超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession 作:シモツキ
イリゼが仮想空間の中に残って、何とかしようって言い出した時、自分はその話に乗った。乗ったけど、初めは止める事も考えた。だってそれは、万が一の事を…最悪意識が戻らないかもしれない、何が起きてもおかしくない可能性を考えれば、止めるのが友達の役目だと思うから。これ自体に、誰かの命が掛かってるとかじゃなかったから。
でも、そうはしなかった。初めは止めるつもりだったけど…自分はイリゼの思いを見た。聞いた。前に進もうって思いを。自分を信仰してくれる人の為に、今のイリゼを信じて着いてきてくれた人達の為に、一直線に突き進みたいって気持ちを。多分イリゼの事だから、急がば回れって考え方も理解した上で、茨の道なら茨を切り開いて、道が崩れているなら飛び越えて、何が何でも進んでやろうって…きっと、そう思っている。それは、その姿は、良い悪いは別として…格好良いな、って思う。
だから、止めるんじゃなくて、協力しようって、力になろうって気持ちに変わった。危ない事をしようとしてたら止めるのが友達だし、思いの限り進もうとしてるなら応援するのもまた友達。その両方があった時、どっちにするかなんて難しいけど…難しいから自分は、簡単に考える事にした。難しいなら、一番良い答えを選べば良いって。何とかする方法を見つけて、何とかして、皆で大団円を迎える…それが一番だよね、って。
「んー…うん、ふんふん……」
塔の中に入って、数分。自分としては、速攻攻略しちゃうつもりだったんだけど、メンズ二人…影とワイトさんの提案で、しっかり塔の中を調査しながら進む事になった。今いる場所、一階からは、上に進む為の階段が見えているから、まずは一階を調査してから二階に向かうって事に決まった。自分としても、確かに重要な何かとか、ヤバい罠とかを見逃しちゃうのは不味いなぁと思ったから、賛成して一緒に調べる事にした。で、そうなってからはすぐに、茜は中を見回して、その後は上を見ていて……そこへイリスちゃんが近付いていく。
「…茜、鳴いている?」
「へ?あ、違うよイリスちゃん。…鳴いてるみたいだった?」
「みたいだった」
「あはは…えーっとね……」
こっちからは見えないけど、多分今もイリスちゃんは真顔でやり取りをしてるんだと思う。それは茜の苦笑を見れば予想出来て…それから茜は、説明をしていた。自分としても分かるような分からないような…そんな感じの、茜の力を。
「影君。何か気になる事はあったかい?」
「いや、これといってないな。だが、時間経過や特定の場所に踏み入れる事で起動する『システム』辺りはあるかもしれない。茜ならともかく、その辺りは俺じゃ判別しようがないしな」
「まあ、仮想空間だものね。むしろ完全にではなくとも、そういう事すら把握し得る茜君の方が飛び抜けていると言うべきか」
片やこっちは大真面目に調査結果を確認中。まあ、状況的にはそれが普通なんだけど…とにかく向こうとの温度差が凄い。
って感じで調べていた訳だけど、一階には何もなかった。ゲームみたいに、ある程度奥に進んだらいきなりイベントが…みたいな事が起こる展開も考えていたけど、特にそういう事もなくて、何もなしと判断した自分達は階段で二階へ。
「そういえば影って、イリゼの事をどう思ってる感じなの?」
「なんだ、唐突に」
「いやほら、ここに来る前、影がイリゼに協力する意思を伝えた時って、単に友達や仲間だから〜…って感じじゃない風に思ったんだよね。だから今の内に訊いておこうかなって」
「…色々あったし、色々あるんだ」
「…そっか。まあ、色々あるよね」
登る最中、気になってた事を自分が訊けば、返ってきたのは全然具体的じゃない答え。普段ならもっと突っ込んで訊くところだけど、流石に今はそういう事してる場合じゃないし…自分だって、イリゼには…というか、『女神』という存在には色々な思いがあるから、そういう事かって位で納得をする事にした。
「二階、着いた。…一階より、少し広い」
「確かにそうだね。上に行くにつれて広がるような形状を塔はしていなかったと思うけど、これも仮想空間だから……」
ぐるりと見回すイリスちゃんに頷いて、ワイトさんも視線を走らせる。自分も今度こそ何かあるかな、と思いながら奥に向けて歩き出して…次の瞬間、はっとする。
「……!皆、あそこ!」
「うん、多分モンスター…じゃ、ない…?」
広めの部屋、その中央辺りの空間が不意に歪む。ぐにゃりと歪んで、歪みは分裂して…それぞれが形を作っていく。
大きさは、多少差はあるけど大体大型犬位。数は結構沢山で…遠目に見れば、信次元のモンスター(って言っても種類は色々らしいけど)みたいな見た目。でも、よく見ると違う。黒と灰色の中間みたいな、シルエットみたいな外見をしている事もそうだけど…何かが違う。
「やはり襲ってくるか…!」
「まあそりゃ来るよな…!」
歪みが全て完全な形を持った直後、モンスター擬きは襲ってくる。四足歩行で、走ってこっちに突っ込んでくる。
太刀を抜いて構えると同時に、二発の銃弾が自分の側から放たれる。横を見れば、影とワイトさんが手にした拳銃をモンスター擬きに向けていて、それぞれ撃たれたモンスターは頭…っぽい部分から床に倒れ込む。でも、他の個体は止まらない。
「取り敢えず片付けるよ!」
「これは撃破すると上に進めるパターン、かな…ッ!」
自分は茜と一緒に迎撃開始。まずは前を走る茜が先頭の一体を大剣で止めて、自分は茜を跳び越える。着地の流れで一体踏み付けて……
「おわ…っ!(柔らかい…っていうか、脆い…!)」
倒れるにしろ耐えるにしろ、素早く首の辺りを斬って沈めようと思っていた自分。けどそうするより前に、斬り裂くまでもなく、モンスター擬きは潰れてしまった。勿論そこそこのサイズがあるから、潰れたのは踏んだ部分だけなんだけど……この脆さはちょっと、いやかなり予想外。
「これは…楽だけど、ちょっとやり辛い…かなぁ…!」
違和感が凄いけど、じっくり考えていられる状況じゃない訳で、自分は一番近くの相手を斬り上げ。すると太刀は滑らかに、TVショッピングのよく切れる包丁みたいに刃が通って…普通なら好都合なんだけど、どうも手に伝わってくる感触が弱い。
受け止めたモンスター擬きを斬り伏せた茜は、続けて横薙ぎで二体纏めて撃破。大剣だけあって、リーチもパワーも茜の方が上っぽいんだけど…その茜も、やり辛い様子。
理由は分かる。武器以外もそうだけど、大きくて重い物程遠心力で振り回され易いものだし、ぐるぐる回りながら振り回すとかじゃないなら、斬った時の抵抗での減速も無意識に計算して力の入れ具合を調整したり、斬った後に残る遠心力を想定したりする…と、思う。普段は意識してないけど、自分の場合だったらそう。でも今回の場合、モンスター擬きの場合は、見た目の割にあっさり斬れて、頭で思ってるより抵抗が薄いものだから、どうしても『予想』と『実際』に狂いがあって……狂いがあった場合、大剣みたいな元から振り回され易い武器がより使い辛くなるのは当然の事。それを考えると、射撃とか魔法の方が、このモンスター擬き相手には楽なのかもしれない。
(けど、そういうものだって思えば…!)
でも、最初の一体や二体は狂いに振り回されるところだけど、何度か斬れば、そこからは勘で修正出来る。完全にじゃないけど、ある程度は感覚のズレを減らせる。そう、女神は…ネプテューヌは伊達じゃない!…なーんてね。
そしてそれは茜も同じみたいで、段々勢い余ってるような動きはなくなっていった。そうなれば後は、ただの防御がぺらぺらな相手で…自分と茜がモンスター擬きの集団を受け止めつつ返り討ちにして、影とワイトさんが射撃で次々と削っていって、イリスちゃんも一体、また一体って感じに地道に倒す…そんな感じのコンビネーションで、自分達はモンスター擬きを倒していった。モンスター擬きを全部倒すまでには、そんなに時間は掛からなかった。
「これで最後、だな」
影の投げたナイフが最後のモンスター擬きを貫いて、戦闘終了。倒し損ねた個体はいなくて、こっちは無傷。完全勝利!
「…何というか、違和感の多い相手でしたね」
「だねぇ。っていうか…まさか、これがここの塔のボスとかじゃないよね?道中の雑魚敵みたいなものだよね?」
「これがボスなら楽だったんだが…ま、違うだろうさ」
戦ってる途中で、自分は普通に階段がある事に気付いていた。だから「まさか違うよね?」と言ったら、影だけじゃなく茜やワイトさんも同意見だった。で、イリスちゃんは……
「……?イリスちゃん?」
「…話せなかった。今のモンスター、イリスを襲ってきた。…あれは、モンスター…?」
考え込むような、何となく…本当に何となくだけど、いつもより悲しそうに見えた、イリスちゃんの顔。…そういえばイリスちゃん、モンスターとはすぐに仲良くなってたよね…自分達にとってはただの障害でも、イリスちゃんにとっては仲良くなれるかも、って期待した相手だったのかな…。
「…取り敢えず、ここも調べて、何もなかったらぱっぱと上に行こっか。もし今のがゲームでいう、無限湧きするタイプだったら、また倒さなきゃいけなくなっちゃうしね」
「分かった、イリス調べる」
茜の言葉を受けて、イリスちゃんは壁の方に駆けていく。もしかして話の流れを変えてくれたのかな、と茜を見れば、茜は小さく肩を竦めていた。
そうして自分達は二階も調査。結果、ここにもさっきのモンスター擬き以外は何もないって分かって、それから三階へ。
「二階じゃモンスター擬きが出てきた訳だけど、三階はどうなんだろうね?」
「また出てくるか、別のギミックが障害となる辺りだろう。問題は後者だが、単に壁の様な障害物が出てくるのか、心理的に前進を阻むような何かが出るか、或いは迷宮の様になっているという可能性も……」
「…………」
「ねぷちゃん今、展開殺しだなぁって思ったでしょ?」
「それは…まぁ、あはは…」
次々と可能性を上げる影に「えぇ…?」と思っていたら、茜に思いっ切り見抜かれていた。…だってほんと、こんな片っ端から挙げられていったら、予想外の展開が!…を成立させるハードル高くなっちゃうって…いや、自分が気にする事でもないんだけど…。
「さて、念の為一度ここで止まりましょうか。皆さん、何か懸念事項はありませんか?」
「大丈夫。イリスは元気」
一度自分達を手で制したワイトさんからの確認。イリスちゃんに続いて、自分達も準備万端だと答えて、階段から三階フロアへ。またすぐ戦闘に!…と思っていたけど、入った時点では何も起こらなくて……けどある程度進んだところで、今度は最後に気配を感じた。
「やっぱり来た…!」
「この階は飛行型か…!」
さっきと同じように、先制攻撃は影とワイトさんの射撃。自分も駆け出してから床を蹴って、宙から突っ込んでくる鳥みたいなモンスター擬きをすれ違いざまに斬り付ける。
「ここは…ワイトさん!私の言う通りの位置とタイミングで撃ってもらってもいい?」
「うん?…分かった。茜さん、オペレートをお願いするよ」
予想通り、このモンスター擬きもあっさり斬れる。自分は片膝立ちの状態で着地をして、ターンしながら立ち上がる。その流れのまま、太刀の柄尻で別のモンスター擬きを殴り付ける。
そこで聞こえてきたのは、茜とワイトさんのやり取り。鋭い視線で見上げる茜は、数秒黙った後に素早く位置を、伝えてタイミングを示す言葉を発して…その指示通りに放たれた弾丸は、複数体を纏めて撃ち抜く。
「ふふん、拳銃でも狙いどころを見極めれば、一発で二体以上撃つ事も出来るのだよ!」
「ひゅー、やるね茜。…ところで影は、お嫁さんが別の人とコンビ組んでてもいいの?」
「いいも何も、そういう事なら俺と組んでも宝の持ち腐れになるだけだからな」
遠距離攻撃なしで、突っ込んでくるだけのモンスター擬きへカウンターを掛けつつ自分が言うと、影は眉一つ動かさずに引き金を引いて…さっきのワイトさんみたいに、一発で複数の個体を墜落させる。あぁ…同じような事なら自分も出来るって事ね。よし、なら自分も…!
「ほいっと!」
「おぉ、ネプテューヌ格好良い」
走ってモンスター擬きを引き付けてからの、振り返っての太刀投擲。投げた太刀は目の前の一体は勿論、その後ろにいた個体も、更に後ろの個体も貫いて…壁に刺さる。自分は高度な計算は出来ないけど、単に遠距離攻撃で複数撃破するだけなら余裕ってね!…まあ、今から太刀を取りに行かなきゃいけない訳だけど。
とまぁこんな感じで、三階でも自分達はモンスター擬きを圧倒。大概は一撃で倒せるし、倒し損ねた個体も落ちたところをイリスちゃんがきっちり仕留めてくれるから、勢いに乗ったまま戦闘を進められて…また全員無傷で、自分達は勝つ。
「よーいしょ、っと!…見た目と動き方が違うだけで、相手としては同じよーな感じだったね」
「それは、存在としての性質も含めて、ですか?」
「うん、そーゆー事。…それにしても……」
「あぁ、似ているな。…あの時の、負常モンスターに」
餅つきみたいな感じで大剣を振り下ろして終わらせた茜は、ワイトさんの質問に頷く。それから少し真面目な顔になって…今度は影が頷いた。
それは、自分も薄々感じていた事。曖昧な見た目といい脆さといい、暫く前に自分の世界にも…後から知ったけど、皆の世界や次元にも現れたっていう、暴走した負のシェアの一端…通称『負常モンスター』と、性質が似ている。負常モンスターはもっと何とも言えない見た目だったし、物量は桁違いだったけど、それでも戦ってる途中で思い出す位には、似ている感じがモンスター擬きにはあった。
「って事は、つまり…どういう事?」
「イリスも気になる、どういう事?」
「さてな。あの時の生き残りがデータとなってこの仮想空間に入り込んだのかもしれないし、単なる再現データかもしれない。ネプギアに訊けば、外から確かめてくれるかもしれないが……」
「連絡は出来る限り控えてほしい、との事だったね。必要だと感じたら、躊躇わずにとも言っていたけど…これは急を要する程でもないかな」
自分としてはもやっとするし、確かめたいところだけど…ここはワイトさんの言う通り。だから自分は我慢をして、探索&四階へ移動。そこでもやっぱりモンスター擬きは出てきて、自分達は倒す。殲滅、探索、次の階へを繰り返して、上に登っていく。
「ふー…一回一回はそんなに手強くないけど、上がる度にバトルってなると、少しずつ疲れてくるねぇ。イリスちゃんは大丈夫?」
「まだイリスは元気。ネプテューヌも元気?」
「元気元気〜!…ところでこれ、何階まであるのかな?っていうか、ちょっとずつ出てくる数が増えてない?」
「…影くん、ここの階の内装に見覚えは?」
「ないな。俺もそれは考えたが、毎回…或いは一定の間隔で階層がループしているという事はないだろう」
どんどん登っていって、今は八階目。相変わらず探索しても何も出てこなくて、階段で自分達は九階へ向かう。
モンスター擬きは段々増えてるし、毎回違うタイプが、その一種類だけ出てくる。左右から来たり、床から滲み出るみたいに出てきたり、現れ方も色々で…もしこれが百階とかそれ以上の超ロングタワーだったら、流石に体力がもつかどうか不安になる。…っていうか、他の塔も同じ感じなのかな…。
「これで九階…いい加減同じ事の繰り返しから何か変化してほしいものだが……うん?」
流石に焦れったい、と愚痴るみたいな影君の言葉。だよねー、と思いながら自分も数歩進んで…また感じる。自分達じゃない気配を、次の相手の存在を。でもって、その気配のする方向は……
「……──!上から来るよ、気を付け……はっ!」
「ど、どうかしたの?ねぷちゃん」
「この言葉…何故か凄くしっくりくる…!」
何故かは分からないけど、まるで何度も何度も言ってきたような、口がこの言葉に慣れているかのような感覚。何を言っているんだ的視線を向けられる自分だけど…ほんとにしっくりくるんだから仕方ない。
でもまあそれはそれとして、自分は構えて突撃。九階目、天井から現れた…どころか、天井を突き破って現れたのは、大型の水棲生物っぽいモンスター擬き。
「ほいなっ!」
「ていやッ!」
「ダメージは…薄そうだな…」
自分と茜で連続アタック。向こうが攻撃態勢に入る前に、まず自分が顔の横辺りを斬って、茜は同じ部位へ斬撃を重ねてくれて…何回も手応えがない。でも、手応えがない『だけ』じゃなくて…本当に今回は、ダメージが入ってる感じがない。影君も顔に向けて数発撃つけど、めり込んだだけでノーダメージな気さえしてくる。
理由は簡単、大き過ぎるせい。世界最大の水棲生物並みのサイズなせいで、弾丸は勿論、自分の太刀や、茜の大剣だって表面を斬る位の結果にしかならない。そして自分達が一度距離を取る中、巨大モンスターは動き出して…口っぽい場所を開く。そこから散弾みたいに、遠距離攻撃が放たれる。
「イリスちゃん、危な…って、おぉ…結構度胸あるね…」
回避の為に散開する中で、イリスちゃんだけは逆にモンスター擬きへ向かっていく。不味いと思って、慌てて動こうとした自分だけど…イリスはギリギリでモンスター擬きの下側付近、大きいからこそ口からの攻撃が届かない位置に滑り込んで、そのまま走ってお腹を攻撃。自分達の時と同じように、表面へのダメージしか与えられていないようだったけど…懐に潜り込んでの回避を見せたイリスちゃんに、小さい身体からは思えない程の度胸に、少し自分は感心した。
「…ぅ…やっぱり何も聞こえない……」
「すーちゃんすーちゃん、落ち込むのは分かるけど離れて!潰されちゃうよ!?」
結構戦闘慣れしているのかも、と思った自分だったけど、モンスター擬きの真下で足を止めてしまったイリスちゃんを見て認識を訂正。それからイリスちゃんは、茜からの呼び掛けでボディプレスを間一髪で躱す。
自分は改めて接近し、突進の勢いを利用して尾びれの辺りへ太刀を突き刺す。一気に鍔の部分まで押し込んで、そこから横に振り抜く事で捌いて…気付く。斬った場所が、みるみる再生していってる事に。
「げっ、回復持ち…?」
「いや、回復というより再結合だな。即やられるせいで使えてなかっただけで、恐らくこれまでのモンスター擬きにも同じ能力…いや、機能か?…はあったんだろう」
「何にせよ、このままじゃ倒すのは大変だよね……よし」
確かめるみたいに色んな場所を撃つ影の言う通り、よく見れば傷は治癒してるっていうより、粘土みたいにくっ付いて元通りになってる感じ。でもまあ、それはそんなに重要じゃない。今気にしなきゃいけないのは、今の自分達じゃ有効打を与えられないって事。もっと大きい攻撃か、もっとぶっ飛ばせるような攻撃がないと、倒せるかどうか分からない。
じゃあ、どうするか。そんなのは簡単な話、全力を出せば良いだけの事。ここまでは普通に戦っても余裕だったからしなかったけど、女神の姿になればこの位……と、自分が考えていた時だった。
「皆、ここは自分が三枚おろしに……」
「いえ、ネプテューヌ様。ここは私が」
『え?』
太刀を持った右手を挙げて言う自分だったけど、言い切る前にワイトさんが声を上げる。それに自分も、茜達も「え?」ってなる。
だって、今必要なのはパワーだから。ワイトさんが実は変身出来る…なんて話は聞いた事ないし、懐からロケットランチャーとか大量のダイナマイトとかを出しそうな雰囲気もない。実際取り出したのは、仮想空間用の端末で……それをワイトさんが操作した次の瞬間、ワイトさんの背後に、輝くエフェクトが現れる。
「すぐに済ませます、数秒注意を逸らして下さい…!」
「何をする気か分からないが、了解した…!」
言うが早いか、影はワイトさんから離れる軌道でモンスター擬きへと回り込みながら、拳銃を数発撃つ。振り向いたモンスター擬きはまた散弾みたいな攻撃を放って、対する影は片手での側転を掛けてそれを回避。同時に拳銃を持ち替えていて…それから放たれた弾丸は、モンスター擬きに当たった瞬間爆発した。当たった部位を抉るように爆ぜた。それでも巨体からすれば抉れたのは一部で、少しダメージを与えられた程度で…でも数秒どころか、十秒近くこれで稼げた。そして、次の瞬間…光芒がモンスター擬きを貫く。
「助かったよ、影くん。…では…ここから一気に仕留めるとしよう…!」
更に一発放たれるビーム。その光の元にいたのは、ワイトさん…じゃなくて、巨大なロボット。あれって、確か……
「えっと…そうだ、マエリルハ!でも、装備が!?」
「キエルバユニットです。少しでも戦力を確保する為に、あの空間の時点で本体諸共ネプギア様に用意して頂きました」
レースの時にワイトさんが使っていた神生オデッセフィアの機体、マエリルハ。でも今はあの時より明らかにゴツい感じで、自分の声に応えてくれながら、マエリルハはスラスターを吹かして動き出す。そっか、つまりさっきしてたのは、この機体を召喚する為の操作…!でもそれなら、某可能性の獣を呼び出すみたいに叫んだり、「私はマエリルハで行く…!」って言ったりしても良かったような…なんてね。
「確かにそれなら、一気に倒せそうだね。なら、私達がもう一回注意を引き付けるよ!」
「イリスも引き付ける。…呼べば、こっち向く?」
頭の両側から機銃を撃ってワイトさんの機体が攻撃。続けて茜が発した言葉に頷いて、自分もモンスター擬きの正面に出る。
イリスちゃんが手を振れば、偶然かは分からないけどモンスター擬きがそっちへ突進。すぐに駆け出して逃げるイリスちゃんを援護するようにまた影が爆発する弾丸を撃って、削れた部位を更に茜が大剣で捌く。自分も突進にギリギリ振れない位置取りですれ違って、その状態で太刀を横に向ける事で走りながら斬り付けていく。
ここまではまあまあ苦戦してる自分達だけど、実際には「中々倒せてない」だけで、攻撃自体は割と避けられている。大きい分旋回が遅くて、回り込む事も結構出来てる。だから四人で注意を引こうとすれば、簡単に出来る訳で……
「厄介なのはタフさだけだったな」
またモンスター擬きが口を開いた瞬間、長い砲身の携行砲と肩越しの砲、それぞれから撃ち込まれた二本のビームが後ろから口までを一気に貫く。これでさっきのと合わせて、モンスター擬きを貫通したビームは四本。一本一本が自分達の攻撃とは段違いの攻撃は、モンスター擬きの身体に大きな穴を開けていて……トドメとばかりに、その穴にミサイルみたいな弾(後から分かったけど、ミサイルじゃなくてグレネードなんだって)が二発放たれた。その弾はモンスター擬きの内側で爆発して、中から吹き飛ばして……巨大なモンスター擬きは、崩れ去った。
「ふー…これにて撃破完了!…これがボス?でもボスだったとしたら、やっぱり拍子抜けだよね」
「まだ上の階があるんだし、少し強い相手…位の扱いなんじゃないかなぁ」
「…ワイト、格好良い。でも、驚いた。ワイトは光の巨人だった?」
「…うん?あ…違うよイリスさん。これはそもそもロボットだからね…」
ふぅ、と一息吐いて自分が話している間、イリスちゃんもワイトさんと話していた。ハッチを開いてワイトさんがコックピットから出てくると、イリスちゃんは納得したみたいだけど、それはそれとして気になるみたいで、暫くマエリルハを見上げていた。
そうしてまた部屋の中を調べて、上の階に移動する。もう何回もやってるせいで、自分はついつい雑に探しそうになっちゃうけど、影やワイトさんは今回もきっちり探していてた。…本当に、毎回何も見つからない訳だけど。
「…あれ?ワイトさん、それって一回仕舞えたりするの?」
「一応出来るけど、元々別のイベント用のデータを流用している関係で、一度仕舞うと再度出現させるまで多少時間を空ける必要があってね。だから私は、あそこから上の階に上がるとするよ」
そう言ってワイトさんが指差したのは、天井の穴。ワイトさんは上に行く手段を確保出来たからマエリルハを…と思ったけど、更に上に行く時はどうするんだろう?ビームでぶち抜くのかな?
とまあ、そんな事を考えながら、自分達は十階に。これまでも登る度に少しずつ部屋は広くなっていたけど、十階は特に広くなっていて……遂に自分達は、遭遇する。攻略する上で倒さなきゃいけない、この塔のボスと。
*
ここまでは、拍子抜けもいいところだった。前座、或いはダンジョンにおける雑魚敵と思えば、理解出来ない事もないが、それにしても弱い。九階の大型モンスター擬きにしても、誰かがその気になって戦えばそう厳しい相手じゃないだろうと思っていたし、実際そうだった。
それも含めて、負常モンスターを彷彿とさせる存在ではある。…が、物量が違う。唯一にして最大の脅威であった物量が遥かに少ない以上、モンスター擬きが脅威になる筈がない。
だが、ここで…戦っていく中で、漸く納得した。やけに弱い、脅威にならない道中の存在。何故そんな連中が配置されていたのか…否、これまでの階にいたのかを。
「…広いな」
十階に到達した時、初めにここの広さが気になった。ここまでも少しずつ面積が増えてはいたが、十階は九階よりも格段に広くなっている。だがすぐに、それより気になる事が出来る。
『…球?』
俺がそれを視認したのとほぼ同時に、ネプテューヌとイリスが声を上げる。
球、と形容されたそれは、部屋の中央より少し奥、これまであった階段ではなく扉がある位置寄りの場所に空いていた、黒い球体。かなりのサイズがある、明らかにこれまでのモンスター擬きとは違う何か。
「皆さん、今からそちらに向かいます。宜しいですか?」
「あ…だいじょーぶだよー」
そこで階下…というか、床の穴から聞こえてきた声。機体の外部用スピーカーからのワイトの声に、ネプテューヌが応え…スラスターによる跳躍で、ワイトと機体が十階へと来る。
因みにこれは、話し合っていた通りの事。ワイトが先行して十階に行った結果、階段で登る俺達が到達する前に戦闘なり何なりが起こる事を避ける為に、ワイトは返答が来たら移動する、という事になっていた。
「これは……」
「茜、あれが何か分かるか?」
「ちょっと待って、もう少しで分かりそ──」
黒い球体を見つめる茜。直接調べてみてもいいが、解析なら当然俺より茜が上手。少なくとも茜が何か把握出来そうなら、それを待つ方が堅実…そう思っていた時、球体に変化が現れる。
まるで雫が落ちるように、球体から落下する物体。それは床に落ちると、形が変わり…モンスターの様な姿になる。モンスターの様な…だがモンスターとは違う、モンスター擬きに変化する。
「……!あれが発生源か…!」
「みたいだね、取り敢えず倒すよ!」
出現したモンスター擬きに銃を向け、ネプテューヌが太刀を手に駆け出す。今回の先制攻撃はワイトのマエリルハ、機体頭部の左右に装備された機銃の射撃で…まともに動き出す前だったという事もあり、それだけでモンスター擬きの大半が蹴散らされた。登る前に一通り性能を聞いておいたが…主に牽制や迎撃で使われる武装らしいとはいえ、人の何倍ものサイズを持つ機体の火器なら、補助用だろうとモンスター擬きにはオーバーキルな火力なのも当然だな。
そして、残ったモンスター擬きも、俺達は手早く討伐。その間の球体はといえば、静かなもので、全て倒した後も球体に動きは何もなかった。
「…ここから、モンスターじゃないモンスターは生まれている?」
「んー、かもね。生まれてるのか、転送されてるのかは分からないけど……あれ?けどそうなると、ここまでの階にいたモンスター擬きも、全部ここから出てきて降りてきた…って事になるのかな?」
「それはどうだろうな。さっきの大型は恐らくそうだが、一階では何もないところから出現していた。もしここで生まれているなら、あの現れ方はなんだって事になる」
「それはほら、ここが仮想空間だからじゃない?ゲームでも、設定上は同一のキャラなのに、システム的には別キャラ扱いになってる仕様とかあるでしょ?それと同じで、ここでまず『発生した』ってフラグが立った後、それに応じて下の階で『上で生まれて降りてきた』って設定のモンスター擬きが出てくるみたいな事なんじゃないかな…と、ゲーム好きならではの考察をしてみるねぷ子さんである!」
「一理ありますね、何せ現実ではないのですから。…さて、どうしますか?破壊するのであれば、出力最大で撃ち抜きます」
(そんな簡単な話なのか…?階段ではなく扉になっているという事は、ここが最上階である可能性が高い。…その最上階にあるのは、大して強くもないモンスター擬きを用意するだけの存在…それが真実だったとでも言うのか…?)
肩透かし過ぎて、まだ何かあるんじゃないかと思ってしまう。こっちが身構え過ぎていただけで、実際はこんなものだ…って事なのかもしれないが、一度抱いた疑念はそう簡単には払拭出来ない。
…と、俺が考えていたところで、再び球体からモンスター擬きが生まれる。少なくとも、これにモンスター擬きを発生させる力がある事は間違いない。なら何にせよ、これを破壊しない訳にはいかないか…。
「破壊した瞬間破裂なりなんなりする可能性もある。邪魔されないようモンスター擬きを引き付ける事も兼ねて、距離を取るぞ」
ワイトに破壊を任せ、少し前に出てモンスター擬きに存在を認識させる。仕掛けてきたところで下がり、十分に距離を取ったところで、四人がかりで一気に仕留める。最後の一体を撃破したところで視線をマエリルハの方へ向ければ、マエリルハは長砲身のライフルを球体へと向けていて…ワイトもこちらの撃破を待っていたようで、俺が見た次の瞬間、ライフルより一条のビームが放たれた。撃ち下ろされた光芒は貫通し、床を抉り──球体に、亀裂が走る。
「…亀裂、だと…?」
今のはビームによる攻撃。信次元のビームがどんな原理なのかは分からないが、普通に考えれば亀裂はおかしい。超重量の一撃や衝撃を与えたのでなければ、亀裂という影響は出てこない筈。その事はワイトも思ったようで、胴体…コックピット部分を機体のシールドで防御しながら、ライフルに加えてバックパックのビーム砲でも球体を狙う。その間も、球体の亀裂は広がっていく。まるで卵にヒビが入るように、中から何かが生まれようとしているかのように。
何かある、何かが起こる。そう感じた俺は…いや俺達は、その前に完全破壊しようと動こうとし……
「……■■…■、■…■■■■ーーーーッ!!」
──次の瞬間、球体は砕けた。球体が砕け、外装がなくなり…その内側にいた『何か』が、産声を上げる。微かな声と…それに続く、耳をつんざく絶叫が部屋に響く。
「つぁ…!何この、声……!」
「このエネルギー量…気を付けろ、これまでのモンスター擬きとは桁違いだ…!」
耳を塞いでも脳に響くような、悪寒が走るような叫び。それと共に左眼が、義眼が生まれた存在のエネルギー反応を分析し、常軌を逸したレベルであるとすぐに分かる。
砕けて散った球体は、煙の様な状態に変わる。風が本体へ吹き込むように、煙が集まっていく。それと共に本体は膨張し、その体積を増やしていき…巨大な一つの存在となる。
(……っ…なんだ、こいつは…モンスター擬き、なのか…?)
宙に浮いた、球体だった存在。その姿は…上手く言葉にする事が出来なかった。これまでのモンスター擬きと同じ、黒い靄に覆われたような体表をしている事もそうだが…それよりも、身体の構造が歪過ぎる。
陸上肉食動物の様な顔がある。猛禽類の様な顔もある。深海生物の様な顔もある。細い腕が、太い腕が、つるりとした腕が、毛深いようなうでがある。鋭い爪のある脚が、逆関節の脚が、水掻きの付いた脚がある。羽が、尻尾が、背びれが、角が針が鋏が……手に付く範囲で片っ端から、思い付く限りの要素を無秩序に組み込み混ぜ合わせたような、生命だとしたらあまりにもとち狂っているとしか言いようのない姿を、その存在はしていた。
モンスター擬きなんて、生易しいものじゃない。歪過ぎる、異常過ぎるこの存在は…正しく化け物。怪物そのもの。
「……!させるかッ!」
絶叫が止まった怪物の、次なる行動。幾つもある顔…らしき部位の一つが俺達の方を向いた瞬間、マエリルハのライフルがその頭部を撃ち抜いた。間髪入れずにバックパックのビーム砲も放たれ、胴体なのであろう部位に光芒を浴びせる。
撃たれた直後、再び怪物が上げる絶叫。苦痛の叫びが反響し…だが、みるみる内に修復される。頭部は元の形を取り戻し、胴体の穴も埋まり塞がる。
「やはりこの個体も再生能力持ちか…!だがそれならば更に火力を…ぐぅ…ッ!」
「ワイト!」
スラスターを稼働させ、移動と共に次の攻撃を仕掛けようとするワイトだったが、そこへ巨大な怪物は突進。凄まじい速度という程ではないが、巨体故にただの突進でも攻撃範囲が広く、避け切れなかったマエリルハは衝突。シールドを掲げていたおかげで本体への直撃はない様子ながら、鉄の塊である機体が大きく飛ばされる。あれを生身で受けようものなら、間違いなくただじゃ済まない。
「出し惜しみなんてしてられないね…先行するわ!」
「みたいだな。茜、ネプテューヌ共々援護する。前衛は任せた。……茜…?」
女神の姿となり、床を蹴って飛び立つネプテューヌ。俺も怪物の動きを視認し、能力を推測しながら茜に呼び掛け動こうとする。
だが、茜からの反応はない。いつもなら二つ返事で、或いはこっちが言う前から動いている茜が、今は全く反応がなく…違和感を抱いた俺が振り向けば、茜は茫然としていた。意識が身体から離れているかのように、茫然としていて…その肩は、震えていた。
「茜、大丈夫か?…茜!」
「……っ!…あ、え、えー君……」
「どうした、何があった。…いや…何か、見えたのか…?」
強く呼ぶと共に肩を掴む事で、漸く茜は我に返る。…が、様子はおかしいまま。そして俺が、思い付いた可能性を口にすれば…茜は、小さく頷く。
「…うん。えー君にも、あれが色んな生物が混ざった感じなのは分かるよね…?」
「ああ。動物なのかモンスターなのかは分からないが、な」
「…その通り、なんだよ。あれはそういう見た目をした『一体の生物』でも、色んな生物の要素を組み合わせた『融合体』でもない…バラバラのまま、無理矢理単体の形に押し込めた、『個』を踏み躙った『一つ』…そうとしか、言えない存在なの」
「…………」
「それに…そんな存在、だから…繋がってる場所なんて、外見も中身もぐちゃぐちゃで、ぼろぼろで、だけど離れる事も出来なくて……っ、ぅ…!」
言葉を途切れさせた茜は、口元を押さえる。…恐らく、見えているんだろう。茜には、言葉通りの光景が、俺には見えない怪物の姿が。
今も、怪物はネプテューヌやワイトと戦っている。斬撃や射撃を受けながらも、すぐさま再生する身体で突進し、腕や脚を振るい、棘や触手を放つ。…その度に、叫びを上げながら。
「…茜、戦えるか?もし無理そうなら……」
「…ううん、大丈夫。万全とは言えないけど…目を背けたくなるような光景は、慣れてるから…ね」
ふるふると首を横に振って、茜は小さく笑う。こんなの自慢にならない、悲しいだけだよね…そう言うように頬を緩めて、それから表情を引き締める。
ならいいか、とは思わなかった。戦えば更に間近で、更に多くの苦痛を見る事になるのは明白なのだから。…だが茜自身がやると決めたのなら、止めはしない。それに「もし無理そうなら」とは言ったものの…戦力を温存出来る相手とも思えない。だから俺は、駆け出した茜に続く形で動こうとし…気付いた。茜にネプテューヌにワイト…今戦っているのは三人。つまり…一人、足りない。
「…イリス?」
もう一人、イリスの存在を思い出した俺は見回し…見つけた。…しゃがみ込み、耳を押さえたイリスの姿を。
最初俺は、イリスが状況を理解していないのかと…初めの絶叫で耳を塞いだままなのかと思った。現にイリスは目を閉じていて、周りが見えていない。普通は散発的な叫びこそあれど、最初の様な絶叫はもうない事を気付く筈だが…イリスの幼さを思えば、あり得ない事はない…の、かもしれない。…多分。
「…影?イリスちゃんに何かあったの?怪我?」
「いや、違うだろうな。…イリス、もう五月蝿く…なくはないが、動けない程じゃない。…と言っても聞こえんか……」
迫る触手を次々と斬り払う中で、ちらりとこちらを見たネプテューヌに言葉を返し、イリスの肩を揺する。それと共に声を掛けたが、予想した通りなら俺の声も聞こえていない訳で、仕方なしに俺は揺すり続ける。イリスは…戦力としては決して十分じゃないが、全く戦えないという訳でもない。指示とタイミング次第では出来る事もあるだろう。仮に戦力にならなかったとしても、それならそれで避難していればいい。というより、出来る限り離れていてくれないとこっちが動き辛い。そんな風に考えながら、俺はイリスに気付かせようとし……不意に、イリスが呟いた。
「…聞こえる…痛い、辛い、苦しいって…ずっと聞こえる、ずっと言ってる……」
俯いたままの、イリスの言葉。今もこれまで同様、イリスは無表情の…落ち着いたような面持ちで…だが声からは、伝わってくる。…苦しみが聞こえる、その辛さが。抑揚のない声音でも…分かるものがある。
「…イリス、立てるか?これまでは試すまでもなかったから使えるかは分からないが…もし階段で下に行けるなら、そこまで避難するんだ。終わったら呼びに……」
「…止めてあげて…あの子、凄く辛そう…今も痛いって言ってる、痛がってる…だから、止めないと……」
「止めるって…待てイリス。あれは倒さなきゃいけない存在だ。でなきゃ扉は開かないと、ネプギアも言っていただろう?」
「やだ。苦しそうなら、大丈夫?って訊く。大変そうなら、助けてあげる。…ブランはそうしてる、イリスはそれが良い事だって知ってる、だから……」
手を取り、耳から離して、降りるように言う。だが立ち上がったイリスは、怪物の方へ向かおうとする。止めようとする。こちらへ攻撃を仕掛ける怪物ではなく…茜達を。
間違っているとは、言えなかった。茜もそうだったが、イリスも俺には認識出来ないものが認識出来ている。目的の為に倒さざるを得ない、だから止める訳にはいかないとは言えても、所詮はデータであろう存在を労わるなんて無意味だと一蹴するなど…何も知らない、分からない者の勝手に過ぎない。
「…離して、影」
(…仕方ない、か……)
手首を掴んだ俺の手を、イリスは振り解こうとする。手を離せば、イリスは戦闘を止めさせようとするだろう。そして今のイリスを、幼く苦しみが聞こえているイリスを言葉で説き伏せるのは、容易じゃない。出来たとしても、相当な時間俺は戦闘を放棄しなければならない。…それは下策だ。効率が悪いし確実性もなさ過ぎる。
ならどうするか。…ならば、手早く確実な手を取るまで。俺らしく、いつものように……
「…影、今何をしようとしていたの?」
……そうしようとした瞬間、いつの間にか戻ってきていたネプテューヌに止められた。静かな…それでいて肝の据わった瞳で俺を見やる、ネプテューヌに。
「…イリスには、アレの苦しみが聞こえるようだからな。だから少しだけ、眠らせようとしただけだ。そうすれば戦闘に支障は出ないし、イリスも苦しみを感じずに済む」
「…優しいのね。でも、乱暴過ぎるわ。乱暴だし…それは貴方の、一方的な押し付けじゃないの?」
「かもしれないな。…だが、ならどうする。戦闘を止めようとするイリスが背後から襲われる可能性を許容するか?聞こえる苦しみを耐えろ、無視しろと言うのか?」
「それは……」
否定はしない。イリス自身は『知らぬ間に全部終わる』事を望んでなんていないだろう。だがこれが、俺の取れる最善だ。ベストではないにしろ、ベターな答えだ。
「ちょっとえー君!?ねぷちゃん!?流石に二人で相手するのはキツいんだけど!?」
「悪い、茜。だが、少し待ってくれ」
「んもー…!ワイトさん、ちょっとえー君の我が儘に付き合ってね!後大変なんだから、二人は後で私とワイトさんに謝る事、いいね!?」
ご尤もな茜の言葉だったが、戦姫霊装を纏った茜は大盤振る舞いの動きで怪物を引き付けてくれる。ワイトの方も、近接戦を仕掛けて足止めをしてくれる。
今言われた通り、二人で相手をするのは厳しい。早く戦闘に参加しなければ、二人の体力ばかりが減っていく。
「別に認めろとは言わないさ。禄でもない方法だって自覚もある。…けど、別の手段が思い付かないなら…今のイリスを助けられないなら、邪魔はするな」
「……っ…だとしても…!」
そう言って、視線をイリスに戻す俺。表情を歪めたネプテューヌは、それでも、と言葉を返そうとし…一瞬、口を噤んだ。それから、俺の肩に触れ…視線で俺に言ってきた。「別の方法が思い付かないなら、よね?」と。そして、ネプテューヌは片膝を突き、イリスと目線を合わせて…言う。
「…ねぇ、イリスちゃん。イリスちゃんは、虫歯って知ってる?」
「…虫歯?…知っている。イリスはなった事ないけど、とても痛いらしい。治す時も、ドリルを使って削るらしい。……ドリルで削られる…恐ろしい、そのままでも治そうとしても痛いのは、イリス経験したくない…」
「そ、そうね。淡々と語られると、こっちもちょっと怖気がしてくるわ…。…こほん。イリスちゃんの言う通り、虫歯は治す時も痛いものよ。痛くて辛いものよ。でも、治さなかったら、もっと痛くなるわ。そのままにしておくと、痛いじゃ済まない事態になる事もあるわ。…それと、同じだと思わない?」
「同じ…?」
突然始まった虫歯の話。一体何を…と思いはしたが、口は挟まない。俺は黙って見守り、ネプテューヌは続ける。
「あの大きなモンスター擬きも、最初から叫んでいたわ。きっと、最初から苦しんでいたんだと思うわ。…だったら、そのままにするのも可哀想だとは思わない?戦って、なんとかしてあげる方が良いと思わない?」
「…戦うと、治せる?」
「分からないわ。でも、イリスちゃん…それに茜も分かる事があるんでしょ?なら、もしかしたら…楽にしてあげる方法が、戦う中で見つかるかもしれないわ。だから…イリスちゃん。助ける為に、協力してくれる?」
「……分かった。イリス、頑張る。イリス、助けてあげる」
こくり、と頷くイリス。助けるのだと、イリスは手を握る。そう言った時、頷いた時…もうイリスは、俺の手を振り解こうとはしていなかった。
ゆっくりと俺が手を離せば、イリスは走っていく。そこに、戦闘を止めようとする気配は…ない。
「…ありがとう、影。貴方の助けるって言葉で思い付いたわ。……けど、不甲斐ないわね…こんな言葉で希望を抱かせて、その気にさせる事しか出来ないなんて…」
「…希望を抱かせる事が出来る。それだけでも、価値はあるだろうさ。それに…ネプテューヌは今の言葉を、その場凌ぎの嘘で終わらせたりはしないんだろう?」
「当然よ。出来るかどうか分からないけど、出来ないと決まった訳じゃないもの。人に希望を抱かせておいて、自分は端から諦めてるだなんて…そんなの、格好良くもないものね…!」
そう意気込んで、再びネプテューヌは斬り込んでいく。意思の籠った動きで、戦いに向かう。
結果的に、ネプテューヌは説得に成功した。俺の考えより遥かに良い、ベストにかなり近いであろう選択肢を編み出し実行した。…大したものだよ、別次元…もとい、別世界のネプテューヌも。
「…仮想空間とはいえ、まさかまたこれを使う事に…本気で戦う事になるとはな……」
悲しいものだ、と思った。結局戦いからは逃れられないのかと、信次元に…イリゼの護る次元でもこうなるのかと。…だがこれは、俺が望んだ事。それに気休めだが…相手がデータなら人間じゃないんだ。これまでの戦いとは…違うんだ。
怪物を見据える。シェアデュアライザーを起動する。今度こそ俺も…戦闘に移る。
(すぐに終わらせてやるさ。こういう戦いは…早く終わらせてやるのが、一番だ)
黒の鎧を身に纏い、床を蹴る。二丁、或いは二振りの銃剣を手に突っ込み、更にもう一度床を蹴って飛ぶ。
まだどう倒すのが最適かまでは分からない。…が…可能な限り素早く、出来る限りネプテューヌやイリスの意思に沿う形で戦い倒そうとは思う。それが出来れば、苦しみが見える茜も少しは楽になるだろうし……勝っても負けても、進んでも戻っても沈むだけの戦いは、もううんざりだからな。
今回のパロディ解説
・ネプテューヌは伊達じゃない!
ガンダムシリーズ(特に宇宙世紀)の主人公の一人、アムロ・レイの名台詞の一つのパロディ。これはアズールレーンとのコラボにて、パープルハートも同様のパロネタを言っていますね。
・「〜〜茜さん、オペレートをお願いするよ」
ロックマンEXEシリーズに登場するキャラの一人、ロックマン.EXEの台詞の一つのパロディ。ゲームにおけるバトル時開始時の台詞なので、すぐに分かる方は割と少ないのかも、と思います。
・「〜〜上から来るよ、気を付け〜〜」
デスクリムゾンの主人公、コンバット越前の台詞の一つのパロディ。…ではあるのですが、ネプテューヌシリーズプレイヤーならご存知の通り、むしろ原作のネプテューヌを意識したネタです。
・「〜〜マエリルハ!でも、装備が!?」
ガンダムSEEDシリーズの主人公の一人、キラ・ヤマトの台詞の一つのパロディ。キエルバは所謂フルアーマー系のユニットなので、デュエルASに対する発言を出してみました。
・某可能性の獣
機動戦士ガンダムUCに登場するMSの一つ、ユニコーンガンダムの事。叫ぶ(呼ぶ)事で現れたり飛んできたりするロボットも色々いますが、今回はユニコーンをパロネタとして使いました。
・私はマエリルハで行く…!
レディ・プレイヤー1に登場するキャラの一人、ダイトウ(トシロウ)の名台詞の一つのパロディ。ガンダム好きなら皆興奮したであろう展開、その始まりのシーンですね。
・光の巨人
ウルトラマンの通称の一つ。まあ勿論、ワイトは光の巨人ではありません。むしろネプテューヌシリーズ的には、ダークメガミがそれに近いかもですね。比較的であって、全然似てはいませんが。