超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession 作:シモツキ
絶望…それを、俺は知らなかった。…なんて事はない。というか、絶望感とか無力感ってのは、それなりに生きてきた人間なら、誰でも知ってるんじゃないかと思う。そりゃ勿論、個人差はあるんだろうし、後から振り返れば俺がこれまで抱いてきたのは全部、その場ではどうしようもないように思っても、実際には何とか出来るレベルで、なんだかんだ何とかなってきたような絶望感や無力感な訳だが……だとしても、そういう失意は限られた人間しか味わった事のないもの、特別なものなんかではきっとない。失敗したり、上手くいかなかったり、不運や理不尽にぶつかったり…そういう事は、誰にだってあるんだから。
だから、だからこそ…俺は思った。一体どれだけの絶望を味わえば、どれだけの失意に苛まれれば、こんな闇そのものみたいな感情が生まれるんだろうかと。重く、辛く、苦しい…哀しい感情の深淵は……ただの、仮想空間のデータなんだろうかと。
「……──っっ!」
身体じゃない、心が重くなる闇。心の中に入り込んで、内側から何もかもを飲み込んでいくような…すぐにでも押し潰されてしまいそうな感情の濁流を前に、俺は立つ事が出来なかった。立ち上がろう、頑張ろう…そんな気持ちが、気力が掻き消えていって……力を入れる?何故?どこにその必要が?…なんてすら思えてきた。
それでも何とか、心の底に沈んだ気力を掻き集めて、立ち上がろうとした。立ち上がろうとするので、精一杯だった。俺の中にはずっと、これが無駄な行為だと、無意味な事だと気力を塗り潰そうとするような感情が渦巻いていて……そんな中だった。いつの間にか人の姿をした闇と、闇を凝縮したような球体の側にまで行っていたイリスが、ハンマーの様になった腕を球体に向けて振り下ろしたのは。その一振りで、一撃で、あっさりと球体は崩れ──心が軽くなったのは。
「…破壊完了。皆、大丈──」
淡々とした声を上げながら、振り向くイリス。それからイリスは俺達に呼び掛けようとし…次の瞬間、闇が動いた。ずっとそこで、殆ど立っているだけだった、人の姿をした闇が、イリスの方を向いて…腕を、振り抜いた。腕を…一瞬前まではなかった筈の、暗い輝きを放つ禍々しい剣を。
響く轟音。巻き上がる砂塵。イリスの声は途切れ、姿も見えなくなり……次の瞬間、何かが凄まじい勢いで吹き飛んでくる。
「……ッ!」
咄嗟に俺が身構える中、ビッキィが動く。ついさっきまで倒れていたビッキィが地を蹴り、飛んでくる何かの前に躍り出て…それを、受け止めた。
「はぁ、はぁ……え、ビッキィ…?それ、って……」
「なんだ、そりゃ…」
「…反射的に、というか直感的に受け止めたけど…さ、さぁ…?」
飛んできたものを両腕で抱えたビッキィ、その腕の中にあったのは…なんというか、スライム。スライヌではなく、スライムっぽい何か。俺だけでなく、まだ少し顔色の悪い愛月や、珍しいものを見るような目をしたグレイブもそれに疑問を持っていて…まさかのビッキィ自身もよく分かっていない中、その正体が語られる。
「…イリス君だよ。突然何を、と思うかもしれないが…それはイリス君だ」
『え…!?』
横から発された声。その声の主は、皆と同じように…そして恐らく、初めて見る疲弊した様子のズェピアさんで…ズェピアさんの言った、これがイリスだという言葉に、俺達は驚愕した。明らかに違う見た目なのに、スライムなのに、イリスだと言われれば、驚くに決まっている。
だが、状況的には理解出来る。斬撃をギリギリで躱したのか、外れたのかは分からないが、とにかく直撃はせずに済み、発生した衝撃で吹っ飛ばされたんだとしたら、飛んできたのも納得がいく。それに……
「…考えてみれば、身体を色々変化させてたもんな…変化もこういう身体だって思えば、おかしくはないな」
「…カイトさんって、グレイブ並みに飲み込みが早いよね…って、待った…!こんな状態になっちゃって、イリスちゃんは大丈夫なの…!?」
「ふむ…うん、大丈夫の様だよ。どうも気を失っているようだけど、命に別状はないようだ」
スライム…もとい、イリスに触れたズェピアさんが大丈夫だと言う。それに俺達は安堵し…思考は次の段階に移る。
「にしても…何だったんだ、さっきのは……」
「…どうしようもなくなった、どうにもならなくなった感情の末路、成れの果て…だろうな。…そうだろ、ズェピア」
グレイブの発した、俺や恐らく皆も思っていた言葉。それに答えたのは影で…ズェピアさんは、頷いた。それも、いつもとは違う…どこか憂いを帯びているような表情で。
「…君は、君達は大丈夫かい?」
「大丈夫だ、こういう感情には慣れている。…最悪の気分だが、な」
「同じく。…すまない、全く何も出来なくて」
「いえ、大丈夫です。何も出来なかったのは、俺も同じなので」
言葉通り、影は酷い顔。続けて声を発したワイトさんも、スピーカー越しでも分かる程気分が悪そうで…理由はよく分からないが、影響には個人差があったらしい。…そう思いながら俺が返した瞬間、ズェピアさんが呆れてるような、感心してるような目で見てきたが…その理由は、よく分からない。
「…お二人共、動けますか?」
「大丈夫だよ、ビッキィさん。良くはないけど、今はもう動ける。調子が悪いとしても、そこは年の功で何とかしてみせるよ」
「それなら良かったです。あわや全滅の危機は避けられたとはいえ…状況は振り出しに戻っただけどころか、ピーシェ様達やイリスさんの事を思えば後退しているんですからね」
軽く肩を竦めた後、険しい表情を見せるビッキィ。残る二人、茜とイヴも体調的には大丈夫だと分かって俺はほっとしていたが…ビッキィの言う通り、まだ何も解決してはいない。イリスは気絶してしまっているし、元々の目的だったイリゼ達を助けられてないどころか、セイツ達まで動けなくなってしまった。そして何より…現れた人型の闇は、無傷のまま。
「…そういえば…イリスちゃんを吹き飛ばしたのは、あの闇みたいな存在…なんだよね?でも、さっきからずっと動いていないような……」
「…それについては、一つ仮説がある。仮説というか、単なる予想だが…あの存在は、俺達が何もしなければ何もしてこないんだろう。自分から動く気はないが、邪魔をするなら容赦はしない…といった風にな」
「今私達は敵対行動を取っていないから向こうも動かないし、イリスが襲われたのは、球体の破壊を行ったから…って事?…でもそれなら、ゲハバーンやさっきの球体は……」
「それに関しても、直接命を奪うようなものではなかった。…本当に、直接的な物理攻撃じゃないってだけだが」
イヴからの問いにも、影が答える。実際どうなのかは分からないが、そういうスタンスって事なら、これまでの事とも合致する。それに…流れ込んできた感情は、絶望や諦め…何もしたくない、進みたくないという思いだったような気もする。もしも、あの球体が、あの闇の持つ感情を放出してたんだとすれば…全部、納得がいく。
「なら、こっちから仕掛けたりしなきゃ、取り敢えずは大丈夫って事か。…ま、そんなの知るかって話だけどな」
「うん、そうだね。私達は大丈夫でも、ぜーちゃん達は大丈夫じゃないんだから」
「さっき動いたのは、女神を見つけたからなのか、わたし達が三人を助けようとしたからか…どっちにしろ、またあの球体を出されると不味いですね……」
「即再生可能なものなら、イリス君を吹き飛ばした後すぐにまた出しているんじゃないかな。勿論、イリス君は破壊以外の行動をしなかったから、反撃するのに留めただけで、実際には今すぐ出せるのかもしれないが…これについては、そうではない事を祈るしかないね」
「確証はないが、やってみるしかない…って事か…。…やってやろうじゃねぇか。イリゼ達を助けられるかどうかなんだ、やってみる価値はある筈だ」
皆を見回しながら、俺はそう言う。言うと共に、左手に右手の拳を打ち付ける。またあの感情に飲み込まれるかもしれないと思うと、ぞっとする……が、だとしても今、女神の皆を助けるには戦うしかない。その為に、俺にも出来る事があるかもしれないなら…迷う理由なんてない。
そして、俺の言葉に皆から返ってきたのは首肯。意思を確認し合った俺達は、改めて闇と向かい合う。
「当初は妨害が危惧される場合、グレイブくん愛月くん、それにイリスさんの三人に救出を任せるつもりだったが……」
「救出対象は倍以上、救出者は一人が気絶中…か。茜、バイタル確認も兼ねて、一旦救出側に回ってくれ」
「私からも一ついいかな?…結論から言って、この空間は全体があの闇の領域みたいなものだ。先程のような、超即効性の侵蝕はなさそうだけど、心身への何かしらの影響力がないとも言い切れない。だから茜君、全員を避難させた後はイヴ君の事も見てくれるかな?影響があるとしたら、私達より先にここへ来ているイヴ君が一番危険だからね」
「いや、私は……ううん、分かったわ。私に影響が見られなければ、他の皆も恐らく大丈夫と言えるから…そういう事でしょ?」
ご明察、とズェピアさんは言って一歩前へ。俺も大剣を構えるが、闇はまだ動かない。その状態で、視線は感じない…が、雰囲気的には睨み合うような数秒が流れ……戦闘の火蓋を切ったのは、ワイトさんの砲撃だった。
「よっし!速攻で全員助けて…って思ったが、これどこに連れてけばいいんだ…?」
「この辺り一面ゲハバーンの効果範囲内みたいだし、取り敢えず今は遠くまで運ぶしかないね…いぶ君、あい君、あそこの岩陰はどう?」
「あの岩ならちょっとした攻撃程度で壊れたりはしないだろうし、良いかも。皆、お願い!」
小手調べのように撃ち込まれた、マエリルハのビーム。バックパックからの砲から放たれたビームは、一直線に闇へと伸びて…それを闇は、斬り裂く。その場から一歩も動かず、何の構えもない動きからの斬撃で迫るビームを真っ二つにする。
それを見ながら俺が地を蹴るのとほぼ同時に、グレイブ達も動く。三人はそれぞれ分かれてイリゼ達の救出に向かい…俺は闇に向けて突っ込む。
「大方そうだろうなとは思っていたが……」
「強い、わね…ッ!」
続いて影の遠隔操作端末による包囲攻撃と、装備…パワードスーツを纏ったイヴの射撃が闇を襲う。だが一見逃げ場の無さそうな包囲攻撃を、闇は瞬時に…逃げ場が無くなる前に跳ぶ事で避ける。回避先へのイヴのエネルギー弾も、全弾躱される。というより、イヴは動きを捉え切れていないように見える。
二人の攻撃を避け切った闇は、振り向きざまに武器を振るう。手にした二振りの剣…右の大剣と左の片手剣の内、左の剣を振るって斬撃を飛ばす。刀身と同じ色をした斬撃は、波紋が広がるように拡大しながら飛び……避けたイヴが一瞬前までいた地点を、深く抉る。
「カイトさん!」
「応ッ!」
斜めに振り下ろした剣を振り上げる形で、闇は影にも斬撃を放つ。その隙にビッキィが、両腕を広げて飛び掛かり…前転。剣が届きそうな距離に入る直前に回って、地面に両手を突いて、地面を押すようにして闇を飛び越える。
ビッキィに向けて振るわれた右手の大剣は、ビッキィが間合いに入らなかった事で空を斬る。大剣は完全に振り抜かれ…ビッキィの後を追うように、その背後を走っていた俺は肉薄する。飛び込みながら大剣を振り上げ、全力を込めて振り下ろす。
「だぁああああぁッ!」
刀身の峰から噴出した炎での加速も掛けた、上段からの一撃。それを思い切り俺は叩き込み…だが、受け止められる。振り抜かれた大剣ではなく片手剣で、片手で掲げた剣で斬撃を塞がれ、逆にそのまま弾き返される。…くっ…簡単に攻撃が通るとは思ってなかったが…大剣に炎の加速も乗せた両手での攻撃を、片手で塞ぐどころか押し返してくるのかよ…ッ!
「てぇいッ!」
「このッ!」
着地と共に大剣を地面に刺し、勢いを殺す俺。上段斬りを返された直後、飛び越え背後を取っていたビッキィが飛び蹴りを掛けたが闇はノールックで躱し、イヴの連射攻撃も全て片手剣で受けて防ぐ。その背後と左右に回り込んだ遠隔操作端末が同時攻撃を仕掛け、跳んで避けた闇を狙っていたとばかりに影が空中強襲からの横薙ぎを掛けても、闇は俺の時と同様剣で難なく弾き返す。
「そこだ…!」
「捉えた…ッ!」
大剣から手放した左手で放った炎弾は、刺突で掻き消される。更にそのまま闇は俺へと迫り…だが突き出された剣の斬っ先が届く、咄嗟に俺が掲げた大剣と激突する直前、闇の動きは止まった。突撃の体勢のまま、宙で止まり…その身体には、地面から伸びる影が纏わり付いていた。その仕掛けを用意した人物が誰かは…考えるまでもない。
次の瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは接近してくる機体の姿。意図を理解し俺が飛び退けば、直後にまたビームが放たれる。手始めにバックパックからのビームが、続けてバレルの長い携行火器からのビームが放たれ、追い討ちの様に頭部付近の機銃も火を吹く。単射のビーム二門に連射の実体弾二門、光実織り混ぜた四門の集中砲火が、闇を襲う。
あっという間に巻き上がった砂煙。けどワイトさんは様子見する事なく、容赦なく砂煙の中へと攻撃を続け……不意に、広がっていた砂煙が吹き飛ぶ。
「……ッ!」
何の前触れもなく、真っ二つに割れて吹き飛んだ砂煙。晴れた時、そこに闇の姿はなく…直後、マエリルハのライフルが斬り飛ばされた。即座にワイトさんはライフルを放棄し、スラスターを吹かして下がる事により、爆ぜたライフルの衝撃からは逃れたものの…闇の側に、ダメージの痕は見られない。
「防ぎ切った…?それとも、避けた…?」
「分からんが、とにかく畳み掛けるぞ!ズェピア、もう一度拘束を!」
「既にそのつもりだよ。ただ、あまり期待はしないでくれ給え…!」
目を見開くビッキィの横を駆け抜け、影が回り込むような機動を掛けながら二丁…又は二本の武器で射撃を行う。その全てを闇が斬り払ったタイミングで、さっきと同じ影の拘束が闇を捉え…たが、一瞬でそれは引き剥がされた。拘束と同時に俺とビッキィは飛んでいて、大剣と拳とで別方向から仕掛けていて…不味いと思った時には、もう遅かった。俺は大剣ごと斬撃で弾かれ、ビッキィはノールックで背後に振り出された蹴りによって飛ばされ、二人纏めて返り討ちに遭う。
「ぐぅ…ッ!」
「かは……ッ!」
「ビッキィ!カイト!…──しまっ…!」
地面に叩き付けられ、背中に痺れるような痛みが走る。けどまだ俺は良い方で、ビッキィは蹴られた上に地面へと落ち、肺の中の息を全て吐き出してしまったような声を漏らす。
倒れた状態での、視界の端。そこでは闇より上に高度を取ったイヴが、ワイトさんとの十字砲火を掛けていて、イヴの射撃が闇を捉え掛ける。最初とは違う、動きに追い付き始めたイヴの偏差射撃は、一発毎に闇の身体へと迫っていって…だが当たると思った瞬間、闇はほぼ直角の動きで軌道を変えた。信じられない軌道で曲がり、エネルギー弾を避け…そのエネルギー弾とすれ違うようにして、イヴに肉薄した。息吐く間もなく、剣が振るわれ…パワードスーツの破片が、宙に散る。
「イヴさんッ!」
「大丈夫…!無事じゃないけど、軽傷よ…!」
「軽傷でも怪我は怪我だ、すぐ治癒を……」
痛みを堪えて立ち上がる中、同じく宙に上がったワイトさんのマエリルハが、シールドを構えて庇うようにイヴの前へ。大丈夫と言うイヴだが、斬り裂かれた装備の内側からは出血をしていて、ズェピアさんが治癒に動く。それと共に、俺とビッキィにも「君達もね」と言うような視線(って言っても目は閉じているが…)が送られ…そのズェピアさんの真正面に、闇は現れた。瞬間移動なんかじゃないが、ズェピアさんがこっちに顔を向けた一瞬で懐に飛び込んでいて、横一文字で大剣が振るわれる。その直前に影が射撃を掛けていて、闇はそれを避ける為にほんの僅かに身体を逸らしていたからか、辛うじてズェピアさんは躱していたが、すぐさま放たれた蹴りでズェピアさんは吹っ飛んでいく。蹴り飛ばされた先にいるのは影で、そのまま影も巻き込まれる。
こっちは女神が全員戦闘不能で、更に三人が戦闘から離れていても、まだ七人いる。個々の実力だって、皆並大抵じゃない。…それでも、圧倒される。攻撃が、届かない。
(キツいな…さっきの塔の影より間違いなく強い…。…けどまだ、負けた訳じゃねぇ…!)
息を吐いて、自分の中で仕切り直して、大剣を振るい炎を放つ。広がりながら飛ぶ火炎は闇を包み…次の瞬間には、炎の壁に穴を開けられる。そうなると分かっていた俺は、その時にはもう横に跳んでいて…俺が直前までいた空間は、闇の大剣で両断される。
着地と同時に脚で勢いを無理矢理殺して、反復横跳びの様に戻りながら大剣を突き出す。横からそれを受ける形になった闇は大剣を振り下ろした状態のまま、身体をこちらに向けてくる。闇も片手剣を突き出し…俺の刺突を刺突で止める。
「……ッ…どこぞの東方から来た者かよ…ッ!」
「カイトくん、今の目標は女神様達を逃がすまでの時間稼ぎだ!無理をする事はない…!」
「分かってます、けど…余裕を確保しながら戦える相手じゃ…ッ!」
斬っ先だけでせめぎ合う。闇は力の限りで押しても体勢は崩れず、逆に押される。硬い地面を踏み締め、炎を噴射し対抗するが、押し返せない。
それでも何とか踏み留まる中で、ワイトさんが言う。俺もそれは分かっている…けど、今力を抜けば、一気にこっちが崩れる。最悪そのまま刺突を受ける。だから俺は、反撃のチャンスを掴む為に全力で耐え…だが俺がチャンスを掴むより早く、羽根の様な飛翔体が次々と闇に向かって飛来した。
「相手が速いというのであれば……」
「こちらも加速するまで…ッ!」
ビームを撃ちながら飛来するそれは、影の遠隔操作端末。跳躍し躱した闇を追い掛ける端末の速度は、これまでより明らかに速く…俺はその端末一つ一つを、突風が包んでいる事に気付く。
飛び回る闇を端末が猛追。進路を塞ぐように各端末から光芒が放たれ、距離を詰めていく。そうして一基が肉薄し、その端末に向けて片手剣が振られ……端末は、斬撃を避ける。横風に吹かれるように、軌道が変わって攻撃が外れる。
『逃がすかッ!』
避けた一基と別方向から迫る数基の同時攻撃。それを純粋な超速度で闇は凌いだが、端末の配置は回避先も潰していた。残った空間は一つだけで、だから俺にもどこに避けるかが瞬時に分かった。
俺の炎弾、ビッキィの手裏剣、イヴの射撃。三方向から俺達はほぼ同時に仕掛け、闇は全てを斬り裂き弾く。その一瞬が、端末による完全包囲へのアシストとなり、八基の端末は同時斉射。距離と位置で完全に退路を奪ったビームが、同時に宙の闇へと迫り……次の瞬間、赤黒い竜巻が闇を包んだ。前触れなく現れた竜巻が、闇を完全に覆い隠し、一斉掃射を全て阻む。更にその風で、端末を蹴散らす。
(……!?この竜巻って、確か……)
見覚えのある竜巻に、一瞬動きが止まる。闇を包んだ竜巻は、端末を全て蹴散らした後解き放たれ、強風となって身体を叩く。
これならいけるかもしれない。そう感じた攻撃をも新たな手段で闇は防いだ。パワーもスピードも桁違いで、更にこんな手段もある、他にも色々とまだ温存しているかもしれない人型の闇に、付け入る隙は……
「うぉおおおおぉぉおッ!」
次の瞬間、宙に立つ闇をその斜め上から強襲した鉄騎。ワイトさんの駆るマエリルハが、噴射炎をなびかせながら闇に突っ込む。構えたシールドでタックルするようにぶつかり、そのまま地面へ。一切速度を落とさず、一直線に地上へ飛来し、シールドごと闇を叩き付ける。
地面へシールドがめり込み、闇の姿も見えなくなる。けどワイトさんは離れる事なく、スラスターを吹かしてシールドを、闇を地面に押し込んでいく。
「潰れろ…ッ!」
俺は素人だから分からないが、体勢的に機体の関節には結構な負荷が掛かっている筈。だがワイトは止めずに押し続け、押し付け続け……直後、シールドが砕ける。圧力に耐えられなくなったから、ではなく…下から勢い良く破壊された事で。
「…あれでも無傷か…底知れないな……」
「けど、あんだけの勢いで突っ込めば、取り敢えず吹っ飛ばす事は出来る…それが分かっただけでも一歩前進じゃないか?」
「この状況でそう捉えるか…ま、それも事実ではあるか…」
砕けたシールドの破片が転がる中で、闇は全く変わらない姿で立っていた。それを見てから、聞こえた影の言葉に俺が返せば、影は怪訝な顔をした後肩を竦める。
変な事を言っただろうか。…なんて想像している暇はない。一瞬でも気を抜けば、距離を詰められやられる。気を抜かなくたって、何かミスすれば多分次の瞬間には致命傷を浴びる。強いなんて言葉じゃ片付けられない、どうやったら倒せるのか分からないような存在が、今ここにいる闇で…その闇が地面を蹴ろうとした瞬間、火の玉と、水の弾が同時に闇へと襲い掛かった。
「この攻撃は…!」
「待たせたな!っつっても、俺は伝説の英雄でもなきゃ某リーダーでもないけどな」
「おわぁ!?じょ、冗談言ってる場合じゃないよグレイブ!」
声を上げたビッキィとほぼ同時に振り向けば、そこにいたのはやはり、グレイブに愛月、それに茜の三人とポケモン達。炎と水の遠隔攻撃を大剣の腹で受けていた闇は、瞬く間に接近からの横薙ぎを仕掛け、間一髪でグレイブと愛月は避ける。影は即座に回避先へと回り込んでもう一太刀振るったが、それは茜が大剣で受けて、体制を崩しながらも攻撃を防ぐ。
「皆の様子は!?」
「正直、物凄く悪い!早く何とかしないと不味そうだ!」
「その何とか、が目下最大の難点なんだがな…茜、イヴの確認も頼んだ!」
「りょーかい!ゆりちゃん、ちょっと下がるよ!」
真っ先に訊いたイヴに呼び掛け、茜は下がる。イヴも低空飛行飛行で後を追い、逆にグレイブと愛月の二人が戦闘に参加。グレイブはムクホークのブレイブに、愛月はオノノクスのレックスの背に乗り、ボールから次々と手持ちを呼び出す。
俺も走りながら大剣を振り、炎を斬撃に変えて打ち出す。攻撃しながら、ズェピアさんへの下へ向かう。
「ズェピアさん、もう一度拘束を…今度はもっと強固な拘束が出来ませんか?」
「…何か、策があるのかい?」
「いえ、はっきりした策がある訳じゃありません。…けど、パワー次第じゃ吹っ飛ばせる事は分かったんです。なら次は、どんな擦り傷でも、とにかく一発当てる。当てられるって証明する。そうやって一つずつ、勝ちへ向けて積み重ねていけば…ッ!…って、そう思ったんです」
話しながらも、炎を放つ。ズェピアさんも多彩な魔術を撃ち込みながら、俺の話を聞いてくれて…そして、頷く。
「いいね。脅威を前にしても焦らず、一足飛びにではなく一歩一歩進もうとするスタンスは素晴らしいよカイト君。薄々思っていたけど、君は結構冷静なタイプなタイプだね」
「あ…それは、どうも。それで、拘束は出来そうですか?」
「…済まない。さっき以上となると、期待に応えられそうにはないんだ」
「え…けど、前の塔じゃもっと……」
「もっと色々出来ていた。…情けない話ではあるが、あの時とは状況が違ってね。今は事情が──」
表情を曇らせるズェピアさん。それは何故か、状況が違うっていうのはどういう事か。…その問いを口にする前に、ズェピアさんは吹き飛んだ。炎に水に、斬撃打撃射撃と次々ぶつけられる攻撃を悉く避け、防いだ闇は、ほんの一瞬攻撃が途切れた隙に飛び、俺の横のズェピアさんを吹き飛ばした。反射的に防御体勢を取った次の瞬間には、盾の様に構えた大剣に、腕が折れそうな程の衝撃が走って、俺も吹っ飛ばされる。岩に背中を打ち付け、一度ぶつけていた場所だからか、一層の痛みが背中に走る。
「……っ、ぅ…!」
腕にも脚にも、痺れているような感覚がある。酷かったのは最初だけで、段々と痺れは引いていったが…そう何度もは受けられない。防御すら、正面からは不味いっていうのは、凄くキツい。
「カイト、大丈…次来ますよッ!」
「みたい、だな…ッ!」
心配してくれたのか、走ってきたビッキィは途中で方向転換。殆どヘッドスライディングみたいな跳躍で、紙一重で闇の斬撃を躱して地面に手を突く…と、そこから砂が舞い上がり、砂煙となって闇を包む。砂煙で視界を奪っている間にビッキィは下がり、俺も走って距離を取る。
「ビッキィこそ大丈夫か?さっきのあれは……」
「死ぬ程痛…くはなかったですけど、それでも滅茶苦茶痛かったです。…でも、痛がっていられる相手じゃありませんからね」
構え直したビッキィは、砂煙への集中攻撃もやっぱり全て防いだ闇へと走っていく。俺も何度か手を閉じたり開いたりして、痺れがなくなった事を確認する。
理由は後で確かめるとして、ズェピアさんでも拘束は一瞬が限度らしい。闇の力と速度を考えると、炎をぶつけまくってその場から動けないようにする…ってのも多分無理。今のところ、一撃当てる為の流れすら思い付かないが…確かにズェピアさんの言う通り、俺は焦っちゃいない。
(焦ってもどうにもならない事は、よく知ってるから…な)
危険種混じりのモンスターの群れと戦っていた時。ミスティック・ドライブの修行中。それに、イリゼとの模擬戦。思い返せば、戦闘中に焦った時は大概上手くいかなかったり、危ない状態になったりしていた。…当たり前だよな。焦ってるんだから。
けどそのおかげで、そういう失敗を何度もしてきたから、俺は自分に焦るなと言える。焦っちまう時は焦っちまうもんだし、それは仕方ないが、ちゃんと立て直す事は出来る。
だから俺は、念押しするように心の中で「焦るな」と言って、闇に向けて斬り込んでいく。どう勝てばいいのかは分からない。一撃浴びせるのだって、まだ遠い。それでも今は、目の前の事だ。出来ない事を期待しても意味はない。勝てそうな気が全くしない相手だからこそ…遠い先じゃなくて、今は目の前の出来る事に全力を尽くす。
*
「んー…うん!ゆりちゃんは多分大丈夫!」
話した通り、私はアイ達の避難(って言っても、その避難先もゲハバーンの効果圏内だけど)が済んだところで、一旦下がって茜からの診察を受けた。受けた結果、一抹の不安が残る言い方をされた。
「…多分なのね」
「そーだよ。だって私、見えるだけで医学とか人体かいぼー学に精通してる訳じゃないからね」
「あぁ……」
多分の理由を理解した私は、それならば仕方ないと納得する。要は茜は、レントゲン写真や胃カメラの映像みたいなものを自前で用意出来るってだけで、それをどう捉えるか、異常か正常かをどう判断するかまでは分からない、それこそその知識がなければ役に立たせられない…って事なんだと思う。それでも、多分って言葉付きとはいえ大丈夫だと言ったんだから、明らかな異変や異常は今のところ私に起きてないって考えても良いんでしょうね。…多分。
「…で、なんだけど…ゆりちゃん、一つお願いしてもいい?」
「何かしら」
「皆の事、見ててくれないかな?」
「それは……」
何故?…そう訊こうとした私だったけど、すぐにその必要はないと思い直した。なんでそんな事を言うかなんて、女神の皆を見れば一目瞭然。
それを私に頼んだのは、私も怪我をしているからか、それとも私じゃ力不足って事なのか。…そっちは、分からない。もしかしたら、他の人には頼むタイミングがなかったから…っていう、凄く単純な理由かもしれない。
「…分かったわ。私も、今の皆を置いてはいけないもの」
「ありがとね、ゆりちゃん。じゃあ……」
「待って」
私が頷けば、茜も頷きを返す。それから茜は戻ろうとして…私が、止める。
「…どしたの?」
「一つだけ、いい?」
「…何かな、ゆりちゃん」
「その…ごめんなさい。さっきは、酷い事を言って……」
振り向いた茜に、謝る。言葉だけじゃなくて、ちゃんと茜の方を見て、頭を下げる。
覚えている。頭の中に残っている。放たれた闇に心が蝕まれて、飲み込まれる中で、私が茜に言った事を。茜に向けてしまった、剥き出しの悪意を。
あの時私は、私の中では、茜が私の次元を…私が元居た次元を壊して、父も皆も…私から全てを奪った犯罪神と茜が重なって見えた。その犯罪神を信奉して、次元を崩壊に導いた人間達と同じに見えた。だから恨んで、憎んで…復讐を、果たそうとした。もしもイリスが止めてくれなかったら、私は茜を…或いは、茜が私を──。
「…ううん。私こそ、ごめんね。酷い事を言ったのは私もだし、私達に状況を伝えてくれたゆりちゃんを『逃げただけ』だなんて言っちゃったし……凄く、身勝手だった」
「身勝手は、私も同じよ。茜の責任じゃない…ううん、全く関係ない事なのに、その恨みを私は向けて…本当に、申し訳ない事をしたわ」
「それだって、私こそ…だよ。だから、これはおあいこって事にして、仲直りしよ?」
「…そうね。ありがとう、茜」
根に持たれても仕方ない事をしたのに、茜は自分こそ…と言って謝った。仲直りしよう、と笑ってくれたわ。…そう言ってくれるなら、答えなんて一つしかない。私だって、あの時の茜の言葉を、今は微塵も怒ってなんかいないんだから。
それと同時に、私は茜から言われた『逃げただけ』が、私の過去の事ではないのだと理解した。考えてみれば、私の元居た次元の事なんて殆ど話していないし、知る筈もないんだけど…あの時は全くそれに気が付けなかった。流れが自然過ぎたのもそうだし…言い訳をするつもりはないけど、私も茜も、あの時は流れ込んでくる感情に飲まれて、まともな思考なんて出来ていなかったんだと思う。
「それじゃあ、今度こそ…!」
話が終わって、茜は戦闘へ向かっていく。自分の中でもやもやしていたものを一つ片付けられた私は、小さく一つ息を吐いて…それから、視線を落とす。
(皆……)
岩陰、取り敢えず流れ弾の一発や二発なら飛んできても問題なさそうな場所で横たわるのは、スライム状態のイリスを含めた九人。気を失っているだけらしいイリスはまだしも、残り八人の顔色は…凄く、悪い。
「…ごめん、なさいイヴ…わたし達、女神が…揃いも、揃って…こんな、役立たず…で……」
「…そんな事、ないわ。あんな大量にゲハバーンが出てくるなんて、誰も想像出来なかったんだもの…だから皆が悪い訳じゃない」
「でも…何も出来ないのは、事実…だもの…不甲斐ない、わ……」
「うぅ…気持ちわるい、よぉ……」
悲痛な声音で謝る…役立たずなんて彼女らしくない事を言うセイツに私は首を横に振る。けど、そんな言葉一つで皆の心持ちが変わる訳もなくて、ネプテューヌも酷く弱々しい声を漏らす。ピーシェも呼吸が不規則で、それだけでも皆がどれほど悪い状態なのか伝わってくる。
でも…正直、この三人はまだマシな方。酷く弱ってはいるけど…まだこの三人は、弱っているだけ。
「ごめんね、ディーちゃん…守って、あげられなくて…何も、出来なくて……」
「…いいよ、エスちゃん…いてくれるだけで、もう……」
「…じゃあ…ディーちゃんも、ここにいて…一人に、しないで……」
「…うん…大、丈夫…わたしは、ずっと……」
指先だけが触れ合った、ディールとエスト。二人は支え合っている?思い合って、耐えている?…いいや、違う。二人からはもう、諦観しか感じられない。もう無理だと、このまま潰えるんだと理解して、受け入れてしまって…だからせめてと互いの存在を、一人じゃない事を確認し合っているだけ。そんな二人の声は消え入りそうで、あまりにも悲愴感に満ちていて…私はなんて声を掛ければいいか分からなかった。
──それでも、そんな二人すらも、まだ三人に…アイ達に比べればまだいいと感じてしまう。…そう、思ってしまう。
「…………」
「…三人共、聞こえてる?何とかする、何とかしてみせる。だからもう少しだけ待って……」
「…ううん…別に、いいよ…もう……」
「そう…だな…どうせただ、このまま消えるだけ…だしな……」
ここに私が来た時点でもう、ルナからの反応はなかった。静かで、ただただ静かで…でも微塵も、安らかなんかじゃなかった。
そして…イリゼとアイはもう、諦めすらも消えている。二人共自分の事なのに、まるで他人事の様に言っていて…声にも、顔にも、感情がない。アイは誰かが犠牲になる事、犠牲にする事を受け入れたりはしない性格で、これまでの事を考える限り、イリゼもそういうタイプの筈なのに…同じように倒れている味方がいて、懸命に闘う仲間もいるのに……今の二人からは、誰に対する思いも感じられなかった。
本当にこのまま消えてしまうんじゃないか。私がここに来た時よりも、一秒一秒どんどんと悪くなっていく皆を見ていると、そんな思いに駆られる。駆られて、手を伸ばそうとして…でも、止める。…怖くて、触れられない。触れたらそのまま崩れてしまいそうで、もう既に触れられない…実体のない存在になっていそうな気すらして、触れる事すら恐ろしい。
(…ゲハバーンを除去出来たとしても、追加で出せるんだったら意味がない。今の戦力で、あの人型の闇を倒すのは…もしかしたら、ゲハバーンの除去以上に現実的じゃないのかもしれない…)
何とかしてみせる、なんて言いはしたけど、その方法が全く思い付かない。皆を助けるどころか、私達だって闇相手にいつまで持ち堪えられるか分からない。闇を倒すには、一人一人が強力な女神の皆を何としてでも復活させたいけど、皆を復活させる為には、闇をどうにかしないといけないっていう、最悪のジレンマ。
「…やっぱり、これしかないの…?一か八かでも、これしか……」
展開したままのバトルスーツ、その胸部に手を当てる。全く以って、何一つ手がない訳じゃない。一つだけ、もしかしたら…っていうものも、あるにはある。
だけどそれは、出来る事なら使いたくない。もしかしたらといっても、上手くいくかどうか分からない…じゃなくて、恐らく無理だけど、絶対無理とまでは言えないから…って意味でのもしかしたら、だから。上手くいかなかった場合は勿論、仮に一応は機能させられたとしても、効果が大きく減衰していたら…皆を十分に回復させられなかったとしたら、結局は無駄になる。
それにその手段は、私にとっての切り札。戦況を覆して、逆境を越えるだけの力があるそれを、無駄に消費する事になったら…心が折れてしまうかもしれない。
(…だけど、迷ってる場合じゃない…わよね。他に策なんて見つからない。今も皆は苦しみ続けてる。だったら、最悪無駄になったとしても……)
無駄になるかもしれない選択を、切り札の使用を、今の皆をそのままにしておけないから…っていう理由で使うのは、賢明じゃないのかもしれない。それで皆を助けられるならともかく、助けられず無意味に消費する結果になる可能性も高いんだから、止めておいた方が無難だとは、私も思う。…でも、私はそこまで冷徹になれない。なりたくは、ない。だから、私は意を決して、立ち上がった……その時だった。側の大岩から轟音が響いて、破片が舞って…岩の上部が、崩れてこっちに落ちてきたのは。
「なっ、ちょっ……!?」
降ってくる岩の上部を前に、私は慌てて飛び上がる。避けるのは容易い、でも私が避けたら間違いなく皆は岩に潰される訳で…飛び上がった私はバリアを展開しながら受け止める。出力最大で、その岩の上部を皆に当たらない位置へと流す。あ、危なぁ…!危うく皆が纏めて岩の下敷きになるところだったわ……。
「け、けどなんで急に…きゃっ……!」
訳が分からず、取り敢えず残った部分を上から確認しようと思った私の頭上を駆け抜ける、暗い輝きを放つ斬撃。よく見れば、残った岩には斬られた跡の様なものがあって…人影が近くに着地する。
「申し訳ない、イヴ君。この岩を背にする位置取りをしてしまうとは、酷い失態だ…」
「ズェピア…?…じゃあ、今の斬撃は……って血!凄い出血してるわよ!?だ、大丈夫なの!?」
「うん、この岩まで吹っ飛ばされた挙句、斬撃を何度も飛ばされてね」
「今は取り敢えず後半の質問を先に答えてほしいんだけど…!?」
私の怪我が可愛く見える程の重傷を負ったズェピアを見て、また私は慌てる。にも関わらず、普通にそっちの質問は流すズェピアの言動に、驚きを超えて唖然とする。…いや、吸血鬼なんだから身体は強靭なんだろうし、不死みたいに語られる事もあるけど…だからって、無事な訳ないわよね…?
「怪我に関しては気にしないでくれ給え。大丈夫ではないが、まあ何とかしよう」
「…吸血する事で?」
「それもまあ、手段としてなくはないけど、それをする気はないよ。…しかし、本当に困ったな…便利過ぎるが故に頼り過ぎる、まさかそれをタタリ自体に当て嵌める日が来ようとは…まあ頼るも何も、本質であり今の状況は本来あり得ないにも程があるのだから、仕方ないと言えば仕方ないが……」
「…貴方は何を言っているの…?」
一人でぶつぶつと言っているズェピアは、重傷なのも相まって、かなりヤバい感じに見える。ただ、私の言葉は聞こえていたようで、ズェピアは「あぁ…」と小さく呟いた後、同じく着地した私に向き直る。
「流石にこのまま戦線復帰するのは危険だからね、少しだけ回復に専念させてもらうとして…その間に話すとしようか。…結論から言うと、あの闇は私と同じ能力を有している。おまけに色々と混ざり合った結果、私よりも複雑且つ高出力のものとなっている。そしてさっきも少し触れたけど、この空間は、その能力で満たされていると言っても過言ではない」
「…あの闇の領域、って言っていたわね…じゃあその能力においてあの闇は、完全ではないにしても貴方の上位互換だって事?」
「そういう事さ。おかげで私は、その能力を碌に使えない。普段ならば、この程度の損傷は軽く対処出来るのだが、下手に使うと向こうに飲み込まれる危険が高くてね」
だから満足に戦う事が出来ないのだと、ズェピアは締め括る。その割には、さっきまでも色々出来ていた気がするけど…それでも彼からすれば、制限を強いられた上での戦闘だったらしい。…十全の力を振るう彼がどんな感じなのかは、あまり想像したくないわね。
「…酷いな。一人一人が崇高な思いを、誇り高い意志を持った女神をこうまで追い詰めるとは……」
「そうね。…早く、何とかしてあげなくちゃいけないわ」
「同感だよ。…さて、そろそろ私も戻るとしよう」
そう言って、ズェピアはマントを翻す。私もさっきまでしようとしていた事に、意識を戻す。
茜は状態こそ見えても、それを正しく判断出来るかどうかは分からない。今のズェピアは制限がある中でやれる事をしている。私がこれからしている事も、多分普段通りにはいかない。…でも、そんなものだと思う。ここは仮想空間の中だけど、夢の中とかじゃないし、戦場である事には変わりない。だったら上手くいかない、想定通りに進められないのはよくある事で、それに尻込みをしてたんじゃ何も……
(……あれ…?…待って…ズェピアは今、ここが能力で満たされている…って言ってたわよね…?つまり彼の能力は、自分に有利な領域を作り出すとか、周りの空間に干渉するみたいな、そういうもの…?)
ふと、思考がそこに引っ掛かる。今それを考えても意味はない筈なのに、それよりやらなきゃいけない事がある筈なのに、私の思考はそこへと向かう。
広範囲に広がる能力。その内側にいる者に影響する、高出力の力。相手がより複雑且つ高出力なせいで力を行使出来ないズェピアと、状況的に上手くいかない可能性の高い私。このままじゃ助ける事も、勝つ事も出来そうにない窮地。私の中でぐるぐると、幾つもの要素が浮かび上がって、繋がって、形を変えて……そして、一つになる。
「……ズェピア」
「うん?何かなイヴく……いや、何か思い付いたのかい?」
「察しが良いわね。…一つ、試してみたい事があるの。上手くいく保証はないわ。失敗すれば貴方はどうなるか分からないし、私も切り札を無駄にする事になる。それでも…私に賭けてみる気はある?」
振り返ったズェピアは私の表情から何か感じ取ったのか、真剣な声音で訊いてくる。それに私は、じっとズェピアを見ながら返す。
高出力で広範囲な領域を展開する…それには凄く、心当たりがあった。だからこそ、私の中では一つの可能性が生まれた。何も確証なんてない、出来る根拠もない…だからこそ、今度こそ本当に上手くいくかどうか分からない、成功も失敗も完全に未知な、皆を助けられるかもしれない可能性が。
彼が飲んでくれなければ、これは実行出来ない。加えてリスクは私よりズェピアの方が上なんだから、拒否されても文句は言えない。でもズェピアは、数秒黙った後に…頷く。
「ふっ…賭けであれば、臨むところだよ。丁度ここには、彼女もいる事だしね。あの時譲った賭けの勝利分、今度はこの賭けで感謝を徴収するとしようか」
何とも芝居掛かったズェピアの言い方。でも今は、そこに確かに真面目さを、真剣さを感じる。本気で私の考えに賭けてくれようとしている。
なら私も、躊躇いはしない。もとより使う気だった奥の手を…今ここで、切る。
「…頼むわよ?ズェピア」
「ああ。ワラキアの夜、ズェピア・エルトナムの真髄を、とくとご覧にいれよう」
これからやろうとしている事を、頼む事を、切り札を私は説明した。それを聞いたズェピアは驚いて、私の切り札に感心して…それから、「中々どうして、君は大胆な女性だね」と言った。そうよ、私は基本的に、動くとなれば大胆に動くタイプなのよ?
それから私は準備を整える。ズェピアは術式を構築していく。流石に瞬時にとはいかなくて、その間も…私達が戦っている間も、皆は劣勢な戦いを続けていた。劣勢の中でも、何とか持ち堪えていた。…リスクを背負っているのは私達だけじゃない。ここに入った時点で、皆がリスクを背負って、その上で戦っている。だから、ベストを尽くそうとする。やれる限りの事をしようとする。皆も、私も。
上手くいけば、状況は変わる。ここにいる皆だけじゃなくて、戦う皆の助けにもなる。けど逆に失敗すれば…少なくとも私は、万事休す。戦えるけど、劣勢を覆せる可能性はほぼゼロになる。…だから私は信じる、成功する事を。私は意気込む。成功させるのだと。そして、私は…叫ぶ。
「準備は整った。さぁ、イヴ君…幕を上げ給え!」
「えぇ、この一手でひっくり返すわ。最大出力──シェアリングフィールド、展開ッ!」
バトルスーツの装甲を開き、起動させる。私の切り札を…私が共に歩む女神の編み出した、最大の大技を。
その瞬間、一気に闇に満ちた空間は塗り替えられる。暗い領域は、輝く光の空間に…暖かなシェアエネルギーに満ちた領域に染まり、変わる。光が一気に広がって、全てを包んで……けれど一瞬の後、シェアリングフィールドは引き裂かれる。地面に突き立てられた、幾本ものゲハバーンに…まるで墓標の様な魔剣の力に吸われて、シェアエネルギーが吸収されて、散っていく。
「……っ…やっぱり、シェアリングフィールドだけじゃ……」
「いいや、十分だ!ここからは私の権限で、舞台を存続させてみせよう!この舞台は、まだ終わるべきではない…リテイク!」
その中で響く、乾いた音。指を弾くその音が響いた瞬間、切り裂かれた光が輝きを取り戻す。光同士が繋がり、再び広がって、シェアリングフィールドとして再構築される。
何となく、分かる。シェアリングフィールドが、その中に満ちるシェアエネルギーが、ゲハバーンの力を受けなくなった訳じゃない。…だけど、拮抗している。シェアエネルギーを喰らう多数のゲハバーンの力と、空間をシェアエネルギーで満たそうとするシェアリングフィールドの力が…それに恐らくは、シェアリングフィールドで補強された、高出力の力と混ざり合ったズェピアの力も、闇の行使する力に飲み込まれる事なくぶつかり合っている。だから、後は……
(お願い…届いて……っ!)
ここまでは上手くいった。シェアリングフィールドを、十分な出力で展開する事が出来た。後はこれが、皆に届くかどうか。皆から奪われた力を、これで補う事が出来るかどうか。
祈りを込めて、願いをシェアリングフィールドに託して、それから私は視線を落とす。皆が立ち上がる事、皆の身体に…心に力が戻る事を信じて。そして、私が目にしたのは……誰の姿もない、寂しく枯れ果てた硬い大地。
「……──ッ!…そ、んな……」
私の中に芽生えていた希望が、音を立てて崩れていく。頭に浮かぶのは、最悪の可能性。間に合わなかったという…もう皆は『いない』んだという、底のない絶望。
膝から崩れ落ちる。悔しくて、不甲斐なくて、拳を地面に打ち付ける。また何も出来なかったのかと…後一歩で届かなかったのかと、胸が締め付けられる。膝を突いている場合じゃないと分かっているのに、私は立ち上がれなくて……次の瞬間、聞こえてきたのは茜の声。
「ゆりちゃんッ!」
(…ぁ……)
反射的に顔を上げた私の前には、闇が迫っていた。何かこれまでと様子が違う闇が、凄まじい勢いで迫っていて…それを認識した時には、もう回避も防御も間に合わなかった。間に合わないと、直感的に分かった。どうしようもない、どうにもならない、真っ先にそれが分かってしまった私は、何かしようという気にもならなくて、自分の危機が目の前に迫っていても、皆を助けられなかった後悔と罪悪感の方がずっと強くて……
『──やらせは、しないッ!』
……けれど闇が、闇の振るった二本の刃が、私に届く事はなかった。それが私に触れる直前、私を斬り裂く寸前、翼と光が舞い降りて……受け止めた。──ルナの剣が斬撃を、左右の腕をそれぞれセイツとピーシェが受け止めて、完全に阻んで…押し返す。
それだけじゃない。弾き返されて仰け反った闇に、新たな二つの閃光が…アイとイリゼが肉薄する。蹴りが、掌底が、同時に闇の身体を捉えて、吹き飛ばす。更にそこに、二つの氷塊と巨大な剣が飛来し、炸裂し…ディールにエスト、それにネプテューヌが降り立つ。
「……っ…!皆…ッ!」
「…かくして女神は解き放たれた。麗しき女神の諸君、目覚めは如何かな?」
「良くはねーよ。最悪の悪夢を延々と見てた気分だからな。…けど…目覚め方としちゃ、悪くねぇ」
思っていたよりも早く復活していたのか。すぐさま闇が私を狙ってくる事を察知して、迎撃態勢に移っていたから、いなかったってだけなのか。…後から思えば凄く拍子抜けする、自分が恥ずかしくなる真実を前にした私だけど…この時は、そんな事微塵も考えていなかった。ただただ間に合った事、立ち上がってくれた事が嬉しかった。
これまた芝居掛かった言い方をするズェピアに対して、アイが答える。初めは辟易とした顔で…その後は、笑みを浮かべて。そうして八人は、反撃をものともせずに立ち上がった闇を見据える。
「…心配かけてごめんね、皆。でも私は、私達はもう大丈夫。だから…取り戻すとしようか!私達の、在るべき勝利を!」
響く声に応えるように、私も立ち上がる。まだ、勝ちには遠いけど…これでやっと、全員揃った。それは、その一歩は、凄く大きくて…道を、照らしてくれる。遠い先へと進む為の、切り開いていく為の……確かな、道を。
今回のパロディ解説
・「〜〜イリゼ達を助け〜〜ある筈だ」
機動戦士ガンダム 逆襲のシャアに登場する、ネオ・ジオン残党のパイロットの一人の名台詞のパロディ。ガンダムシリーズは、名無しのキャラでも偶に有名となる台詞を言ったりしますよね。
・「〜〜どこぞの東方から来た者〜〜」
カンピオーネ!に登場するキャラの一人、ペルセウスの事。剣の刺突を刺突で受け止める、斬っ先のみが触れ合った状態のせめぎ合いを作る…アニメでのそのシーンがかなり印象に残っている私です。
・「〜〜伝説の英雄〜〜」
メタルギアシリーズの主人公、ソリッド・スネークの事。待たせたな!…といえば、サブカル好きな方はまずこちらの人物(キャラ)を連想するのではないかなと思います。
・「〜〜某リーダー〜〜」
コント赤信号のリーダー、渡辺正行(渡邊正行)さんの事。お笑い好きの方であれば、上記のスネークよりも、こちらの方を先に連想するのかもしれません。
・「死ぬ程痛〜〜」
新機動戦記ガンダムWの主人公の一人、ヒイロ・ユイの代名詞的な台詞の一つのパロディ。まあ流石に、ビッキィのダメージは自爆のダメージよりは小さいでしょう。