超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession 作:シモツキ
また、このコラボの間は、OEまでと同様の週二投稿(木曜と日曜)となりますので、よし宜しければ読んでみて下さい。
第一話 思いもしない関係の始まり
──これは、夢の話。現実の中で生まれた、真実の世界の中で紡がれた、夢の現。
いつか消えゆく幻なのか、未来の果てで本物となるのか、そんな事は分からない。けれど、その中で芽生え、繋がった思いは…その輝きは、消えたりはしない。
*
女神には、ある種の能力とでも言える程の…超が付いても良さそうな程の、直感力がある。戦闘の中で、無意識的に発揮されるそれによって、私も皆も、何度も窮地を脱してきた。
けれど当然、それは目的を持って行うものじゃない。直感は考えて引き出すものではなく、不意に感じるものだから。そして今、この時……私が「それ」に気付いたのも、きっと直感によるものだと思う。
「……うん?」
私が神生オデッセフィアの守護女神となってから、暫く経ったある日の事。ある程度環境の下地はあったとはいえ、元の国から変わったものではなく、本当の意味で新たに生まれた国がそう簡単に軌道に乗る筈もなく、国民だって将来への不安が大きい筈。だからこそ、女神として積極的に姿を現し、意欲と安心を与える事が、私の…女神の使命。その思いで活動していた時に…不意に私は、何かを感じた。
上手く言語化出来ない、それこそ「何かを感じた」とした言いようがない、そんな感覚。それに引っ張られるように、私は振り向き……見た。あまりにも遠くてよく分からない…でも、無視してはいけない気がする一つの『穴』を。
(…何なのか分からない…けど……)
分からないからこそ、見過ごせない。そう私は考えて、今はもう消えている穴があった場所へと向かっていく。念の為、インカムで教会に連絡を入れておいて、真っ直ぐ穴の見えた方向へ。
「…この辺り、だよね…?」
幸い穴が開いた…ように見えた場所は、森林の上空。ここなら仮に危険を伴うものだったとしても、人や街が被害を受ける可能性は低い。…その危険が、移動をしていなければだけど。
(ここからじゃ…駄目だ、やっぱり降りないと…)
ぐるりと見回すだけじゃ、森林の地表はよく分からない。だから私は女神化したまま着地をし、もう一度ぐるり…と見回してみたけど、降りてもこれといっておかしなものは見つからない。
とはいえ、この森林は広い。視認した時はかなり遠くにいた訳だから、穴が開いた場所から少しずれてる可能性も十分にある。少々骨が折れる作業になるけど、まだ判断はせず、まずはここを一通り回ってみて……
「…あれ?」
そんな思考をしていたところで、私は見つけた。少し離れた位置にある木…その枝の幾つかが、折れてぶら下がっている事に。
念の為、この場から目を凝らす。折れ方からして、上から衝撃を受けたように見える。多分状態としても、折れたばかりなんだと思う。
謎の穴、上からの衝撃で最近折れたと思われる枝。この要素が示す可能性は……落下。
「…………」
足音が立たないよう少しだけ浮いて、ゆっくりと近付く。いつでも戦闘に入れるよう、何が起きても大丈夫なよう、神経を張り詰めて。
敵か、そうじゃないか。生物か、非生物か。まだそこにいるのか、いないのか。様々な可能性を思案しながら私は近付き……そして見えたのは、小さな足。
「……──っ!?」
倒れている。そう分かった瞬間、反射的に私は飛び出した。勿論、危険がないとは限らないけど…それより優先するべき事が、目の前にある。
一目で理解した。倒れているのは子供だと。助けてあげなきゃいけないと。飛び出し、駆け寄り、声を掛けようとして……そうして、気付いた。この子の肩から伸びる両の腕。それは、子供らしい細くて華奢なものではなく…およそ人のものとは思えない、異形のそれになっている事に。
「……え…?」
ネプテューヌやネプギアを思わせる、薄紫色の髪。反応のない意識。そして異形と化した、両の腕。私が目にしたのは、そんな少女であり──これが、私達の出会いだった。
*
その少女が目を覚ましたのは、私が彼女を教会に運び、一先ず私の部屋で寝かせてから数十分程経った時だった。
「……っ…ぅ…」
それまで静かに寝ていた女の子の瞼が、ぴくりと震える。ゆっくりと開いていき、ぼんやりとした瞳が私の視界の中に映る。
「…こ、こ…は……」
「…起きた?」
蚊の鳴くような女の子の声に対し、私はベット横に置いた椅子から声をかける。…目を開いて、声も出している相手に、起きているかどうかを訊くのは少し変な気もするけど…今そこは重要じゃない。
「…ぁ…。……──ッ!?」
「っと、急に動かない方が良いよ。手当てはしてもらったけど、まだ傷は塞がってないんだから」
「手当て…?」
私の声に気付き、ちらりとこちらを見た女の子は、少しの間私を見ていて…そこから意識がはっきりしたのか、びくりと肩を震わせて跳ね起きる。
でも、驚くのは予想の範囲内。だから私は慌てず騒がず、下手に止めようともせず、まずは会話を優先する。…女の子からすれば、ここも、私の事も、きっと何から何まで訳が分からない状態だもの。その状態でいきなり距離を詰めようとするのは、違うよね。
「…身体はどう?熱っぽかったり、手当てされてない場所で痛いところがあったりしない?」
「…………」
問い掛けに対して、返ってきたのは無言の視線。私が誰なのか気にしている…というより、誰なのか分からない相手を警戒してるような、そんな瞳で私を見ている。
「もし痛かったり苦しかったりしたら、言ってね?無理に我慢しちゃ駄目だよ?」
「…別に……」
「そっか。…っと、そうだ。まだ名前を言っていなかったね。私はイリゼ、って言うの。もし良かったら、君の名前も教えてくれないかな?」
ぼそり、と口にしたのは素っ気ない答え。女の子は顔を背けていて…でも、確かに反応してくれた。
だから私は、もう一つ…ほんとは最初から頭にあったけど、わざと今思い出したような言い方で、女の子の名前も訊く。勿論その前に、自分の名前を伝えてから。
「…………」
「…………」
「…………」
「……ビッキィ、です…」
「ん、ビッキィ…って言うんだね。それじゃあビッキィちゃん、早速だけど……お腹、空いてない?」
問いに対する、再びの無言。けれど今度は私も言葉を続けず、じっと見つめる。表情は意識して柔らかくしたまま…でも、じっと。じーっと。
そうして無言の時間が少し続いた末、根負けしたように女の子は答えてくれた。私に教えてくれた。…ビッキィという、名前を。
名前を伝え合う。それは、初対面なら当たり前にする事で…けれど確かな、一歩前進。そしてその一歩分、私は進めたからこそ、私は今一度ビッキィちゃんを見つめて…今度はなんだ、と少し身構えた様子を見せるビッキィちゃんへと、微笑みを浮かべながら言った。
「…空いてないです」
「ほんとに?」
「ほんとうに空いてないです」
「ほんとのほんとに?」
「だから、空いて……」
少々鬱陶しいような訊き方をしてみる私。案の定(勿論本当の可能性もあるけど)ビッキィちゃんは空いてないの一点張りで…けれど三度目の否定をしかけた瞬間、くぅぅ…という可愛らしい音が聞こえてきた。…ビッキィちゃんから。ビッキィちゃんの、お腹から。
「…………」
「…………」
「…空いてるんだよね?」
「……はい…」
かぁっと赤くした顔で頷くビッキィちゃんに私は微笑み、立ち上がる。近くテーブルの前に移動して、そこにある物の…鍋敷きの上に置かれた土鍋を開く。
ふわり、と広がる仄かな匂いと温かな湯気。土鍋に入っているのは卵とわかめのお粥で、それを器によそった私はお盆に乗せてビッキィちゃんの隣へと戻る。
「はい、どうぞ。好みが分からなかったから、ちょっと薄味にしたけど、お粥だし食べ易いとは思うよ」
「…いらない、です……」
「え?でも、お腹空いてるんだよね?」
「空いてる、けど…わたしは……」
「遠慮しなくていいんだよ。…と、いうかこれはビッキィちゃんの為に作ったんだから、食べてくれないと困るなぁ…」
これじゃあ丸々余らせる事になっちゃうなぁ…というニュアンスを言葉に込めつつ、ちょっと横を向いた上でビッキィちゃんを見ると、ビッキィちゃんはぴくっと肩を揺らし…やっとスプーンを持ってくれる。
正直、ここまでのやり取りで私は面倒な人だと思われているかもしれない。でも、今はそれでもいい。名前を聞く事もせず、本人が要らないと言うんだからとこんな小さな子を放置するのに比べれば、面倒に思われるなんて瑣末事ですらないんだから。
「ゆっくり食べればいいからね?」
「…いただき、ます」
お粥をスプーンで掬い上げ、ふー…と数度吹いて冷ます。それからスプーンを口に運び…ぱくり。もぐもぐ、もぐもぐ…こくん。
何も言わない、ビッキィちゃん。何も言わず、二口目を掬い上げて、またぱくり。三口目も、四口目も、ぱくり、ぱくり、またまたぱくり。もぐもぐとお粥を食べ続けて……
「…美味しい?」
「ふぁい。…あっ……」
「ふふっ、それは良かった」
不意打ちのように私が訊くと、口をもごもごさせたままビッキィちゃんは答えてくれた。答えてから、反射的に「はい」と言ってしまった事に気付いたようで…やっぱり可愛いよね、素直な子って。
「まだお代わりもあるからね。それと、お粥とはいえ喉に詰まらせたりしないよう、時々コップの水も飲んでね?」
「……どうして…」
「うん?」
「…どうして、作ってくれたん…ですか…?手当ても、してくれたんですか…?」
ここまでの言動と次々口に運ぶ様子からして、衰弱している訳じゃない事は分かった。色々気になる事もあるけど、この子が元気を取り戻せそうなら取り敢えずはそれで良い。それが一番、大事だから。
そう、私は思っている中で聞こえた、どうしてという言葉。意外な言葉に私が訊き返すと、ビッキィちゃんは器とスプーンを下ろし、私を見つめる。どうしてこんな事をしてくれるのかと、尋ねてくる。…どうして、か……。
「…理由なんて、ないよ。勿論大変だとか、放っておけないとか、感じたものはあるけど…傷付いて倒れている子を、その場に放置するなんて事は、私の選択肢の中にはないから。……って、これはやっぱり『放っておけない』が理由になるのかな?はは…」
「…こわく、ないんですか…?これを見て、こわいとか、気持ちわるいとか……」
「腕の事?うん、腕に関してはびっくりしたよ。凄くびっくりした。でも……」
分からない。理解出来ない。そんな表情と共に、ビッキィちゃんは自分の両腕を挙げる。異形の腕を、自分自身で見つめながら。
確かにそれは、そう思って当然だと思う。普通の人なら、怖いと思っても無理はない。だけど……
「……え?…ぁ……」
「──説明が遅れたね。私はここ、神生オデッセフィアが守護女神、オリジンハートことイリゼ。私は腕どころか、全身が異なる二つの姿を持つのだ。ならば驚きこそすれ、君の腕を恐れる事などないさ」
私は立ち上がり、女神の姿となる。オリジンハートとしての私の姿を見せ…笑う。人を基準にするのなら、自分も十分特殊なんだと。だから私は、ビッキィちゃんを恐れないんだと。
勿論、異形の腕と女神・人それぞれの姿とは、同列には語れないものだと思う。けど、これで少しでもビッキィちゃんの気持ちが楽になったのなら……私は、嬉しい。
「…ふぅ。そういう訳だから、心配しなくていいんだよ。……って、あ…今気付いたけど、守護女神って分かる…?神生オデッセフィアっていうのも、国の名前なんだけど…そっちも分かった…?」
「…なんとなく、わかります……」
「そ、そっか。それなら良かった。…それとねビッキィちゃん。お粥は私が作ったんだけど、手当ては私がお粥作ってる間に、私のお姉ちゃんが…セイツって人がしてくれた事だから、会ったらお礼を言ってね?」
少しは安心してくれたのか、そうじゃないのか。…それは分からないけど、それからビッキィちゃんはまたお粥を食べ始めた。一粒残さず器の中のお粥を食べ切ってくれた。
「お代わり欲しい?」
「…いらないです」
「そう?欲しかったら言ってね。…さてビッキィちゃん。私はビッキィちゃんに、色々と訊きたい事があるんだけど……」
完食後、一口水を飲んで、小さく吐息を吐いたところで、私は少し真面目な表情を浮かべる。顔と声音でその内容を察したのか、ビッキィちゃんはぴくっと小さく肩を揺らして、私の顔を見返してくる。
子供らしく丸くて、でも子供らしい無邪気さが曇ったような、ビッキィちゃんの顔。そのビッキィちゃんと見つめ合い…私は、軽く肩を竦める。
「…取り敢えずそれは、また今度にしよっか。ビッキィちゃん、まだ眠かったら寝てもいいし、暇なら何か遊べる物持ってくるよ?」
「…こんど……」
「そう、今度。まずはビッキィちゃんが、元気にならないと…ね?」
それは心配であり、現実的な判断でもある。ビッキィちゃんの心身が最優先だし、それが保たれてない状態で色々聞き出そうとしても、多分効率良くは得られないから。
どうしたい?…という私からの視線を受けたビッキィは、小さな声で「ねます」とだけ言った。だから私は頷いて、そうだ、と言いながら立ち上がった。
「ビッキィちゃん、私ちょっとだけ用事があるから一回ここを離れるね。でも私の事は気にせず、ゆっくり休んでて」
って言っても、私がいない方が休み易いかな…なんて事も思いながら、私は部屋の外に出る。扉を閉じた後、携帯端末を取り出して……気付いた。廊下にいた、自分の姉の存在に。
「…もしかして、待ってた?」
「ううん。今丁度、あの子が着られそうなパジャマを見繕ってきたところよ」
「あ、そっか。ありがとね」
「ありがとうって…あの子本人ならともかく、イリゼがお礼を言う事なんてないわよ。放っておけないと思うのは、わたしも同じなんだから」
そう言って肩を竦めるセイツの言葉に、それもそうかと私は思った。感謝の念を抱いた事自体が悪い訳じゃないとは思うけど…確かに私が、セイツへ「ありがとう」って言うのは変かもね。
「…それで、あの子の調子はどう?」
「うん、流石にまだ私を警戒してるみたいだけど…意思疎通して、お粥を食べるだけの元気はあるみたいだし、悪い子って訳でもないと思う。それと……」
「……?」
「あの子じゃなくて、ビッキィちゃんだよ」
「ビッキィ…ふふっ、良い響きの名前ね」
にこりと笑ったセイツに私も「でしょ?」と頷き、それから一緒に笑う。
また事情に関しては訊いてないから、ビッキィちゃんがどういう子なのか断言する事は出来ない。実は悪事に関わってるのかもしれないし、本当は凄くお淑やかな子なのかもしれない。けどそれは、これから分かる事で…今の私は、感じた部分から思うだけ。…きっと、悪い子じゃないと。
「セイツもビッキィちゃんと話す?…あ、いや、寝るって言ってたしもう横になってるかもだけど…」
「んー…いや、止めておくわ。最初から色んな人に会うよりは、一人と会って信頼を築いた方が良いと思うもの」
「そう?なら、パジャマは渡しておくね」
「えぇ。…でも、楽しみだわ…ビッキィちゃんって、どんな心の輝きを持ってるのかしら…わたしに会った時、どんな風に心を揺らしてくれるのかしら…!」
(…確かに、すぐにセイツに会わせるのは良くないかも……)
セイツの事は心から信頼してるけど…この性癖(?)に関しては、流石に呆れ寄りの苦笑いを禁じ得ないのが実際のところ。まあでもセイツだって全く自重しない訳じゃないし、いざ会う時は気を付けてくれる…と、信じたい。
とまぁそんなやり取りを交わした後、私はセイツと別れ、本来の目的である電話をかける。そしてその相手というのが…もう一人の姉である、イストワール。
「……っていう事なんだけど、イストワールの方に何か情報が来てたりはしないかな?」
「いえ、それらしき情報はないですね…本人からは、何か聴き取れそうですか?(・・?)」
「それは、これからの私次第かな…。でも、多分ビッキィちゃんは……」
電話越しに、私は事情を話す。ここでイストワールさ…こほん、イストワールが何か知っていたら楽だったけど、流石にそう上手くはいかないらしい。
そして…恐らくだけど、ビッキィちゃんはこの次元の人間じゃない。加えてただ迷い込んだだけ(帰る事さえ出来れば解決)とも思えないから、考えなきゃいけない事は沢山ある。
「…分かりました。別次元だとすると、調べられる事は限られますが…可能な限り、わたしも情報を集めてみます(`・ω・´)」
「うん、お願い。それとその、ほんとにいつも頼っちゃって……」
「いいんですよ、わたしは女神のサポートをする事が使命であり…これは、妹の頼みでもあるんですから( ̄▽ ̄)」
当然教祖としての仕事もあるのに、いつも私の頼みを快諾してくれるイストワールは、本当に優しい。セイツも頼れる姉だし、他の皆もきっと色々協力してくれる。…でも、だからこそ私も、自分で出来る事は自分でやらなきゃいけない。何でも頼るんじゃなくて、自分も頼られた時は気持ち良く手を貸す…それこそが、信頼関係ってものだから。
(私がすべきなのは、私なりに調べる事と、ビッキィちゃんからの信用を得る事。…よし、頑張るよ…!)
もう一度お願いねと言い、私は電話を切る。それから私は、心の中で自分を鼓舞し…やれる事から、始めていく。小さなビッキィちゃんに、あの女の子の為に、私がしてあげられる事を。
……因みにその後、ビッキィちゃんのいる私の寝室へと戻ったら、ビッキィちゃんは横になっていた。なっていたけど…ふと土鍋の蓋を開けてみると、お粥がさっきよりも減っていた。…ふふっ。美味しいと思ってくれたんだね、ビッキィちゃん。
*
倒れていたビッキィちゃんを保護してから、数日が経った。その間にビッキィちゃんの体調が悪くなったり、何か騒動が起きたりする事もなく、ビッキィちゃんに落ち着いた生活をさせてあげる事が出来た。
その中で、幾つか分かった事がある。まずは腕、異形の両腕の事だけど…私の見る限り、日常生活に支障が出ている様子はない。人目の問題はあるし、縫い針に糸を通す…みたいな作業は流石に厳しいのかもしれないけど、人の腕として必要な機能は大体満たしてると思って良いように思える。
次に上げるなら、ビッキィちゃんの外見は、児童前半…凡そ5〜10歳位で、精神面も見た目相応だと思う。基本的に大人しい、というか物静かで、まだ私に柔らかい表情を見せてくれる事もまずないけども、お肉やデザートは積極的に食べる一方、野菜類…特に苦いものは食べる速度が遅かったり、児童向けアニメを見てる最中に呼ぶと、ほんのちょっぴり声音が不満そうになったりと、決して「大人」ではない言動が見て取れる。…そんな様子を見て、私は安心した。見た目の成長が遅いだけ、見た目は子供、頭脳は大人…ってだけなら良いけど、本来なら無邪気で明るい筈の性格が、歪に落ち着いたものへ変わってしまっているのだとしたら…それは凄く、悲しいものだから。
「…よし、出来た」
夕飯の食事が出来上がったところで、私は一息。盛り付けはまた後で…という事で蓋をし、私は台所から、リビングから出る。女神なんだから、食事の用意なんてわざわざ自分でやらなくたって良いんだけど…やっちゃいけない理由もない。
廊下に出た私は、そのまま私の寝室…ではなく、その隣の部屋に用意した、ビッキィちゃんの部屋へ。ノックをし、呼び掛け、返答を受けて私は中へ。
「ビッキィちゃん。ちょっとお話しても、良いかな?」
「…なんですか…?」
一日だけならともかく、連日となると不都合が多い…という事で準備をした、仮のビッキィちゃんの部屋。特に理由がない限りは殆どこの部屋にいるビッキィちゃんは今、どうやら絵本を読んでいた様子。
「うん。…実はね、ビッキィちゃんの事を調べさせてもらったの。どこに住んでたんだろう、とか、ビッキィちゃんに何があったのかな…って」
「……っ…そう、なん…ですか…」
話を切り出した私が初めに伝えたのは、まだしていないビッキィちゃんからの聞き取りとは別で、調査をしたんだという事。それを聞いたビッキィちゃんはぴくっと肩を震わせ、表情を曇らせる。
調べられた事そのものか、知らぬ間に調べられたからなのか、それとも調査の結果から何かを想像しての事なのか。表情が曇った理由は、今の返答だけじゃ分からず…でも私は、軽い調子で肩を竦める。
「…でもね、結論から言っちゃうと今のところは全然分かってない、空振り続きの状況なの。私には凄く頼れる、調べるのが得意な家族がいて、他にもそういう事をお仕事にする人達にも手伝ってもらってるんだけど、それでも空振り」
「…それは、そうだと思います…だって……」
「…でも、こうも分からないって事は…多分、ビッキィちゃんは別の次元から、こことは違う世界から来たんだよね?」
困っちゃったなぁ、というようにおどけた調子を見せた後に、少しだけ声音を真面目なものに変えて私は言う。
別次元の可能性は、元から考えていた。調べてみて、全くもって情報が出てこなかった事で、逆にその可能性が現実味を帯びてきた。そして、私からの問い掛けを受けたビッキィちゃんは……
「…べつ、じげん……?」
──目を瞬かせ、きょとんとした顔で私を見ていた。頓珍漢な事を言われたから…というより、「別次元」という言葉そのものを分かっていないような表情で。
正直それは、想定外。私としては、ビッキィちゃんの反応でこの可能性に確信を得ようと思っていたから、内心かなり驚いてしまった。…って事は、別次元じゃないの…?けどだとしたら、イストワールがさっぱり分からないってのも……いや、待った。
(そもそもの話として、ビッキィちゃんが別次元の概念を分かってない可能性もあるよね…?)
私自身は何度もその経験をしてるけど、普通別次元と関わったり、ましてや移動したりする事なんてない。であれば、仮に次元移動してたとしても、それを認識してない可能性は十分にある。実際、そういう前例はあるんだから。
「うーんとね、別次元っていうのは似てるけど違う世界っていうか、遠く離れたもう一つの…いや、一つどころか沢山あるけど…とにかく、文字通り『別』の『次元』なんだけど……」
「……?」
「…うん、だよね…分からないよね…」
さっき以上に、完全にきょとんとしてしまったビッキィちゃんを見て、私は苦笑い。…い、一度この話は置いておこうかな…。
「…こほん。とにかく、私はビッキィちゃんの事が、全然分からなかったの。ほんとに全然、ね」
「…だから、はなせ…って、ことですか…?」
「そう、話してくれたら嬉しいな。ビッキィちゃんの好きな食べ物とか、得意な事とか、今してみたい事とか…良かったら、私に教えて」
「…わたしは……って、え…?」
躊躇いや、恐れを抱いたような顔になるビッキィちゃん。暗い顔をし、俯き…けど次の瞬間、顔を上げる。凄く意外そうに、目をぱちくりさせながら。
それに対し、私は普通に言葉を続ける。今の問いが、さも普通の事であるように。
「だって、私はまだビッキィちゃんの事を、名前と、見た目と、大人しいけど普通に絵本とかアニメとかは好きで、割と沢山食べる子って事しか知らないもん。それじゃあ、これまでは良くても…これからは、ちょっと不便でしょ?」
「…これから……?」
「そうだよ、ビッキィちゃん。…ビッキィちゃんは、これからどうしたい?怪我が全部治って、元気になったら、ここを出ていきたい?それとも…これからも、ここにいたい?」
言ってから、私は軽く首を傾ける。どうする?どうしたい?…というジェスチャーとして。そうしてから、ビッキィちゃんを見つめる。
じっと見る私の事を、ビッキィちゃんも見返す。でもビッキィちゃんは目を見開いていて…その表情が、語っていた。信じられない、どうしてそんな事を…って。
「…いやじゃ、ないん…ですか…?出ていけ、って…言わないん、ですか……?」
「言わないよ。言う理由がないもん。ビッキィちゃんが出ていきたいなら、それはそれで考えるけど…出ていきたくない子を、無理に追い出したりなんてしない。それが困ってる子なら…安心出来る場所に帰れない子なら、尚更だよ」
「…でも、わたし…今まで、なんにも……」
「そうだね。これからもここにいるなら、お手伝いをしてもらったり、お勉強をしてもらったりも、将来的にはするだろうけど…それも、ビッキィちゃんを追い出す理由にはならないよ。私に迷惑が…なんて事は考えなくていいし、もし自分には何にも出来ないって思ってるなら…それは、これから少しずつ、出来る事を作っていけば良いだけだよ。だって、ビッキィちゃんはまだ子供で…子供を守って、色んな事を教えてあげるのが、大人の役目なんだから」
言葉と共に、微笑む。別に重く受け止めたり、変に感謝する必要はないと、伝えるように。
そう。これは女神である事すら関係ない。子供を守り、助けてあげるのは、大人として当然の務めなんだから。子供は守られ、愛されながら育って、大人になって、その人がまた別の子を守り、愛しながら育てる…世の中は、そうやって回っていくものだから。……大人とか子供とかを、女神が語るとややこしいけども。
「だから、教えてくれないかな。ビッキィちゃんの事と…これから、どうしたいかを」
子供に安心出来る今と、希望のある未来をあげるのが大人ってもの。それが出来る国を、社会を作るのが女神ってもの。…だけどそれは、押し付けであっちゃいけない。たとえ相手が小さな子供であっても、ちゃんと話して、とことん話して、お互いの気持ちが合うようにしなきゃ、ただのエゴにしかならないから。
だから、私は待つ。ビッキィちゃんの答えを。どんな答えであっても尊重はする気だし…その上で、大人としてちゃんも言葉を返したいと思う。
まだ小さいビッキィちゃんには難しい話だったかもしれないけど、ビッキィちゃんなりに考えてくれる事を信じて、見つめる。そのまま五秒が経って、十秒経って、ビッキィちゃんは少しだけ緊張した顔になり…だけど、言う。
「……ココア…ココアが、すき…です。オセロも、すきで…得意、です」
「…うん。ココアが好きで、オセロが得意なんだね」
「してみたい、ことは…ふつうに、お外に行って…おさんぽしたり、あそんだり…したいです…」
好きな事、得意な事、してみたい事。さっき私が挙げた事、教えてほしいと言った事を、ビッキィちゃんは答えてくれる。
私はそれに、一つ一つしっかりと頷く。ちゃんと聞こえてるよ、受け取ったよと示す為に。そして……
「…わたし、は…わたしは、にげてきました…いやな場所にいて、くるしいことがあって、あたまの中がぐるぐるして、どこにいるのかわからなくなって…大人の人も、きずつけました…。きっと、わたしは…あぶなくて、きけんです…。…それでも…出ていけって、言いませんか…?まだ、ここにいても…いい、ですか……?」
「…勿論だよ、ビッキィちゃん。どこにいたとか、危険とか、それは重要な事じゃないの。大切なのは、ビッキィちゃんの気持ち。ビッキィちゃんが、ここにいたいって言ってくれた事なんだよ」
それは、ビッキィちゃんからの、初めての思いだった。これまでビッキィちゃんから何かを話す事はなく、食べ物にしても服にしても、与えられたものには良いも悪いも言わずに受け取っていたビッキィちゃんが、初めて私に言ってくれた「こうさせてほしい」という願いだった。
嬉しかった。そういってくれる事が。誇らしかった。そう思ってもらえた事が。だから私は、ビッキィちゃんの両肩に手を置き頷いて…それから、撫でる。ビッキィちゃんの頭を。柔らかな、その髪を。
「……っ、ぅ…」
「よしよし。これからは、何が欲しいとか、こういう事をしたいとか、もっと言っていいんだからね?何でも聞いてあげられる訳じゃないけど…言っちゃ駄目な理由なんてないんだから」
「は、いっ…ありがとう、ござい…ます……っ!」
「それと、敬語も要らないよ。普通に、話してくれればいいからね」
ぽろぽろと、ビッキィちゃんの瞳から零れ落ちる涙。それを私は、撫でるのとは逆の手の指で掬って、また微笑む。
これはきっと、ビッキィちゃんが押し込めていた…或いは、無意識に押し込めてしまっていたものの、感情の発露。であればちゃんと、受け止めてあげなきゃいけない。この人なら、この人の前なら、自分は我慢しなくていい…そう思ってくれたって事なんだから。
「…ご飯、食べよっか。ビッキィちゃんも、もうお腹空いたでしょ?」
「はい…じゃ、なくて…えっと…うん…!」
ビッキィちゃんが泣いていた時間はそう長くなく、落ち着いたかな?…というところで、私は夕飯の事を切り出す。するとビッキィちゃんは頷…こうとしてからさっきの私の言葉を思い出したのか、少しだけ考えて…それから、うん、という言葉と共に改めて頷いた。
ベットから立ち上がったビッキィちゃんに、手を差し出す。ビッキィちゃんは、「いいの…?」というように私を見上げてきて、私は頷く。ビッキィちゃんの手を握って、リビングへと向かう。
異形となっているビッキィちゃんの手は、見た目通りゴツゴツとしている。指先は尖ってもいる。でも…これは、ビッキィちゃんの手なんだ。だったら、躊躇う理由はない。
「待っててね、ビッキィちゃん。すぐに完成するからさ」
「…いいにおい……」
リビングに到着した私はビッキィちゃんに座ってもらい、台所へ。予め準備しておいた溶き卵をフライパンにかけ、程良くかき混ぜてから、蓋をしておいた別のフライパンを開き、中のチキンライスを固まり始めた溶き卵の上へ。後は包んで、形を整えて……
「じゃーん!今日のご飯は、オムライスだよっ」
「オムライス…!」
完成したオムライスを、野菜スープやお茶と共に食卓へ並べる。我ながら中々の出来になったオムライスを、ビッキィちゃんは嬉しそうに見つめて…でもまだ、食べない。私の事を、じっと見ている。
どうやらビッキィちゃんは、私を待ってくれてるみたい。だから私は、自分の分も手早く完成させ、ビッキィちゃんの向かいに座る。
「お待たせ、ビッキィちゃん。それじゃ、食べよ?」
「食べます…じゃなくて、食べるね、イリゼさ……あ…」
「……?」
言われてすぐに食べる…と思いきや、何故か止まるビッキィちゃん。なんだろうと思って私が見ていると、ビッキィちゃんは何やら考え込んでいて…少ししてから、言う。
「え、と…イリゼさんのこと…なんて呼べば、いい…?」「あー…そういえばそうだね……」
それを言われてから、私は気付く。そういえば、これまではそもそも呼ばれてなかったと。基本いつも私から話しかけ、ビッキィちゃんは私の問いに答えるだけ…って感じだったから、ビッキィちゃんが私の名前を呼ぶ事自体、今が初めてじゃないかと。
別に、イリゼさんでもいい。けど、敬語じゃなくていいと言ったのに、名前だけはさん付け…っていうのも変な話。いや勿論、タメ口だけど呼び方だけはさん付けって事もおかしい訳じゃないけど、まだ幼いビッキィちゃん的には、呼び方だけ丁寧なまま…というのは混乱を招いてしまうかもしれない。…けど、どうしよう…うーんと……あ。
「ふふっ。じゃあ、ママとか?」
「ママ…?」
「…なんて、ね。イリゼさんでもイリゼちゃんでもお姉さんでも、ビッキィちゃんが呼び易い言い方をしてくれれば私はそれでいい──」
「…ママが、いい…じゃあ、ママがいい」
「へっ?…い、いいの?」
冗談半分で言った、ママって言葉。嫌じゃないけど本気でもない…というか、家族絡みの呼び方は安易に出すべきじゃなかったかも、と言ってから少し不安になった、その呼び方。
でも、ビッキィちゃんは言った。それがいい、ママがいいと。驚いた私は、思わず訊き返し…ビッキィちゃんは、こくんと頷く。迷いなく、私の目を見て。
「…そっか。じゃあ…召し上がれ、ビッキィちゃん」
「うん。ママ、いただきます…!」
ちゃんと両手を合わせて、ビッキィちゃんは食事の挨拶。それと共に、私を…私の事を「ママ」と呼んでくれて、それに私は自然と微笑む。
ママ。この言葉は、この響きは悪くない。からかうように「お母さん」と呼ばれるのとは違う…純粋な思いで、そう呼んでくれていると分かるから。悪くないし…だからこそ、身も引き締まる。それが、信頼し始めてくれたって事なら、私もそれを裏切らないようにしなきゃいけないから。ママと呼んでくれるビッキィちゃんの思いに、信頼に応えたいから。
そうして私達は、二人でご飯を食べる。仲良く談笑を…とまではいかなくても、固い表情のない食卓で。そして、きっとこの日から──私とビッキィちゃんは、家族になった。ちょっと奇妙で……でも、確かな繋がりのある家族に。
今回のパロディ解説
・超が付いても良さそうな程の、直感力
・見た目は子供、頭脳は大人
名探偵コナンにおける、代名詞的なフレーズの一つの事。外見が成長しない女神も、ある意味これですね。…頭脳が本当に大人かどうかはまた別の話ですけども…。