゃったし……ほんと、大間違いだったんだよね。わたしのした事は」
「…そんな事はないよ、ねぷっち。何を今更って話だけど…多分オレの中で、ねぷっちの存在はストッパーになっていた。もしねぷっちが支えていてくれなければ…オレのしていた事は、もっと碌でもなかっただろうから」
「ネプテューヌ、くろめ…。……良い雰囲気のとこ悪いんッスけど、そういう話をしにきたんじゃないッスよね?」
『あ……』
普段はあまり見せない、大きいネプテューヌの自虐的な言葉。それに対し、くろめはそんな事ないと否定し……ただまあアイが言った通り、それは今する話じゃない。そしてアイの冷静な返しに、私達は揃って苦笑。
「…こほん。君の言う通り、オレ達がしにきたのはこんな話じゃない。オレ達が話したかったのは、あの時の件を洗いざらい話す事。そして……」
『そして…?』
「本当に大事なのはこっちだよね。それじゃあいくよ、くろめ。せーの……」
せーの、と掛け声を口にする大きいネプテューヌ。そして二人は私達へ向けて…頭を、下げる。
「ごめんなさいっ!」
「…本当に、すまなかった」
((せーの、って言ったのに合ってない……))
タイミングは同時、けれど発言は全く違うというミスマッチさに、私達は再び苦笑い。…ただまぁ、その苦笑は発言が噛み合っていない事に対してであって…これは、そんな簡単に済む話でもない。
「…謝る、って事は…もうあの時の事は反省してる、って思っていいの?」
「ああ、反省している。反省も…後悔もしている。いりっちが皆を招待したタイミングに乗って、というのも不誠実だとは思っているけど…それでもちゃんと、直接会って謝りたかったんだ」
「…じゃあ、あの時の事は全部、二人で……?」
「ううん、ほんとは後二人いたんだけど…一人はどこにいるのか分からないし、もう一人も今は話せない状態でね……」
ルナに返した大きいネプテューヌの言う通り、この件には後二人…クロワールとキセイジョウ・レイも関わっていた。あの空間で行われた試験は、くろめやレイが進め、大きいネプテューヌやクロワールが協力していた事の一端だった。
そういう意味では、私も少しだけ責任を感じる。元を辿れば信次元と、信次元に関わる形となった神次元の問題に皆を巻き込んでしまった訳だから。
「…あの空間での目的は、全部試験だったんですよね?お二人がそれをしてたなら、一体何故そんな事を……」
数秒の沈黙の後、ディールちゃんが気になって当然の事を二人へ問う。その問いにくろめは頷いて…話す。動機を、自分が成そうとしていた事を…そして、その結果を。皆はそれを、最後まで黙って聞いていてくれた。
「…そうしてオレの、馬鹿な行いは終わった。尤もそのせいで負のシェアは制御を失って、更に君達に迷惑を掛けた訳だけど、ね……」
「そういう事だったんスね、まぁ経緯は分かったッス。…けどまさか、謝ったからそれでお終い…だなんて思っちゃいないッスよね?」
理解した、とアイは肩を竦め…それから視線を鋭くして、女神の…国の守護者としての眼差しとなって、二人を見つめる。
ふっ…と張り詰める空気。茜やワイト君は黙って見やり、ルナとカイト君は何か言いたそうな表情をし…ディールちゃんは、どちらとも言えない複雑な顔でちらりと私の方を見る。私はそれを受け取った上で…私も大きいネプテューヌと、くろめを見る。だってこれは、二人が答える事だから。二人が答えなきゃいけない事だから。
「…勿論、これだけで許されようとは思っていない。そもそも、許しを求めて謝った訳じゃない。ただ……」
「だからって謝らないのは違うよね、って思ったから謝った…わたしもくろめも、皆に不誠実な事はしたくなかったの。つまり…殴られる覚悟は、してますっ!」
『えっ?』
「さぁ、煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないよ!首の二本や三本は持っていけぇっ!」
『いやいやいやいや……』
ばっ、とその場に座り込む大きいネプテューヌ。それは逃げも隠れもしないという…言葉通りの、覚悟の表明。ただまぁなんというか、大きいネプテューヌ自身は真面目に言ったのかもしれないけど…言葉選びのせいで、なんだか変な雰囲気になってしまった。く、首の二本や三本って…大きいネプテューヌは人間なんだから、一本折られた時点でお終いだよ…後そもそも、一本しかないし……。
「ねぷっち…ねぷっちに罪がないとは言わない。けど、罰されるべきはまずオレだ、オレの方だ。だから…だから殴るなら、まずオレを殴ってほしい…!」
「く、くろめさんまでですか…。…え、と…どう、します…?」
「ど、どうも何も……え、な、殴るの…?」
同じく覚悟を示したくろめに対し、ディールちゃんは困惑顔。続くルナも、どうしたらいいか分からないという表情で…私達は、再び沈黙。少しの間、誰も言葉を発さなくて…それから動きを見せたのは、カイト君だった。
「…俺は、いいかな。別次元とはいえ、ネプテューヌやうずめによく似た相手を殴る気にはなれねぇし…あの時の事がなかったら、俺は今ここにいないし、皆とも出会えなかったんだからさ」
「いい事言うねぇ、カイト君。私ももう気にしていない…とまでは言わないけど、あの時あの場所に飛ばされた事で皆と出会えたって思ったら、怒る気にはなれないかなぁ」
あの時の事がなかったら、今の関係もなかった。後頭部を軽く掻いた後、カイト君はそう言って、頷いた茜はそれに続いた。
「わ、私も。最初は不安だったし、怖い事もあったけど…私も、皆と出会えて良かったから。その…楽しいなって思えた瞬間も、沢山あったから」
「…私も遠慮しておきます。女神でないとはいえ、ネプテューヌ様…それに女神との事であるくろめ様に、個人的感情で危害を加える訳にはいきませんので。それに…あの時の事は、良し悪しはともかく得難い経験でもありましたから」
「わたしは…わたしも、皆さんに同意です。正直、暴力でやり返そうとは思いませんし……あの時より前に、あの時と違って本当に命の危機もあった経験をしてましたからね…」
更にルナ、ワイト君、ディールちゃんも賛同する。その前にも大変な経験をした…そう口にした後、ディールちゃんは私の方をちらりと見てきて、私はそれに苦笑を返す。
そうして残ったのは、私とアイの二人。皆からの視線は私達に集まり…私は肩を竦める。
「…って事らしいけど、アイはどうする?私は皆より先にこの事を聞いてたし…自分の中でもう納得してるからね」
「えぇぇ、なんッスそれ…これじゃあウチだけ器が小さいみたいじゃないッスか…。それに、くろめは……あー…まぁいいッス、いいッスよもう。ウチだって別に、もう随分前になる事で一々怒ろうだなんて思ってないッスしね」
まさかアウェーになるとは、とばかりに不服そうな顔をしたアイは、更に何か言おうとして…けれど止めた。
アイはどこまで本気だったのか。実はそこまで怒ってなくて…でも「許すかどうか、許していいのかどうか」は、言い辛い事で…それでいてなぁなぁにしちゃいけない事でもあると理解した上で、敢えて自分から言ったのかもしれない。……いや、分からないけどね。怒る気はないけど、軽く許すのもそれはそれで癪だ…的な感じに思ってただけかもしれないし。
「…そういう訳だから、立ってよネプテューヌ。二人だって、何も殴られたい訳じゃないでしょ?」
「そりゃ勿論。でも、ほんとに何もなしでいいの?」
「そう言ってるじゃないッスか。…あ、でも…それはそれで二人は…特にくろめの方は納得いかないんじゃないッスか?」
「…お見通し、という訳か。そうだね、正直一発二発殴られる方が、気持ちとしてはずっと楽だ。けど、それを求めるのは身勝手というも……」
「なら代わりに何かしてもらうとかどうッスか?例えば…そう、激辛料理とか」
『え……?』
激辛料理。ぴっと右手の人差し指を立てて言ったアイの言葉に固まる二人。…あ、これは…この流れは……。
「あ、いいね。罰…って言うとなんかおーげさだけど、何か一つあった方が、これからお互い気兼ねなくいられるでしょ?」
「うっ…それはそう、だけど…げ、激辛って……」
「落とし所としては、それが妥当かもね。流石に前みたいな、意識飛ぶレベルの四連パンチよりはマシでしょ?……私的には、激辛なんてパンチと同じ位勘弁だけど…」
「それもそうだけど…あれは見てて『ひぇっ…』ってなったけどぉ…これは何もなしで終わる流れじゃなかったの!?そういう流れなんじゃ?ってわたし期待したのにーっ!」
狼狽えた大きいネプテューヌは、大いに嘆く。でもこれに関しては私も可哀想だとは思わない。むしろアイや茜の言う通り、何かしらしておいた方が後腐れなく、すっきりした気持ちでいられる筈。…まぁ、何かディールちゃんやルナの方からは、「あっ、イリゼ(さん)もそっち側なんだ…テニスの時は向こう側だったのに…」…的な声が聞こえもしたけど…それはそれ、これはこれだよ、うん。
「激辛、か…そういやここから少し歩く事になるが、もう店構えからして激辛で売ってます!…みたいな感じの料理屋があったな……」
「要らないよ!?そんな情報は要らないんだよ!?」
「…諦めよう、ねぷっち。巻き込んだオレが言える義理じゃないが…それだけの事を、オレ達はしたんだ」
「くろめ…って、くろめもぷるぷる震えてない!?ぜ、全然格好が付いてないけどいいの!?」
「…辛い物を食べる際には、牛乳やヨーグルトなどを、辛くなってからではなく食べる前に摂取するのが良いようですよ。それと、ある次元のネプテューヌ様は、水は逆効果だとも言っていました」
「だからそんな、食べる前提の情報は要らないよぉおぉぉぉぉぉぉっ!」
部屋に響く、嘆きの叫び。けれど大きいネプテューヌに助け舟が出される事はなく、また嘆きつつも内心受け入れてはいるのか、大きいネプテューヌが逃げる様子もなく……取り敢えずカイト君の言う、激辛料理店に行く事になるのだった。…けど、丸く収まりそうで良かったかな。皆ならきっととは思ってたけど、やっぱりこういうのは……
「イリゼイリゼ、ウチちょっと神次元と連絡取りたいんッスけど、今からでも大丈夫ッスか?」
「うん?いいけど、急にどうしたの?」
「念の為、ッスよ。…どうやら信次元は、ウチ等とは違う未来を掴めたっぽいッスけど、ね」
「それって……」
大人びた…どこか穏やかな表情を浮かべるアイ。その言葉ではっとした私だけど、すぐにアイは歩いて行ってしまって…私も今は、聞かないでおく事にした。アイとしては、早めにしておきたいんだろうし…あんまり遅いと、皆に変に思われちゃうしね。
そんなこんなで、私達は本当に激辛料理店へ行った。行って、店主さんお勧めの料理を二人に食べてもらった。その結果どうなったかは……言うまでもないよね。
*
「もしかして、貴方のその左腕は……」
「ああ、義手だ」
ある日の事。別に呼び出した訳じゃなく、こっちから追い掛けた訳でもなく、偶々私は凍月影とリビングで二人という状況になった。
お互い何か話し掛ける事もなく、暫く続いた無言の状態。その中で私は、切り出すなら今だろうと思い…前々から気になっていた事を、口にした。
「…案外あっさり言うのね」
「義手である事をアピールするつもりはないが、特別隠すつもりもないからな。それに…訊かれるかもしれないとは思っていたさ」
彼と違って私は義手である事が外見で分かるし、「訊かれるかもと思っていた」という言葉は理解出来ない程じゃない。…まぁ、お見通しだったって事には少し舌を巻いたけど…それは別にどうでもいい事。
「その義手、動きにぎこちなさがまるでないわね。大した技術力だわ」
「俺からすれば、そっちもかなりのものだと思うけどな。それに、恐らくだが…色々と機能があるんだろ?その義手は」
「…ほんと、凄い洞察力ね、貴方は……」
こうも簡単に見抜かれると、凄いというか、恐ろしいものがある。それに…影の雰囲気は、少し『彼』を思わせる。犯罪神の力を宿した…大きな十字架を背負った彼を。
「……それは、戦いで失った結果なの?」
「そんなところだ。新しい時代に賭けてきた…なんて大層なものじゃないがな。明日は今日より悪くなるかもしれない…色々なものを失った得たのは、そんな未来だ。…それでも必死に踏ん張ってる人も、いる訳だけど…な」
そう言って彼は左目を閉じ、両脚に触れる。もしや…その行為にある可能性が思い浮かび、私が次の言葉を躊躇っていると、影は小さく肩を竦める。
「いや、悪い。今のは安易にする話じゃなかった。…忘れてくれ」
「流石に今のを忘れるのはちょっと厳しいわ…。…辛くは、なかったの?そんな現実があるなら、ここに来るのは」
「茜が来たがったからな。それに…眩しいからって目を逸らしても、結局心のどこかにやり切れない気持ちが残る。それが分かってるのに目を逸らすのも…虚しいってもんさ」
「…かもしれないわね。にしても、貴方って自分から話し掛けたりはしなくても、会話自体は結構普通にしてくれるのね。もっと無口かと思っていたわ」
「話そうと思えば話すし、そう思わなきゃ黙ってる…誰だってそうだろ。…それを言うなら、俺ももう少し義手について訊かれるかと思っていた」
「ネプギアみたいに?」
「そんなとこだ」
悪いとは言わないけど、機械に対するあの熱量は正直辟易としてしまう部分がある。そしてそれは影にも通じるらしく…多分この次元のネプギアもそうなんだろうと思うと、苦笑いを禁じ得なかった。
それを最後に会話が途切れ、また無言になる。彼はさっき自分で言った通りの性格だし、私も饒舌な方じゃないから、無言が続く。まあでも別に良い。取り敢えず気になる事は分かったし、その内誰かが来れば状況も変わ……
「うぅ、まだ口の中がヒリヒリする…お腹の中も変な感じするよぉ……」
「──え…?」
──そう、思っていた…そう考えていた、次の瞬間だった。いる筈のない人物が、いない筈の相手が……くろめが、私の目の前に現れたのは。
「変に見栄張らなければ良かっ……あ…。…こほん。何か飲み物をと思ったんだが、お邪魔だったかな?」
「いいや、構わないさ。…ところで、記憶違いでなければ、俺は初対面だった筈だが…」
「あぁ、初対面だよ。急に悪いね、俺は暗黒星……」
「…くろめ…」
「うん?どうしてオレの名前を?」
半ば無意識的に呟いていた名前に、彼女は…くろめは反応する。反応して、私を見て、不思議そうな顔をする。
それは、初対面の…知らない相手に対する反応。その反応で、私を見る顔で…理解した。…彼女は、信次元のくろめなんだと。極自然の、至って当然の結論として……彼女が、私の知るくろめな筈がない。
「……貴女は私を知らないけど、私は貴女を…くろめを知っている。…それだけの事よ」
「…あぁ、そういう事か。…そうか、いるんだな…オレみたいな存在すらも、別次元には……」
「…飲み物は、いいの?」
「あっ……」
この雰囲気、頭の回転…やっぱり彼女は、くろめで間違いない。…と、思った直後、私のイメージとは違う、ちょっと間の抜けた様子をくろめは見せた。
それからくろめはリビングを通って台所に入り、冷蔵庫から牛乳を出して一杯飲む。飲み干した後、ほっとしたような顔になって……
「…そういう顔を、する事もあるのね…」
……気付けば私は、また無意識的に呟いていた。当然くろめからは怪訝な顔をされて…胸が、心が騒つく。
「…何でもない、わ」
「…そうかい?そうならいいが…あまり、そうは見えないよ」
「……っ…だとしても、貴女には…貴女には、関係のない事よ」
「……そうだね、失礼した。君が言っているのは、オレであってオレでないんだろうしね」
思わず…近付き、私を覗き込むように見たくろめの顔を見て、反射的に言ってしまったのは拒絶するような言葉。それを聞いたくろめは、一瞬黙って…それから、理解の言葉を返してきた。そういう事なら、自分もこれ以上は言わない…そんな雰囲気をした声で。
(…違う、そうじゃない…私が言いたいのは、そんな事じゃ……)
心の中のやり切れない思いは、後悔に変わる。彼女はきっと、他意なく私を気遣ってくれた。なのに私は、私の都合で、それを無下にしてしまった。その後悔が棘の様に心に残って、私は何も言えなくなって…そんな中で、不意に影が立ち上がる。
「…………」
何も言わず、ただ立ちリビングを出ていく影。特に何かおかしな訳でもない、けど無言の中という変に目立つタイミングで影は歩いていき…ちらりと一瞬、私を見た。
それは気遣いか、私の感情を何かしら察しての事なのか。或いは私は、自分で思っている以上に感情が顔に出ていたのか。…分からない、分からないけど…今ここにいるのは、私とくろめだけ。同じような状況がまたあるとは限らないし…もし、この一度だけになるかもしれないとしたら……。
「……ごめんなさい。ただ、少し…別次元だとしても、また『くろめ』に会えるとは思わなかったから…」
「…そういう事なら、構わないよ。その気持ちは、分からないでもないから…ね」
薄く笑い、くろめは肩を竦める。また無言になって…今度はくろめの方から口を開く。
「…会える、か……」
「…何か、変だった?」
「君は会う事になるとか、相見えるとかじゃなく、会えた…と言っただろう?という事は、君と君の知るオレとは、そう悪い関係ではなかったのかな、と思っただけだよ」
「それは……えぇ、そうね。そうだったのかもしれないわ。…そう、だったのかも……」
「…君がそう思うなら、きっとそうだろう。若干の違いはあっても、基本的に思考や性格は同じ方向性なのが『別次元の同一人物』というものだ。そして、オレは…『うずめ』は、寂しがりだからね」
自嘲気味に、少し気恥ずかしそうな雰囲気も一緒に、またくろめは笑う。…その顔を見ていると、改めて感じる。彼女もまた、うずめなんだ…って。
「……イヴよ。イヴォンヌ・ユリアンティラ」
「あ、失礼したね。確かに『君』とばかり呼ぶのは良くなかった。…覚えておくよ、イヴ」
「……っ!」
また、心が騒つく。もうあり得る筈のなかった、くろめからの呼び掛けが、私の心を掻き乱す。苦しく、切なく、けれどそれだけじゃない思いがあって……とんだマッチポンプね、これじゃ…。
「……一つ、確認しても良いかしら」
「なんだい?」
「…実は私だけに見えている幽霊とか、信次元に留まる思念体だったりはしない…?」
「いや、オレはそんな裏ボスとして初登場するような存在じゃないし、さっき彼とも話していただろう…。…幽霊や思念という表現は、当たらずとも遠からず…だけどね」
「…そう、なの?」
「そうだよ。自分こそが正義と信じ、皆の為と思いながらも実際には思いを蔑ろにし、何もかも手遅れになるまで気付かないまま突き進んだ挙句、叩き潰され救われてやっと止まった…愚かで身勝手な、亡霊みたいな存在なのさ、オレは」
(…復讐じゃ、ない……?)
何とも自虐的に言うくろめ。その中には、復讐や滅び…私の知るくろめが果たそうとしていた思いなんてなくて……そういえば、ここにいるくろめからは、何か温かさを感じる。さっき私にしてくれた気遣いも、気恥ずかしそうな雰囲気も、入ってきた瞬間の妙に緩い感じも……信次元のくろめは、うずめに近い。それか…憑き物の落ちたくろめ、そんな未来があったとしたら…その時は彼女も、こんな感じだったんだろうか。
「…貴女は、信次元を…皆を恨んではいないのね…」
「恨む?恨むも何も、オレが封印されたのは自業自得……いや、待った。…もしやイヴの知るオレは、皆を守りたくて、その為にはもっと力が必要で、その為の力を自覚した事で身勝手になっていった…封印されるまでの経緯は、こうではないのかい…?」
「…違うわ。私の知るくろめも…うずめも皆の事を思っていた。けど、国民はうずめを、うずめの力を恐れた。恐れられて、疎まれて、うずめは自分が災いの種になると判断して…自分から封印される事を選んだ。…でも、そんな経緯があったなら…どこかで怒りが、恨みが生まれて、それが復讐に繋がったとしてもおかしくは……くろめ?」
もしや…そんな風に訊きつつ、自分の過去を話してくれたくろめに対して、私は首を横に振る。そうじゃないと、くろめは…うずめは決して身勝手なんかじゃない、身勝手だとしてもただの悪では断じてないと答えようとして…気付いた。いつの間にかくろめが、ずーん…と肩を落としている事に。
「イヴの次元のオレ、封印されるまでが良心的過ぎる…それに比べてオレって、くろめって……」
「え、あの…くろめ……?」
「…そうだよね…くろめの同一人物がいたって、皆はくろめ程酷い女神なんかじゃないよね…くろめなんて、くろめなんて……」
(…も、妄想に浸っている時のうずめの、ネガティヴ版みたいになってる……!?)
意外過ぎるくろめの一面に、唖然とする私。い、いや…同じ『うずめ』とはいえ、こういう部分も共通してるの…?というかまさか、私の知ってるくろめも状況次第ではこうなっていたり……?
「え、と…くろめ、くろめー……?」
「…はっ…な、何でもない。何でもないよ、うん…」
「そ、そう…そうね、何もなかった…何もなかったわ、うん……」
何とも言えない状況過ぎて、私はくろめの無理がある誤魔化しへ乗る事を選択。お互い今のはもう触れない事にして…話を、戻す。
「…ともかく、オレは何も恨んじゃいない。むしろ、後悔ばかりだよ。ほんの少しでも自分を顧みれば、自分の慢心に気付いて、立ち止まる事が出来ていたら……」
震えるくろめの声と、握られた拳。表情に浮かぶのは、罪の意識と…泣きそうな色。…それだけで分かる。一体どれだけの後悔を、くろめがしているのか。どれだけ大切なものを、失ったのか。
…そんな顔は、見たくない。たとえ私の知る彼女でないとしても…くろめには、これ以上心を痛めてほしくない。
「…優しいのね、くろめは」
「…オレが、優しい…?違うよ、イヴ。本当に優しいのなら、そもそも……」
「優しくなければ、後悔する事も心を痛めたりもしないわ。責任転嫁したり、思考から追い出したりして、自分の事を守っている筈よ。…けど、貴女は向き合っている。きっと誰に頼まれた訳でもないのに、向き合って、傷付いている。私は今聞いただけだから、良いとも悪いとも言えないけど…くろめが優しくて、責任感が強くて、だからついつい自分一人で抱え込みがちだっていうのは…やっぱり『うずめ』なんだって事は、私にも分かったわ」
「…イヴ…。…困ったな、少し気を利かせたつもりだったのに…いつの間にか、立場が逆になっていたとは…ね……」
心のままに伝えた言葉。それを聞いたくろめは小さく笑って…微かな声で、ギリギリ聞こえる位の声で、ありがとう、と言った。…言ったけど、浮かぶ表情は晴れやかじゃなかった。まるで、この言葉で救われる事は許されない…そう思っているような、そんな気がした。
私も、これ以上は言わない。これ以上の事は、今の表情の真意も、私は知らないから。知らないのに言うのは……違う。
「……でも、貴女はくろめなのよね…私が知らなくても、知らない事ばかりでも…貴女はここにいて、確かに貴女もくろめ、なのね…」
「…イヴ?」
「…ねぇ、くろめ…何か、違っていたら…私がもっと何か出来ていたら、私の知っている貴女も……」
目の前にいるくろめは、苦しみを抱えている。それでも今、ここにいる。それは、私には…私達には掴めなかった、或いは選ばなかった未来で……いつの間にか私は、そう呟いていた。そんな事を、信次元のくろめに言っても仕方ないのに。訊かれても困る、としか言えないような事なのに。
「…なんて、ね。ちょっと変な事言っちゃったわ、今のは気にし──」
「…イヴ。オレは君の知るオレを、さっき聞いた程度にしか知らない。それでも…君の知るオレは、悪だ。間違った道を進んだ、倒されるだけの理由がある…自業自得の女神だ。…オレよりよっぽど同情の余地がある、良い女神でもあるだろうけどね」
止めよう。そう思って、私は誤魔化そうとした。だけど、くろめは言った。言い切った。…くろめは、悪だと。
「……っ!?…なんで、そんな事…だって、くろめは……」
「皆を思って、それが最善だと思って、君の知るくろめは…いや、うずめは自ら封印を選んだんだろう?確かにそれは立派だが…自分を恐れる、疎む人達に、自分はそんな存在じゃないと訴える手もあった筈だ。自分にしかない力を使わないと宣言し、信じてほしいと頼む道や、誰かと手を取り合い、そんなものよりもっと力強い、心強い力があるんだと示す道もきっとあったんだ。…なのに、そうしなかった。恐れも疎みも否定せず、自分の封印で済ませようとしたのは…ある意味で、逃げなんだよ。逃げであり、慢心だ。…自己犠牲というのは、自分のみで、自分の犠牲のみで解決出来るという、独り善がりな驕りからくる感情なんだからね」
間違った事は言っていない。確かにそれも、一理ある。勿論、全部終わった後に、第三者が言ったのなら、言うだけなら幾らでも出来ると返せるような言葉だけど…それを言うのは、他でもないくろめ。別次元の…同一人物。
「そして、その果てに恨んだ。復讐という、否定されるべき道を進んだ。独り善がりな選択をしておきながら、自分で選んでおきながら…その責任も、非も、国民に押し付けたんだ。…その中には、自分を信じてくれていた人もいただろうに。信じたいけど怖い…そんな思いに、胸を痛めていた人もいたかもしれないのに」
「……だから悪だと…くろめが悪いって言うの…?」
「オレからしたら、そう思うよ。…現にオレにも、君の知るオレより禄でもないオレなんかにも、思ってくれる相手が…好きだと言ってくれる相手もいた事を思えば、君の知るオレを信じる人も、絶対いた筈なんだからね。…だから……イヴ。そんな悲しそうな顔を、しないでほしい。君は悪くない、君は間違っていない。君の知る『くろめ』の迎えた結末は…君のせいじゃ、ないんだから」
私の肩に置かれる手。確かに感じる、温かさ。くろめは私を見つめていて、悲しそうな顔をしないでくれと言ってくれて、私を許してくれて…嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……辛かった。…それを、私が消したくろめに言ってほしかったから。私が救いたかったくろめから、聞きたかったから。
「きっと君の思いは伝わっている筈だよ。届いている筈だよ。君の知るオレが、君の思う通りならね。そして、きっと…救われているよ、君の知る…くろめの、心はね」
「…どうして、そこまで…私と貴女とは、さっき会ったばかりなのに……」
「そんなの、君がオレを思ってくれているからだよ。たとえ違うオレだとしても…こんなにも『くろめ』を思ってくれる人がいるなら、その人の為に精一杯の事をしたいと思うに決まってるじゃないか。…落ちぶれても、落ちるところまで落ちても、オレだって女神なんだから。…それに君には、さっき送られた言葉のお礼もしたかったしね」
「…ありがとう、くろめ…」
「いいんだ、これ位。…そんな言葉、オレに受け取る資格はないんだから」
「…どういう事?」
最後まで優しいくろめに返す、感謝の言葉。でも、くろめはそれを否定した。何故か、酷く苦々しい顔をしながら否定して…言葉を、続ける。
「…それだけじゃ、ないんだ。今の言葉も、嘘じゃないけど…オレは今、これを贖罪にしようとしている。自分の罪が許されざる事であり、許しを望んでいる訳でもないけど…同時に許されたいとも思っていて、もう十分罪を贖った、だから良いんだよと誰かに言ってほしくて…その為の一手としても、言ったんだ。きっとオレはそうだし、それに多分…君の知るオレを悪だと言ったのも、そうなんだ。君を利用して、君の知るオレを悪に仕立て上げる事で、同じ悪のオレを作って安心しようともしたんだ。……心底軽蔑するよ。オレは、そんなオレ自身を…」
それは、どこまでも自罰的な言葉。ネガティヴなんて言葉じゃ片付けられない…言葉での、自傷行為。私には、悲しそうな顔をしないでほしいと言っておきながら、くろめ自身は押し潰されそうな顔をしていて……私が言葉を発しようとした瞬間、制止するように右手を前に出された。出してくろめは、ゆっくりと首を横に振った。
「…何も言わないでくれ、イヴ。これはオレが受け止めて、背負わなきゃいけないものだから。とても持ち切れてなんかいないけど、こうしてもう何度も落としては拾ってを繰り返しているけど…この罪も、辛さも、くろめのものだから。……それに、安心してほしい。くろめにもちゃんと…くろめ達にも、イヴみたいに寄り添ってくれる人が、いるから」
「……分かったわ。でも…やっぱりこれは、受け取って頂戴。…ありがとう、くろめ」
「…持ち切れてないって言ったばかりなのに…酷いなぁ、イヴは……」
「今さっき言おうとした事は、貴女に言われた通り引っ込めたんだもの。代わりにこれ位は受け取ってくれないと困るわ」
困ったように笑うくろめに、私も軽く笑い返す。…少し、安心した。その通りなら…ここにいるくろめにも、寄り添ってくれる人がいるなら…くろめ自身がそう言える相手がいるなら、きっと大丈夫だろうから。
加えてもう一つ。くろめは今、『くろめ達』と言った。…つまり、うずめもちゃんといるんだ。信次元は、うずめとくろめが…二人のうずめが共存出来ていて…出来る事なら、うずめの方にも会いたいと、私は思う。
「……あ、そういえば…さっき貴女、好きだと言ってくれる相手がいるって言ったわよね?寄り添ってくれる人って、もしかして…」
「んな…っ!?い、いや別に、そうだとは言っていないだろう…!?君はそういう、すぐ恋愛に絡めようとするタイプじゃないと思っていたが、オレの見込み違いだったのかな…!?」
「動揺し過ぎて全く説得力がないじゃない…。…それに別に、『好き=恋愛』とは限らないでしょ?第一私とここのくろめとは初対面よ?なら人となりを断言するのは早計なんじゃないかしら?」
「〜〜〜〜っ!くっ、き、君は…思ったより性格が悪いね、イヴ…!」
ぷいっと私に背を向けて、そのまま歩いていくくろめ。こんな他愛ない、何気ない話をくろめと出来るとは思わなかったから、だからつい言ってしまった…とは言わなかった。言い訳がましいし…そもそも私は、そんな自分を善良な性格の人間だとは思っていないもの。
「…ふ、ぅ……」
一人になったリビングで、ソファに座って身体を預ける。吐息を漏らし…天井を見つめる。
まさかまた、くろめと話せるとは思わなかった。別次元の、とはいえ…私の手が届かなかった相手に、また触れられるとは思いもしなかった。
良かったのかどうかは分からない。嬉しさもあるし、切なさもあるし……少しだけ、黒い気持ちもある。私だって救おうとしたのに、救いたかったのに、救えなかったのに…なのにどうして、信次元にはくろめがいて、私の側にはいないんだ、って。誰のせいで、こうなったんだ、って。…こんな私を、くろめはどう思うかしら。笑うのかしら。悲しむのかしら。
(……うずめは貴女の思いを、今も持ち続けているわ。私もこうして、貴女の事になると、いつだって心が騒ついている。…これはきっと、貴女が元々望んでた形じゃないのかもしれないけど…私の心にもうずめの心にも、ありのままの貴女の事は残り続けているわよ、くろめ)
国の運営、国の振興…うずめの国にとって有益な事を知れると思って、私は信次元に来た。その結果、その中で今日知ったのは、得たのは、あまりにも予想外の事。…うん、でも、やっぱり…来て、良かったわ。
*
早足で部屋の中から出てきた、藍色の髪をした少女。暗黒星くろめというらしい、初対面の相手。彼女は俺を見て、驚いた顔をして…それから、言った。
「…立ち聞きなんて、良い趣味をしてるじゃないか」
「別に、俺は部屋から出ていかなくても良かったんだがな」
否定はしない。確かに廊下で壁へ背を預けるなんて事をせず、そのまま立ち去っていた方が、気遣いとしては良かったんだろう。
だが、俺も俺で、少しばかり気になる事があった。だから待っていたのであり…その中で聞こえてきた事は、偶々聞こえてしまったに過ぎない。
「…………」
「…何か、オレに用があるのかい?」
「いや、用事という程じゃないさ。…ただ、少し…気になったんだ。くろめ…だったか。お前が何か、色々と抱えているように見えて…な」
壁から背を離し、身体全体で向き直って言う。俺の言葉に、くろめはぴくりと肩を震わせ…一拍置いてから、返答する。
「…そうか、君が凍月影なんだね」
「…知っていたんだな」
「聞いたんだ、イリゼにね。というより、茜の事を聞く中で出てきたんだ」
「…なら、相当な悪人として語られたんだな」
「そうでもないよ。少なくとも、君が思っているような言われ方はしていないだろうさ」
どう言われたのか、何を話したのか…くろめはそこまでは言わなかった。だが、別に良い。気にならないと言えば嘘になるが…実際そうだろうとも思っていたからな。イリゼがもし、人を悪く…それも本人にではなく、影で言うような事があったら、流石にビビる。どうしたイリゼ、って心配せざるを得ない。
「…で、抱えているように見えた、だったね。…否定はしないよ。君と同じように、オレも色々と抱えている。何をどう抱えているかは…聞いていたのなら、言わなくても分かるだろう?」
「まぁ、な」
「…………」
「…………」
「……え、会話終わり…?」
何かまだあるんじゃないの?というか、ここからが本題じゃ?…そう言いたげな目で、俺を見てくるくろめ。…まあ、ご尤もではある。あるんだが……
「…正直に言う、見切り発車だ。ここから会話を続ければいいのか、これで終わりでいいのか…そこを俺自身、よく分かっていない」
「み、見切り発車でこんな話を切り出さないでくれないかな…そんな事を言われても、オレの手には負えないよ……」
「すまん……けど、違うな。見切り発車云々は別として…一つ、間違っている事がある」
「間違っている事…?」
我ながら情けないが、本当に見切り発車だったんだから仕方ない。
では何故、そんな事をしてしまったのか。…多分、話してみたかったからだ。皆を守りたくて、その為なら自分はどうなっても良いと思って…確かに最初は純粋な思いから始まった筈の道で、どうしようもない程多くのものを失い、取り返しの付かない事をしてきた、くろめという女神と。
「くろめは最後まで、最後までずっと、最初の思いを…皆を守りたいって思いを持ち続けていたんだろう?その為に、進み続けていたんだろう?…俺は違うさ。皆の為は、いつの間にか一人の為に変わっていた。犠牲を払う事を、仕方ないと、全てを救う事なんて出来ないんだからと、悟った振りして正当化していた。罪は自覚しているのに、それを是正するのではなく、自覚している事を盾に更なる罪を重ねてきた。…本当は、大切なものは一つだけじゃなかったのに…それ等に順位を付けて、俺を思ってくれる相手すら切り捨ててきた。…何より俺は止まらなかった。止まらず、行き着くところまで行って…結果このざまだ。理由はどうあれ止まって、振り返って、違う道を選んだくろめとは、大違いだ」
見せ付けられたような気がした。信次元に来て、この眩しく温かい次元で、どれだけ自分が愚かな道を辿ってきたのか見せ付けられた気がして…今も、そうだった。聞こえてきたくろめの過去、今のくろめの在り方から、たった一つでも違う選択をしていれば、今よりずっとマシな終着点に辿り着けたんじゃないかと…そんな気がしていた。そしてこんな事を、くろめに…直接の関わりはない相手に話してしまったのは……こんなんでもまだ、俺は人間だという事なんだろう。
「…一つどころか、結構沢山言ったね…」
「そうだな、よく考えたら一つじゃなかった」
「だから反応に困る事を淡々と言わないでくれ…。……でも、確かにそうだね…抱えているものは、大分違うようだ。…上手く、いかないものだね」
「あぁ、上手くいかないな。…上手くいく道も恐らくあったのが、結局自分のせいなのが…悔しいよ」
そう、結局俺のせいなんだ。勿論、誰もが皆に優しくて、他者を大切にする事が出来ていたのなら、俺も何もせずにいられたんだろうが…そんなに世の中は甘くない。多分この信次元すら無理な話だ。だから出来るのは、そんな世の中でも優しく強くあろうとするか、そんな世の中ならばと優しくある事を止めるかで…俺は後者だった。くろめは前者だった。ただ、俺も彼女も手を取り合う事、その強さを信じる事を止めていて…だから、似た道を辿る事になったのかもしれない。
「…ふふ、ならばやり直してみるかい?お互い失敗した訳だが、オレ達で手を組めば、ひょっとしたら……」
「失敗した者同士で組んでも、な。…それに、もういいんだ…俺はもう、これ以上…進みたくない」
「……すまない、今のは冗談だとしても良くないものだった。…けれど、影…君がそう思っていても、進みたくなくても……」
「分かっている。進みたくなくても、時は止まらない。良い方向にしろ、悪い方向にしろ、世界は変わり続ける。…全部、分かっているさ」
自分に言い聞かせるように、俺は言う。俺は、世界を変えたんじゃない。俺が何もしなくたって、世界は変わっていた。ただ少し、その変わり方に影響を与えただけ。…そう思うのは、責任を軽くしようとする逃げだろうか。それとも俺が変えてしまったと思う方が高慢だろうか。…分からないし、分かったところで…今更何も変わらない。
「…それでも君は、まだ存在するんだね」
「もう、勝手に終わる事も出来ないからな。それに…せめて最後に守ったものと、そこから続くもの位は、最後まで大切にするさ。多分それも、今更そんな事をって言われるんだろうが…それすら投げ出したら、いよいよもって俺は何がしたかったんだ、ってなるからな」
「そうか…なら、頑張るといいさ。同じ終わる事を許されない、間違え続けた女神として、エールを送るよ」
「ああ、程々に頑張るさ。…程々に頑張るだけで済む世界になってくれるよう、勝手に祈りながら…な」
言い切って、今度こそ立ち去る。部屋の中に戻るのは…止めた。止めたというか、元々やりたい事があってリビングにいた訳じゃないしな。
特に得たものがある訳でも、何か出来た訳でもない…意味があったかどうか分からない会話。けど、それでも良い。意味があるかどうか、有益か否かでばかり判断するのも、もう沢山だ。それに俺は、一応とはいえ休暇として信次元に来たんだから……いいじゃないか。過去について、そんなに価値もない話をしたって。
今回のパロディ解説
・メガでミラクルなアプリ
メガミラクルフォースの事。既にサービス終了しているので、当然ログインは出来ません。…えぇ、出来ないんです。毎日試してみても駄目な事は実証済みです。
・ある次元のネプテューヌ様
ネプテューヌシリーズの小説の一つ、TGS炎の二日間におけるネプテューヌの事。辛味の件だったり髪の拭き方だったり、地味に勉強になる事が載ってたりするんですよね。
・「〜〜明日は今日より悪くなるかもしれない〜〜」
コードギアス 反逆のルルーシュに登場するキャラの一人、シュナイゼル・エル・ブリタニアの台詞の一つのパロディ。似た台詞を何か別の作品でも聞いた気がする私です。
・〜〜裏ボスとして初登場するような存在〜〜」
キングダムハーツ2に登場するキャラの一人、留まりし思念の事。くろめは裏ボスではなくてラスボスですね。謎の荒野にいたりもしませんし。