超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession   作:シモツキ

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第四十二話 不可能を超えて

 自分であって自分でない存在。恐らくはこの仮想空間で構築された、俺の可能性の一つ。思い返せば、嘗ても一度自分の幻影のようなものと戦った事はあるが…いやというか、自分でない自分を俺が「幻影」と評すると、文字通り過ぎて狙ったみたいになるな…まあ、それはどうでもいいが。……ともかく、色々混じったものの中に、あったのかもしれない自分の姿を見ながら戦うというのは、複雑なものがあった。進み続けた先にあった結果が、末路が、これなのかと。最早辿り着くべき先すら失ったように、俺には見えていた。

 だからこそ、分かる。確信がある。人型の闇はただのデータではない、それを超えた何かになりかけていたのかもしれないが…今はもう、違う。異形の化物へと変貌した闇は……ただの、壊れたバグだ。

 

「こッ…のぉおおおおぉぉッ!」

 

 擬似魔力を用いた足場を蹴り、ただ飛ぶのとは違う軌道で変則的な突進を掛けた茜が、側面から大剣を叩き付ける。振るわれた一撃は重く…だが膜状の壁は斬り裂けない。直上からは急降下を掛けたネプテューヌが刺突を、別方向からは炎の噴射で加速し、その勢いを乗せた斬撃をカイトが打ち込むが、三人の攻撃は全て届かず阻まれる。

 

「自分は自由に攻撃出来る、でも相手からの攻撃は自分が攻撃してても防げるなんて、無茶苦茶過ぎるよ…!」

「同感よ、けど今はやれる限りの事を試してみるしかないわ…!」

 

 光線の連射で茜とカイトを蹴散らした闇は、防御姿勢の上からネプテューヌを殴り飛ばす。その最中もイヴの射撃と愛月のポケモン、フェザーの遠隔攻撃が闇へと飛ぶが、それもやはり膜の壁に弾かれて終わる。愛月の言葉には明らかな焦りの色があり…イヴの言葉にもまた、余裕のなさが表れていた。…だが、それも無理のない事。むしろグレイブ共々まだ子供に過ぎない愛月が、焦りつつもパニックを起こさず戦闘継続出来ている時点で、十分大したものだと言える。

 今はイヴの言う通り、膜の壁の突破手段を探っている。薄い膜状だから視認が困難なだけで、どこぞの探索に長ける瞳術宜しく僅かでも穴があるんじゃないか。多方向から高威力の攻撃を同時にぶつけ続ければ、負荷で崩れんじゃないか。全方位防御と局地防御を切り替える事が出来て、攻撃と防御の両立は局地防御によって成り立たせているんじゃないか。…そんな風に、思い付く限りの可能性を試してはいるが、今のところ成果はない。いや、それどころか…口には出さないが、そもそもそんな「防御の隙」なんて存在しないのかもしれない。現実ならば、そんな都合の良い防御能力なんてまあまずないが、ここは仮想空間。加えて相手が明らかなバグならば、普通はあり得ない事が起こっていてもおかしくはない。

 

「はぁ、はぁ…く、ぁ……!」

「茜…(…歯痒い、な……)」

 

 息を荒くしながらも茜は闇に喰らい付くが、差は歴然。連携しても尚まるで攻撃が通らない以上、単独で突っ込んでも通用する筈がなく…何より、闇の動きに追い付けないでいる。身体だけでなく、反応自体が遅れている。…過度の疲労で、能力の精度が落ちている。

 性格の事を考えても、このまま茜を戦わせるのは良くない。少しでも息を整えるべきなのは明白。…だが、両脚を失った今の俺じゃ、飛んで突っ込む位しか出来ない上、突っ込んだところでそのまま返り討ちに遭うだけ。黒切羽は問題なく使えるが…膜の防御と巨体の前では、殆ど役に立たない。…今の俺には、どうにもならない。

 それが、どうしようもなく歯痒かった。今になって、戦いを見ているだけ、守られるだけの側の気持ちを理解する事になるとは、思いもしなかった。射撃に観測にと、まだ出来る事はあるが…出来るだけじゃ、意味がない。戦いにおいては、その行動に価値が、効果がなければ、自己満足で終わるだけ。そんなものの為に何かをしても、それこそどうにもならないだけ。

 

「……っ、ぅぐ…」

「…目が覚めたみたいだな」

 

 歯痒さと無力感を味わう中で聞こえた、呻きのような声。それは大破に近い状態のマエリルハから聞こえたもので、先の一撃を受けたマエリルハは、俺や気絶しているイリスの近くまで吹っ飛ばされていた。わざわざ聞かせる必要もない声もスピーカーから聞こえている辺り、恐らくスピーカーが切れていなかった…つまり、予想通り衝撃で気を失っていたらしい。

 

「…影くん、状況は……」

「見ての通り、すこぶる悪い。…胴体がひしゃげているが、出られそうか?」

「心配は無用だよ。……うん、本体の状態は酷いが、幸いバックパックの火器は生きている。残った腕部のグレネードも放てそうだ。これなら固定砲台位にはなれるさ」

「…その状態でもまだ戦う気なんだな」

「戦うよ。まだ武装は残っている。ならば…いや、違うね。たとえ武装がなくとも、どの装備も通用しなくとも、その時は降りて戦うまでだよ。最後は拳になろうが歯だろうが爪だろうが、戦う。戦う意志が欠片でも残る限り、私は戦う。戦ってみせる」

「軍人の矜持か?」

「男の意地、かな」

 

 冗談めかした声音で言うワイト。…男の意地、ね…ナンセンスだと言いたいところだが…子供すらまだ必死に戦っている中で、弱音なんて吐いていられないという事なら…分からん事はない、な。…だが。

 

「…固定砲台じゃ、どうにもならないぞ。動けたところで今のところ勝ち筋は微塵も見えないが…ただ撃てるだけじゃ、何も出来ない」

「…ああ、君の言う通りだ。だから、何か……」

 

 意地を否定する気はない。されど意地だけじゃどうしようもないのも事実。それを俺が伝えると、ワイトも理解しているとばかりに声を漏らし……次の瞬間、闇を束ねたような光芒がマエリルハの側を貫いた。

 それは、イリゼを撃ち抜いたのと同じ攻撃。まさかと思って振り向けば、セイツが宙返りからの着地をしていて…どうやら今のはセイツを狙った攻撃らしい。今ので次の犠牲者が出ずに済んだのは幸いだったが…すぐに、気付く。視認なのか別の感覚器官なのかは分からないが…何れにせよ、闇がこちらに狙いを定めたという事に。

 一瞬遅れてこちらを振り返ったセイツも、俺達が狙われていると気付いたらしい。そこからセイツは闇の真正面に躍り出る…が、壁に阻まれ攻撃は届かず、逆に腕の一振りで跳ね飛ばされる。

 

「不味い…!ワイト、スラスターは!?」

「くっ…駄目だ、もう使える主器がない…!」

 

 咄嗟に俺は声を上げ、ワイトも各部の姿勢制御スラスターらしきものを吹かすが、機体は軽く揺れるだけでその場からは動かない。俺も、ただぶっ飛ぶだけなら出来るが、機体を運べる気がしない。

 そして短なやり取りをしている間に、闇は攻撃体勢に入っていた。直後に複数の光線が放たれ、俺の中では「一人で離脱する他ない」という判断が下され……次の瞬間、長剣が飛来する。飛来と同時に光線を斬り裂き、更に続けて駆け抜ける幾本もの剣が、放たれた光線を阻んでいく。

 

(この剣は……)

 

 弾かれるように振り返る俺。見覚えのある長剣と、同じく見覚えある水晶の様な剣の飛んできた先、そこに立っていたのは…一人の女神。

 

「二人、共…無事……?」

「イリゼ様……」

「ちょっ…何やってんのよおねーさん!まだ回復終わってないのよ!?まだ仮止め位でしかないんだからね!?」

 

 無事?…なんて訊く側とはとても思えない程顔色の悪い、今も投擲を終えた体勢のまま、倒れ込んでしまいそうな程頼りのない…それでも自分の脚で、自分だけの力で立っているイリゼ。まさかの援護に俺は勿論ワイトも驚き…エストが唖然としたような声を上げる。

 

「仮止めで、十分だよ…後は綿か何かでも詰め込んでおけば、それで十分……」

「いやイリゼさんはぬいぐるみじゃないでしょう…ほんと、何やってるんですか…!」

「なら、おげんきになるキノコでも…」

「こんな状況で幻覚まで見られたら手に負えないよイリゼさん。良いから早く横になり給え」

 

 無茶苦茶な事を言うイリゼに、ディールやズェピアも語気を強める。…だが、イリゼは横になろうとはしない。それどころか首を横に振り…表情を歪めながらも、しっかりと立つ。

 

「私は女神だ…皆をここに招き、巻き込んだ女神だ…そして今も人が、友が戦っている…ならば寝てなどいられるか…ただ下がってなどいられるか……」

「…その気概は評価しよう。だがなんと言おうと、今の君にまともな戦闘は──」

「私にはッ!女神としての、責任がある!そして私には意思がある、決意がある、覚悟がある!その私が立つと決めた、まだ戦うのだと我が意を示した…ならば、無理も無茶も存在などしない…ッ!私が決めた以上、それが唯一にして絶対の真実…!違うというなら捩じ伏せる、阻むというなら認めさせる。出来ないというのなら…そんな常識が、現実こそが間違いであり……女神オリジンハートが、それを正す…ッ!」

 

 聞く気皆無なイリゼに対し、ズェピアは声のトーンを落として説き伏せようとする。だがイリゼはそれを言葉で、重傷を負った身とは思えない程覇気に満ちた声で真っ向から制する。言葉を発する毎に、一言毎に、立つのもやっとに見えていたイリゼの身体に力が満ち…闇を、見据える。

 イリゼがその意思を示す間、闇がイリゼを襲う事はなかった。されど、当然闇は待っていた訳ではない。イリゼが意思を示す中…セイツが闇を、阻んでいた。

 

「そうよ、それでこそイリゼよ!それでこそわたしの妹、わたし達を創り出した原初の女神の複製体!貴女が倒れないという意思を示し続ける限り、貴女が…イリゼが膝を突く瞬間は訪れないわ!そして…このわたしも、ねッ!」

 

 高らかに響かせるように言いながら、セイツは突っ込む。斬撃も刺突もシェアエナジー弾による攻撃も、どれ一つとして通用しない…が、阻まれようと弾かれようと、執拗にセイツは喰らい付く。闇もそのセイツを無視する事はなく…結果、セイツは闇を足止めする事に成功していた。

 本当に重傷を、その事実を跳ね除け覆してしまいそうなイリゼと、そのイリゼに呼応し動きの鋭さを取り戻すセイツ。優勢ではない、今も圧倒的に不利な状況でありながら、それでも意思を輝かせる…曇りのない希望を煌めかせる二人の女神は、圧巻で、眩しさすらあって……

 

(…だが、駄目だ。これは…不味い…)

 

……それでも俺は、思う。これでは駄目だと。このまま突き進めば、あるのは逆転ではなく、奈落だと。

 今のイリゼは、あの時と…一度刃を交えた時と同じだ。結局のところ、今のイリゼは強がっているのに過ぎない。その『強がり』は、味方の心を奮い立たせ、敵の心を圧倒し、それが巡り巡ってどうしようもない状況を変えてしまう事もあり得る『強さ』だが、今の闇に恐らく心はない。奮い立ったとしても、攻撃が通用しないんじゃ逆転には至れない。更に悪いのがセイツの方で…セイツは最早、捨て身で無理矢理喰らい付いているのと変わらない。弾き飛ばされ、地面や岩に何度も身体を打ち付けられ、にも関わらず瞬時に跳ね起き再び仕掛ける…こんな戦い方をしていれば、いつ身体が砕け散ってもおかしくない。それでいて相手は無傷のままなど、言い方は悪いが『女神』という力の無駄遣いとしか思えない。

 おまけに、そして何より…俺に二人を、特にイリゼを止められる言葉はない。このやり方が悪手だと分かっていても…俺には、止められない。

 

「…無理なものは無理ですよ、イリゼさん。イリゼさんの強さはよく知っています。それでも、今イリゼさんが言っている事は、蛮勇と何も変わらないんじゃないですか?」

「蛮勇ではない…私は戦える、闇の前に立つ事が出来る。私がそう決めたのだから、その決定は凡ゆる現実を凌駕し真実となる。真実すらも…私が、従わせる…!」

「イリゼさん、それは……っ!」

 

 制止するディールの言葉も、イリゼは跳ね除ける。完全に聞く耳を持たないイリゼに対して、表情を曇らせたディールはしかし黙る事なく食い下がろうとし…そこで、一人の女神が降り立つ。少し前まで茜達と闇に立ち向かっていたピーシェが、いつの間にか下がっていて…イリゼの横で、女神化を解く。

 

「…ピーシェ?どうし……」

「えい」

「〜〜〜〜っっ!!?」

 

 突然の行動にイリゼ…というか周りの全員が怪訝な顔をする中、ピーシェはイリゼをじっと見つめ…次の瞬間脇腹を、一度抉られ今は一見治っているように見える胴を、指でつつく。

 直後、イリゼが上げたのは声にならない叫び。目を見開き、一撃受けたかのように身体がくの字に曲がり、それから倒れてのたうち回る。そして、悶絶するイリゼを見て…俺達は唖然とする。

 

「ぴ、ピーシェ君…?君は、何を……」

「はぁ……軽くつつかれただけでここまでなる癖に、何を偉そうに言ってるんですか。しかも言ってる内容も過激派のラスボスみたいな感じですし」

「だ、だからってつつく事ないじゃん…!痛いなんてレベルじゃないんだよ…!?」

「でしょうね、三人が懸命に治癒している姿を見れば分かります。…で、イリゼさんはその三人の頑張りを、助けようとしてくれた思いを、半端に切り上げて無駄にする気ですか?つつかれる程度でそこまで痛む状態なのに、まともな戦闘行為が出来るとでも?」

「うっ……」

 

 冷静に、淡々と問い詰めるピーシェの発言に、イリゼは言葉を詰まらせる。その完全に尤もな、その上でイリゼに効果的であろう「友の思い」にも言及する事で、イリゼを真正面から黙らせ…その様子に、ディール達は苦笑い。痛みのせいか、それとも反論出来ない悔しさ故か、イリゼは表情を歪めていて…そんなイリゼに、ピーシェはまた嘆息。

 

「…まあ、ここでムキになって反論してこなかった辺り、一応冷静ではあるみたいですね。少し安心しました」

「…ピーシェは私に対して容赦なさ過ぎない…?」

「自業自得です。だからイリゼさんは、大人しく治癒を受けて下さい。皆さん、イリゼさんの怪我を完全に治す事って出来ますか?」

「…出来る限りの事はするが、厳しいだろうね。無論、ゆっくりじっくりやる余裕があれば別だが」

「分かりました。では、出来る限りでお願いします。…その間は、私達が何とかしますから…せいぜいイリゼさんが口だけの女神じゃなく、有言実行出来る位には、治してあげて下さい。…意外と独善的なイリゼさんは好きじゃないですが…全身全霊で、力を振り絞って『女神』の務めを果たそうとするイリゼさんの思いが、何も実らず終わるのは…もっと、嫌ですから」

 

 何とも棘のある、確かにイリゼに容赦のないピーシェの口振り。…だが、最後にイリゼの方を見たピーシェは、真剣な面持ちで…イリゼへと、エールを送った。…戻ってくるなら、出来る限り状態を整えてから来いという、そんな意図を込めたエールを。

 そうしてピーシェは再度女神化。途端に雰囲気が変わり、無邪気にぐるぐると腕を回した後、ピーシェは地を蹴ろうとし……次の瞬間、そのピーシェのすぐ側を、駆け抜ける形でセイツにアイ、それにルナが吹っ飛んできた。

 

「うぐ…ッ!」

「ぐぅ…ッ!」

「あぅ…っ!」

「わぁ!?だ、だいじょーぶ?」

 

 立て続けに飛んできて、岩に激突し、サンドイッチ状態となる三人。三人が飛んできた理由、吹っ飛ばされた理由は…考えるまでもない。

 

「…話は、済んだかよ……」

「イリゼ、大丈夫…?ちゃんと、回復させてもらわなきゃ…駄目、だよ…?」

「いや、それより二人共…取り敢えず、退いて頂戴……」

 

 無理な攻勢を仕掛けたセイツは言うまでもないが、アイやルナも怪我が目立つ。…いや、三人だけじゃない。重傷こそないが、全員が全員傷を追い、疲労と負荷でパフォーマンスが落ちてきている。そしてピーシェは、何とかすると言ったが…このままだと、何とかなる前に総崩れとなる。

 

「…………」

 

 挟撃する茜達の攻撃をものともせず、超威力の光線を闇は放つ。直前で散開し、三人揃っての戦闘不能を寸前で避けたセイツ達は、ピーシェと共にまた闇へ向かっていく。一瞬、ピーシェはイリゼを見やり…小さく、だが確かにイリゼは頷きを返す。

 正面から打ち砕ける戦力は皆無。膜の壁を突破する策もゼロ。継戦能力も誰一人として余裕はなく…残るのは、まだ何とか落ちていない士気。されどそれも、いつまで持つか分からない。士気が尽きる前に、全員戦闘不能になる可能性も否めない。はっきり言って──勝機は、ない。

 

「…でも、希望はある…と言いたいところだが…今のところそれも無し、か。見事なまでに手詰まりだな。……まあ、仮に現実の側からデータの完全消去を行っても、案外全員無事で済む可能性があるだけマシか…」

「あまり、それを以っての楽観視は出来ないけどね。全員自分の意思でそのリスクを背負ったとは言っても、私は……」

「ああ、分かっているさ。だが、もう頑張りじゃどうにもならない事は明白だ。内側から打つ手がないのなら、後は……」

 

 外側から、機械的に対処してもらうしかない。思いの力は計り知れないが、思い程曖昧で不安定な力もまた存在しない。そして今必要なのは思いではなく、確実な……

 

(…いや、待て…方向性は間違っていない。このまま戦っても勝ち目はない。だが…内側から出来るのは、普通に戦う事だけか?外側から出来るのは、データを全て消し去る事だけか?)

 

 ふと、自分自身に…自分の認識に疑問を呈する。基本に立ち返る。もしここが現実なら、本当にどうしようもなかっただろう。だがここは現実の空間じゃない。仮想空間であり、だからこそ現実ではあり得ない事象や理不尽も起こり得る。

 されど、逆に言えばここは、人によって作られた世界。異常を起こしていようが、新たな次元の可能性が芽生えていようが、データの世界である以上、現実以上に明白で一定のシステムが、世界のルールが存在し、それに従って万物が存在している。だとすれば……あぁ、そうだ。まだ可能性は…希望は、潰えていない。

 

「……ふっ」

「…影くん?」

「我ながら、まさか自分がこんな事を考える日が来るとは思わなかったが…金輪際言う機会なんてないかもしれないからな、言ってみるか。……このまま戦っても希望はない。だから──これから作るぞ、希望を」

 

 色々諦めて絶望して、希望より自分が見えている現実だけを考え続けてきた俺がこんな事を言うなんて、なんという皮肉か。…それでも、不快感はない。いざ言うと、少しばかり恥ずかしくはあるが。

 ともかく、やろうとしている事は単純だ。出来るかどうかは未知数だが…この可能性に、俺は賭ける。

 

「ズェピア、イリゼの治癒で忙しいところ悪いが、こっちにも協力してほしい。それと……」

 

 治癒魔術を続けているズェピアに呼び掛けると共に、ある回線を開く。相談なしに使うな、と後で言われそうなものだが、茜達は相談を聞く余裕もなさそうだから仕方ない。バグ流出のリスクも伴う行為だが…今は、これしかない。

 

「はい、ネプギアです!すみません、バグが酷くてそちらの状況は殆ど分からないんですが……」

「いい、端的に話す。さて……」

 

 開いたのは、現実空間への音声回線。ずっと気を張り続けてくれていたのか、即座にネプギアからの応答が返ってくる。そして俺は、今も茜達を圧倒する巨大な闇を見据えながら……言う。

 

「──あの闇に、クラッキングをかける」

 

 俺は失念していた。ここがあまりにも現実と変わらないからこそ忘れていた。だが…ここはデータの世界だ。なら、通用するのは武力だけではない。これからは俺は、武力ではなく…技術で以って、あの不落の壁を打ち破る。

 

 

 

 

 巨大な化け物の様な姿となった闇を解析し、データの方向から膜の壁を破壊する。意を決した様子の影くんが口にしたのは、そんな策だった。

 そんな事が出来るのだろうか。聞いた私は、まずそう思った。何せクラッキングで対処出来るのなら、ネプギア様達が現実の側から行っている筈。それでは対処出来ない、データを丸ごと消し去る以外に手はないからこそ、外ではなく仮想空間の中で倒すという事になったのが、元々の話。その前提を覆すような提案なのだから、すぐに飲み込めという方が無理な話で…だが影くんも、単なる思い付きで言った訳ではないらしい。

 

「バグを、問題の全てをクラッキングで解決する事なんて出来ないだろうな。装置に深く携わっているらしいネプギアが無理と言った事を出来るだなんて、俺も思っちゃいない。…だから、狙うのはあくまで壁の破壊のみだ。バグ全体を何とかするのは不可能でも、バグ化したデータの一部を改竄するのなら可能性はある…違うか?」

「それは…可能性は、あると思います。でも、こっちからじゃ……」

「分かってる。だから解析はこっちでやる。プログラムをぶつけるのもこっちで何とかする。ネプギアには、プログラムの構築サポートとその為のデータの用意をしてほしい」

 

 既に壁の破壊までの筋道は頭の中にあるようで、影くんは澱みなく話す。それをネプギア様が了承した事で、やる事は決まったが…出来るかどうかは別問題。

 

「影くん、君の考えは理解した。そこに可能性を感じたというのも理解出来る。…けど、やれる見込みはあるのかい?」

「やってやるさ。少なくとも、この状況じゃほぼ役に立たない黒切羽を動かしているよりは、ずっと意義も価値もある」

「では、その解析のサポートが私の役目かな」

「そういう事だ。そこらの情報処理端末や演算装置より、遥かにズェピアの方が優秀だからな。主軸はイリゼの治癒に向けた上で、残ったリソースを割いてくれるだけでも助かる」

「いいや、こちらに全力を向けさせてもらうよ。…実際問題、彼女一人を完治させたところで戦況は好転しないし、他の皆ももう限界が近い。ピーシェ君には出来る限りの事をすると言ったが、ならば君の考えている事を実現し、逆転の道を切り開く事こそが、全員を助ける事に繋がる。…そこそこの治癒で終わらせて、後は痛みに耐えながら戦ってもらうというのは少し忍びないけど…そうすれば、ディール君達も参戦復帰出来るからね」

 

 自分はもう治癒から外れる、と語るズェピアさんの口振りからは、既に了承を受けているという雰囲気があった。そして仮に了承を受けていなかったとしても、イリゼ様なら即座に事後承諾してしまうだろうと思う。

 

「…分かりました。では、必要な事は何でも仰って下さい。わたしも、全身全霊でサポートします…!」

「頼んだ。それと、マエリルハのセンサーにレーダー、それに情報処理能力も当てにしたい。ワイトも手伝ってくれるか?」

「勿論。私も何とかしようとする君達の行動を、何もせず眺めているつもりなんて毛頭ないからね」

 

 出来るかどうかは分からない。通常の戦闘において、そんなものに賭ける時点で作戦としては致命的だが、他に手がない状況で、分からない事を理由に二の足を踏むのは違う。不確定要素は可能な限り排するのが戦闘の鉄則…その上で、賭けるしかないなら躊躇わない。やれる事があるなら、やれる限りの事をする。

 

(とはいえ、情報収集と処理に長ける機体でもない以上、得られるのは表面的なデータだけ。これでは…いや、待て。…逆か……)

 

 熱反応、エネルギー反応、壁周辺の環境情報、その他得られる情報に片っ端から目を通す。影くんから送られてきたアクセス先へ、そのデータを送っていく。

 表層のデータだけ得られても意味はないと思ったが、それは自分一人で見た場合。もしも影くん達がもっと深い領域のデータに解析を掛けているのだとすれば、飛ばしてしまった表層の解析という形で、自分の行動にも意味が生まれる。…実際にそう言われた訳じゃないが…頭の切れる彼等の事だ、私がそこまで考えるのも織り込み済みなんだろう。

 

「ぐ、ぅぅ…ッ!」

「むむ、むむむむぅ…!」

「気張れ獄炎…!」

 

 アイ様とイヴさんが二人で闇を引き付ける中、真後ろから強襲したネプテューヌ様が低空飛行から大太刀で刺突。攻撃は膜の壁に阻まれるも、それをネプテューヌ様は踏まえていたらしく、着地と同時に地面を踏み締め、大太刀を押し込もうとする。そこにピーシェ様とグレイブくんの獄炎も飛び込んで、押し込みに力を貸す。

 だが。やはり壁は貫けない。破れる兆候すらなく、自分の時と同じように、後ろに向けられた掌からの光線が反撃を行う。同時に別の手からも光線を放ち、アイ様イヴさんを襲う。

 

「くっ…かくなる上は、穴を掘って地中から……」

「ビッキィ、出来るの!?」

「ごめんなさい、言ってみましたけど無理です!少なくとも戦術的にやれるレベルの速度と精度では出来ないです!」

「穴…穴を掘るを使えるポケモンを連れてきていれば良かった……って言ってても仕方ないよね。レックス、ドラゴンテール!飛ばせるかどうか試してみてッ!」

 

 下がるネプテューヌ様達と入れ替わるように、レックスが突進。セイツ様とビッキィさんが遠隔攻撃で目眩しを図り、接近したレックスは回転しながら尻尾を振り抜く。どうもその攻撃には、単純な衝撃とは別に当てた対象を跳ね飛ばす力があるらしい…が、闇も壁も微動だにしない。逆に腕の一振りで弾き飛ばされ、後方にいたビッキィさんが反射的に受け止めようとした結果、纏めて吹き飛ばされてしまう。

 

「穴、か…ズェピアさん、貴方の影…の様な力で壁の内側に直接誰かを送り込んだりは……」

「残念ながら私は吸血鬼ではあっても、吸血忍者の頭領ではないからね。仮に出来たとしても、影自体が壁の内側に入れるかどうか怪しい上、壁の性質によっては入った瞬間圧殺される可能性もある。自分で試すなら良いが、誰かを送り込むのは避けたいかな」

「それは確かに…っと、不味い…!また攻撃が……!」

 

 解析を続ける中で思い付いた事を言ってみたが、望みは薄い。ならばやはり今進めている方を…そう思った次の瞬間、また闇がこちらを向く。先の再現をするように、こちらへ向けて光芒を撃ち…それはまた、弾かれる。先程は、イリゼ様の放った剣によって。そして今は、重なる二つの障壁によって。

 

「ギリギリセーフ…何やってるか知らないけど、何かやれそうなのよね?」

「やれるかもしれないから、全力を注いでるところだ」

「へぇ…ってうわっ、なんか目の動きヤバくない…?」

「ほ、ほんとだ…こほん。じゃあ、エスちゃんはいつも通りお願い。わたしもここから援護するから…!」

 

 二人揃って降り立った、ディール様にエスト様。攻撃を全て防いだお二人は頷き合い、エスト様は再度飛び立つ。ディール様は魔法陣を展開し。そこから凍結の魔法を放って障害物を形成していく。

 これまで治癒に回っていたお二人の戦闘復帰。それは多少なりとも他の面々が楽になるという事であり…同時に、もう一つの意味を持つ。

 

「ふ…ッ!はぁああッ!」

「戻ったねぜーちゃん。調子はどう!?」

「強引に何とかしてもらったから大丈夫!脇腹は感覚ないしお腹下しそうな気もするけど、一先ずいけ……ぐぁッ!?」

「いきなり喰らった!?ほ、ほんとに大丈夫!?」

 

 後方から駆け抜け、地面に刺さったままだった長剣を引き抜く一陣の翼。気合いの入った声と共に、その剣の主…復活したイリゼ様は闇へ斬り込む。軽く殴り飛ばされはしたものの、圧縮シェアエナジーの解放で飛ばされる勢いを殺し、駆け寄ったルナさんに深く頷いたイリゼさんは、再び突っ込んでいく。援護するようにルナさんも地面へと電撃を走らせ、茜さんも空中から斬撃を飛ばす。

 立つだけでも苦しそうだったあの時とは違う、確かなイリゼ様の戦闘機動。それには一先ず安心…だが、どうにも発言が気になってしまう。感覚がない上にお腹を下しそう…強引にという言葉といい、綿か何かという先の無茶苦茶な提案といい…ひょっとするとイリゼ様、一見治っているように見えて、その実内側は凍結処理を施しただけとかなのでは……?

 

「ネプギア、今送ったデータの照合を頼む!上手くいけばこれで……」

「いや、駄目だ影君。今シミュレーションしてみたが、それだと別のバグを生み出す可能性がある。それではより厄介な状況になりかねない」

「ちっ…ならもう一手間掛かるがこっちの方向で試してみるか…!ワイト、今から指定する位置に最大出力で砲撃を頼む!それと少しの間、俺は観測に専念する、処理の方は任せるぞズェピア…!」

 

 言うが早いか砲撃位置の指定が送られ、私は砲撃用意。機体に残った片腕で姿勢を支え、動き回る闇に対してじっと待ち…トリガーを引く。撃ち込んだビームカノンの一撃は、狙い通りの位置を叩き…壁に阻まれ、粒子が拡散していく。

 光が周囲に散っていく中、観測に専念すると言った影くんは、微動だにしなくなる。力が抜けたように両腕が動かなくなり、置物の様に沈黙する。前ではイリゼ様達が、斬撃に打撃に魔法にとそれぞれの攻撃を仕掛け、悉くが防がれるか避けられるかして…幾度も呻き声が、苦しみを帯びた声が上がる。跳ね飛ばされる、叩き付けられる、血が肌を、地面を濡らす。

 

「くそッ…まだ、まだぁッ!」

「はぁ…はぁ…そうだよな…まだまだこれからだよな…ッ!」

 

 縦横無尽の飛び回り、闇の攻撃を引き付け続けていたアイ様の動きが遂に鈍り、二の腕を光線に灼かれる。撃たれた部位をアイ様は逆の手で押さえ、一瞬止まり…されどそこから反転し、声を響かせながら追ってきた闇に回し蹴りを仕掛ける。それを見ていたカイトくんは、ここまでの戦闘で痛めていたらしい膝を自分で殴り、その脚で踏み切り、振り抜いた大剣から炎を放つ。

 全員が苦痛を堪えながら、気力を掻き集めながら、戦っている。エスト様が伝えてくれた可能性を信じて、倒せない存在を相手に踏み留まっている。そして……

 

「……ッ!ズェピア、ネプギア!」

「あぁ、ネプギア君!」

「分かってます!…そっか、これなら…これならきっと……!」

 

 意識を取り戻したかのように、影くんが声を上げる。ズェピアさんもそれに応じ、ネプギア様の期待を帯びた声が聞こえてくる。何がどうなっているのか、自分には分からない。それでも、彼等は可能性を見つけた、見出したのだ。だからこその、この言葉と反応なのだ。自分はそう思っていて、それは間違いではなかった。…なかったが……数秒後、ネプギア様は声を詰まらせる。

 

「……っ…そんな……」

「…ネプギア、さん…?」

「…ごめんなさい、影さん、ズェピアさん…確かにこれならいけそうです、いける筈です。でも、これは…これだけのクラッキングシステムは、今ある設備と技術を駆使して圧縮しても、これが限界なんです…!」

「くっ…後一歩というところで、これか……!」

 

 二人の正面、それにマエリルハのモニターにも表示される、ネプギア様からの答え。構築された、クラッキングの為のプログラム。どうもそれは外部から入力する事は出来ず、仮想空間の中から『実体のあるプログラム』として直接打ち込む必要があるらしく…だが確かに、人の扱えるサイズではない。ディール様が、自分達女神が持って叩き付ければと言うも、機能させる為には他にもプログラムが…周辺機器が必要になるらしく、女神様が叩き付けるという案も現実的ではない。

 無情な答えに、影くんが表情を歪める。ズェピアさんも黙り込む。私もやはり無理なのか、どうにもならないのかと無意識に機体の操縦桿を握り締め……

 

(……いや、待て…このサイズ、それに周辺機器を組み込む方法…)

 

──気付く。小型化の出来ない、ただぶつけるだけでは意味のない、潰えかけた可能性。だがまだ、完全に潰えてはいない事に。…出来るかもしれない、方法に。

 

「…その可能性は、私が繋ごう」

「…ワイトさん…?いや、でも……」

「ええ、私自身に何とかする力はありません。ですから、加工してほしいのです。そのクラッキングプログラムを…MG用の、弾頭に」

『……!』

 

 はっとした顔を浮かべる影くん達。人の手ではどうにもならないサイズなら、機器も必要となるのなら…初めから人より遥かに大きく、機械の塊でもあるMGの弾頭として、武装として組み込んでしまえば良い。無理に人が使おうとするのではなく、最初から使えそうな存在用に、してしまえば良い。

 

「…うん、そうだね。盲点だった。だが、幾ら何でもその機体では……」

「…出来ない。だから、機体側も何とかする訳か」

「流石は影くん、察しが良いね。イリゼさん曰く、この仮想空間は戦闘だけでなく、開発シミュレーションもしているらしい。ならばそのデータをを活用し、マエリルハを直すのではなく機体データを別物に『改竄』してしまえば、クラッキングプログラムを撃ち込める機体を用意出来る…違いますか、ネプギア様」

「…出来ます。現実の身体との繋がりがある皆さんと違って、ワイトさんのマエリルハは元々装置内にあったデータを利用している機体なので、十分改竄は可能です…!」

「なら、善は急げだ。すぐに代わりの機体を……」

「いや、ただの機体では闇相手に力不足が過ぎる。改竄とは言ったが…出来る事なら、私はただの改竄ではなく『再現』までしてほしいんだ。…私の思い付く、最大最高の機体へと」

 

 闇の強さを考えれば、クラッキングプログラムを外すか撃墜される危険性がある。確実に当てられる状況を作るには、ただの機体ではなく、それが出来得る機体でなければいけない。そして…それが出来る存在として、私の中で思い浮かぶのはある機体。それそのものを用意する事は出来ないが、再現ならば出来る…のかもしれない。私には無理だが…出来るかもしれない技術を持つ者なら、ここにいる。

 

「……分かった、手を貸そう。どうすればいい?」

「そうだね…まずはネプギア様、使える機体や武装、その他システムデータを出す事は出来ますか?そこから私の指示に沿って機体構築をして頂きたいのです」

 

 数秒の沈黙を経て、影くんが協力を示してくれる。ならばとネプギア様に呼び掛ければ、すぐにデータが送られてくる。それに目を通し、素早く性能や性質を確認し…これだと思うものを、ピックアップしていく。

 

「ベースとなる機体は…やはりこれが最適か。ネプギア様、今選んだデータを基に機体の構築を。それと外見や兵器としての性能は、可能な限り私の記憶から上書きをしてほしいのです」

「記憶から…それは出来ますけど、ちゃんとした手順を踏まずに記憶からの出力をすれば脳に負荷が……」

「大丈夫です、頭が固いと言われた経験ならあります」

「それ物理的というか、耐久性の意味でじゃ絶対ないですよね!?…うぅ、けど…分かりました…!」

「ありがとうございます。よし、ここからはソフト面の構築と調整を……」

「それなら俺の領分だな。構築はする、自分に合った調整は任せる」

「…ふむ、どうやら私はお役御免のようだね。では、私も私で準備をするとしようか」

 

 そんな事は知ったこっちゃない、という雰囲気全開で自分が言えば、ネプギア様は逡巡の後頼みを聞いて下さる。続けて影くんはこちらが言い切る前に作業を始め、ズェピアさんはズェピアさんで、何か別の準備を開始する。

 確実に壁を破る為の、機体構築。だが、それはより時間が掛かるという事。さっさと代わりの機体を用意してやった方が、上手くやれれば皆が勝てない戦いを続ける時間を減らせる上、当然参戦復帰もその方が早い。何より時間を掛けた結果、完成前に戦線が崩壊し、闇に我々がやられてしまえば元も子もない。

 それでも私は、こちらを選んだ。イリゼ様達なら持ち堪えてくれると信じて。絶対に、確実に…勝つ為の道を、掴む為に。

 

(一つもミスなどするものか。一瞬たりとも、余計な時間を掛けるものか…!)

 

 マエリルハのOSと、ネプギア様から送られる改竄後の機体情報を基に、凄まじい速さで影くんがシステムを構築してくれる。それを私は、自分の記憶の通りに調整していく。少しずつ、一歩ずつ…()()()()を作り上げていく。

 

「皆、まだなの!?正直、もう…!」

「もう少し耐えてくれ…!くっ、こんなにもシステムの擦り合わせに時間が掛かるとは思っていなかった…!」

「影くん、ブロック6からブロック14まで、それに16と19は飛ばしてくれて構わない。それでかなり時間は短縮される筈だ」

「無茶言うな!そんな状態でまともに機体を動かせる訳が……」

「いいや、動かせる。動かしてみせるさ」

「ワイト…。……言い切ったからには、動かしてもらうからな」

 

 無茶を言ってくれる、とばかりの声音で言う影くんに、感謝を伝える。攻撃から逃れる為に一度下がってきていたイヴさんは、一度だけ深呼吸をして戦闘に戻っていく。

 分かっている。戦線は瓦解寸前。全員力を振り絞って何とか堪えてくれているような状況。押されれば押される程緊張感は高まり、もしも失敗したら、という良くない想像と感情は膨れ上がっていく。だが…これはシンプルな問題だ。解決方法は至って簡単だ。何せ、失敗しなければ良いのだから。必要以上の緊張は跳ね除け、成功させてしまえば良いだけなのだから。…その為に、その為の力を形にしているのだから。

 

「わ、わわっ…わぁ……!」

「…えと、ネプギアさん…?その、やたら嬉しそうな声は……」

「あ、ご、ごめんなさい!ちょっとその、出来そうな機体のデータを見てたら、自然と声が……」

「はは…完成の暁には、ネプギア様の期待に応える活躍をお約束しましょう」

「……!よーっし…!」

 

 恐らく、作業の速度が上がったのだろう。100%から120%の力に変わったのだろうと感じられる声に、問い掛けたディール様が苦笑い。気持ち的には自分も同じながら…早くなるのならありがたい。それを期待して言葉を返したのだから、狙い通りと言ったところ。

 すぐには完成しない。私が求めたのはそれだけ高いものであり、私はイリゼ様達だけでなく、影くん達にも負担を掛けてしまっている。それでも調整を重ね、同時に自分の中でゆっくりと集中力を高めていき──遂に、その時が訪れる。

 

「ワイトさん、出来ましたっ!」

「こっちも完成だ、状態的にはどう見ても未完成だがな…!」

「助かったよ影くん、ありがとうございますネプギア様!」

 

 立て続けに発された二人の声。それに私は心からの思いを返し、二つのデータを…機体であるハードとシステムであるソフト、それぞれのデータを展開する。最後の調整、最後の準備を施していく。

 

「GPC設定完了。ニューラルランゲージ、NP粒子圧縮度正常。メタコメントパラメータ更新、魔光動力炉臨界。パワーフロー正常、全プログラムオールグリーン…システム、起動!」

 

 全システムの確認を果たし、機体を起動させる。もう立ち上がる事も出来ない、固定砲台としての役目が精一杯だったマエリルハが…一時的とはいえ私の力となってくれた機体が光に包まれ、姿が変わっていく。神生オデッセフィアの国色に合わせたカラーリングから、純白の装甲を持つ、白を基調に青系統と黒を組み合わせた色合いへと変貌していく。

 そうして起動した機体を、立ち上がらせる。操縦桿を握り直し、振動から機体の調子を感じ取り…再現された愛機の、ペダルを踏み込む。

 

「──ミスミ・ワイト、ブランシュネージュ・ミラージュ…出るッ!」

 

 脚部と左右腰部、それにバックパックに搭載されたスラスター、更には姿勢制御用の推進器も吹かして、一気に機体を加速させる。ここまでずっと防御を担ってくれていた、攻撃から守っていて下さったディール様の横を抜き去り、地上を駆け抜け、今も一方的な猛威を振るう闇へと向かう。

 

(……ッ…自分から言った事とはいえ、バランサーも出力も無茶苦茶だな…!)

 

 これまでとは違う緊張感が、全身から冷や汗が吹き出しそうな緊迫感が走る。一瞬でも、ほんの僅かにでも操作にミスが生じれば、次の瞬間には機体が激しく転倒するか、明後日の方向に吹っ飛んでいく…そんな嫌な確信を、否が応でも抱いてしまう。それ程までに、この機体の出力は凄まじく…それでいて、制御系を始めとするシステムに穴があり過ぎる。不完全な、或いは全く機能していないシステムは一つや二つのレベルではなく、逆に操縦系統は過敏過ぎる。

 だがそれも、自分で言った事。求めるものを全て満たしつつも、僅かにでも時間を短縮しようとした結果の、半端も良いところのソフト面。…それでも、やるしかない。いや…必ずや、乗りこなしてみせる…!

 

「……!ワイト…って、速ぇ…!」

「それに、その機体は……」

 

 こちらに気付いた闇の光線を、鋭いターンを掛けて避ける。全神経を集中する事で機体を操り、圧倒的速度を維持したままに躱して闇への接近を続ける。私の事、それに機体の事に真っ先に気付いたグレイブ君とイヴさんへ声の一つでも掛けたいところだが…今はそんな余裕もない。意識を操縦と戦闘にのみ注がなければ、このじゃじゃ馬はどうなるか分かったものじゃない。

 されど、いやだからこそ、これまでとは破格の動きが出来る。闇を相手に戦える。これまでより速く、これまでより無理なく…これまでより、狙った通りに。

 

「ここだ……ッ!」

 

 胴にある口の様な部位に収束する、濃密な闇。それが一閃となって放たれる寸前に、自分は機体で地面を蹴り、噴射の向きを変えて、放たれた一撃を飛び越える。一閃を越え、最大出力で闇そのものも越え、宙から側頭部の機銃を撃ち込む。当然それは膜の壁に当たって止められるが、そのまま自分は闇を飛び越え、地を駆ける。頭部を180度回して、真後ろの闇へもう一度撃つ。ダメージの点でいえば、全く意味のない攻撃だが…問題はない。狙いはダメージを与える事ではないのだから。

 

(さぁ、勝負はここからだ…)

 

 出力にものを言わせて左に右にと進路を変える。闇から距離を取りつつも、ブランシュネージュの再現機体を走らせ…すぐ側を、光線が切り裂く。闇が遠隔攻撃を放ちながら、その巨体からは想像出来ないような動きで追い掛けてくる。狙った通りに。目論見通りに。

 上手くいった事に内心笑みを浮かべつつ、出力に気を払う。単に逃げるのでは意味がない。絶妙な出力加減にする事で、闇との付かず離れずの距離を作る。狙いを自分から変えさせないと共に、闇を皆から大きく離す。

 

「ディール様!程々で構いません、この岩に氷を!」

「ほ、程々ですか!?」

「程々です!徹底的にではなく、程々でお願いします!」

「よ、よく分かりませんが…分かりました…!」

 

 少しの間闇に追い掛けさせた末、私は機体を大きな岩の裏へと滑り込ませる。ディール様に頼みを伝えると共に、片脚を軸にターンを掛ける。岩はディール様の魔法によって氷に覆われ、闇の撃つ光線がその岩と氷を叩き……岩越しに闇と向かい合う体勢となった私は、あるシステムを起動させる。右腕部で保持していたロングビームライフルを左腕部に持ち替え、バックパックを展開する。

 

《不明なユニットからのアクセスが行われました。システムに深刻な障害が発生する恐れがあります。直ちに使用を停止して下さい》

「警告か、親切なものだな」

 

 バックパック側に搭載されたシステムを起動させた瞬間、音声での警告が流れ、モニターにも同様の文面が表示される。だが、それを無視し、展開を続ける。

 本体と比較してあまりにも大きい、一装備としては過剰過ぎるサイズを持つバックパックユニット。そのバックパックが機体の右側に展開し、内蔵されたパイルバンカーが地面へと打ち込まれる。背負っていた段階ではフレキシブルスラスターとして機能していた反動相殺用推進器と、格納されていた砲身が展開し、ブランシュネージュ・ミラージュの全高を超える超大型砲としての正体を現す。

 

「援護するわ、ワイト!」

「それをぶち込むんでしょ?ならわたし達が引き付けて……」

「いえ、セイツ様もエスト様もお下がり下さい!ここは、私にお任せを!」

「…自信は十分、ってばかりの声だな…いいぜ、だったら任せてやろうじゃねーか!」

 

 高高度にいたお二人からの言葉に、それは不要だと返す。任せてほしいと声を上げ…初めに返ってきたのはアイ様の声。それに同意するように、お二人や他の面々も接近を止め…私はトリガーに指を掛ける。

 氷を纏った岩が、接近しながら撃ち込まれる攻撃で砕けていく。既にパイルバンカーで固定した以上、動く事は出来ない。もしも失敗すれば闇の攻撃を止められない上、この機体であろうとも攻撃を受ければただでは済まない。…だが、不安はなかった。再現に過ぎないとしてもこれが愛機だからか、これだけの機体を作り上げてくれた二人への信頼故か、はたまたこの状況にアドレナリンが吹き出しているからなのか。…まあ、理由は何だっていい。重要なのは、今自分が緊張感を抱きつつも、冷静そのものである事と…出来るという、確信がある事。

 まだ辛うじて岩が健在である為、物理的には見えていない。当然ロックオンも出来ていない。それでも私は、岩の向こうにいる闇を、標的を見据え……超大型電磁投射砲、ロンギニウスハウザーを放つ。

 

「消し…飛べッ!!」

 

 トリガーを引いた瞬間、電磁投射によって弾頭が放たれた瞬間、相殺の噴射があっても尚響く反動が機体を揺らす。ロンギニウスハウザーを保持していた右腕部の各部関節が軋みを上げ、本来ならばあり得ない…データの改造で無理矢理でっち上げた武装の使用によって、警告通り異常が、障害が武装も機体に発生する。

 発射の為の準備といいこの問題といい、通常ならば使い勝手が悪過ぎる武装。されどその分、威力は桁違い且つ規格外。轟音と共に撃ち出された巨大な弾は、削れていた岩を一瞬にして、まるでガラスか何かのように打ち砕き…翔ける。真っ直ぐに、一直線に、岩の先にいた闇へと向かって飛び……膜の壁に、激突する。そして……巨大な爆発が、巻き起こる。これまでの戦いで起こった、どの爆発とも違う…データの爆発を、巻き起こす。

 

「──そこだッ!」

 

 爆風が機体を叩く中で、左腕部で持っていたロングビームライフルを上げる。こちらも砲身を闇へと向けて、一発撃ち込む。光芒を放ち、光芒は弾け飛ぶようなデータの嵐が晴れた瞬間の空間を駆け抜け……闇を、撃つ。膜の壁ではなく、壁に阻まれる事なく…攻撃が、届く。

 皆が、息を呑むのを感じる。自分の中から高揚感が昇ってくるのも感じ取る。この機体より遥かに巨大な闇に対しては、マエリルハの物を流用したに過ぎないロングビームライフルの一撃など、恐らく軽傷にしかなっていない。それでも、そうだとしても…状況は、変わった。最早、闇は攻撃の通用しない──どうしようもない、相手ではない。




今回のパロディ解説

・「〜〜最後は拳に〜〜戦ってみせる」
マクロスfrontierに登場するキャラの一人、オズマ・リーの名台詞の一つのパロディ。オズマには幾つか迷言感もある名言がありますが、これは純粋に格好良いですよね。

・「〜〜おげんきになるキノコ〜〜」
MOTHER3に登場するアイテム(?)の一つの事。まあ、食べたら全快はするのかもしれませんが、別の大問題が発生しますね。後当然ですが、そんなものは多分作中の場所に生えていません。

・「…でも、希望はある〜〜」
ガンダム00に登場するキャラの一人、スメラギ・李・ノリエガの台詞の一つのパロディ。正確には、直前の地の文の「勝気は、ない」も含めてパロディです。

・「〜〜吸血忍者の頭領〜〜」
これはゾンビですか?に登場するキャラの一人、頭領の事。影を介して…というので、デート・ア・ライブの狂三も思い付きましたが、吸血繋がりでこちらのパロディを入れました。

・「GPC設定完了〜〜システム、起動!」
機動戦士ガンダムSEEDシリーズの主人公の一人、キラ・ヤマトの台詞の一つのパロディ。これはストライクのOS書き換え…ではなく、ストライクフリーダムの初出撃の際の台詞です。

・《不明なユニット〜〜停止して下さい》
アーマード・コアシリーズに登場する武器種の一つ、オーバードウェポン使用時の警告演出のパロディ。…ワイトは近衛隊長であって主任ではないですよ?機体もブラン・グリントとかではありませんよ?
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