超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession   作:シモツキ

36 / 94
 今回のタイトルの『失堕』は、『失墜』の誤字ではなく、意図的なものです。


第二十八話 失堕の館

 ディーちゃんの様子がおかしい。そう感じたのは、現実でも数日が…仮想空間での活動も、結構な日数が経ってからの事だった。

 

「ふー、ぅ…ここって考えようによってはトレーニングに最適な場所よね。好きなタイミングで強力なモンスターに挑めるし、仮想空間だから普通だったら危険を伴うあれこれも、安全に試せる訳だし」

「…危険を伴うあれこれも試すつもりなの?」

「例えばの話よ、例えばの。さって、それじゃどこか寄ってかない?わたしとしては、今はアイスの気分……」

「えっと…ごめんね、エスちゃん、イリスちゃん。わたし、この後はちょっと……」

 

 クエストを終えて、街に戻ってくる。日数が経つにつれてクエストでも何でも一回辺りの稼ぎがどんどん増えていってるから、ちょっと位良いよねって事で、大きめの何かをやった後は、甘い物を食べてまったり休憩するのが恒例になっていた。

 けれど、少し前からディーちゃんは時々単独行動するようになって、今もそそくさと離れていってしまう。別に別々の行動をしちゃいけない訳じゃないし、昔程わたし達はいつもいつでも一緒、って訳だから、それをいけないって言うつもりはないんだけど……

 

「…ディール、また一人で行っちゃった」

「そうね…何かしてるのかしら…」

「秘密の、何か?」

 

 なんだか置いていかれた気分のわたしは、イリスちゃんに言葉を返す。

 秘密の何か、と言えば確かにそう。だってわたしもイリスちゃんも、ディーちゃんが何をしてるのか知らないんだから。

 

(一人で更に稼いでる…とかはないわね。ディーちゃんがわたし達を出し抜く訳ないし、そもそもそんな事をしてたらディーちゃんはわたし達より疲れてる筈なのに、これまでそんな様子もなかったし)

 

 少し考えてみるものの、これかも、と思うものは出てこない。そう考えている間にもディーちゃんの姿は小さくなっていく。

 

「…イリス、気になる」

「ま、そうよね。…考えてても仕方ない、か…」

「…追い掛ける?」

「えぇ。でも、イリスちゃんは待ってて頂戴。大丈夫だとは思うけど…万が一、って事もあるしね」

 

 まさかとは思うけど、ディーちゃんがわたし達にも秘密にするって事は、それだけ危険な何かに関わっているのかもしれない。そう思ったわたしはイリスちゃんに待つよう言って、ついでに時間を潰せるよう、これまでに調べておいたイリスちゃんが楽しめそうな施設のデータも端末に送っておいて、それから駆け足でディーちゃんを追う。

 

(えっと…いた。わたしが記録してない転移先とかに飛ばれなきゃ良いけど……)

 

 ある程度近付いた後は、物陰に隠れながら尾行。そういえば、尾行はつい最近もしたわね…あの時と今とは色々違う訳だけど。

 と、そんな事も考えながら追う事十分弱。角を曲がったディーちゃんを追って、わたしもその角を…曲がった瞬間、見えたのは立ち止まっていたディーちゃんの背中。ここまでは躊躇いなく歩いていたディーちゃんが急に止まったものだから、わたしは慌てて角に戻る。しまった、まだ歩くんだろうと思って油断していた…。

 

「…ここは……」

 

 一度身を隠し、改めてディーちゃん…そしてディーちゃんが立ち止まった先を見る。

 そこにあったのは、一見するとただの店舗。何のお店なのか分からない、大きくも小さくもない…入る事が出来ない周りの建物よりも色が濃いって点を加味したとしても、意識しなきゃ見過ごしてしまいそうな場所。こんなお店に何の用が?…と思ったわたしだけど…こんな所に一人で来たって事を考えると、むしろ怪しい。

 そしてわたしに気付く事なく、少しの間立ち止まっていたディーちゃんはお店の中へ。すぐに追うと入り口で即見つかる可能性もあるし、場合によってはディーちゃんが出てくるまで待って、いなくなったところで調べに入った方が良いかもしれない…そんな風に思っていたわたしだけど、ディーちゃんは出てこない。待っていても、全然出入り口からは現れない。

 

「…入ってみるしかない、って事ね…いいわ、別にディーちゃんに絶対見つかっちゃいけない訳でもないんだから」

 

 意を決して、そのお店の前に。自動ドアを通って、店舗の中へ。

 入った瞬間に感じたのは、甘い…なんだか甘ったるい感じの匂い。それと共に、わたしを迎えたのは……

 

「いらっしゃいませ、リラクゼーションセンター・フォウルアトラスへようこそ♪」

 

 ふよふよと浮く、小さくぱっと見可愛らしい少女。グリモワールやイストワールを思わせる、妖精の様な女の子だった。

 

(怪しい…匂いもそうだし、ここはなんだか……)

「おや、お客様は初めての方ですね。当店は初回に限り、無料の体験コースを行っています。さぁ、こちらにどうぞ」

「え、ちょ、ちょっと…?」

 

 言うが早いか、こっちの反応も待たずに案内を開始してしまう店員妖精(?)。半ばわたしは置いていかれる形になって…でも見た限り、妖精の進む先以外に扉はない。付いていく他ない。

 

「…リラクゼーション、って言ったわよね。ここはマッサージとか、そういうお店な訳?」

「はい。ご来店頂いた方は皆、何度もリピートして下さる程満足なさっていますよ」

「…………」

 

 尚更怪しい。別にリラクゼーションそのものを否定する訳じゃないし、こういう施設がある事自体は変でもないけど…とにかく店員が特殊過ぎる。それにディーちゃんがこういう施設を好むとも思えない。だから、はっきり言って、何か裏がある気がしてならない。

 

「それでは、体験コースはこちらでの施術となります。そちらに横になってお待ち下さい」

 

 ある程度進むと扉が幾つもある場所に行き着いて、その内の一つへ誘導される。入ると中はベットが一つあるだけの、凄く簡素な部屋になっていて…説明を終えると、妖精は出ていってしまった。

 

「…横に、ねぇ……」

 

 ベットに腰掛け、考える。このまま従っておいた方がいいか、それともこのお店を…別の部屋を調べた方が良いか。まだまだ分からない事が多過ぎるから、どっちを選ぶにしてもって感じで……そう、思っている時だった。不意に、唐突に…何かに肩を触られたのは。

 

「……ッ!誰!?」

 

 反射的に振り返る。警戒はしていた、なのに触れられるまで全く何も気付かなかった事で、一気にわたしの中で緊張感が高まっていくのを感じながら、わたしは臨戦態勢で振り返る。そして、振り返ったわたしが見たのは、わたしに触れていたのは……

 

「にゃ〜、うにゃ〜♪」

「……へっ?」

 

……猫だった。猫型モンスターとか、猫型妖怪とか、猫型ロボットとかじゃなくて…シンプルに、可愛い猫だった。

 

「ね、猫…?どうして猫が…っていうか、どこから……わっ!?」

 

 あまりに拍子抜けな展開に、肩の力が抜けるわたし。それから疑問が頭に浮かんで…けれどその直後、猫がわたしに飛び掛かってきた。驚いたわたしは、力が抜けていた事もあって、ベットに仰向けで倒れてしまう。

 

「痛た…えっ、ちょっ……」

「にゃうっ♪にゃーう、うにゃ〜にゃ〜♪」

(え、こ、これって……)

 

 油断した…と思ったのも束の間、わたしは猫に乗っかられる。乗っかった猫はわたしを見つめ…それから可愛らしく鳴くと、わたしの身体の上を歩き始めた。爪でも当たったのか、初めにちくりとした後に、腕、肩、お腹と順に、ふみふみし始めた。

 つぶらな瞳、愛くるしい容姿。和む仕草に、何とも心地良い肉球の足踏み。…まさか、まさかこれって……

 

「リラクゼーションって…そういう事……?」

 

 思い至った可能性に、わたしは再び拍子抜け。いやまぁ、分かる。凄く癒されるし、普通に気持ちも良い。リラックスするかどうかでいえば、物凄くする。…でも、わたしが想像していた…っていうより、危惧していた事とは、何もかも違っていて…思わずわたしは笑ってしまった。なーんだ、こんな事だったのね、と。

 

「あー…これ、いいわ……」

 

 すっかり気の抜けたわたしは、暫しふみふみマッサージを堪能。うつ伏せになると、背中や腰もふみふみしてくれて、これもこれで心地良い。今までマッサージなんて殆ど受けた事なかったけど、確かにこれは嵌まる人の気持ちも分かるって感じで…ってあぁいや、普通はこんなマッサージなんてないわよね。これも仮想空間ならではの……

 

「お疲れ様でした。体験コースはここまでとなります」

「え……も、もう?」

 

 またもや、わたしからすれば不意打ちのように聞こえた声。いつの間にか、部屋の中には店員の妖精がいて…体験コースはここまでらしい。…さっき始まったばかりなのに、短くない…?それとも、わたしが気付いてなかっただけで、結構な時間が経ってたって事…?

 

「これで終わり、なのね…そ、そう…」

「…延長、なさいますか?」

 

 延長。その提案を聞いて、上手い商売だと思った。無料の体験で魅力を知ってもらいつつ、気に入ったところで…又はさあここから、というところで体験を終了させて、正式版へと誘導する。ゲームの体験版なんて正にそれそのもので、そのやり口は悪どくも何ともないんだけど…上手い商売だと感じてしまったのは、わたしが少なからず心を惹かれて、延長したくなってる事の証左。なんていうか、まあ…ちょっと悔しい。

 でも同時に、違和感も抱く。ここが思ってたのと違う場所だっていうのは分かった。だけどこうなると尚更、ディーちゃんが隠していた理由が分からない。こんなのイリスちゃんだって喜びそうなものだし、なのにどうしてディーちゃんは黙っていたのか。それが分からなくっちゃ、追ってきた意味がない。

 

「…延長料金は幾ら?」

 

 少考の後、わたしは延長を、本コースの施術を選ぶ。今は、もっと知るしかない。…って言っても、この後も猫ににゃーにゃーふみふみされただけなんだけどね…自分の考えてる事と、実際にされてる事とのギャップが激し過ぎる……。

 

 

 

 

「よっと!ディーちゃん、お願い!」

「うん…!これで、後は……!」

「イリスにお任せ」

 

 魔法で強化した身体能力をフル活用し、討伐対象のモンスターを叩き斬りつつ吹き飛ばす。飛んだモンスターへディーちゃんが氷塊を上から叩き付ける事で追撃して…トドメはイリスちゃん。あんまり緊張感のない走り方で駆け寄って、手を変化させる事で作った刃を突き立てて…容赦無く、ぶすり。わたし達の三連撃を受けたモンスターは力尽き、クエストは完了する。

 

「エスちゃん、お疲れ。イリスちゃんも、最後の一撃ありがとね」

「うん、イリス頑張った。でも、エストはもっと頑張ってた」

「確かに、今日はかなり調子良かったよね」

「ありがと。けど残念、わたしはいつだって調子ばっちりなのよ?」

 

 二人からの言葉に悪い気はしないと思いつつ、ふふんとわたしは胸を張る。わたしの返答に、ディーちゃんは苦笑していて…それを見ながら、わたしは内心呟く。

 

(…まあ、ほんとは二人の言う通りだけど…ね)

 

 昨日わたしは、ディーちゃんを追って怪しいお店へと入った。そこで体験コースと、延長としての本コースを受けた。 結果から言うと、わたしの求めていた事は分からなかったし、ディーちゃんも見つけられなかったけど…それはそれとして、効果は絶大だった。コンディションばっちり、絶好調になっていた。

 

「イリス、昨日は図書館を見つけた。図書館は良い、知識の宝庫。…という訳で、今日も図書館に行ってきたい。…良い?」

「あー…うん、良いわ。一人で行ける?」

「大丈夫、行ける」

「それじゃあ…この後は、各々したいように…って事にする…?」

 

 伺うようなディーちゃんの問いに、わたしは首肯。勿論イリスちゃんも同意で…わたし達は、一度別れる。イリスちゃんは図書館に向かって…同じように歩いていくディーちゃんの行き先は、きっと今日もあそこ。

 

「…今日こそ何か掴まないと……」

 

 少し待ってから、わたしも歩き出す。ディーちゃんとは別行動で、ディーちゃんと同じ場所へ向かう。

 別に危険な場所じゃなさそうだし、当人に訊けば良いんじゃないの?…そうは思わなかった。少なくともこの時のわたしは、そういう思考になっていなかった。

 

「本日も来て下さったんですね。昨日はこのコースでしたが、本日はどうなさいますか?」

「…色々コースがあるのね…(って事は、ディーちゃんは別のを受けてるかもしれない訳ね…)」

 

 コース表を見て、わたしは考える。費用的には昨日と同じものが一番安上がりだけど…昨日と同じのを受けたって意味がない。

 であれば、選ぶのは一番高額なコース一択。ディーちゃんの事を思えば、出費なんて惜しくない。

 

「では、少々お待ち下さい」

 

 昨日とは別の部屋に案内されたけど、内装は大体同じ。ま、そこはどうでも良くて、気になるのは内容。鬼が出るか蛇が出るか、今日のコースでは何をされるのか…そう思っている中で、今日もまた後ろから触れられる。

 

「わんわんっ」

「…犬…割と想定範囲内…」

 

 振り向けば、いたのは鬼でも蛇でもなく、犬。昨日の猫とは甲乙つけ難い位、この子も可愛いけど…正直、これが一番高いコースなの?…って感じ。ここのオーナーか、このお店のシステムを組んだ人が大の犬好きだってなら理解はするけど、猫が普通のコースで、犬が高級コースっていうのはどうにも納得が……

 

「くぅんくぅん」

「へ?二匹目?」

「わわんっ!」

「きゃんきゃん!」

「びょうびょう!」

「なんかどんどん出てきた!?」

 

 どこからか、どんどん出てくる犬達。ぴょんぴょこ出てきては、横になっていたわたしの背中に乗ってくる。

 分かった、理解した。猫より犬が高ランクって訳じゃない。単に、これは…数が多い…!

 

「わふわふっ」

「な、なんて安直な…」

「わーんわんっ」

「なんて…安直な……」

「わふぅ…♪」

「なんて安直っ…なぁぁぁぁ……っ!」

 

 すりすり、ふりふり、ふーにふに。何匹もの犬による、じゃれ付くようなマッサージ(?)はあまりにも強力で、あまりにも強烈で…駄目だった。抗えなかった。気が付いたら、このリラクゼーションに身を委ねていた。

 

(ちょっと…何よこれ…猫や犬にふみふみされたりすりすりされたりしてるだけなのに、こんなに癒されるなんてぇ……)

 

 身も心も溶かされる。身体はふわもこなボディに、心はその愛くるしい姿や鳴き声に、解きほぐされてしまう。心地良くて、ほんとに心地良くて……

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

「はい、こちらのコースは以上となります。如何でしたか?」

「……うぇ…?…あ……」

 

 なんだかうとうとしていた、微睡んでいたところを起こされたような感覚。意識を引き戻すような呼び掛けに顔を上げれば、昨日と同じように、いつの間にか店員妖精がいて…そこでやっと、わたしは自分の目的を思い出す。それを忘れて、心地良さにうつつを抜かしてしまっていた事を理解する。

 

(油断した…!普通じゃないところだって事は分かってた筈なのに、昨日と同じ轍を踏むなんて…!)

 

 緩んだ気持ちは霧散して、代わりに不甲斐なさが心を包む。やられた、やってしまった…不甲斐なさに加えて恥ずかしさもあって、わたしは自分の表情が歪むのを感じる。

 これじゃいけない。いけないし、二度も同じ結果になった事を、今度こそ活かさなきゃいけない。こんな情けないミスをしてしまう程の魅力が…危険性が、ここにはある。二度も失敗したからこそ得られた危機感…せめてこれを、価値あるものにしなくっちゃ…!

 

 

 

 

 それからわたしは、連日このお店へと通った。毎日毎日、ディーちゃんを追う形で訪れて、ディーちゃんが秘密にしていた理由、隠して通い詰めてる理由を突き止めようとした。

 ただ、でも、正直…難航している。ここは普通じゃない、ある意味で危険だって分かってるのに…そこから先に、進めていない。

 

「今日も、お願い…」

「畏まりました、こちらへどうぞ」

 

 コースを選び、先払いで費用を払って、案内を受ける。部屋に入って、ベットに横になる。

 

「きゅっきゅ!」

「ぴぃぴぃ!」

「このコースはハムスター…と、ハリネズミなのね……」

 

 これまでのコースは全て、一貫して可愛い動物によるリラクゼーションだった。種類も数もまちまちで、今回みたいに複数種の事もあって…どのコースも例外なく、受けている最中は凄く心地良かった。その後も、凄く調子が良くなっていた。…でも……

 

(…足りない……)

 

 初めの内は、気付けば施術が終わっていた。それ位、毎回夢中になっていた。けれど段々、その感覚は薄れていって…今はしっかりと意識を保てている。

 それは良い事。調べる為にはちゃんと把握しなきゃいけないんだから、好都合な事の筈。…なのに、抱くのは物足りなさ。足りない、満たされていない…そんな感覚がずっと頭の中をぐるぐるとして、思考に集中する事が出来ない。

 

「……っ!…だ、駄目よ駄目、流されちゃ…流される訳には……」

「…お客様、延長はなさいますか?」

「…う……そう、ね…延長…」

 

 ちょこまかと動く小動物の可愛さにつられそうになる視線を何とか引き止めながら、もやもやとする胸中を振り払いながら、わたしは自分に言い聞かせる。

 その最中に、例の如く、いつの間にかいた店員妖精に…いつものように、延長をするかどうか訊かれる。訊かれて、これまでと同じ調子で延長すると言いかけて…気付く。

 

「…待った、延長料…やけに増えてない…?」

 

 当たり前の事として、延長する場合は追加で支払いが発生する。それは別にいいけど…その費用がおかしい。前より明らかに増えている。少し位ならコースの違いで納得出来るけど、今見た額はその域を超えている。

 何かの間違いか、それとも本性を表したか。わたしが疑いの視線を店員に向ければ、彼女はにこりと笑って言う。

 

「そのような費用設定ですので。本日は延長なしに致しますか?であれば出口までご案内を……」

「ちょ、ちょっと待った…!別に…延長しないとは、言ってないでしょうが…」

 

 これでは自分はいいカモだ。そう分かっているのに延長を選んでしまった自分に、内心歯噛みするわたし。ここで延長したところで一体何になるのか…それだって理解してるのに、流されるようにわたしは選んでしまった。

 そうして再開された施術も良かった。良かったけど、渦巻くもやもや、物足りなさは消えてくれなかった。それどころか、なまじ続けちゃったせいで、余計にもやもやとした感覚が強くなって…結局、その感覚は最後まで消えなかった。消えないままに、体調だけは良くなって…今回の施術が終わる。

 

「不味い…もう沼に片足どころか半身浸かってるようなものよ…というかよくよく考えたら、もう普通にディーちゃんに訊けばいいじゃない…それを躊躇う理由なんてないんだし……」

 

 外へと向かう廊下の道すがら、小声で呟く。なんだか負けな気がしてここまで自力調査を続けてきたけど、それに拘って何日も費やしたり、ましてや無駄な消費や消耗をするだなんてわたしらしくない。

 だったらもう、この辺りが引き際かもしれない。これ以上ドツボに嵌る前に、冷静な戦術的撤退を……

 

「本日もありがとうございました。…お客様も、もうご常連とお呼びしても差し支えないお方。そんなお客様に、お勧めしたいコースが……ご常連の方だけにお伝えしている、裏コースがあるのですが…次回はこちらを、如何ですか?」

「……──っ!(来た…!)」

 

 どきり、と緊張感が…初めにあった感覚が蘇る。裏コース…そういう何かがあるんじゃないかと、そこに話せない理由があるんじゃないかと、元々わたしは睨んでいて…それが今、それを暴くチャンスが今、向こうからやってきた。

 もう止めようと思っていたタイミングでの、誘い。これはタイミングが良いのか、悪いのか…それともまさか、わたしの思考を読み取って、止めさせない為に裏コースの提案をしてきたのか。…なんて、それは流石に考え過ぎ、よね…。

 

「…………」

 

 こういうのは、引き際を見誤るとどんどん引くに引けなくなって、取り返しが付かなくなる。加えて裏コースはもう必須じゃない。

 だけど、もしディーちゃんに隠されたら?どうしても話せない理由が裏コースにあるんだとしたら?それに…それにもし止めたとして、そうしたらその時、わたしの中に残ったこのもやもや感は……。

 

 

 そうして考えた末、わたしは選んだ。きっと…そう、きっとわたしの意思で。

 

 

 

 

 コース毎に、案内される部屋は違っていた。扉の見た目も内装もほぼ同じで、わざわざ変える必要があるのかは分からないけど、とにかくそれぞれ分かれていた。

 ほぼ同じ、ただ分かれているだけの各部屋。けれど一部屋だけ、一番奥の扉だけは違っていた。まだ入った事のないその部屋は、扉の見た目は他と同じだけど、何かが違う気配があって……その扉の前に、今わたしはいる。

 

「先程もお伝えした通り、こちらのコースは途中退室が出来ません。宜しいですね?」

「えぇ、構わないわ…」

「それでは…どうぞ、至福の時間をお過ごし下さい」

 

 裏コースの費用は破格、これまでより遥かに高額。加えて入ったら施術が終わるまで出られないというんだから、絶対に何かある。

 けれどそれは、ここからじゃ分からない。自分の目で確かめるには、この先へ踏み込むしかない。

 

(至福、ね…いいじゃない、至福でも幸福でも享受してやるわ)

 

 自分で入れって事なのか、店員妖精は案内だけして戻っていく。わたしは扉に手を掛け…強く掴む。

 思うところは、色々ある。何が何でも自分の目で確かめなきゃいけないって訳でもない。けど…そもそもここは現実じゃない。ちょっと位無理したってどうって事ない、そういう空間。なのに怖気付くなんて…そんなのわたしらしくない。

 それに気付いた事で、少しだけ調子が戻った。だからわたしはその意思を胸に…扉を開く。

 

(……っ…何、この…訳の分からない魔力が飽和してるみたいな場所は…)

 

 開いた瞬間は分からなかった。でも入った瞬間に感じた。全身で、全感覚で…この部屋の、この空間の異質さを。

 自分で言うのもあれだけど、魔法や魔力絡みの事なら、肌で感じるだけで何となくの性質や方向性は分かる。勿論偽装や隠蔽をされている場合はまた別だけど、この空間に充満している魔力はそういう細工をしていない…と、思う。なのに、全くもって見えてこない。異質だって事しか把握出来ない。

 でも…可能性は、ある。例えば、ゲイムギョウ界とは何もかも違う世界の魔力や魔法だったら、名前や現象が似てるだけで、本質は全く別に決まってるんだから、どんなにゲイムギョウ界の魔法に詳しくたって分かる訳ない。そして今は、ゲイムギョウ界以外からも信次元に、ここに人が招かれている。だとすれば、この異質な空間は……

 

「…………え?」

 

 と、そこまで考えていたところで、漸くわたしは気付く。この部屋が、他よりかなり広い事に。感じた異質さにばかり意識が向いていたけど…ここには既に、何人もいる。そしてわたしは…愕然とする。

 

「はぁ、ぁぁ…そこ、そこいい……」

「力、抜ける…全身緩むぅ……」

「あ、は…これ、凄過ぎぃ……」

「延長、しますぅ…もう少しお願いしますぅぅ……」

 

 聞こえてくる、あまりにもとろんとした声。気の抜けた、弛緩した…情けない、でもぞくりとするような、熱を帯びた甘い吐息。

 目と耳を疑った。信じられなかった。だってそれは、例えばそれは、何度戦ってもわたしを驚かせてくれる、強いと心から思える存在。能天気なようでいて、その実物事の本質を見抜いてくる、苛烈さと冷静さを併せ持つ存在。きっと壮絶な過去を背負っているのに、それをまるで感じさせない…子供の様でも本当は凄く大人な存在。…そんな人達が、そんな女神や人が、揃ってその影もない姿を晒していたんだから。それにここには、今聞こえた声以外の人達もいて…分かる、分かってしまう。これは最早利用してるんじゃなくて、身も心も『虜』にされているんだと。

…でも、それは半分。わたしが愕然とした理由の、半分に過ぎない。これ程の事すら半分にしかならない、半分に押し留めたもう一つの理由は……

 

(ぶ…ブルーマン的な何かにマッサージされてるぅぅぅぅううううううッ!?)

 

 ここにいる女の子達を骨抜きにしている、ある意味一番信じられない存在がいたからだった。な、何!?何あれ!ブルーマン王子的な何か!?そういう事なの!?ここではそういう事が起こってるの…!?

 

「ようこそ、お客様。さぁ、こちらへどうぞ」

「ひ……っ!(し、しかも顔だけ動物になってるぅ!?人面鳥…じゃなくて鳥面人!?キモっ!怖ぁ!)」

 

 愕然とし過ぎて周囲への意識が壊滅していたわたしへ声を掛けてきたのは、顔だけ小鳥で、首から下はブルーマンの、なんかもうキモくて怖いとしか言いようのない存在。な…何を考えてるのよこのコースは!なんで表のコースは普通に可愛くて癒される感じなのに、常連前提の高額裏コースがこんな超マニアック向けな訳!?…いやまあ常連前提だから一風変わったものを、って事は理解出来るけど…明らかに方向性間違えてるわよ…!?

 

「さあさあこちらへ。最高の時間をご提供致しますよ」

「い、いやわたしは遠慮……ぁ…」

 

 まあまあ良い声なせいで余計ゲテモノ感が凄い。こんな悪い方向にぶっ飛んだ人間…人間?動物?…にマッサージされるなんて、冗談じゃない。その思いで、ずいっと顔を近付けてくる鳥面人にぞっとしつつも断ろうとしたわたしだけど…身体に力が入らない。後ろに回られ、肩を押されてベットに誘導されるのに、抵抗が出来ない。

 これは、魔法や毒による麻痺だとか、金縛り的なやつじゃない。感覚的にはむしろ逆っていうか、身体がふわふわするというか…多分、この空間に満ちる魔力や魔法自体に、リラックス効果があるんだと思う。そのせいで、意外と力の強い鳥面人を跳ね除ける事が出来ず…わたしはベットにうつ伏せにされる。そして……

 

「ではまずは、緊張をほぐしていきましょうか」

「──〜〜っ!」

 

 この部屋の中に入ってからずっと動揺しっ放しなわたしの思考。それが吹き飛ぶ、霧散する。鳥面人に触れられた事で。ただ、触れられたってだけで。

 

(な、何よこれ…ただ触られてるだけじゃない…なのに、なんで……)

 

 押し寄せてくるのは、心地良い脱力感。それと共に浮かぶのは、理解出来ない事への困惑。

 これまでのは、まだ理解が出来た。可愛い動物に癒される事で気持ちが安らいで、それがリラックスに繋がってたんだろうって解釈出来るから。それじゃ説明し切れないリラックス効果はあったけど…まだ、今のこれに比べればそういうものかと考えられる。

 でもこれは違う。この青色鳥面人に癒し要素なんて微塵もない。一応は可愛い顔でさえ、他の要素と負の相乗効果を発揮しちゃってるんだから、癒される筈がない。技術にしたって、今はまだ軽く触れられてるだけ。なのに、気を抜いたら途端に全身が弛緩しちゃいそうな程の脱力感が、今もわたしの中を駆け巡っていて…やっぱり来るべきじゃなかった。来るにしても、もっと対策を講じるべきだった。…そう思っても、もう遅い。

 

「困惑していらっしゃるようですね。しかしご安心下さい、すぐにあちらの方々の様に、緊張だけでなく全身くまなく解きほぐして差し上げます」

「くぁ、ふ…ふぁぁ……自分でも知らなかった脚の疲れが解れる、抜けていくぅ……」

「ぁっ、そ、そんな急に強く…ぁふ、くひぁぁ……っ!」

 

 声に誘導されて見た先にいるのは、おねーさんにセイツ。二人共鳥面人の言葉通り、何の躊躇いもない、緩み切った恍惚の表情を浮かべていて、それぞれの施術をしている兎面人へ完全に身を委ねている。ここで施術を受けている人は全員、無防備そのものになってしまっている。

 そしてそれは、わたしも例外じゃない。このままだときっと、わたしもそうなる。…そう分かっているのに、何も出来ない。鳥面人の手が動く度に脱力感が広がって、思考が隅に追いやられる。押し込められた先で、心地良さに塗り潰される。

 

「つぁ、ひぅっ…ふー、ふーぅ…!」

 

 何度も深呼吸を繰り返して、何とか意識を繋ぎ止める。今はこれで精一杯。この精一杯すら、いつまで続くか分からない。

 それに何より恐ろしいのは、あれからずっと渦巻いていたもやもやした感じが、少しずつ消えていっている事。溜まったもやもやを掘り起こされて、溶かされて、心が解放される…それが凄く、心地良い。こんな場所で、こんな形で手玉に取られるのは、悔しいを超えて屈辱的ですらあるのに、心のどこかで望んでしまっている気すらする自分自身に、わたしは背筋が凍り付く。

 だけど、それすら緩和される。気を緩めれば絡め取られる、気を強く張ってもじわじわ侵食されていく。自分以外の事なんて考えられない。自分の事すらままならない。そんな、真綿で首を絞められているような…それでいて甘美な魅力に沈められていくような感覚が、わたしの思考を染めていって……いよいよ頭がぼーっとし始めた、そんな時だった。

 

「……エス、ちゃん…?」

「……──っ!?」

 

 薄れつつあった意識が、その一瞬で引き戻される。反射的に、わたしは声のした方向を振り向いて……目が合う。認識し合う。…わたしの方を見て、唖然とした表情を浮かべたディーちゃんと。

 

「…ディー、ちゃん…?…あ……」

 

 なんで、どうして?…一瞬疑問が浮かび、それから気付く。これまではいつも、ディーちゃんを追う形でここに来ていたけど…今回だけは、違った事に。裏コースの存在を気にし過ぎて、その辺りの注意がおざなりになってしまっていた事に。

 それと同時に、また背筋が凍り付く。逆に、顔は一気に熱くなる。ディーちゃんに見られた。ディーちゃんに知られた。今のわたしを、籠絡されかけていた自分の姿を。

 

「ち、違っ、違うのディーちゃん…!これは……」

「…そ、っか…うん、大丈夫…大丈夫だよ、エスちゃん。…全部、分かってるから」

「分かってるって…ディーちゃん、何を──」

 

 何を言っているの。そうわたしは言おうとした。言おうとして、言えなかった。…その時のディーちゃんの、ほんのりと朱色を帯びた表情を見た事で。微妙に違う鳥頭をした店員に促されたディーちゃんが、何の躊躇いもなくその誘導に従った事で。

 

「お客様、本日はどのように致しますか?」

「今日も、お任せで…お願い、します…」

 

 ちょっぴり恥ずかしそうに、でもどこか期待の滲む声で応えるディーちゃん。誘導されたのはわたしの隣、すぐ近くのベットで…横になったディーちゃんが見せたのは、周りと同じ顔。無防備に自分を明け渡す、そんな姿。

 

(……そんな筈ない…ディーちゃんがこんな事に、好きで嵌る筈なんてない…。なのに…よくもディーちゃんに、こんな顔を…ッ!)

 

 見た事のないディーちゃんを前にして、これまでとは違う感情が、どろりとした衝動が心の奥底から湧き上がる。

 他人には見せられない姿をしてしまっていたのは、わたしも同じ事。元を辿れば、ディーちゃんだって自分の意思でここに来たのかもしれない。…けど、そんな事はどうでもいい。ディーちゃんを辱めるもの、誑かす存在、汚す事柄…全部全部、一切合切許さない。

……そう、思った筈なのに…確かにこの時、そういう感情が湧き上がっていたのに……

 

「ぁ、あ…やっぱり、これ…気持ち、いぃ……」

 

 更に緩んだ、とろんとした、ディーちゃんの顔。本当に、本当に気持ち良さそうな、ディーちゃんの声。それは凄く、凄く印象的で、わたしにとっては記憶に焼き付いてしまいそうな程の光景で…目が、離れない。意識をディーちゃんから、逸らせなくなる。

 

「連日のご来店ありがとうございます。おかげさまで、お客様の好みがよく分かってきました」

「こ、好みなんてそんな…ふぁぁ…っ!ぁ、でも、そこは…いい、かもぉ……!」

 

 ぐっ、ぐっ、と力を込めたマッサージ。確かにそれは、どこをどうすれば良いか…相手の好みは何かをしっかり分かっているような動きで、ディーちゃんの声は一層の熱が、艶っぽい響きが混ざっていく。

 許せない筈。他の人はともかく、わたし自身だってともかく、ディーちゃんが歪められるのは許せない。それをわたしは許さない。…なのに、なのに……

 

(…羨ましい……)

 

……思って、しまった。すぐに自分が、本当に不味いところまできていると、ここで踏み留まらなきゃ後は流されて飲み込まれるだけだと気付いたのに、今ならまだそう感じられる位の思考は辛うじて残っていたのに、わたしは鳥面人を跳ね除けられない。力が入らないとかじゃなくて…心がそれを、選ばない。選ぼうという、気すら湧かない。

 

「…………」

「段々と緊張が解れてきたようですね。ここからは本格的に、もう少し力を込めて行っていきたいのですが、宜しいですか?」

「…五月蝿い、どうせ終わるまでは出られないんでしょ…」

「そのようになっていますので。ですがお望みでないというなら、このまま緩い力だけで続ける事も出来ますよ。…尤も、お隣のお客様や他の方々の様に、心から楽しんで頂く為には、今よりも力を込める必要がありますが」

「……好きにしたら…」

「畏まりました」

 

 投げやりに、意識も碌に向けずに応える。…何だかもう、馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。ここで気を張ったところでどうなるのか、思考だけ踏み留まったところで、何になるのか…そんな諦観めいた思いが、心の隙間に吹き込んでくる。

 

「(…よく考えたら、もう結論は出てるじゃない…ディーちゃんが何してるかは分かって、それが危険なものじゃないって事も分かった…だったらわたし、別に気を張る必要なんて……)…ひぁん…っ!?」

 

 泥沼に落ちたみたいな思考がだらだらと続いていた中で、不意に…思わず口から出てしまった、小さな悲鳴。それは当然、わたしの声で…鳥面人に強く押された、強いマッサージが始まった瞬間、そんな声が出てしまった。

 また熱くなる頬。でも、周りは皆自分の受けているマッサージに夢中で、気付いた様子はなくて…気持ち、良かった。…いいや、違う。良かった、じゃなくて…今も、続いている。まだまだこれからだとばかりに、本格的に身体も心も崩されていく。そして……

 

「はーっ…はーっ……」

「はぅ…ひぅ……」

 

 凄く凄く長かったような、あっという間に過ぎてしまったような…そんな甘美な時間が、終わる。後から来たディーちゃんとほぼ同じタイミングで終わったのは、内容が違ったのか、それともわたしは終わった事に気付かず、暫く放心状態になっていたのか…それすら今は、分からない。

 

「お疲れ様でした、お客様。…初回という事で、特別に五割増しでの延長も行えますが…如何でしょう」

「五割、増し…?」

 

 何を馬鹿な。鈍化したままでもそう思えたわたしだけど、隣からは十二割増しでの延長の確認と、それに即答をする声が聞こえてきた。…ぼったくりどころか、悪徳商売も真っ青な費用設定じゃない……。…まあ、でも…いっか…。

 

(もうこれ以上、ここに来る理由も、確かめる必要もない…だから最後、最後にもうちょっと体験するだけ…この延長で最後にするから、後一回だけだから…大丈夫……)

 

 わたしは答え、ここに来るようになってから減る一方の獲得ポイントを更に支払いながら、再開してもらう。周りと同じように、延長を選んで、今一度沈んでいく。

 ここにイリスちゃんを連れてこなくて良かった。巻き込まずに済んだ。…多分ディーちゃんがわたし達に何も言わなかったのも、今のわたしと同じような感情を抱いてたからなんだろうなと思いながら…わたしもまた、身を委ねてしまうのだった。

 

 

 

 

 人を、女神すらも惑わせる魔性の館。それを見下ろす事の出来る場所で、締め括るように彼は綴る。

 

「かくしてまた一人、その快を知る事となるのだった。だがそれは、彼女達が弱いから、抗う心を持たぬが故の結果だろうか。…否、断じて否。恐ろしいと足が竦ませ、踏み出さない者が沼に嵌る事はないように、勇気を持って踏み出す者しか、踏み越え前に進まんとする者にしか沈む可能性はないように、これは逆説の如く、彼女達に強さがあったが故の結果である。…と、言ったところかな?」

 

 言い切ったところで、彼はもう一人の人物に、そこに上がってきた者の方へと振り向く。問われたもう一人に返答はなく…されど気にする様子もなく、彼は続ける。

 

「ともかく、やはり君に声を掛けて正解だったよ。才能に溢れるとはいえ人間に過ぎない彼女達や、どういう訳か女神でありながら魔術絡みの耐性が全くないイリゼさん、セイツ君辺りはまだしも、超一流の魔術師…もとい、魔法使いであるディール君やエスト君まで魅了する事が出来たのは、間違いなく君がいてくれたからだ。信次元とこの仮想空間に合わせて構築した術式の補正に修正、心理を読み解く思考力、そして私の演算補助…いやはや、君が敵でなくて、この演目の副監督に選んで本当に良かった」

「…そりゃ、良かったな」

「しかしまあ、ここまでのものが出来上がるとは、我ながら驚きだよ。仮想空間ならではの固有結界…コードキャスト・タタリとでも名付けようと思うのだが、どうかな?」

 

 にこやかに話す彼だったが、もう一人の表情は冷たいまま。連れないね、と彼が言えば、もう一人は視線を彼から逸らす事なく、言う。

 

「…答えてほしい事がある」

「うん、何かな?」

「…何故、茜まで引き込んだ」

 

 一見落ち着いた…しかしその裏に冷たい怒気を孕ませた、もう一人の言葉。それを受けた彼は、あぁ…と小さく呟くと、肩を竦める。

 

「すまない、けれどこれはわざとじゃないんだ。茜君には影響が出ないように調整した筈なんだが…何か見落としがあったのかもしれない」

「白々しいな。茜がこれの本質に、危険性に気付かない筈がない。…最初から引き込む前提でもなければ、な」

「そうかな?…私も見える事、分かる事…そしてそれから抗えず、如何に手を尽くしても逃げられない事の絶望については少しばかり知っていてね。私のそれと彼女のそれは、まるで違う事だとしても、ほんの少しばかり私が理解を示してしまったが為に、彼女にとって通用し易い仕様に、無意識にしてしまった…そういう可能性もあると、私は思っている。何れにせよ私の非ではあるし、重ねて謝罪をさせてもらおう」

「芝居臭いにも程がある…それに、随分と悪趣味だ。お前はもう少し、まともだと思っていたが…いや、まともな芝居に俺が乗せられていただけか」

「クク、まさか私をまともだと思っていたとは。…そういう言葉は、私には似合わないさ。それを遥か過去に失った果てが、『ズェピア・エルトナム』であり『タタリ』なのだからね」

 

 自嘲気味に笑う彼の表情。それはここまでの芝居掛かった雰囲気とは違う、本当にどこか悲しそうな色を帯びており……もう一人の彼も、数秒程黙っていた。黙り…それからまた、口を開く。

 

「…これからどうする気だ。このまま現実の茜達まで手中に収める気か?もしそうだと言うのなら……」

「いやいや、そんなつもりはないよ。私としては本当に、少しばかり愉快なリラクゼーション施設を作ろうと思っただけだし…何よりこれは所詮、私も君も彼女達も、全員が記憶や意識によって仮想空間内に作られた『再現データ』に過ぎないからこそ、システムやプログラムには抗えない存在だからこそ、上手くいった演目に過ぎない。もし現実にまで手を出そうとしても、上手くいかずに抜け出されるのが関の山さ。…尤も、君が本気で協力してくれるなら、可能性はあるもしれないけど…ね」

「なら、そんな未来はあり得ないな」

「…あぁ、そんな未来はあり得ない。この仮想空間での出来事が、そのような域にまで至る事は、絶対にあり得てはいけないよ」

「…それは……いや、いい。何にせよ、どこまでが演技で、どこまでが真実なのか分からない相手と長々話していても、迷うだけだ」

「ほんとに君は連れないね。…因みに、裏コースの店員の見た目だけど……」

「あれが一番あり得ない。ある意味あんなのを用意したセンスにこそ、俺は正気を疑ったな」

「うん、まぁ…最初はこれ位ぶっ飛んでいる方が面白いかと思ったけど…一度冷静になってからは、私も自分の正気を疑ったよ……」

 

 ふん、ともう一人が鼻を鳴らせば、彼はまた肩を竦める。かくして、その緩んだ会話を最後に、彼等のやり取りは終わる…かに、思われた。

 

「悪いが茜をこれ以上巻き込ませはしない。邪魔も、させない」

「構わないよ。…して、他の方々はいいのかい?」

「他の面子も、次の休憩に入って現実に戻れば我に返るだろうさ。……あぁ、それともう一つ」

「このタイミングでもう一つとは、どこぞの刑事みたいに言うね…うん、何かな?」

 

 立ち去ろうとし、しかしコートの裾を軽く翻しながら振り向いたもう一人に対し、彼は変わらない調子で訊く。そしてその訊き返しを受けたもう一人は……言った。

 

「一応伝えておくが……ルナも籠絡されてるぞ」

「えっ?」

「…………」

「……本当に?」

「本当だ」

「…いたっけ……?」

「裏コースの真相が分かった直後のシーン、出てきた台詞の最後の一人がルナだ」

 

 一切表情を変えず、さも当然の様に言うもう一人の彼。それを受けた彼は、数秒固まり、ゆっくりと下を見やり、視線を戻して……膝から崩れ落ちる。

 

(や、やってしまったぁぁぁぁぁぁ…!あれ、台詞は四つなのに、誰なのか匂わせる地の文は三人分しかないぞ?…と思ってはいたが…まさかの四人目ルナ君だったぁぁぁぁ……)

「…俺も他人の事は言えないが…身から出た錆も甚だしいな。後、メタ発言である事に対しても何かしら反応をしてくれ……」

「…悪いが、そんな余裕はないんだ…まさか、まさかこんな事になるとは……ルナ君の勝利を影ながらサポートする意図もあったのに、まさかルナ君を引き摺り下ろす形になるとは……」

「本当に身から出た錆だな…。…その反応からして、茜の事も嘘じゃないようだが…。……いや、待てよ…これは本当にただの見落としか?それにそもそも、目的の割に色々と手が込み過ぎているような……」

 

 完全にしょぼくれる彼だったが、これが逆に先程の言葉の説得力を生んだらしく、もう一人は顎に親指と人差し指を軽く当てる。それからもう一人の彼は、俄かに違和感を抱き始めるが…それを問いたい彼は、今も分かり易くしょぼくれたまま。これでは碌な答えなど得られないだろうと思い、もう一人は嘆息し…別の言葉を掛けるのだった。

 

「……取り敢えず、この施設は閉店にするか…」

「…あぁ、そうだね…お互いの為にも、そうしようか……」

 

 そうして彼等はその場を去る。先にもう一人が去り、彼も歩みを進め……

 

 

 

 

 

 

「──引き出し炙り出す筈が、逆に取り込まれてしまうとは…これは思った以上に、厄介な事になるかもしれないな…」

 

 誰もいなくなったその場所に最後に残ったのは、小さな呟きだけだった。

 

 

 

 

 因みにその後、閉店からの消滅という終わりを迎えたフォウルアトラス。されどそれについて被害者(?)が言及する事はなく、誰も何も言わなかった為に、それを用意したのが誰か、というのも当人達以外には謎のままであった。

 一体何故、誰も何も言わなかったのか。それは勿論…「そんなのなかったよ?そんなのなかった、そんな経験していない。…な・か・っ・た・ん・だ・よ?」…という、訊けば有無を言わさぬ圧力と共に返されてしまいそうな、そんな全会一致の意思が(話し合いなどなしに)当人達にあったからである。




今回のパロディ解説

・猫型ロボット
ドラえもんシリーズの主人公の一人、ドラえもんの事。でもこれは説明するまでもありませんね。そしてドラえもんの場合は、猫型といいつつ二足歩行ですし、明らかに違いますね。

・ブルーマン王子
千年戦争アイギスにおける、好感度イベントのCGでの王子の通称。この辺りはギャグ調ですが、結構アレな感じになっている気もします。好感度イベントみたいな事になってる…訳ではありません。多分。

・コードキャスト
Fateシリーズに登場する単語の一つの事。特にextra系列ですね。世界観的な意味で言うと、ズェピアがこれを言うのはパロディになるか微妙なところですが、一応説明させて頂きました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。