超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession   作:シモツキ

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第三十八話 絶望と諦観の果て

 塔の中が、変質した。異様に、異質に、根幹から狂ったように。…けれど、初めからそうだった訳じゃない。初めは確かに、普通の状態で…なのにどこからか、その在り方が変わり果てた。

 

「…とまあ、こんな感じね。接近戦も出来るけど、貴女達より優先してやる理由もないし、基本的には援護に回るわ」

 

 扉を開け、塔の中に入った私達はまず、一階を探索。何があるか、危険はないか確かめた上で、上に進む前に各々の事を確認し合った。…と、いっても私とアイ、ルナはお互いに戦闘スタイルを知っている訳で、アイとイヴも知り合っている訳で、だから実際にはイヴと私、ルナ間での確認をしたってところ。

 

「ならやっぱり、基本は私とアイで突っ込んで、ルナとイヴにサポートをお願いする感じになるかな」

「だね。ふふ、頼りにさせてもらうよ?」

 

 一通り確認を終えたところで、話は続けながらも階段を登る。私とアイが前衛、ルナとイヴが後衛っていう、特に捻りのないプランではあるけど、そもそも戦闘は大喜利じゃないんだから、変に捻る必要もない。

 それは皆も同感の様で、ルナは私の言葉にこくこくと頷く。続けて「いやぁ、頼もしいなぁー!」…みたいな顔をしながら、頼りにさせてもらうと口にする。…まあ、そう言ってくれるのは嬉しいし、その期待には応えるつもりだけど…そこでアイが、いやいやいやと手を横に振った。

 

「いやそりゃ、正面からのぶつかり合いはウチ等に任せてくれれば良いッスけど、多分ルナとイヴの方が大変ッスからね?」

「…そうなの?」

「そッスよ?とにかく突っ込んで殴り合っていればいいウチ等と違って、ルナ達はウチ等と相手の両方の動きを把握して、状況状態に合わせてやる事も立ち位置も変える事が必要になるんッスから」

「え、なんかさらっと自虐みたいな言い方したねアイ…」

「まあ実際にはウチ等も色々考えて立ち回ると思うッスけど、実際問題前衛より後衛の方が、何かと考える事気を付ける事は多い訳ッスからね。…多分」

『多分なんだ…』

「なんせ後衛の経験はほぼないッスから」

 

 ご尤もなアイの返し。自分の経験談じゃないから、って部分以外にも、全体的にアイの言っている事は真っ当で、私も似たような事を思ってはいて…でもそれを適当な話をしてるみたいな雰囲気で言うものだから、ほんとアイは捉えところがないと思う。…適当な話をしてるように思えるのは、普段は実際適当な話をちょいちょいしてるから、っていうのも多分にある訳だけど…。

 

「う…どうしよう、そう言われるとなんか緊張してきた…上手くやれるかな……」

「大丈夫だよ、ルナ。前の時は、ばっちり私達…ううん、皆に合わせて的確に動いてくれてたし、多分意識してないだけで、ルナはちゃんと周りを見て動けてるんじゃないかな」

「というか、二人共女神なんだから、多少ヘマしても上手くやってくれるんじゃないかしら」

「あ…そっか、そうだよね。うん、そうだよ…大丈夫、イリゼとアイは私程度のヘマでやられるような女神様じゃないんだもん…!」

「こっちはこっちで自虐の方向性が凄い……」

「前向きな自虐ってレアッスね…」

 

 変則的過ぎる形で自信を取り戻したルナを見て、私達三人は苦笑。…ルナは、ある意味大物かもしれない。

 

「…まあ、実際決めた通りに動けるかどうかは、相手にも寄るけどね」

「確かにね。…某相転移装甲みたいに物理無効の相手が出てきたら、私厳しいな……」

「ウチやイヴも攻撃手段がかなり限られるッスし、そうなったら魔法が使えるルナが勝敗の鍵を握る事になるッスね」

「うっ…ま、また緊張が……」

「なんで無根拠の想定で緊張をぶり返させるのよ…」

 

 こんな風に、普段の調子と変わらない程度の会話を交わしながら、私達は塔の中を進む。

 私には、それがありがたかった。皆は皆の意思で残ってくれたとはいえ、皆を危機に晒して、更にその場に留まらせてしまっているのは事実な訳で…それを気にも留めていないような皆の様子に、心が救われた。救われたし…だからこそ、私は皆の思いを無駄に出来ない。したくない。

 ならばどうする?…そんなのは、決まっている。女神として、友達として、何よりも私が頑張って、身体を張って……

 

「ほいっと」

「ぴぁっ!?」

 

 突如として膝の裏に当たった何かと、がくんっ!…と下がる私の上体。反射的に踏ん張って踏み留まって背後を見れば、そこにいるのはしたり顔を浮かべているアイ。ひ…膝カックン…!?

 

「な、何すんの!?何すんのよアイ!」

「いやぁ、イリゼが妙な気負いをしてるような気がしたから、つい。というか、口調変わってないッスか?」

「アイ…って、だとしても不意打ちは止めてよね!」

「じゃ、今度からは一言言ってからやるッス」

「そういう事じゃないんだけど!?」

 

 悪気も反省も皆無なアイの返しに、私は片手で頭を押さえる。…まあ、一応アイは気を遣ってくれたみたいだし、気負ってるような雰囲気を出してたのなら、私も悪いんだけど…すっごく、すっごく納得がいかない……。

 

「何をどう気負ってたのかは分からないけど、気負っても良い事なんてないわよ。…なんて、女神で国の長でもある貴女には言うまでもないのかもしれないけどね」

「そうだよイリゼ。後、さっきの『ぴぁっ!?』って声は凄く可愛かったと思うなっ」

「二人まで…皆がそう思うって事は、自分で思ってる以上に気負ってたのかもね…ごめん、ありがと。…後、さっきの声は気にしないで…」

「あれはウチも可愛いと思ったッスよ」

「私も思ったわ」

「気にしないでって言ったじゃん!今言ったばっかりじゃん!」

 

 皆を思って頑張る事自体は間違っていないとしても、それで皆に気を遣わせちゃうんじゃ本末転倒。そしてそれが伝わってるって事は、必要以上に肩に力が入っちゃってるみたいな、コンディション的にも良くない状態になってしまっているのかもしれない。

 それを、皆が指摘してくれた。加えて、気負う必要はないとも言ってくれた。その言葉に、思いに私は感謝をし…そうだよね、と自分の中の意気込みを一旦置いておく事にした。だって…考えてみれば、誰かの思いに応えるとか、感謝を形にするだとかは、特別意識しなくたって普段から私がしている事なんだから。…それが理由だよ?皆に弄られて気負うどころじゃなくなったからとかじゃないよ…?

 

「…それにしても、広さ以外はなんて事ない塔ね。バグはあくまでバグであって、障害になる物を設置するみたいな、意思ある敵対行動をしてくる訳じゃないって事かしら…」

「そこのところはどうか分からないッスけど、邪魔がないなら好都合……」

 

 階段を登って、部屋や広間を進んで、また登って、進んで…それを何度か繰り返してきた中、不意に止まるアイの声。その理由は明白、部屋の奥に何か歪みのようなものが現れたから。

 

「何か、出てくる…?」

「みたいだね、何なのかは分からないけどとにかく警戒……」

 

 呟くルナに首肯をして、私は臨戦体制を取る。何かは分からなくても、この場において警戒をしない理由はない。

 私とアイは一歩前に、ルナとイヴは一歩後ろに。お互い察して立ち位置を定める中、歪みは段々と何かの形に変わっていって、影の様な…影君ではない方の影らしき存在が現れる……そう思った、次の瞬間だった。

 

『──え?』

 

 何かの形になりかけた瞬間、そうなる直前、前触れなく上から…天井をすり抜けるようにして『それ』が影へと飛来した。

 それ、とは何か。それを私は、上手く言葉に出来ない。歪みや影以上にはっきりした姿を持たない、上手く形容出来ないそれを、それでも表すのであれば……現れたのは、闇。そう表現する他ない何かが、音もなく飛来し…影を、飲み込むように覆い尽くす。

 

「ね、ねぇ皆…これって一体……」

「演出…にしちゃ、何か変ッスね…後、今の地の文やたら『それ』が多かった気がするッス」

「今それを言う…!?」

 

 緊張感台無しなメタ発言はともかくとして、確かに何かおかしいような感じがする。見てもよく分からない、けど見えているもの以上の何かが起きているような…そんな気がして、胸がざわつく。

 

(これは、向こうが動く前に仕掛けるべき…?それとも……)

 

 異常な闇、それに覆われた影をどうするべきか。未知の存在を相手にする場合は、下手に仕掛けず様子を伺う、分からないからこそ動かれる前に先手を取って叩いておく、その両方に一定の理がある訳で…より未知の存在もなれば、そこへの迷いもより大きく、深くなる。

 ただどちらにせよ、迷って無駄に時間を消費する事は悪手。迅速に、それでいて的確に判断をした上で行動する事こそが未知に対して求められる事。

 分かっている。いつもそうしている事を、今回もするだけ。…でも、後から思えば、この時の私は見通しが甘かった。かつてない胸のざわつきを、バグの元凶が潜む場所である事を重視するべきであって、本命はこの塔ではなく、その先にいる…なんて思考を無意識にでもするべきではなかった。けど、もう…遅い。

 

「■■──■、■…

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

                      」

 

『……──ッ!?』

 

 完全に影を包んだ闇に走った、一筋のノイズ。一瞬、ほんの少しノイズが走って…次の瞬間、耳をつんざく機械音が轟いた。思わず、反射的に目を閉じ耳を塞いでしまう程の、壊れた機械の様な高音が響き渡り……その音が収まった時、目を開けた時…そこはもう、塔の中ではなかった。

 

「…ぁ、え……?」

「…嘘…ここって……」

 

 口からそのまま漏れる困惑。アイもルナも絶句していて…まだ音が反響しているようにも感じる耳に、イヴの愕然としたような声が届く。

 緑などない、生命力が失われたようなひび割れた大地。無惨な姿と成り果てた、元の姿も分からない瓦礫の山。閉ざされた空間の様に感じさせられる、見ているだけで息苦しくなるような、赤黒い空。何もかも潰えたような、終焉を迎えたような……墓場が如き、異界。

 

(ギョウカイ、墓場…?…いや、違う…!)

 

 見える光景も、肌で感じる不快感も、私の記憶にあるギョウカイ墓場に酷似している。…でも、酷似しているだけで、同じじゃない。そこに更に悪いものが…別の闇が混ざり合ったかのような感覚が、私の中にはあって……変貌した空間に気を取られていた私達は、『それ』も変貌していた事に、初めは気が付かなかった。

 

「……!皆、あれ!」

 

 ルナの言葉で我に返り、ルナが指し示す方を見る。それは、影を飲み込んだ闇があった筈の方向で…私達が見た時、闇は姿を変えていた。形を得かけていた影が闇を纏ったような、或いは闇が完全に乗っ取ったような、人の姿をした闇がそこにはあって…反射的に、私とアイは女神化をした。直感的に、本能的に…それがどれだけ危険で強大なのかを、理解した。

 その直後、闇も動く。偶々タイミングがあったのか、それとも私達に反応したのか、ほんの少し…本当に少しだけ、頭が動いて…闇の周囲に、剣が現れる。暗く輝く、闇とは別の意味で光とは対極にあるような輝きを持つ、複数の剣が。

 

「……ッ!不味い、あれは…ッ!」

 

 それを、その剣が何なのかを、私は知っている。知っているからこそ、弾かれるように私は声を上げ…周囲に現れ浮かんでいた剣が、私達の方へ放たれる。全てが同時に放たれて…私達ではなく、私達の周囲に落ちる。落ち……刀身が、赤黒く輝く。そして……一瞬にして、奪われる。力を、気力を──シェアエナジーを。

 

「──ッッ!イリゼッ!何でも良い、時間稼げッ!」

「もうやってる…ッ!ルナ!アイに私のシェアエナジー渡してッ!早くッ!」

 

 前に一度体験した時と同じ…なんかじゃない、それ以上の虚脱感に視界も身体もぐらつく中、何とか私はリバースフォームを…私の切り札を解放。過去と、もう一人の自分であるオリゼの時代と接続し、膨大なシェアエナジーを引き出し…それを即座に放出する。プロセッサの翼をパージし、そこから意図的且つ全力でシェアエナジーを垂れ流しにする。

 全面放出によって作り上げる、シェアエナジーが散布された空間。普段の圧縮を前提にした放出とは違う、私の手から離れたシェアエナジーは、通常あっという間に霧散する。けど今は、それよりも早く刈り取られる。膨大な量のシェアエナジー、それが暴風の前の木の葉の様に、いとも簡単に消し飛ばされる。

 

(……っ…消える…喰い尽くされる…私の…オリゼのシェアが……)

 

 ここは仮想空間であって、この身体も、シェアエナジーも、再現されたデータに過ぎない。…それが分かっていても、怖気が走る。心の奥底から、恐怖を駆り立てられる。

 だとしても、それでも私は放出する。私と私のシェアエナジーを囮にする為に。僅かにでも、時間を稼ぐ為に。

 

「皆、大丈夫!?ねぇ、これって……」

「……っ、ぅ…助かる、ルナ……」

「ううん…お礼、なら…イリゼに、言って……」

 

 膝を突いてしまいそうなのを何とか堪える中、アイとルナの憔悴したような声が聞こえる。唯一、イヴの声にだけはまだ気力があって…肩越しに振り向けば、アイは歯を食い縛って立っていた。ルナはもう膝を突いていて…でも、私とアイに触れる事で、自分を介して私のシェアエナジーをアイに送ってくれていた。

 そしてアイは、イヴに向き直る。その行動に困惑するイヴの、正面に立つ。

 

「イヴ、装備纏って身体に力込めろ…」

「え…?それは、どういう……」

「いいから、早く…ッ!」

 

 叩き付ける…ううん、何とか投げ掛けるようなアイの言葉に、イヴは一瞬に黙って…それから言われた通り、装備を纏う。聞いていた装備…全身を覆うパワードスーツを展開する。

 

「…イリゼ、後どれ位持つ…?」

「もう限界…かな…もう完全に、吸収に出力が追い付かない……」

「だろう、な…。…そういう訳だ、イヴ…この事、皆に伝えてくれ…頼むぞ……」

「……っ!頼むって…じゃあ、貴女達はどうするのよ…!私に、今にも倒れそうな仲間を見捨てろって言うつもり?悪いけど、そんなのお断り──」

「耐えろよ、イヴ…ッ!」

「な……ッ!?」

 

 情けないけど、今は虚勢を張る余裕すらない。そんな私の言葉を分かっていたかのように、アイは今すべき事をイヴに伝える。対するイヴは、驚きとちょっぴりの憤慨が籠った言葉を口にして…けれどその言葉が、最後まで紡がれる事はなかった。イヴが反論する中、アイはゆっくりと右脚を上げて、上げた脚をイヴの腹部に触れさせて……次の瞬間、その脚を振り抜いた。力を振り絞るように振り抜いて…イヴを、蹴り飛ばす。

 宙を舞うイヴの身体。ダメージを与えない為に、勢いを乗せなかった蹴りでも尚、イヴは遥か遠くにまで飛んでいき…落ちる寸前、パワードスーツからの噴射が見えた。私がはっきりと認識出来たのはそこまでで…蹴った流れのまま、姿勢を崩して倒れたアイを追うように私も倒れる。一度は膝を突いて、けど身体を支えられずに私の身体は地面を打つ。

 

「…イリゼ、ルナ、助かった…ウチ一人じゃ、何も出来なかったから…な……」

「アイこそ、ありがと…多分、アイの判断は…正しいと、思う……」

「…やっぱ凄いね、二人は…言われなきゃ、きっと私は……」

 

 リバースフォームも維持出来ず、姿が戻る。囮に、壁にしていた分のシェアエナジーがなくなった事で、身体を直接削り取られているような感覚が走る。

 もう、何も出来ない。私達三人掛かりでも、イヴ一人を離脱させるので精一杯。でも、これで良かったと思う。これが、今出来る最善だから。理由も、何なのかも分からないけど…こうしなければ、きっと全滅していたから。

 変質したこの空間に、出口があるのかなんて分からない。この状況を、覆す事が出来る保証もない。だけど……私は、信じるしかない。イヴを…皆を。そんな風に思いながら…私の意識は、薄れていく。消える事も、落ちる事もなく──ただ薄れ、霞んでいった。

 

 

 

 

 無力感に苛まれるように、何も出来なかったという自分を悔いるようにして、イヴ君は語ってくれた。闇に覆われた塔の中で起きた事を。ここにはいない、三人が彼女に…俺達に託してくれた事を。

 

「私にも、異常事態だって事は分かっていたわ。…なのに、何も出来なかった。何か出来る事があったのかもしれないのに、私は……」

 

 そう言って、イヴ君は右手を握る。握られた拳は、震えている。…きっとそれは、自分への怒り。何か出来たのかもしれないのに、何も出来なかった自分を不甲斐無いと自責する、そんな思い。

 

「そんな…イリゼ、ルナちゃん…アイさん……」

「三人一遍にだなんて…これはちょっと、いやかなり予想外…ですね……」

 

 重苦しい雰囲気の中で、まず聞こえたのは愛月君の動揺の声。続いてビッキィ君の、焦りと不安…心配が滲むような声が聞こえ、そこから沈黙が戻る。

 動揺、焦り…それがあるのは、当然の事。女神として高い実力を持つ二人は勿論、ルナ君もああ見えて(と、表現するとちょっと失礼だが…)しっかりしている。純粋な強さはまだまだ発展途上だとしても、そんな簡単にやられるような、か弱い少女ではない。そんな三人がなす術なく、イヴ君一人を逃すのに精一杯だったのだと知らされれば…俺だって、流石にヤバいなと思う。

 そんな中で、注目を集めるように発された咳払い。それを発したのは…ワイト君。

 

「皆さん。気持ちは分かりますが、今は感傷的な気分に流されている場合ではありません。…ここで感傷に浸っている間も、お三人はこの塔の中に取り残されているのですから」

 

 冷静に、ワイト君は雰囲気を制する。手始めにぴしゃりと言い切って、続けて全員が納得するような…三人の為になるのは何かという内容に繋げたその口振りは、流石は経験豊富な軍人と言うべきか。

 

「そう…ですよね。まずは三人を助けましょう。バグに関する事は、その後でも良い筈です」

「同感だ。きっとイリゼさん達も、俺達なら…って待ってくれてるだろうからな」

「…イヴ、大丈夫?…ううん、安心してイヴ。自分達が、きっと何とかするから!」

「ネプテューヌ…ありがとう。でも、他人任せにする気はないわ。何も出来なかったままで、終わる訳にはいかないもの…」

 

 雰囲気を変えたワイト君に呼応する形で、ディール君とカイト君が賛同をする。安心して、とネプテューヌ君が言えば、イヴ君は決意を込めた瞳で返す。

 ただ、これは単に助け出せば良いという話でもない。いや実際、助け出すのが一番の目的ではあるが…イヴ君の話を聞く限り、力押しで何とかなるとは思えない。

 

「…一つ、良いかなイヴ君。イリゼさん達は、直接攻撃を受けた訳ではないにも関わらず、イヴ君を離脱させた直後に倒れた…その理由は剣にあるようだけど、それに関して何か分かる事は?」

「……っ…それは…」

 

 これは確認しておかなくては。そう考え俺が訊けば、再びイヴ君の表情が曇る。だが、表情を曇らせながらも口籠る事はなく…彼女は、言う。

 

「…ゲハバーン。私の見間違いでなければ、あれはそう呼ばれる剣よ」

 

──その瞬間、彼女がその名を口にした瞬間、何人かの表情が変わった。驚愕の顔、唖然とする顔、強張った顔…反応は様々ながら、バラバラの反応だとしても一つ分かる。どうやらそのゲハバーンという剣は、碌なものじゃないらしい。

 

「知り合いが持ってるってだけだから、私はあまり知らないけど、何でも魔剣とも呼ばれているらしいわ」

「魔剣?なら、つるぎとどっちが強いか試したいところだな。…三人を助けた後に余裕があれば、だが」

「魔剣…って言うと自分の世界にもあるけど、イヴの知り合いが持ってるって事は、ゲイムギョウ界に存在する剣なんだよね?誰か、どんな剣か知ってる人いる?」

 

 振り向き全員に問うネプテューヌ君。起こった事からしてある程度の予想は付くが、知っている人がいるなら、聞いておくに越した事はないと思い、俺は表情を変えた…ゲハバーンを知っているらしい面々の方を見る。そして数秒後…表情を変えた内の三人が、ほぼ同じタイミングで問いに答える。

 

「女神を力に変えるのよ。女神を斬って、女神を糧にする事で強くなる…それがゲハバーン。女神殺しの魔剣よ」

「希望を捨てて、可能性を捨てて、犠牲に縋って枯れた未来へ世界を導く…女神が掴もうとするものとは対極にあるような、そんな剣さ」

「わたしも直接見た事はないけど…凡ゆるシェアエナジーを喰らい尽くして斬り伏せる、対神決戦兵装、って言っていたわね」

 

 

『……えっ?』

 

 今一度、沈黙が訪れる。三人の回答を受けた俺達は、全員が口を噤む。驚き、唖然とし……それから全員、「うん?」…となった。その理由は…言うまでもない。

 

「ちょ…ちょちょちょちょ何それ!?女神殺しの魔剣!?犠牲に縋って枯れた未来!?いや、え…貴女達の次元ってゲハバーンをどんな使い方してるのよ!?確かにゲハバーンは女神にとって天敵だけど…まさかクーデターとか国家間戦争にでも使ったの!?」

「……っ…クーデター?国家間戦争?…人聞きの悪い事言わないでよ…わたしだってあんなもの、滅んでしまえばいいって思ってるわ。けど…わたし達の次元が、わたし達の()()次元が、どんな理由であんな事になったと……」

「す、ストップストーップ!え、えと、自分の訊き方が悪かったのかな!?うん、多分そうだよねそう!って訳でごめんエストちゃん!ほんとごめん!」

「…あ…いや……」

 

 一番動揺していたのは、答えた内の一人であるセイツ君。一体何を言っているの、とばかりの言葉を彼女は発し…その言葉に、エスト君が表情を歪ませる。そこからエスト君は静かながらも声に怒りを、冷たい怒気を孕ませながら困惑するセイツ君を睨め付け…そこでネプテューヌ君が割って入った。二人の間に飛び込むと同時に、両手を合わせて謝り…我に返ったように、エスト君の怒りの雰囲気が霧散する。

 軽率な事を言ってしまった。自分こそ、頭に血が昇っていた。そう言ってセイツ君とエスト君は謝り合う。そこからネプテューヌ君にも謝れば、ネプテューヌ君は大丈夫大丈夫と明るく笑い…茜君の言葉で、話の流れは元に戻る。

 

「こほん。ちょっと聞いてて思ったんだけど…というか皆思ってるだろうけど…えー君やえすちゃんが言ったのと、せーちゃんが言ったのって、なんか内容的に違うよね?これって……」

「お二人とセイツさんの考えている…それぞれが知っている『ゲハバーン』が、同じ名前の別物という事でしょう」

 

 引き継ぐように言ったピーシェ君に、全員が頷く。恐らく、その見解で間違いない。違う次元、別世界の存在なのだから、そういう違いがあっても何らおかしな事はない。

 となればまず必要なのは、それぞれの知るゲハバーンの性質の確認。女神の命を奪う事で力を増す、『神殺しで強くなる』魔剣と、善意悪意…正負問わずシェアエナジーを力とするもの全てにとって天敵となる『神殺しそのものの』魔剣。そして、今の状況と照らし合わせて考える限り……

 

「…範囲内のシェアエナジーを無差別に吸収する…直接斬られたり刺されたりしていない事から考えるに、イリゼさん達に使われたのは信次元のゲハバーンの可能性が高いね」

「そうなるな。んで、範囲内のって事なら、そのゲハバーンを何とかするか、イリゼ達を範囲外まで移動させれば取り敢えずは何とかなるって訳か」

「だよね。ならすぐにでも……」

「待って、愛月君。…話はそんな簡単じゃないかもしれないわ。ううん…もしかするともう、手遅れかもしれないもの…」

 

 言うが早いか塔に向かおうとした愛月君を、セイツ君が呼び止める。それから彼女は珍しく、力無い声を発し…手遅れという言葉に反応した俺達へ、彼女は続ける。

 

「今説明した通り、信次元のゲハバーンはシェアエナジーを刈り取る武器よ。弱体化させるとか、力を抑制するとかは結果に過ぎないし…一人当たりから吸収するシェアエナジーの量は決まっている、なんて話も聞いた事はないわ。だから……」

「行った時にはもう、吸い尽くされているかもしれない…って、事ですか…」

「えぇ。それに、範囲内のシェアエナジーを吸収するのは、封神形態…三つある形態の内の一つに過ぎないわ。文字通り何の力も発していない封印形態、範囲内に入るだけで吸収する封神形態…そして、封神形態では一定範囲に広がっていた力を刀身に収束させた、滅神形態。リバースフォームですら短時間持ち堪えるのが精一杯な封神形態の力を集中させた滅神形態のゲハバーンで、イリゼ達が斬られてたとしたら……」

 

 理解し表情を曇らせるディール君に頷いて、更にセイツ君は言う。今知った俺達とは違う、前々からその存在を知っていたからこその、拭えない不安と抱けない希望を言葉から漏らし……けれどそれは、すぐに否定された。

 

「…いや、恐らく全員無事だろう。シェアエナジーを刈り取られている時点で無事、というのは語弊があるだろうが…まだイリゼ達は塔の中に、仮想空間の中にいる筈だ」

「……?えー君、それはどうして?」

「単純な話だ。仮想空間の中は、ネプギアがモニタリングを続けてくれている。であれば、もしイリゼ達が仮想空間から消えていれば…或いは現実の身に何かあれば、俺達に連絡をしてくるだろう。バグの外部流出と侵食の可能性を出来る限り抑える為に、緊急時以外は連絡をしないという事になってはいるが…流石にそのレベルの事があれば、連絡をしてくるだろうさ」

「逆に連絡がないという事は、まだそこまでには至っていない…って訳ですか。筋は通っていますね…」

「…それに、身動き出来ない状態になっていれば、ただの刃物でも十分殺せるだろうしな」

『…………』

 

 連絡がない現状から逆に考えた、影君の推理。それは確かに、と思えるもので…そこまでは良かったのだが、最後の発言で一気に全員げんなりとしてしまった。うーん、なんという余計な発言…それもご尤もではあるのだが……。

 

「…取り敢えず、諦めるにはまだ早い…って事だろ?ならやっぱり、やる事は変わらないな」

「うん。三人、助ける」

「三人…そういえばイヴさん。私ずっと気になっていたんですが、ルナもその時倒れていたんですよね?…シェアエナジーを奪うゲハバーンの影響下で、イリゼさんやアイさんだけじゃなく、ルナも」

「それは…えぇ、そうだったわ。…うん、ルナもそうだった……」

 

 前に出した拳を握るカイト君に、イリス君が頷く。その際の、三人という言葉にピーシェ君が反応し…全員が同じように、そこへ引っ掛かりを抱く。シェアエナジーを対象とした吸収なら、何故ルナ君まで…と。

…そういう話になる事は、予想が付いていた。どこかのタイミングでそれを誰かが気にするだろうと思っていた。だから俺は、予め考えていた事を口にする。

 

「…これはあくまで、私の考えだ。真実であるとは限らない、ただの吸血鬼の考えだが…話を聞く限り、ルナ君はイリゼさんのシェアエナジーを、アイ君に送っていたらしい。そしてもしその送る方法が、自分自身を経由しての受け渡しなのだとすれば、ルナ君もまた、自分の中を通るシェアエナジーを吸収される事となる。…一時的とはいえ、自分の中にあるものを外部から無理矢理引き摺り出されているのだとしたら…身体に負荷が掛かるのは、なんらおかしな事ではないだろう」

 

 実際には違う理由なのかもしれないが、これもそう荒唐無稽な話でもないだろう?…という調子で言った俺に対し、異論は特に出てこない。どうやら程度の差はあったとしても、皆納得してくれたらしい。ならばと俺は咳払いし、視線を皆から塔の方へ。

 

「さて、確定とまではいかずとも、ルナ君達が倒れた理由に検討は付いたんだ。であればここから求められるのは慎重さと迅速さ。今はまだ大丈夫だとしても、既に限界ギリギリまで吸収されている…という可能性もあるしね」

「それと、ピーシェ様達女神の皆さんは出来るだけ前に出ない事もですね。ゲハバーンを何とかしない限り、皆さんも戦闘不能になってしまいますし」

「え、友のピンチに主人公が活躍出来ない展開なんてある…?…って、言いたいところだけど…近付いただけでアウトなら、距離を取ってるしかないもんね。頼むよ、皆」

 

 そう。救出において最大のネックは、ここにいる内の五人が女神…つまり、ゲハバーンの影響を受けてしまうという事。遠隔攻撃であろうとシェアエナジーによるものなら吸収されてしまうだろうし、そもそも封神形態の正確な効果範囲が分からない以上、彼女達は戦力として計算出来ない。…厳しい戦いになる…が、三人の為だ。やってやる、やってみせるさ。

 

「それじゃあ、行くか」

「ああ、そうしよう。…それと、イヴ君。最後に一ついいかな?」

「…何かしら?」

「君は何も出来なかったと言っていたが、そんな事はない。君は自分だけが助かった、助けられたという中でも早まった行動はせず、状況も恐らくその場で抱いた罪悪感も飲み込み、私達に何が起きたのかを伝えに来てくれたんだ。それは、その場の感情で助け出そうとするよりずっと難しい事だ。そしてお三人も、そうしてくれる事を君に期待していた筈だ。だから…君は君が出来る、最善の事をしたんだと、私は思う」

 

 踏み出す直前、カイト君に応じ、続けて言葉を発したのはワイト君。彼の言葉にイヴ君は目を見開き、数秒俯き…それから、顔を上げた。顔を上げ、強く頷いた。

 闇に覆われた塔。入れるのだろうかという懸念があったが、近付いたところ、イヴ君が出てきた時と同じように、中へと繋がる穴が開いた。だが穴はあっても、中は見えない。見る為には、知るには、入るしかない。それでも、臆する者はおらず…全員が、中に。

 

『……っ!…ギョウカイ墓場…?』

「こりゃまた、凄い空間だな…」

 

 穴を潜った先に広がっているのは、自然の潤いが全て消え去ったような空間。ディール君エスト君は揃って呟き、グレイブ君も乾いた笑い声を小さく漏らす。

 

(…なんだ、この感覚は…外見からして分かり切っていた事ではあるが…何か、違う……?)

「イヴ、イリゼ達はあっち?」

「そうね、私の記憶が正しければ…って、こっちから見ると一本道になってるわね…さっきは気付かなかったわ……」

 

 指差すイリス君にイヴ君が頷けば、即座にイリス君は駆け出す。それを慌てて愛月君が止めたものの…気持ちは分かる。イリス君以外にも、駆け出したい気持ちを堪えている者はいるだろう。

 かなり開けてはいるものの、今のところ一本道となっている。これは迷わなくていい分好都合というべきか、それとも何かが待ち構えている場合、避けては通れない分都合が悪いというべきか。

 

「…そういや、ゲハバーンを放ってきたのはここのボス…みたいな存在なんだよな?やっぱ、助けるには倒すしかないのか…?」

「出来れば相手にせず、又は時間稼ぎに努めて、その間に三人を助けたいところですね。その存在を相手にする上でも、ゲハバーンを何とかしなくては私達戦えませんし……」

「…それについて、だけど…本来四つの塔を攻略しないと入れない場所が、壊れてたわよね?で、イヴの話だと、ここに元々いたボスが何かに取り込まれた感じらしいのよね?って、事は……」

「かもしれないな。だが、その二つを安易に関連付けるのは危険だ。何にせよ、まずはピーシェの言う通り、救出だけを目的にした方が良い」

 

 広がる一方の道中、救出の流れを打ち合わせた後、カイト君とセイツ君が思考を巡らせ、ピーシェ君と影君がそれぞれ答える。色々疑問が浮かんでくるのも当然の事で、とにかく今は情報が少ない。やるべき事が明白なのは幸いだが、仮に助けられたとしても、そこから勝てるかどうかは…いや、止めておこう。少ない情報の中では可能性の演算も精度が落ちるし、三人を助ける事、その為にゲハバーンを何とかする事が、勝ち筋を太くする事に繋がるのは間違いないんだ。

 

「…茜さん?どうかしたの?」

「あ…いや、ちょっと…ね。…えるなむさん、貴方にはここが他の塔と同じに見える?」

「…正直、私にも具体的な事はまだ分からない。ただ、同じに見えるかどうかで言えば……」

 

 何故茜君は聖なる力で攻撃出来そうな呼び方を…というのはさておき、どうやら彼女からしても、ここは他とは違うらしい。同じように見えているか、感じられているかは分からないが、何かを感じられているのなら、それは共有しておいた方がいいかもしれない。

 そう俺が思っていた中、気付けばイヴ君の足は早まっていた。そしてその事に、もしやと思った次の瞬間…イヴ君は、声を上げる。

 

「アイ!イリゼ!ルナ!」

『……!』

 

 三人の名前を呼ぶ、イヴ君の声。反射的に目を凝らせば、俺の目にも見えてくる。これまでよりも更に開けた空間、そこで倒れた三人の姿と…その周囲に突き立てられた、複数本の禍々しい剣が。

 飛び出しかけたイヴ君だったが、一歩足を出したところで堪え、振り返る。向けられた彼女の眼差しに、決意を秘めた瞳に…俺達は、頷く。

 

「予定通り、まずは取り敢えずゲハバーンを退かす!念の為訊くが、選ばれし人間じゃないと引き抜けないとか、どこぞの対艦兵器や妖槍みたいに身体に融合してくるみたいな事はないんだよな?」

「そんな危ない機能はないから安心して!…どっちにしろ危ない剣ではあるけど…!」

「お三人はこちらに乗せて下さい!一気に運びます!」

 

 言いながらグレイブ君は駆け出し、彼の言葉にセイツ君が答える。女神の五人はこの場で待機し、俺達は警戒しながら倒れ伏す三人の元に向かう。グレイブ君と共に先行するのはワイト君…彼のマエリルハで、機体のマニピュレーターに三人を乗せて安全圏まで後退させつつ、俺達で、ゲハバーンを破壊するなり遠くに捨てるなりするというのが救出プラン。何とも単純な案ではあるが、単純な案で進められるのなら、それに越した事はない。

 スラスターを吹かし、一気に三人の近くまで到達したマエリルハは、一度止まって周辺を警戒。その間に俺達も距離を詰め……

 

「……っ!?待って下さい、あそこに何か…いや、誰か…!」

 

 不意に、ビッキィ君が声を上げた。脚を地面に突き立てるようにして急ブレーキを掛け、同時に三人のいる場所よりも先の地点を指差し…そこにいた、いつの間にか存在していた人型の『闇』の存在を全員に伝える。

 

「あれは…あいつよ!私達の前に現れたのも、ゲハバーンを放ってきたのも…ッ!」

「…待て、あれは……」

「え…あれ、って……」

 

 悔しさの滲む、イヴ君の声。現れた脅威に緊張感が高まり…その中で、影君と茜君は、他の面々とは違う反応を見せる。

…いいや、二人だけじゃない。俺もそうだ、俺も同じだ。俺はあれに、あの存在に感じるものがある。外見からは分からずとも、俺という存在が、本能的に感じている。あれは、あれは……

 

「救出はさせないつもりか…?…ならばプランB、グレイブくん愛月くんイリスさんでポケモンと共にお三人の救出を!その間、私達が押さえ込む…!」

 

 普段ならば分割により、気になる事と今すべき事の両方に振り分けられる思考。それが今は、気になる事に全て注がれてしまっていて…ワイト君の声で、我に返る。あの存在の事は気になるが、それよりまずは三人を助けなくては、と自分に言って切り替える。

 幾ら相手が未知数とはいえ、こちらは七人。加えて撃破ではなく時間稼ぎさえ出来ればいいのだから、決して不可能な事ではない。用心しつつも、俺はそう思っていた。恐らく皆も、似たように考えていたんじゃないかと思う。…だからこそ、俺達は驚愕する。こちらを認識したらしい、闇の行動に。闇が、してきた事に。

 

『な……──ッ!?』

 

 ゆっくりと、顔を上げるように闇の頭部が僅かに動いた次の瞬間、影の周囲に現れたのは幾本もの剣。一つ一つが禍々しい形相を持つ、酷く暗い輝きを放つ…魔剣ゲハバーンが現れる。

 不規則に並んだゲハバーンは、次の瞬間刃が上向きとなり、放たれる。反射的に身構えるが、放たれたゲハバーンはこちらには飛んでこない。山なりに飛び、俺達を飛び越え…後方へと、飛来する。

 

『……ッ!(離れ給え・離れろ・離れて下さい)ッ!』

 

 弾かれるように振り向く。俺と影君とワイト君が、ほぼ同じタイミングで叫ぶ。

 考えてみれば、当然の事。ゲハバーンが対神決戦兵装であるのなら…狙う相手も俺達ではなく、後方に控える女神の五人に決まってるじゃないか…!

 

「これって、あの時の…ッ!」

「念の為女神化しておいて正解だったわ…ッ!これだけ離れてしまえば……って…」

「──嘘、でしょ…?」

 

 何かに気付いた様子のディール君。五人は散開と共に大きく飛び退く事で飛来するゲハバーンから距離を取り、それぞれの効果範囲から逃れる。

 だが…次の瞬間、飛び退き着地したセイツ君は、愕然とした声を上げた。まさかと思い、視線を闇へと戻せば…そこには先の攻撃を遥かに超える、何倍もの数のゲハバーンが浮いていた。それ等が全て、再び放たれ…より広い範囲を、遥かに広域を制圧する。暗い輝きと共に飛来し、地面へと突き刺さり……その広過ぎる範囲に囚われた女神達が、一人、また一人と落ちていく。

 

「……っ…どういう事だよ、こりゃ…ゲハバーンってのは、こんなぽんぽん出せるようなもんなのか!?」

「そ、そんな訳ないよ…!私達の次元のにしろ、信次元のにしろ、ぽんぽん用意できる訳が……」

「待って皆!また、何かしてくる…!」

 

 初めから、女神である五人を戦力とは考えていなかった。実を言えば、追加のゲハバーンが来る可能性も考えてはいた。そもそも複数本で三人を戦闘不能にしている時点で、まだ出してきてもおかしくはないのだから。…だが、こんなものは予想外だ。想定外だ。こんな可能性、見えては……いや、違う…この可能性を計測出来なかったんじゃない。初めから俺の…この空間に入った時点から『ズェピア・エルトナム』の演算が()()()()()()()()()

 そして、それに俺が気付いたのと、愛月君が声を上げたのはほぼ同時。まだ何かあるのか、何か来るのか。そう思いながら闇へと目を戻せば、闇の背後には同色の球体が…濃縮された深淵の様なものが存在していた。それはまるで、どこまでも深い、光の届かない暗闇が如き存在で……そこから闇が、溢れ出す。地に、空に、凡ゆる方向に闇が広がり──膝を、突く。グレイブ君が、愛月君が、ビッキィ君が、カイト君が、影君が、茜君が、イヴ君が……それに、俺自身も。

 

(…馬鹿、な…これは、この感覚は……)

 

 身体に力が入らない。思考の高速化も分割も途切れる。何より…心を蝕まれる。失意が、絶望が、諦観が、狂気が流れ込み、抗う間もなく飲み込まれる。

 倒れる音が、聞こえてくる。機体越しでは分からないが、ワイト君も他の面々と同じ状態だろう。だが今は、そんな事を気にしてはいられない。気にする、余裕などない。

 俺は、知っている。分かる。分からない、筈がない。これは、この闇は──タタリだ。それも更に変質した、何か違うものが混じった…果ての果てだ。

 

「…そう、か…やはり、あれは……」

 

 ここまでなって、こうなった事で、確信する。深淵の前に立つ闇、その正体の一端を。

 正体は分かった。この力も理解をした。…されど、それだけだ。分かったところで、何になる?何が出来る?

 

「なんだ、これ…なんでこんな、こんな……っ」

「く、そっ…この程度で、俺が……」

「う、ぅ…なに、これ…震えが、止まらないよ……」

 

 初めに聞こえてきたのは、ビッキィ君とグレイブ君、二人の絞り出すような声。次に聞こえたのは、愛月君の恐れが溢れ出したかのような声。今にも折れてしまいそうな、潰れてしまいそうな、苦しみに満ちた声。侵蝕する負の感情…それも怒りや恐怖ではない、考えて堪えて行動して、負けて敗れてそれでも立って、抗って抗って手を伸ばして、守ろうとして救おうとして踏み出し続けて……その果てに何も守れず、何も救えず、全てが潰えた先の絶望が、心を蝕む。光なき闇に、心を染めていく。

 

「はッ…はッ…ぐ、ぅ…ぅああぁ……ッ!」

 

 視界の端で、カイト君が動く。大剣を支えにして、吐き出すような叫びを上げて、膝を地面から浮かせる。

 信じられない程の胆力。全てを飲み込む闇の中でも立ち上がらんとする精神力は、最早異常にして異質の域。…だがそれでも、彼はそこで止まる。膝は浮けども、立つ事はない。

…俺も、同じだ。俺はこの空間を、タタリを、何よりその闇を知っているからこそ、こうして考えるだけの余裕があるが…それ以上の事は出来ない。皆を助けよう、何とかしよう…そんな思いは、一欠片すら湧いてこない。

 

「……また、なの…また、私は…奪われて…失って……」

「…きっと、こういう世界になってた可能性も…あるん、だよね…器になった私が、全部壊して…何もかも奪って…えー君は、どう思う…?……ねぇ…返事、してよ…えー君…」

「…これを、貴女が…?…あぁ、そうか…貴女は、貴女も…なのに貴女はのうのうと生きて…奪っておいて、滅茶苦茶にしてておいて…そんな人間がいるから、世界は……ッ!」

「…何、それ…貴女が何を知ってるって言うの…私の何を、私達の何を…死んだ事もない、逃げただけの貴女が……ッ!」

「知らないわよ…知りたくもないわよ、奪う側の汚い心なんて…ッ!」

「知る気もないなら、黙っててよ…そうやって知らないまま、苦しむ人をエゴで傷付け続けていればいいよ…ッ!」

 

 ゆらり、と立ち上がる二つの影。怒りを、憎悪を、敵意を言葉に孕ませ、目の前の存在を睨め付ける。銃を手にし、大剣を手にし、増幅された心の闇を相手へとぶつける。

 それを止める声はない。影君は答えず、ワイト君は何も言わない。イヴ君と茜君は完全に闇に飲み込まれ…彼等二人の心は、既に深淵へと沈んでいる。…まあ、でも…どうでも、いいか…。

 

(…あぁ、そうだ…別に、いいじゃないか…どうせ止められないんだ、どうせ俺には何も出来ないんだ…なら止めようとするだけ、抗うだけ…無駄と、いうものさ……)

 

 冷静に考えるのも、状況を分析するのも、馬鹿馬鹿しくなってきた。そんな事をして何になる?そうだ、何にもならない。初めから諦めてしまえばいいものを、その方が楽なものを、出来もしないのに抗おうとした挙句、より深い絶望に飲み込まれる事に、どんな意味があるかなんて…このズェピア・エルトナムという魔術師が知っているじゃないか。

 もう、倒れるとしようか。残念ながら、これは喜劇ではなく悲劇だった。そういう物語だったという事。デウス・エクス・マキナなどない、それが現れる価値もない作品として、ここでこの舞台は幕を閉じ……

 

 

 

 

 

 

「茜、イヴ、駄目。喧嘩、良くない」

 

──その時、声が聞こえた。震えのない、弱々しくもない、憎しみや諦観に飲まれてもいない…無感情で淡々とした、いつも通りの声が、聞こえた。

 無意識的に、視線をそちらへ向ける。そこには、そこにいたのは…イリス君。彼女は茜君とイヴ君を仲裁するように立ち、止めようとし…二人が止めようとしないのを見ると、それぞれの武器を手で叩き落とした。身体に力が籠っていなかったのか、叩き落とされた拍子に二人は倒れ…それからイリス君は、二人に声を掛ける。反応が返ってこないと、イリス君は見回し…俺と目が合った数秒後、駆け寄ってくる。

 

「ズェピア、大丈夫?皆、苦しそう。ズェピアも、苦しそう。…お腹、痛いの?」

「…イリス君は…何とも、ないのかい…?」

「イリスはいつも通り。…もしかして、あれのせい?」

 

 見下ろす彼女の表情もまた、いつも通り。全く感情が感じられない、本当にいつも通りの様子で…そのままイリス君は、深淵を指差す。

 

(…そう、か…そうだったね…イリス君、君は…人でも女神でもない、君には……)

 

 訳が分からなかった。初めは全く分からなかったが…無事なイリス君に驚いて、その拍子に少しだけ思考が戻った事で、理解した。思い返せばそうだったと。イリス君は、そういう存在だったのだと。

 それと共に、自分もいつの間にか押し寄せる闇に飲まれていたと、流されていたと認識する。認識し、恥じる。確かに際限ない闇の前では、気力なんて吹き飛ばされてしまうんだろう。耐えようとする事自体が無理難題ってものだろう。…それでも、無意味などではない。絶望の中でもがき、諦観を前にしても抗おうとする思いを、意思を、無意味や無駄という言葉で片付けてしまうのは…あんまりじゃないか。

 

「…理解した。イリス、あれを壊す。イリスが、何とかする」

「……っ…止め、給え…幾ら無事だとしても、君一人では……」

 

 察したのか、沈黙を肯定と捉えたのか、イリス君は深淵に向けて駆け出す。咄嗟に止めようとした…が、イリス君は止まらない。聞こえなかったのか…それとも、それがイリス君の意思なのか。

 だが、幾ら何でも無謀だ。確かにイリス君自身は、影響なく動けるのかもしれない。だとしても、深淵の前には闇がいる。何もしていない、傷を受けてもいなければ一切の疲労もしていない、万全の状態の闇が……と、そこまで考えた俺は、気付く。…闇が、本当に何もしていない事に。俺達を無力化こそしたが、それ以上の事はしていない。三人に対しても同じで…闇自身は、その場から一歩も動いてすらいない。──まるで、絶望し立ち尽くすように。諦観に身を委ねているかのように。

 

「…着いた。皆を困らせるの、駄目。苦しめるの、もっと駄目。だから、これを消して。そうしてくれないなら、イリスが壊す」

「…………」

「……返事をしてくれない場合も、壊す。それでいい?──えい」

 

 深淵の前、闇の横にまで到達したイリス君は、闇を見上げて問う。対する闇は、何も言わない。ほんの少し、イリス君に向けて顔を動かしただけで…何も、しない。

 それを答えと受け取って、イリス君は更に前へ。深淵の真正面、手を伸ばせば触れられる距離にまで近付き、腕を上げる。小さな手が変化し、大きな槌に変わっていく。そして、イリス君は感情のない顔のまま、気持ちの籠らない声と共に……槌となった腕を、振り抜いた。




今回のパロディ解説

・某相転移装甲
機動戦士ガンダムSEEDシリーズに登場する特殊装甲、PS装甲の事。割とほんとに、物理無効となるとイリゼは衝撃で装甲の内側潰すかガス欠狙うしかなくなります。少なくともイリゼの力のみだとそうです。

・〜〜聖なる力で攻撃出来そうな呼び方〜〜
エルミナージュシリーズに登場する魔法の一つ、エルナムの事。実際に聖なる力の魔法が出ていたら、ズェピアにまあまあダメージが入っていたかもしれません。何せ吸血鬼ですし。

・「どこぞの対艦兵器〜〜」
銀魂に登場する妖刀、紅桜の事。直後のパロディに「妖槍」がありますし、こちらも妖刀にしても良かったかもですが…妖刀より対艦兵器と表現した方が何のネタか分かるかな、と思い、直さない事にしました。

・「〜〜妖槍みたいに身体に融合してくる〜〜」
ぬらりひょんの孫に登場する妖槍、騎億及び憑鬼槍の事。身体と一体化してくる系の武器は他にも色々あると思いますが、私が最初に思い付いたのはこれでした。
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